金沢大学先端科学・社会共創推進機構

VBL

70.内需不振をチャンスに

―ITpro EXPO 2012に参加して―

 

今年のITpro EXPOは、2012年10月10日~12日「Cloud Days Tokyo 2012 fall」「BigData EXPO 2012」「Smartphone & Tablet 2012」「Security 2012」「MOBILE & SOCIAL EXPO2012」[eドキュメントJAPAN 2012」というITにかかわる6つの展示会と同時に開催されました。今年のテーマは「グローバル化の推進」と「イノベーションの加速」でした。今回 ご報告する10月10日の基調講演は日本総合研究所の高橋進理事長の「新興国シフト、内需不振の時代を生き抜くビジネスモデル」でした。日本を取り巻 く経済環境は変わってしまった、既存企業はこれからの内需不振 を生き抜くためにはビジネスモデルを変えなくてはいけない、その鍵を握るのはICTとICTに関わる人材であると いうお話でした。しかしベンチャーやアントレプレナーには守らなくてはいけない過去は少ないのですから、初めから今回ご説明いただいた新しいモデ ルをヒントもしくは注意点として参入すればいいわけです。新しい事業のビジネスモデル作成にお役に立てばとお聞きしたことをまとめました。この後は、 高 橋理事長のお話のメモを頼りに私の解釈をいれて書いてあります。高橋理事長がこ通りおっしゃったのではありません。

短期経済状況は

最初に、最近の世界の経済状況を、いろいろな データを元になぜそうなったのかをご説明いただきました。世界経済の足を引っ張っているのは、先進国であり、そこからの回復には、欧州は後4~5年、ア メリカは2~3年かかるとされていました。設備投資の多かった中国をはじめとする新興国は、先進国の影響を受け、供給過剰となり過当競争を引き起こし ました。この結果新興国も先進国ほどにはひどくはないが、これから2から3年スローダウンしていくのではないかとお話をされていました。

ただ、新興国の中にも最近元気が出てきたニューフロンティアと呼ばれる国(ベトナム、フィリピン、ミャンマー、バングラディシュ、トルコ)があ り、 設備投資も中国・インドからこれらの国へという傾向が出てきている。中国・インドから軸足を外すことは出来ないにして2本目の足をこれらの国にも持とう という考え方もありそうです。

日本からみると、大きく減っているEU向け輸出は日本の輸出全体の全体の10%位しか占めていないので直接的影響はそれほど大きいわけ でない。一方、日本のアジア向け輸出は全体の5割を占めており、このアジア向け輸出がスローダウンし、日本は間接的にEUの経済情勢の影響を受けている と説明されました。

国内需要の内2%位は復興需要です。日本の成長率1%位に比べると相当大きい割合です。ただこれもいつまでも続くわけではありませ ん。 2013年度には復興需要は減ってくるが、消費税増税の駆け込需要が出てくるため大きく需要は減ることはないと予想されています。しかし14年度は消 費税の駆け込み効果は無くなり、復興需要が少なくなる時期です。さらに、消費税が上がり→物価が上がり→消費税が目減りする。消費税1%アップで、需 要が0.3%ダウンと見込まれているので、消費税3%アップで0.9%下がことになる。この結果経済活動で1%くらい上がっても帳消になるそうです。 震災復興についての、政府の考え方については2011年に出された「大震災後の日本経済を巡る現状と課題」(http: //www.meti.go.jp/committe/summary/0004660/23_007_05_00.pdf)にまとめられていますの で、そちらを参照してください。「マクロ経済フレームへの影響、エネルギーの制約問題、サプライチェーンの寸断、空洞化圧力の上昇、海外における日本ブ ランドへの信頼性に対する影響」等が整理されています。

私には、短期的には輸出需要は減り、消費税が導入されたあと国内需要は減るというように聞こえました。

長期的な政策課題

一方長期的経済課題として、「成長率の低下」、「電力危機」、「社会保障費増による財政危機」が問題とお話をされました。

1 成長率の低下

成長率低下の最大の原因は輸出企業のグローバル化
(国内の設備投資は減らし、海外への設備投資を増やす)です。中でも海外の設備投資が大きいのは中国、インド、 観光、台湾です。このうち、中国、インドへの進出は消費地で賃金も安いから、韓国・台湾(消費地で無い)に進出するのは 円高・TPP・FTA対策です。日本企業も韓国で作ってMaid in Koreaとしたほうが関税は安くなるからです。最近 は、韓国も竹島問題が出てきているので台湾に出て行く傾向が出てきているそうです。

