金沢大学先端科学・社会共創推進機構

VBL

45.立ち位置を整理しよう

-A-Step FS 検索より-


大学の研究成果の実用化を目指して

図 1 A-stepFS検索タイプの概 要
A-step FS検索概要

大学等の多くの研究者が行っている研究は、その発見や発明がが独創的であれあるほど、それがどのように産業に役立つかを知るののは難しくなりま す。そのような現状を改善し、大学等の研究者の持つ知恵を活用し産業のさらなる発展を促そうとするJST(科学技術振興機構)の施策の一つがA-STEPというプログラムです。JSTによればA-STEPは、「社会経済や科学技術の発展、国民生活の向上に寄与するため、大学や公的研究機関等の優れた研究成果の実用化を通じた、イノベーションの効果的・効率的創出を目的とした技術移転事業」とのことです。 その中で、技術移転の最初の段階と位置付けられているのが「A-STEP FS検索タイプ」と呼ばれていものです。その概要は「大学等の基礎研究のうち、実用化に向けた研究開発へのスムーズな移行を目指す研究成果を対象に、(企業化への視点に立脚して)技術移転の可能性を探索する研究開発を支援するものとなっています。図1は、これを絵にしたものです。第一に、大学等で行われているさまざまなタイプの研究のうち、実用化を目指した研究の成果を対象としていることです。従って、いわゆる基礎研究や純粋研究といわれる研究を進めること自体は対象外ですが、それをどう展開し企業化に生かせるかを検証する研究は対象となります。さらに、実用化の目処が全くたたないものや、実用化するに あたって関連必要機能が欠けているもの、基本機能は満足していても、技術移転先にはすでに他のドミナントデザインが出来てしまっているもの、性能は優れていても技術移転先が使うにはコストが高かったり、副作用が発生し容易に代替案と競争できないものも、企業化の目処が立たないためそのままでは対象とはなりません。その他にも実用化に必要な十分な性能を持っていることが明らかなものや、早く技術移転に進まないとタイミングを失ってしまう研究も、不適当な研究となります。こうした関門を通った研究について、技術移転の可能性を探索するものが対象となるわけです。この時のもう一つの前提条件が企業化の可能性を検討するに必要な技術移転先(業界もしくは企業)の目処をつけていることです。図1中の赤まるはこの二つが両方とも満たされていなくてはいけないことを示しています。探索研究に選ばれ、探索研究が完了した後改めて、技術移転が不適であるか、継続研究になるか、技術移転活動に進むかを決めることになります。以前にもこのシリーズで「A-STEP FS」の前身である「シーズ発掘試験」を テーマに、①技術移転にかかわる人の立場によってシーズが異なって見えることを、「群盲象を撫でる」として報告、②さらには試験研究のあと、それをどのように活用して行けばいいかをコーディネータの立場から整理して「シーズの活用」として報告させていただきました。今回は、探索研究の応募の前に、研究者の立ち位置を整理する方法をまとめました。(図中の目玉の印のところです)。


研究者の立ち位置を一枚に

図1の注目点(目の印をつけたところ)に立って、必要情報をもう少し細かく整理しなおしたのが図2です。技術移転の目処(技術移転先産業もしくは企業)について整理するところが、左側のピンク色の部分、実用化をねらう技術について整理するところが右側の薄青色の部分です。

図2 現状の整理  

現状の整理

これから、技術移転の可能性があることを提案(たとえばA-STEP検索タイプへの応募)するにあたっては、これから起きる様々な状況に対処するために、さまざまな視点から情報を整理しておくことが必要となります。(ここでは代表的な8つをとりあげました。今後これを現状チェックリストと呼ぶこととします)

①研究成果の特徴を整理する
現行技術と自分の研究成果の違いを明確にする(新規性)
研究成果を定量化する(性能の整理)。
用途をイメージし強みと弱みを分析する。
現象の原理を仮定し、理論的限界を推測する。
展開可能な研究を思いつくだけリスト化する。
同様な研究を行っている人たちをリスト化する。(研究マップの作成)

