金沢大学先端科学・社会共創推進機構

VBL

12.ビジネスチャンスはどこに

-シーズとニーズのマトリックス分析-

 大学や公的機関の研究成果を、企業の実用化に取り込み、日本の産業の明日の発展に役立たせたいと考えている研究者も多いかと思えます。しかし、これまで「新しい発見」一筋に進んできた、研究者には、自分の研究成果が何の役に立ち、どのような事業に使えるかを知ることはななか難しい状況です。
 このような、状況に対応するためのプロフェッショナルとして、期待されているのが産学官連携コーディネータに代表されるいろいろな部門のコーディネータです。彼らにプロフェッショナルな技能を身につけるために行われている研修がJAREC全日本地域研究交流会(JAREC)が行っている技術移転に係わる人材育成研修です。以前に紹介した、JSTの起業支援研修もこのなかの一つです。研修カリキュラムの一つに、機能を媒介にシーズとニーズの相関性を調べることにより、研究成果が何に使えるかを分析するシーズニーズのマトリックス分析、通称SN変換(IDCの橋詰の資料より)と呼ばれているものがあります。
 今回は、このマトリックス分析手法をベンチャー・ビジネスのニーズ発見に応用する方法について、まとめてみました。

シーズ・アプローチとニーズアプローチ

 マトリクス分析の方法には左図の左下と右下に書かれているようにシーズ・アプローチ(最初にシーズありき)から始める方法と、ニーズ・アプローチ(最初に ニーズありき)から始める方法があります。大学病院が必要な検査機器の開発や薬品の開発を必要としている場合や、大学の付属教育機関が新しい教育ツールを 必要とする場合は、ニーズ・アプローチとなりますが、ベンチャーの立ち上げや企業との共同研究の場合は、自分の研究成果の適用が中心となるので、シーズ・アプローチをとることが多いと思われます。もっとも、このような場合でも、研究プロジェクトが巨大となり、他の研究機関の協力を必要とする場合は、部分的 にニーズ・アプローチが含まれることとなります。 ここでは、研究者が自分がこれまで行ってきた研究の成果を元にして、新しくビジネスを始める(ベンチャー立ち上げ)ケースについて、まとめます。検討の手順は以下の通りです。

  1. 手持ちの研究を棚卸しする。
  2. シーズを参考に有望な用途(ニーズ)を想定する。
  3. 機能を抽出。
  4. シーズとニーズの整合性をとる。
  5. ニーズとシーズの重要度と経済性を分析する。

 以下順番に手順の概要をご説明足します。

手順1:手持ちの研究を棚卸しする

 まず最初の手順は、これからベンチャーを立ち上げるもととなる、研究の棚卸しです。
 研究シーズは、これまでの研究課題・研究成果ならびに研究概要を集めるところから始めるのが、いいでしょう。
 過去の研究成果の中から、キーワードを拾い出し、列挙してください。キーワードは、必ずしも学問的なに新規性が無くても結構です。研究の特徴を現すものを抜き出してください。このとき気をつけるべきことは優れているとか、重いとか、強いとか、早いと言うような形容詞を使わないことです。理由は今後コーディネータ等と相談する時に、無用な誤解を与える可能性があるからです。形容詞を使う代わりに性能をできるだけ定量的に表現してください。たとえば純度は 99%とか、比重は1.2であるとか、引張強度は1kg/平方ミリ以上とか、時速200Kmといった表現をとればいいでしょう。
 こうして、列挙されたキーワードを元に、似たもの同士をグルーピングしていきます(ブレーンストーミングのグルーピングをイメージしてください)。他との共通性が見出せないものはたとえ一つであっても、無理やりまとめることなく、そのまま残しておくのがいいでしょう。こうしてグルーピングしたものが一般的な用語(技術の素人でもわかる)になったところで、シーズとします。
 こうして集められたシーズの中から、重要と思われるものをコア・シーズとして、そこから分析を開始します。各シーズについて、特徴を記述し、特に競合関係 となりそうな他の技術との違いを明確にします。技術シーズは「研究者のシーズ」のみならず、「伝統技術もしくは地域独特の技術」、更には関連しそうな「先端技術」を意識し、これら3つのグループおのおのについて一度は考慮してください。
 また、研究者は、学会の論文についての動向は十分認識していると思いますので、このあたりは思いつくままに検証し、残った時間はNEDOのテクノロジーロードマップを使って技術の実現時期(あまり先にしか実現しない技術はベンチャービジネスには役に立たない)を検討したり、特許マップを参照して従来技術との差異の検証を行うことも役に立つでしょう。このようなことに答えていくのが、技術コーディネータの役割ですので、研究機関のコーディネータに相談するのもいいかもしれません。