これらの輸出企業のグローバル化で日本国内の雇用は減少しますが、グローバルな雇 用は守られ、企業の利益も損なわれるわけではありません。企業としては当然のことをやっていると考えざるをえません。

産業構造の現状
図1 産業構造の現状
「日本の産業を巡る現状と課題 経済産業省」(http: //www.meti.go.jp/committee/materials2/downloadfiles/g100225a06j.pdf)

図1は2010年に経済産業省より報告された日本の産業構造の現状です。この図にあるように、これまで日本ではグローバル製造業が頑 張ってきたか らなんとかなってきた。 ところが失われた20年を頑張ってきたグローバル製造業も疲れてきました。 電機業界で起きているような業績不振、リストラのようなことが他の製造業に見えるようになりました。その理由に6重苦(注1)を上げる経営者もい ますが、日本企業としては、海外設備投資を行い、海外進出してもまだうまくいかないことのほうが問題です。 民主党が政権を獲った2009年、「新成長戦略」(http://www5.cao.go.jp/seisakukaigi/shiryou/0001s - 100126/pdf/item02.pdf)を掲げました。この中で、環境・エネルギー、健康(医療・介護)、観光・地域活性化といった国内市場の分 野に重点的に力を入れて経済成長をめざすとしていましたが、あまり進んでいないのが現実と話されていました。

そして国内市場の活性化とそれを元にしたグローバル企業化について次のような事例をお話されました。
日本が今頑張っているようなインフラ産業(電力・新幹線等)も考え方を変えれば輸出できるかも知れない。
韓国に例を上げ、感性・文化産業(ファッション、食糧、観光、アニメ)の輸出を続け、韓国の知名度・ブランド力を世界に売り出し、その あとに製造業が売り込んでいく方法(マーケティング戦略)もいいかもしれない。
マレーシア・シンガポールの例のように、医者を輸出できないなら、患者を輸入するという医療ツーリズムといったような考え方もあります。

非製造業だって成長に役立つのではないかということです。


2 電力危機

今後とも電力コストは上がるとの予測でした。現状でも日本電力料金は、政府の補助を受けている韓国の2~3倍であり、脱原発も 難しく、暫くコスト高と電力不足と いった電力危機は続きそうです。とは言え今の政府を信頼して、原発を進めることに賛成出来そうもありません。

「スマートグリッド」、「スマートシティ」とは言われているが、日本の製造業は、単体はともかくシステム化は下手です。掛け声ば かりなのが気になります。しかし、アジアの電力不足はこれからも続きそうだし、日本が電力問題をうまく解決出来れば、グローバル化へ向けてのビジネス チャンス はあるとのお話でした。問題は現状のスマートグリッドは実証実験ばかりで、ビジネスになっていないことです。まだまだ、スマートグリッドを推進してい る先進諸国に比べて立ち後れている状況とのことでした。


3. 財政問題

財政問題は言いかえれば、社会保障問題です。

医療費はどんどん高くなり、年金を受ける人は増えていくのに、それを支える人が減っていく。このため今の若者の保険料は 上がり、しかしもらえる日は遅くならざるをえません。若者が年金保険料を払う気がしないのは当然です。制度の空洞化が起きてしまうのは間違いありませ ん(起きて しまった未来)。

対策は次の2つです。
1. 高齢者の方にも応分の負担をいただく。
2. 医療制度の無駄を省く。

ジョーク:3時間待ちの3分診療
「おばーちゃんの病院通いが多い。毎日のようにおばーちゃんは病院に行っている。あれ、今日はおばーちゃん病院に来ていないよ、な ぜなの、きっと今日はどこか具合が悪いから来ていないのだよ。」

高橋理事長は「税金をつぎ込めば医療介護を増やせると言っているがそれは違う。お金を使うだけでなく、上記のようなジョークを言われ ないように保護政策を撤廃し、仕組み全体の作り直しが必要だ」と指摘する。ただ私は上記の対 策2をやって効果が上がっていることが理解してもらえないと、対策1の高齢者の方にも応分の負担を頂くに理解を得るのは難しいの ではないかと感じました。過去の例を見ていると、対策1だけ行われるのではと心配です。

「緊急の場合は町の医者にそれまでは家で」という構造にしないと問題は解決しない。

スマートタウンを見てみよう(非製造業のために)

ここまで次の3つの長期的問題をあげて説明をいただきました。
1. 空洞化が進む中で非製造業をどう伸ばしていくか
2. 電力危機をどうチャンスに変えていくか
3. 社会保障の分野をどうやって改革していくか

