金沢大学先端科学・社会共創推進機構

VBL

35.大学発ベンチャーの成功戦略

- イノベーションジャパン2009フォーラムより -

dghbss01.jpg さる2009年9月16日から18日の間、東京国際フォーラムにて大学の「知」の見本市として第6回目のイベーションジャパン2009が 開催されました。金沢大学はKUTLOのほか7つのブースにて研究成果の展示が行われ、同会場で行われた新技術発表会にも参加いたしました。本レポートは 数多く行われたフォーラムの中から一つ「ベンチャーの成功戦略-マイルストーンとビジョンを語る」に参加してのご報告です。

マイルストーンとは

 イノベーションジャパン2009ガイドブックには「大学発ベンチャーが成功するには、長期的なビジョンとそのビジョンを実現するための短期的なマイルストーンが必要だ。大きな夢を追いかける必要もあるが、一方で収益もしっかり上げなければならない。」 と書いてあったので、これは面白いと、今回はマイルストーンに注目してフォーラムに参加した次第です。以前「今がチャンス」で報告させていただいた研究か ら起業へのシナリオでも考えた失敗ともあい通ずるところがありそうです。


dghbss02.jpg新しいテクノロジーの展開に当たって、よく言われるのは「死の谷」「ダーウインの海」といった、左図のような絵です。
しかしながら、ほとんどのベンチャーは、特にその初期段階では、ダーウインの海はまだはるか先のことです。

まずは「どうやって死の谷を乗り越えるか」が 重要な問題となります。

 そこで今回は、死の谷を乗り越えるところに着目し、下図のような枠組みを頭に描きながらセッションに参加しました。以下の報告はそのような観点から発表者の内容をまとめてあります。

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株式会社ナノエッグの事例

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株式会社 ナノエッグは006年4月に 山口葉子らによって神奈川県川崎市宮前区菅生2-16-1
聖マリアンナ医科大学難病治療研究センター内で設立されました。
現在山口氏は、同社 取締役 研究開発本部長  並びに聖マリアンナDDS研究室長 準教授 として活躍されています。

<ニーズ探索>
 ナノカプセルの中に薬効のある物質を閉じ込め、皮膚に塗ることにより、体内に成分を入れることができるようにすれば、注射に代わる使いやすく、衛生的な方 法としての利用が期待できる。
<要素技術開発>
 基本はレチノイン酸をナノスケール(直径15~20ナノメートル)の無機質コーティングカプセルにすることで、安定性や透過性を向上させた。研究開発は自 社の中で行っている
<製品開発>
 ナノエッグ、名のキューブと名つく複数のプラットフォーム製品開発を行っている。
1.レチノイン酸「ナノエッグ」の皮膚再生医療用外用薬(シミ・しわ・にきび等の改善のため)群
2・新規経皮伝達システム「ナノキューブ」「モイスチャーキューブ」を外用基剤とするアンチエイジング化粧品・医薬部外品マリアンナの製造
<生産技術開発>
 2003年9月に科学技術振興機構(JST)のプレベンチャー事業に 採択された、「皮膚再生のためのレチノイン酸ナノ粒子」(聖マリアンナ医科大学難病治療研究センター先端医薬開発部門DDS研究室)を核に生産技術を固めた。
<ビジネスモデル開発>
 現在も聖マリアンナ医科大学難病治療研究センターとの共同研究の体制を築いている。聖マリアンナ医科大学とパートナーシップを組み、先端医薬開発の研究を 進めている。経営面では会社設立時には、神奈川サイエンスパークのビジネススクールに参加する等の苦労があった。現在は経営の専門家に社長を譲り、同氏は 取締役 研究開発本部長(CTO)の役割を果たしている。
<生産・販売・開発>
 企業との共同研究による製品化とともに、大学ブランドの化粧品開発や販売も行っている。
<今後の展開>
 製品化までの開発期間を考え、化粧品から入ったが、将来は低開発国でも使用可能な注射針の必要のない医薬品産業に入りたいとの構想を持っている。今はそこ に向け「世界の子供にワクチンを」キャッチフレーズにJCVの活動を応援している。

オーストリッチファーマ株式会社の事例

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 平成20年6月27日に塚本 康浩が「オーストリッチファーマ株式会社」に出資して京都府精華町光台1-7けいはんなプラザ・ラボ棟410 にて設立した。 また同氏は現在取締役社長、2008年4月に 京都府立大学 生命科学研究科教授に就任した。

