金沢大学先端科学・社会共創推進機構

VBL

67.翻訳で英語資料を作る

―グローバル化に備え翻訳レビュ―

 

前回のシリーズではアントレプレナーセミナー入門で、授業の参考資料を英語にしたことを報告しました。ところが、長らく英語か ら離れていた私には英 語の資料はそう簡単に作れません。そこで翻訳サイトを使って、英語の資料を作成しました。ひょっとしたら、英語は苦手だ が企業化を目指す業務ではグローバル環境が前提となるかもしれないと考えているアント レプレナー志望者には、英語資料作成のヒントになるのでと、その時の工夫と苦労そしてそこから得られた教訓をま とめました。

プレゼンの参考資料を翻訳

アントレプレナー学入門で英語の資料を使ったのに は、それほど他意はありませんでした。前年のMOTの講義「人材活用術」で、院生の皆さんにこれから卒業までにどんなことを強化したいのかお聞きしたとこ ろ(複数回答可)、半数以上の方が英語力の強化をあ げられまていした。せっかく入試のために、英語の勉強をしてきたのに、大学生の4年間でその能力をさらに伸ばすどころか、退化させた人もいらっしゃった ようです。グローバル化の時代をリードしていくことが期待されている、新入生の皆さんにはそんなことが無いような学習を行っていただきたいと英語 の参考資料を使って、その意思を伝えようとしたのです。ただ今回はシラバスに明記されていないこと、私の英語力や準備の都合もあり、講義 自体は日本語で行ったのは前回ご報告したとおりです。

 意気込みはよかったのですが、その時の私には手持ちの英語の資料がありませんでした。そこで何か参考になるような資料は無いかと探したのです が、私の 講義に使えそうな英語資料を見つけることができませんでした。たしか、AUTMの会議でサンフランシスコに出張した時、町の本屋で、関係しそうな本を一 冊買ったことがあったはずと、自分の本棚を探したが見つかりませんでした。それなら図書館に行けば何かあるだろうと探したが、そこでもそれらしき本を見 つけられませんでした。 仕方なく、昨年に作ってあった日本語の講義資料を翻訳して使うことにしました。


翻訳ツールを探す

英語資料の作成は簡単だろう。何しろPower Point 2007にも翻訳機能が付いている。今やどこの国の言語で書いても、それなりに他国語の資料が作成できる時代になっているのだからそれを使えばいいと、 気軽に考え て翻訳を始めました。しかし、どうも出来上がった文章は腑に落ちません。なんとなく、自分の考えているものとは違っていました。そんなことができれ ば、翻訳者など存在するわけがありません。あらためて、世の中 そんなに甘いものではないということを感じさせられた次第です。

しからば、自分の能力不足部分を今はやりのITを使って補えばいいと、翻訳サイトを調べました。その結果、翻訳サイトには有料・無料を含め、辞書 に 近いものから文章を翻訳するものまでいろいろなサービスが提供されていました。ただ、それらすべてを使いこなすことなど出来るわけはあり ません。とりあえずはフリーウエアの一つだけでも使えるようになりたいと、いくつかのサイトを検索し、その中から次の6つを 選び比較しました。
Googl翻訳 (http://translate.google.co.jp/ )
エキサイト翻訳(http://www.excite.co.jp/world/ )
Yahoo翻訳(http://honyaku.yahoo.co.jp/ )
Infoseekマルチ翻訳(http://translation.infoseek.ne.jp/)
OCN翻訳(http://www.ocn.ne.jp/translation/ )
nifty翻訳 http://honyaku.nifty.com/