こうした問題を解決し、改革を実行へと推し進めるにはやっぱりICTが必要だ。というのが高橋理事長の非製造業生き残りのポイント です。

ICTスマートタウンの実現
図2 ICTスマートタウンの実現
「ICTを活用した街づくりとグローバル展開に関する懇談会 報告書」 (http://www.soumu.go.jp/main_content/000166761.pdf) より
 

図2は2012年に総務省から発表されたICTスマートタウン構想のイメージ図です。
2015年頃に中央のICTの仕組み( 注2)で集めたデータを社会活動に役立てる先行モデル街を作る。2020年頃に向けて国内外に展開する構想です。

行政、防災、減災は当然。

観光・交通の例。
韓国人が最近随分日本に来ています(No1と多くて約500万人)。多くの人が九州に来るが、九州をJRでなく路線バスを使って一周することは できない。なぜならば統一したバスの時刻表も接続表もなかったのです。これでは観光地として問題だ、しかしこんなことはITを使えば解決可能です。

同様に農業、環境エネルギーもITを使えばガラッと変えることができる。
たとえば農業で、アジア人気のあるキュウリを輸出できれば、人気が出ることは請け合いである。たとえばタイにキュウリを輸出したいと する。日本は南北に長い国である。南から北へと耕作の時期をずらしていけば1年中キュウリを供給することができる。これなら タイの人に日本のおいしい キュウリを売り込むことはできるのではないでしょうか。これも、グループを作り、ICTで解決を出来る。

どうでしょう、ICTは非製造業改革の起爆剤として大きく効くだろうと思いませんか?というのが、高橋理事長のおっしゃりたいことの よ うでした。

製造業も変わろう

よく製造業がへばってきた原因の、第一にあげられるのは6重苦といわれる経営環境の悪化と言われます。この考え方は、問題の原 因を外部に求め、自分は悪くないと考える典型的な失敗事例もしくは破綻事例で見られる考え方です。 ことの本質は「グローバル製造業のビジネスモデルが変化してきたこと に対処出来なかった」という自責としないと問題は解決できません。

自動車も電機も頂点にセットメーカーがあり、組み立て、部品メーカー、材料メーカーというグループ会社となっている。これを称して、 ピラミッド構造・垂直統合・自前主義モデルと呼んでいる。なんでも自分のグループで作る。場合によってはオールジャパンで作るという考え方で す。

ところが世界のサムソンは違います。部品は世界中から集めている。
インテルはCPUの部品だけ作っている。
アップルの製品は韓国や中国で作っている。アップルはそれを売り、サービスで儲けている。もはやアップルは製造業と言えないかもし れません。

今となってみると日本の旧来モデルでは
オールジャパンに固守すると開発するのに時間(スピード) がかかりすぎる。
オールジャパンに固守するとコストがかかり すぎる
まず日本の巨大マーケットを開拓して、余力があったら海外に出て行こうとするので、グ ローバル化が遅れる。
といった欠点が出てきます。

この結果、コスト・スピード・グローバルで遅れ、最初にマーケットシェアを取っても、10年もしないうちにどんどん他者にマーケットを 奪われるということを繰り返してきました。携帯電話、液晶ディスプレー、テレビ、半導体等は苦労して開拓してはだめになってきた例です。これでは頑 張ってきた人は浮か ばれません。

製品アーキテクチャーの基本タイプ
図3 製品アーキテクチャーの基本タイプ
東京大学の藤本教授(http: //www.rieti.go.jp/jp/events/08020401/pdf/fujimoto.pdf 参照)
 

図3は東京大学の藤本教授が提案されて製品アーキテクチャーの基本タイプです。製品の特性をインテグラル (擦り合わせ)、モジュラー(組合せ)に分けて整理してあります。これまで擦り合わせ型が得意なのは日本、組合せ型が得意なのは、アメリカ、韓国、中国 といわれており、この擦り合わせ型に強いことが日本の高品質を支え、高機能を実現してきたと言われています。

これまですり合わせ型の代表は自動車、組み合わせ型はパソコンでした。しかし、最近はエレクトロニクス商品のように従来は擦り合わせ で作ってきた商品を組合せ 型の商品で代替することができるようになってきました。このためすり合わせ型の商品を作ってきた会社がコスト・スピード・グローバルで遅れを取り、業績 が落ちてきたというのがこの理論での説明です。製品が成熟化し、普通の顧客が必要とする機能や品質は組合せ型で十分対応できるようになって来ると、これ までのようにすり合 わせ型商品の優位に働かなくなってくるということです(自動車も危ない?)。