手順2:シーズを参考に有望な用途(ニーズ)を想定する。

 前の手順で抽出された、シーズは、必ずしも従来の研究課題と同じような言葉にならないかも知れませんが気にする必要はありません。所詮学問の世界と金儲けの世界では言葉が違います。このまま、ニーズの抽出に行きましょう。
 まずは、素直にシーズが使えると思う商品を上げて見ましょう。商品には、ものだけではなくサービスも 含まれますので、気楽に考えましょう。この段階では、商品の価値判断はしないで、思いつくものは何でも記述しておきましょう。おのおのの商品について考え られる利用者および購入決定者(たとえばランドセルの利用者は小学生だが、購入決定者は小学生のお母さん)を列挙します。
 その中から、商品の購入に最も影響のありそうな人物を取り上げて(多くの購入決定者を上げても所詮全部はカバーできないので、できる範囲で重点志向と行きます)これまでの顧客(ベンチャー経営者のこれまでの顧客)、見込み客(ちょっと工夫すれば顧客にできる人々と認識できるグループ)さらには新しい手段をとれば顧客にできるかも知れない潜在顧客を頭に描きながら、その商品を作るための制約条件(ボトルネックとなるところ)を列挙します。制約条件は、商品が出来上がるバリュー・ネットワーク(基礎研究、開発研究、試作、生産、販売、保守サービス等)、商品構造(素材、部品、システム、相談サービスといった商品の一部)、更には経営ポリシー(値引きの規則、新技術優先等)の中にあるでしょう。この制約条件を解決することが本当のニーズです。こうして得られた制約条件を明確にした商品を、ニーズとして表の右側のニーズ欄に記入します。

手順3:機能を抽出。

 ついで、一つのシーズを選び、そのシーズの特徴を機能もしくは性能を中央のカラムに記入します。同時にその機能を提供しているシーズとの交点にマークをいれます。関係が強いところには◎、ある程度の関係がるところには○等のマークを入れておけばいいでしょう。次のシーズについても検討し、新たに思いつく機能があれば機能を中央のカラムに追加し、シーズと機能の交点に関係マークを入れ ます。同じ機能がすでに検討したシーズでも実現できるときには、そのシーズとニーズの交点に、関係マークを追加し、マトリックスを完成させていきます。
 すべてのシーズについて、機能・性能の検討が完了したら、ニーズについても同様な検討を行います。一つ一つのニーズについて新たに必要とする機能があれはそれを中央カラムに追加します。ここではニーズの方から見て、どうしても必要な機能もしくは性能については◎、あった方がいい機能には○印を入れておけばいいでしょう。

手順4:シーズとニーズの整合性をとる

 手順3でニーズを満足させるために新たに必要な機能・性能が追加されたはずです。これらの追加された機能・性能については、これまでに検討された研究者の シーズで対応が不足しているのが普通です。このような場合には機能・性能を満足させる新らしい技術課題を解決しなければなりません。解決策のいくつかは、 すでに既知の事実としてどこかにあるかもしれませんし、いくつかは知り合いが解決しているかもしれませんし、すでに代替案等があって、解決が不要かもしれ ません。こうして検討不要となった機能・性能は解決策とともに別途転記し、マトリックスから削除します。
 それでも残る解決が必要な課題は新たなシーズとしてマトリックスに追加します。新たに追加されたシーズについても、機能との関連をチェックします。こう して、シーズがいくつかたまった段階で、新たな用途を検討しましょう。思わぬニーズが発見できるかもしれません。それも魅力的なニーズが。これらのニーズ についても今一度必要な機能やシーズがないかチェックします。
 手順4では、機能・性能を仲介してシーズとニーズの関係を繰り返し、繰り返し徹底的に分析します。こうして完成したマトリックスで上で、既存のシーズの みで可能なニーズがあれば、それを実現度が最も高いと考えて実現度No1とします。次に実現度が高いものを実現度No.2とします。こうして、実現度 No.3、実現度No.4としましょう。

手順5:ニーズとシーズの重要度と経済性を分析する。

ついで、実用化候補の最も高いニーズに関係しているシーズを研究開発候補No.1、としそれに続くニーズを研究開発候補No.2といった具合に層別してい きます。研究開発候補の上位にあるものや実用化候補の上位にに挙がったものを中心に、その経済的観点を検討するのがこのステップです。
 研究開発検討のためのシーズの経済性評価は、研究プロジェクトを担う研究者やその人たちとともに歩むコーディネータが行うことになります。、前出 橋詰 氏の資料には、評価軸の雛形として次のようなものをあがっています。すなわち「既存技術に対する優位性、特性の安定性・再現性・耐久性、新技術の成熟度、 研究者の支援体制、特許権の強さ、学会・業界の注目度、社会・企業ニーズや将来のトレンドに合致、技術の模倣が困難、製品イメージが明確、新技術のコスト面での優位性、技術の応用範囲が広い」等です。  ニーズについては、経営者候補とコーディネータが行うこととなるでしょうが、シーズと同様に次のようなものがあがっています。「購買面での優位性、製造 面での優位性、物流面での優位性、販売・マーケティング面での優位性、サービス・マーケティング面での優位性、業界での市場規模とその発展性、業界競合他 社状況と参入タイミング、業界の参入障壁と獲得シェア予測、異業種異分野への展開可能性、投資効果の判断(事業性の見通し)等」。
 上記にあげたニーズについての、評価項目(効能)の現在の達成度合いに基づいて、事業化候補の順位が決められます。事業かの候補が見つかった後は、おのおのの事業化候補について、起業の計画を 作成してみることです。いくらニーズがよくてもベンチャー企業として、実現できるかどうかはわかりません。事業化候補のいくつか(上位三個くらい)について起業の計画を作成して見てください。どれもうまくいかなければ、その経営者候補(もしくは、企業内ベンチャーではその責任者)と一緒に起業を行うことは あきらめ、新たな経営者候補と起業を検討することになりそうです。適切な経営者候補が見つからなければ、残念ながらベンチャーは中止とせざるを得ないので すか。・・・誰かいいアイデアがあったら教えてください。(乞う 金沢大学VBLに ご連絡)

2007/10/23 文責 瀬領浩一