以下はその結果の一部を表にまとめたものです。この表では、先ほどのサイトに加え、Office 2007での翻訳結果も追加してあります。

翻訳ツールの比較
図1 翻訳ツールの比較
 

上記の表の左列には、もとの日本語原稿の中の文をそのまま翻訳ソフトに入力して翻訳した結果を載せてあります。

 その中では、G翻訳だけが元の3つの文が、英語の3つの文になっており、その他は英語の2つの文になっていました。 そこで、G翻訳が最も適切と、それ を遣って作業を進め る ことにしました。 ところが作業を進めていく途中で左側の原文には、最初の文の終わりに読点が入っていないことに気がつきました。 そこで読点を入れて比 較をやりなおしたのが同図右列です。 どの翻訳サイトも、3つの文となり、それなりの翻訳結果が出ることがわかりました。 考えてみれば当たり前のことで す。 翻訳プログラムを作る立場で考えれば、読点までを単位として翻訳を開始するのが普通です。 今回の比較選択では、改行を文の区切りと考えているかど う かをテ ストしていたことがわかりました。  プレゼンの場合には、図面の中の文章などには読点が無かったり、リスト形式の文については体言止めになっていること もあ る等いろいろな表現方法を使っているので、それはそれでいいのかもしれません。 ただ、私には、ついつい読点をいれないことが多いという癖が あった ことが分かりました (この例のように、一つのブロック内で読点を入れたり入れなかったりというのどう考えてもはまずいことは確かです)。
 ほかにも逐次訳に近い翻訳を行うサイトもあれば、ある程度流暢な英語になっているなど、それぞれ特徴を持っているようです。 例えばこのケースでいえ ば、 「持続可能」といった言葉が「sustainable」になるかどうかなども、選定の条件になるかもしれません。 また、翻訳された単語をクリックし、複 数の候補単語の中から選べるものや、一度翻訳した英語をもう一度元の日本語に再翻訳して、その内容を確認できるものもあるなど、翻訳サイト毎にそれぞれ特 徴がありました。 その他、複数の翻訳サイトにアクセスし、その違いまで分析してその結果を表示くれるサイトもありました。 結局、日本語の文章のスタイ ルに応じて、い くつかの翻訳ソフトを試し、お気に入りを選べばいいということのようです。

翻訳をやってみたら

こうして選んだG翻訳を使って、元の日本語に句読点を追加したり、原文を修正しているうちに、少しずつ意味の分かる英語 になってきました。このように結果を見ながら使い方を変えて翻訳の試行錯誤を出来ることが、対話型翻訳ソフトのいいところです。 さだめしアジャイル開発ならず、アジャイル翻訳というところです。結果を見ながら翻訳を進めて行けばいいわけです。 これなら使えるかもしれないと、パワーポイント資料の日本語テキスト部分をブロックごとにコピーアンドペーストして、翻訳をすすめてみました。 修正された日本語には冗長だったり、少し簡単すぎるようになったりしましたが、句読点の指定だけは決定的に重要でした。これも日頃からきちんとした文を 書く習慣が付いていなかったのだと反省しきりです。

 下図は、アントレプレナー入門で英語の配布資した資料の一部"大学はやめないぞ(http://www.innov.kanazawa- u.ac.jp/vbl/vbl-support/seryo-venture-info/post-50.html)の図2起業までどうやっての左下の 部分"の原文です。

隙間を探す
図2 隙間を探す
 

この チャートにも、句読点はありません。G翻訳でよかったと安心して先にすすめました。ところが、最初のテキスト「何を変えるか」の翻訳は「What do you do to change」となりました。これでもいいのですが、なんとなく変に感じました。翻訳ソフトの代替言語を調べても、気に入るものは見つかりません。 しかし、この部分は説明のルールの基礎として参照している「TOC(Theory of Constraint:制約条件の理論)の常用句で非常に大切な部分です。改めて手持ちの英語資料を調べると、「What to change」となっていたので、今回はこれを使うことにしました。多分以前にこの資料を読んだことがあったので変に感じたのかもしれません。 このような業界用語や専門用語については、手持ちもしくは図書館等にある専門文献や専用辞書を使うか、専門のサイトや翻訳サイトを使う必要があ る事も分かりました。文の主語についても、上記の最初の文では正しく補充されていますが、多くの場合日本語には明記されていないので、翻訳ソフトへの入 力時に、補足して おかないとうまくいかないことも分かりました。

 余談ですが、この記事を書こうと図書館に行っている時に、金谷武洋氏の「日本語に主語はいらない」(講談社選書メチエ発刊)を見つけました。 本の内容はカナ ダで日本語を教えている筆者が、「主語+述語+目的語」に慣れた欧米人に日本語文法に従って日本語らしい日本語を教えようとすると、どうしても主語が邪魔 になる。そもそも日本語文法そのものが欧米の文法構造を無理やり日本語に当てはめて作られたからだと言っています。これからは、日本語の構造 にあった文法体系を作りそれを教えるべきだと言っているようです。金谷氏の主張は「日本語を主語という概念から今こそ開放し、日本語の教師と学生をいた ずらに混乱させるのをやめよう。ダミー主語的発想を押しつけているうちに、日本語そのものがダミー(愚か者)になってしまうのは悲劇である。」にあるの か もしれない。「日本語をやめて英語にしよう、と真剣に考えた初代文部大臣森有礼は、結果としてなんと多くの支持者と追従者を生んだことであろう。」とも いっています。カナダで日本語を教えていらっしゃる氏だからこそ、「日本語教育は日本語に最適な文法」をもとにやりたいとの主張には説得力があります。 これって日本発のアントレプレナーにも適用できるルールのように思い、妙に共感しました。