<ニーズ探索>
 抗体を使った検査用試薬だけでも、日本の売上高は約1200億円であり、特に感染症や悪性腫瘍の検査・診断薬の需要が高まってきている。しかし、マウスやウサギなどの哺乳類を用いて抗原特異的抗体を創製する従来法には、生産性・生産コストや特異性などに関わる課題が存在していた。
<要素技術開発>
 鳥類でありながら哺乳類間ともホモロジー(相同性)の高い細胞膜たんぱく質に対する抗体を作るダチョウ卵黄を利用し、インフルエンザウイルスやノロウイルスに対して、従来の抗体と比較して質的量的に優位性がある抗体の大量生産に成功した。
<製品開発>
 本技術を用いて、高病原性鳥インフルエンザウイルスH5N1の感染を不活性化する高精度な抗体を大量作製、H5N1ウイルスの空気飛沫感染を防御で きるダチョウ抗体マスクの商品化した。
<生産技術開発>
 平成18年度に開始した独創的シーズ展開事業 大学発ベンチャー創出推進(研究開発課題「新規有用抗体の大量作製法の開発)では、ダチョウ卵黄を用いてさまざまな抗体を低コストでかつ大量に作製できる 技術の開発に成功した。自社では抗体の作成までとし、最終製品の生産は協力企業で行うとして、大規模な生産設備や生産設備は持たなくてよいようにした。ただし、ダチョウの生育といった畜産に近い部分と、抗体の作成といった研究所レベルの設備は自社内に持っている。
<ビジネスモデル開発>
 抗体を使った検査用試薬だけでも、日本の売上高は約1200億円であり、特に感染症や悪性腫瘍の検査・診断薬の需要が高まってきているので十分市場性は あると考えている。
<生産・販売・開発>
 近畿地方にダチョウの飼育場を建設し京都にてダチョウの卵より抗体を生成する。ダチョウ抗体はCROSSEED株式会社によりマスクへと製品化され、平成20年秋に大手代理店を通して医療系機関や自治体、大手企業へ新型インフルエンザのパンデミックに備えた備蓄品として大量販売する。また、大手メーカーを通して薬局薬店において一般人向けに販売する。
<今後の展開>
 ダチョウ抗体を用いた新規インフルエンザのリスク回避用途の開発に着手する。さらに今後、ノロウイルスや結核菌など、ほかの病原体などの感染予防用素材 やダチョウ抗体を用いた腫瘍検査キットなどの商品開発も展開する予定。
<運>
 塚本氏が成功要因をいくつかあげた後、冗談交じりに最も大きいのは「運」ですと言っておられたのは印象に残る話でした。JSTが取り上げてくれてくれたこと 、新型インフルエンザ問題が大騒ぎになり、マスコミが取り上げてくれたこと 、など次期を得たものではある。そのため営業努力はあまり必要としていないというのは本当かもしれない。筆者も先日テレビで見た覚えがあります。しかしテレビを見たと時はあまり感じなかった、抗体づくりに至るまでのダチョウとの共生に近い地味な苦労、ハイテクの裏に潜む日のあたることが少ない日々の努力の積み上げがあったことを見せつけられた感じでした(日常性の重要さ)。そして、学者でありながら、そこまで積極的に働きかけられておられることには敬意を払わざるを得ませんでした。
<協力者>
 ダチョウの飼育場建設、抗体の生産、試験・検査等自社では行い得ない部分を事業パートナーが担ってくれていることと、製品化は協力会社が行う等が最も大きい 成功要因かも知れない。