②シーズとニーズのマトリックス分析を行う
自分の研究成果の定量化を行い、その強みを明確にする。
強みを発揮できる用途を出来るだけ広く考える(発散思考)。
研究成果(シーズ)のコストを意識し、優先順位を考える。
今後の技術動向や学界の動き、政策も考慮して比較を行う。
マロリックス分析については、本シリーズの「ビジネスチャンスがどこに -シーズとニーズのマトリックス分析-」に考え方の説明がありますのでそちらも参考 にして頂ければ幸いです。

③ マーケットはあるか
用途が新製品開発の場合、どれくらい需要があるかを見積もる(マーケットサイズ)。
この時研究の成果がどれくらい強力で、いつまで類似技術の新規参入を防御出来るか考えて(前提条件を明確にして)、マーケットを見積もる。
代替技術に比べて、コスト競争力がどれくらいあるか記述しておく。
現行商品の置き換えである場合は、現行製品やサービスとの違いを明確にする。

④競合を整理する
どんな競合があるかをリストにする。
代替技術、より性能の高い競合技術はなにか。
同じような、効能を達成する別の解決手段(パテントマップ)
競合の特徴を整理する。
競合相手の立場になって考えること。
技術にとらわれないこと。
用途・もしくはニーズの本質や変質を考慮して整理すること

⑤企業化に必要な技術問題を整理する
用途を考えた時、発生する問題点を列挙する。
関連技術の問題、性能不足、競合に対する弱み
他人が解決している問題であれば、それが利用可能か検討する。
残された解決すべき技術課題を決める。
研究開発の目標値を定量化(検証可能に)する。
企業化にあたり、必要十分条件な技術問題が解決できているかを検証する。

⑥研究開発計画を立案する
自分で解決するべき問題の解決の手順を整理する。
解決のプロセスを明確にする(プロジェクトプラン)。
必要資源(人、機器、資材)を明確にし、費用を見積もる。
研究開発の計画を立案する。
試験研究期間が短いため、研究成果が実用に耐えるかの実証研究が中心になるかもしれない。

⑦事業化の問題
事業化するための、投資費用の見積もり。
設備投資、広告宣伝費、サービス体制構築、SCM
標準化に関わるような技術革新がある場合の、技術戦略の決定。
オープンか独占か。
最初の技術をどの方向に向けて発展させていくか(技術ロードマップ)。
大企業に適した技術か、中小企業に適した技術か。

⑧共同研究・起業への道
薬品のように、この研究もしくは、研究者が持っている特許だけで、事業を始められるか?
起業に興味を持ってもらうための、魅力ある提案書は作れるか
自動車のように、一つの製品を作るための特許がいくつもからむものは、共同研究に持っていく。
関連特許を持っている、強力な企業がある場合は、その企業もしくはその企業と戦える企業の了解が取れない限り、共同研究も難しい。

しかし、まだ全体構想が固まらない時点に、現状チェックリストに従って、細かく調査したり整理していくのは、大変です(特に⑦・⑧については)。また、その後の修正等の再作業も多く発生しそうです。そこで最初は、図2の枠組みだけを描いた大きめの紙、たとえばA3用紙(ここでは現状整理用紙と呼ぶことにします)を用意します。私が使っているこの用紙のパワーポイント版は URL http://kawuniv.hp.infoseek.co.jp/onepe/form-file/stpfst.ppt にアップしてありますので、参考にしてしていたければ幸いです(使い勝手を考えて、ご自由に修正してください)。そして、上記の現状チェックリストを参考にしながら思いついたことを、現状整理用紙の関連しそうな所にキーワードを埋めていくだけでも十分かもしれません。この時のコツは名詞と動詞を中心に簡単な文としてに記入することです。(記入スペースは そんなに大きくはありません)

一通り上記視点からの現状整理用紙への記入が終わったら、全体を通して記述内容の整合性を調べてみましょう。矛盾があれば、現状認識に問題が あるのかもしれません。たとえば、需要量には日本全体の予測値を記しておきなが研究成果の実用化対象商品のマーケットはその一部であるといったことで す。矛盾のあるデータを元に研究目標の設定を行い、試験研究を行っても実用化に至る可能性は少ないはずです。 一度内容を見直し記述内容全体の整合性をとってください。 何かいい発見があるかもしれません。(実はこれがこの用紙に記入する目的です)