 余談はさておき、パワーポイントの日本語テキストを少しずつコピーアンドペーストして、翻訳をすすめた結果が次の図です。

Find the Gap
図3 Find the Gap
 

まだ不十分なところがありますが、なんとか形だけはできあがりました。
また、翻訳した英語は文が長くなり、日本語の元のスペースに収まらないこともありました。対策としては
  重要性のない文は翻訳しないこと
  文章を短くする
  別のページにする
などをおこないました。

今回の資料は、プレゼン時には配布する参考資料ですので、5の補足の()内は削除てありますが、プレゼン資料では、2のブロックを 別のページに分割しました。

ここまでのテストでの翻訳ソフトを使うときの主な教訓は、次の通りです。
  句読点をはっきり入れる。
  主語と動詞を明確にする(不足なら追加する)。
  修飾語には気をつける。
  あまり長い文(複雑な構文)は作らない。
  専門用語が含まれると思われる語句または文は、専門サイト等で検証する。
  こうした方法で原文を修正し、もう一度和訳して今度は日本語で意味の通ずる英語にする。

日本語資料の検討にも使えそう

以上、翻訳ソフトを使って、なんとか英語の資料を作成した経緯をサンプルをいれて、説明させていただきました。この流れを抽象化した ものを 図4にまとめたました。最初に元の日本語資料を修正用日本語資料としてコピーし以降はこのコピーされたファイルを元に、翻訳システムに文章をコピーアン ドペーストもしく は修正 を加えて気に入る英文になるまで訂正を加えるというフローです。

今回の翻訳の流れ
図4 今回の翻訳の流れ
 

この日本語資料を直しながら英語資料を作る作業で、自分の日本語資料の不備もいろいろ発見しました。こうし てこれまで気軽に作成してきた日本語資料も、副産物である修正された日本語資料(図4の破線で描かれた修正日本語資料)となれば、構文もそれなりにチェッ クさ れているし、主語もなんとなく分かるレベルまで修正されました。したがって、日本人だけではなく、日本語が話せる外国人にも意味の通ずる分かりやすい 日本語になっていることも期待できそうです。それならこれを逆手に使って、日本語の資料を作る時に、少し時間を取り、翻訳ソフトを使って英語 に直してチェックして 見てはいかがでしょう。思わぬエラーが見つかるかもしれません。

 ただこの時、日本語らしさを失わないように、主語の省略、敬語の追加、歴史的もしくは文化的比喩といった日本特有な部分については意図的に修正すること も必要です。

 最近、製品説明や取扱説明書等の標準マニュアルは英語で開発し、それを必要な国の言葉に翻訳してその国のマニュアルとして配布している会社や社内公用 語 を英語にしている企業があるといったニュースを見られた方もいらっしゃるかと思います。さらに、先日お会いした大学の先生は、「私の大学院での講義は英 語で行っている」とおっしゃっ ていました。やっぱりここでも時代の流れを感じさせられました。これらの企業や大学法人に共通しているのは、グローバル化したマーケットを対象にし て いることです。ただ、英語化のメリットが分かったとしても、「日本語が公用語である企業で英語を公用語にすると、社員の反発や社員のモラルダ ウンが大きく、」一般の企業ではなかなか実施できないと言われています。

 そうであれば、グローバル競争にさらされている業界やTPPなどでグローバル化が予想される業界でアントレプレナーを目指す人は、初めから英語を 公用語にするとの意気込みで準備を始めるのがよさそうです。自社の固有技術に加え、そのような準備ができていることが、少なくとも日本における競合他 社との差別化要因の一つとして働くはずです。とすれば時間のあるうちに、自分の強みとなる知識(文書)については英語に翻訳して備えておき、英語翻訳レ ビューを受けた日本語バージョンで普段の仕事を進めるというのはどうでしょうか。何しろ企業化のチャンスはいつ来るかわからないのですから。


2012/09/14
文責 瀬領浩一