ヒューマン・キャピタル・マネジメントのベンチャー支援の考え方

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 ナノエッグの山口氏の会社設立時 の苦労、塚本氏の人の輪の話を聞くまでもなく、ベンチャーにとって人脈作りや人材育成が重要であるのは間違いな い。それをビジネスの種としているのがこの会社です。
ヒューマン・キャピタル・マネジメント社は札幌市中央区大通西5丁目8 昭和ビル3階インキュベーションセンター・セミナールーム にあり、代表取締役社長はこの日の発表者土井 尚人(どいひさと) です。同氏は株式会社 イーベック・ジャパンの代表取締役社長でもある
同氏はベンチャー起業家としてではなく、それを支援する立場で発表を行われました。
<ニーズ探索>
 イノベーションを担える人材は慢性的に不足していますが、それは後天的に学習できる能力であると信じて活動しているとのこと。それゆえ、絶えざる生涯学習と実践訓 練を助けることも、ベンチャー支援の重要な仕事の一つとして需要があるはずである。
<事業内容>
北海道に新産業と優れたベンチャー企業を育てたいとして活動している道内外の企業経営者、公認会計士、税理士、建築士などの専門家などが共同出資で設立し た株式会社として
■インキュベーション事業
■運営人材育成事業
■経営支援事業
を行っている。こうして
新産業創出に資するビジネスイノベーションを支援。
革新的ベンチャー企業の設立と成長を支援。
新事業展開を図るビジネスイノベーションの担い手となる<幹部人材>の発掘と育成を行うとともに、イノベーションと起業家精神について実践的に学べる機会を提供。 を行っている。
 同氏はベンチャー立ち上下の考え方として、
<起業条件>に ドラッカー の次の5つを挙げていました
1. 小さく始め、ゴールは大きく
2. チームの強さ
3. マイルストーン
4. 信頼を基本に
5. 売るのではなく顧客が買ってくれると考える
また <売れる技術とは
1. 相手が求める水準か
2. データの再現性は確実
3. 相手が求めるデータ
4. 標準化と安全性
dghbss07.jpgを満足させる必要があるとのこと。決 してチャンピオンデータを前面に出して売り込むのではなく、顧客も実現できる再現性の高いデータで顧客の信頼を取り付け、 相手の必要とするデータを根気よく提出していくことが、大学にとって重要であるとの意見でした。
 自分のデータに自信を持つあまり、もしくは売り込みたいばかりにチャンピオンデータを並べたがる大学の研究者やコーディネータ等への「やんわりと厳しい 注文」のようでした。耳の痛い話です。
そしてベンチャー成功のためには、技術だけでなく市場や顧客、さらにはインフラの充実を忘れないようにすべきといわれていました。此処でインフルの中は、 通信インフラや組織インフラのみならず行政の支援のインフラや同社のような人材支援も含まれるとの説明されていました。
さらには<アライアンスの条件>と して


dghbss08.jpg1. 立ち位置、役割、権限を明確に
2. 強みを他社に提供、
3. 重なり合い関係から、役割分担に
ということで、アライアンスの始めは役割が重なり合うようにして信頼性を高め、定常状態では重なりあう部分を最小限にして、役割をはっきりさせることを提 唱されていました。

デスカッション

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 まとめは、日経BP社 日経バイオテク編集長 橋本宗明様の司会によるパネラー、会場の皆様と間の質問と回答でした

中で印象に残った部分は以下の通りでした。
<苦労したこと>
土井:いい研究と役に立つ研究(事業計画が立つかどうか)は違う。 研究のアイデアを出るが、その結果いい結果が出ても、役に立つとは限らない 。
塚本:大学ではインパクトファクターが大きいものに喜びを感ずるが企業は違う 。
<陥りやすい問題点>
土井:研究の到達点に対する理解が異なる(売る準備ができる到達点に達したか) 。
<ベンチャー支援>
経営者支援、スキルエンジェルのようなものが欲しい。
重要な研究の焦点を当てた審査体制が欲しい。
技術的新規性はなくても事業化の可能性があるものに対する支援が欲しい。
<会場からは>
 大学発ベンチャーが儲かっていなくても大学の社会貢献としての機能もあるのではとの意見について:確かに大学の(財政的な)支援がなくなると生きていけなくなるようなベンチャーもあるのではとの話はでたが、ここでは突っ込んだ話にはなりませんでした。

まとめ

 大学発ベンチャー1000社計画は余裕を持って達成したが、その成果が今一つパッとしないとの反省に立って今回のマイルストーンの話が 出ていると思われる。今回はJSTの支援を受けた成功事例2つ発表となっていた。 それだけに審査も厳しく十分検討し成功の期待されたケースであったとは思われます。成功部分の発表に時間がかかり、成功しなかった部分や失敗した部分の分析やマイルストーン途中での撤退・転進の決断や方法が聞けなかったの は残念(もっとも誰も話したくないかもしれない)であった。ただ、最後の土井氏の話の中にその対策やヒントが隠されているように思われました。問題は抜き 差しならない状況に落ち込む前に、いかに上手に撤退するかが重要のようです(撤退をうまく行えないからベンチャーで失敗すると 再起不能になるのでは思いま す)。
 ベンチャーの経営者は、以前に報告した「運転手と車掌が決まればバスは走る」の運転手の役割を果たすわけですから、マイルストーン管理は企業が目的地に向 かっているのかどうかを判断する重要なポイントのようです。仕事は始める時より止める時の方が難しいのが普通です。発表事例と同様にJST等で十分に検討され審査されたケースであるにも関わらず失敗した例があるなら、CD 成功・失敗事例集のように、「大学発ベンチャーの失敗事例」として、オープンにしていただけると、失敗事例もまた成功事例と同じく聞く価値があるのにと思ったのは私だけでしょうか。いずれにしても、ベンチャーは失敗するのが当たり前で、生き残った中から、「ソニー」・「パナソニック」・「ホンダ」・「マイクロソフト」や「グーグル」のように、どれだけすごい企業が生まれるかがポイントだとすれば、何度でも聞いて見る価値のあるテーマのようです。


2009/09/19
文責 瀬領浩一