こうして6重苦に関係なく技術が成熟してくると、ビジネスモデルを変えない限り、今後とも苦しい状態が続くことになるとの説明です。

今後の付加価値獲得3分野
図4 今後の付加価値獲得3分野
「ICTを活用した街づくりとグローバル展開に関する懇談会 報告書」
(http://www.soumu.go.jp/main_content/000166761.pdf) より
 

ならばどう変えるのかというと、今後は付加価値が高いエリアに企業の重点を移していくしかありません。図4は、よく言われるスマイル カーブです。 すなわちこれまでの最終製品づくりを行ってきた企業は素材とか部品、もしくはネットワーク作りとかアフターサービスに出ていかなくては生き残れないとい うことで す(ビジネスモデルの変更)。そのためには、川上・川下への対応をICTで強化し、戦略構築力を強化するグループを作って、協力してシステム全体を売 るといった「システムアプローチ」をしなく てはいけないということです。

これは大変なことです。会社の理念、目標、運営方法、社員の考え方を変えなくてはいけません。これまでも日本は問題ばかりの先進国 と言われてきましたが、なんとか克服してきました。同様に、知恵を利用しステム構築の能力向上できるように ビジネスモデルを変えることです。そうす れば10年後、20年後、電力システムや医療・介 護システムのニーズが新興国で高まってきたときにビジネスを伸ばすことができます。しかしそのときまでにシステム構築の力が育っていなければ、システム 構築力を持った外資に獲られることになるのは仕方がないかもしれません。

システム構築力を作るのは人間です

このようにビジネスモデルを変えシステムアプローチのできる人材をどのように育成していくか?製造現場の力を残しつつどうやってシス テム化に取り組むか?私には、どうもこれが高橋理事長の おっしゃりたかったもっとも重要なことのように聞こえました。以下その要約です。

「タコつぼの中でのシステム化は意味がない。タコつぼから出て、視野を横に広げて、皆さんと協力していく。これがシステム化のポイ ントである。若い人は地道であるとか上昇志向がないと言われています。しかし友達関係・同僚との関係・異業種との交流といったまったく関係のない人と の交流が得意です(横串人材)。オールドジェネレーションのなすべきことはこのようなタイプの若い人達に日本の持っている良さを伝えつつ、彼らの潜在力 を開花させていくことです。更にグローバル化が大変遅れている教育制度も変えて、人材育成を強化すべきである。何しろグローバル活動に最 低限必要なビジネスツールや言語(ICTと英語)すら使いこなせない人がいるのですから。」

既存企業がビジネスモデルの変更に苦労している今こそ、ベンチャーやアントレプレナーのチャンスです。 何しろ彼らには変化に抵抗する既存のビジネスのモデルも社員も組織も無いのですから。 自分の得意技を磨きあげ(自分の強みを生かして)、 現状の(既存企業の) 問題を(弱みに) 解決するビジネスモデルを作る(付け込む)。 これこそベンチャー成功のカギと感じさせられたセミナーでした。


注1 6重苦:
企業経営者らが諸外国と比べて日本の事業環境が不利な要素としてあげる6項目。 一般的には、円高▽高い法人税率▽自由貿易協定 への対応の遅れ▽製造業の派遣禁止などの労働規制▽環境規制の強化▽電力不足。 経済産業省によると、2011年時点の法人実効税率は日本(東京都) の40.69%に対して、米国(カリフォルニア州)が40.75%、ドイツが29.41%、韓国が24.2%など。 日本は法人減税と復興増税があり、 12年度は38.01%になる予定。 コトバンクより

注2 ICT技術:
センサーネットワーク: 街中に配置したセンサーにより、リアルタイムでの情報収集が可能で高付加価値のサービスを提供する仕組み。
ビックデータ: 多様かつ大量のデータ収集・解析による社会経済の問題解決や新事業の創出が可能となるシステム。
ID: 様々な主体に散在する本人に関する情報を連携させ、状況にあったサービス提供を可能とするシステム。
クラウド: どこからでも、必要な時に、必要な機能だけコンピューや資源を利用できるシステム。
ブロードバンド: どこでも手軽に利用できるブロードバンドネットワーク。 光ファイバー等の情報通信インフラを地中化した安全でコンパク トなシステム。
ワイヤレスネットワーク: 災害時でも途絶しない自立分散型ワイヤレスネットワーク。 携帯電話が通じなくても災害情報を迅速・確実に受 信できるシステム。
図中説明より

2012/10/16
文責 瀬領浩一