申請書に記入してみよう

図3 申請内容

申請内容

こうして、現状整理用紙が完成したら、研究計画用紙を作成いたします。このあとはA-STEPの申請用紙を参考に記入方法を考えます。応募の申請用紙の記入事項は、記入ガイドとして応募のガイドに記されています。その中からキーワードを選んでそれらの相互の関連を整理したのが第3図です。言葉は一般化してありますので、適度に解釈して記入していただければと思っています。現状整理用紙のどの項目をどこに反映させるかは申請者の自由ですが、一つのガイドを URL http://kawuniv.hp.infoseek.co.jp/onepe/pdf-file/stpfst.pdf からダウンロード出来る用紙に破線の矢印として掲載してありますので、ご参照ください。なかでも、想定される用途、利用分野はコーディネータの見解(A-STEP申請書では、産学連携従事者または企業の研究関係者等の見解となっています)の中に明確に記入していただくことになっていますので、注意が必要となります。この申請書は研究責任 者が提出することになっていますが、A-STEP FS探索の趣旨が、(企業化への視点に立脚して)技術移転の可能性を探索する研究開発を支援するものとなっている以上、コーディネータの見解は採択されるかどうかの重要な前提条件の一つのはずです。 研究責任者が責任を持って明確に記入できない項目であるだけに、普段から十分にコミュニケーションを 取っておかないとうまくいきません。

こうして作成した申請書をどのような観点から審査されるのかが、A-STEP FS検索の募集要項に、以下の4つのポイントが記載されています。

① 課題の独創性(新規性)及び優位性
申請の技術、着想等に新規性があり、革新性または優位性、有用性が認められること。

②目標設定の妥当性
研究成果(シーズ候補)が特定され、そのシーズ候補に立脚した応用展開の方向性が示されており、応用展開の可能性を検証するために、研究開発期間内に到達すべき適切な目標が設定されていること。

③イノベーション創出の可能性
シーズ候補の応用展開された結果として、我が国の産業における国際競争力を高めることが期待できること。または新たな社会的価 値や経済的価値を生み出すことが期待できること

④提案内容の実行可能性
目標達成のために克服すべき問題点あるいは技術的な課題等を的確に把握し、その解決策について、データ等に基づいた具体的かつ適切な申請がなされていること。また、企業側の代表者を中心とした産学共同研究体制が組織され、産学の機関毎に効果的・効率的な役割分担がなされていること。

①の課題の独創性と優位性は、適用範囲をどんどん狭めていけば、なんとか達成できる項目かと思いますし、基礎研究と同様な感覚で、計画しても問題のなさそうな評価基準です。しかし②の目標設定の妥当性が評価出来るためにには、「応用展開の方向性」並びに「目標値」が 検証及び評価可能性であることが重要です。 これが「現状の整理用紙」作成時に「できるだけ名詞と動詞で表現してください」(形容詞を使わない)とお願いした理由です。多くの研究者が慣れている基礎研究とは違ったニュアンスが出てくるところです。一番重要な問題は③のイノベーション創成の可能性です。イノベーションは単なる発明ではありません。発明が社会に(それも最近は世界に)どれくらい普及するかが成功基準といわれいます。分野によっては、とても研究者だけで出来ることではありません。医薬分野のように特定の症状を無くしたい、症状を和らげることが正しいと信じられている場合のように、目標が明確に設定できる分野、医学分野のように 研究者の周りに大学病院といった研究成果の適用先があり日ごろから親密な関係を持っている場合、工学部の応用科学の研究者のように産業界と親密な関係もしくは人脈を 持っている人達には容易にイメージをつかめることです。しかしアカデミックな研究志向で来られた研究者、産業界との繋がりの少ない研究者ではなかなか難しいことになります。このような研究者が技術移転型の研究を目指すには、まずは 産学連携従事者または企業の研究関係者と良好な関係を持つところから始まるのかもしれません。この辺りは、図2の現状チェックリストを記入していく段階で明らかになるかと思います。アカデミック指向の研究者の研究者には、現状チェックリストを読むのも嫌だとかポリシーに合わないという方もいらっしゃるはずです。このように技術移転には研究成果に加え研究者の人となりが 重要となります。この辺りの事情は、よく言われるように「技術ベンチャーが成功するかどうかに最も関係があるのは、研究者の人となりです」ということとも符合するのかもしれません。 

2010/09/23

2012/12/07
文責 瀬領浩一