金沢大学先端科学・社会共創推進機構

VBL

77.データから知恵へ

知恵社会に備えよう

はじめに

 2013年6月29日~30日にかけて慶應義塾大学 三田キャンパスにて、経営情報学会 2013年春季全国研究発表大会が開催されました。本年のテーマは 『成熟情報社会で の経営~機会の創れ(うまれ)、人の紐帯、感動の弾けり』でした。

 大会では特別講演、パネルディスカッション、一般セッション、研究部会セッション等が行われました。今回、研究部会の一つ「情報共有と意識改革の事例研究 ―創造性ある組織への変革過程―」のセッションに参加しましたのでその報告です。研究部会の司会は向井和男(KM研究所)、発表は本間隆裕(三技協)、奥村経世 (専修大学)、伊東俊彦(桜美林大学)でした。このテーマは以前にもこのシリーズの 経営者のためのPDCA情報共有の仕組みつくり でご報告した三技協様の経営改革の進め方と、従業員のアンケート調査の発表でした。

 多くのベンチャー企業も同様な悩みをお抱えだと思います。起業時にはとりあえず自分の一番得意なところから始めるわけですが、その後更に成長を続けるための ヒントになればと思い、報告させていただきます。

三技協の経営課題と情報システム

 まずは株式会社三技協様の本間隆裕氏より、研究調査の対象となった「三技協の経営課題と情報システム」のお話をいただきました。

 現在の三技協の事業領域は図1にあるように広い範囲にわたっています。 これらの通信システムの設計から、設置、現地調整、受け入れ試験までのプロジェクト 管理と施工、さらにはその後の運用までを行うエンジニアリングサービス会社です。

三技協の事業領域
図1 三技協の事業領域
本間氏の発表資料を参考に作成
 

 ということで多くの写真でその様子をご紹介いただきました。 ちなみに2006年1月23日に小惑星探査機『はやぶさ』を発見したのも同社の社員だそうです。

 更にこのようなエンジニアリングサービス企業であるが故の経営課題として次の二点のご説明をいただきました。

① 営業活動の可視化
 各部門の進渉状況の全体像が見えず、予算達成が可能なのか、課題が何なのかどんな手を打つ必要があるのか・・・ 経営判断に迷いと遅れが生じていた。

② 戦略的営業の強化と人の育成
 製品を持たないエンジニアリングサービス企業には、顧客の事業環境を察知し、潜在ニーズを汲みとる提案型営業が不可欠であり、担当者には御用聞きではなく 「考える」営業が求められいてましいた。マネージャーには部下を育成し、組織を育成してほしい、核になるマネージャークラスにきちんとした営業マインドとプロセス を教育する必要がありました。

 この課題を解決するために使われているのが、サイバーマニュアル(以下CMと略します)とセールスファネル(以下SFと略します)です。と言うことで、その画面 や原理をご説明いただきました。その特徴は、全体が一覧できるビジュアルメニューと、ユーザー入力を判断して次の入力画面を準備する親切な入力画面を持っている ことであり、集められた情報を出来るだけ多くの人が見ることが出来るように整理した情報集積のシステムでした。

 私は、この2つの情報システムの役割(狙い)を図2のように解釈させていただきました。CMは情報活動と解決策作成を支援するシステムであり、SFは行動管理を 支援するシステムと解釈させていただきました。この考え方を他の業界に応用するには、CMをその会社の重要な業務の解決策作成支援に利用し、図2の右上の部分に業界の 特特有の重要な行動管理の仕組みを追加すればよいわけです。ちなみに今回の発表では話題にはなりませんでしたが、エンジニアリングサービス企業である三技協さん ではプロジェクト管理が行われています。

情報とシステムの位置付
図2 情報とシステムの位置付け
 

三技協変革の歴史

 次いで、専修大学の奥村経世氏より三技協の変革の歴史を次の3つのタイプに分けて説明をいただきました。

3つの改革
図3 3つの変革
奥村氏の発表資料をを参考に作成
 

① 事業構造の変革
 目的:下請けからの脱却を目標に、関係会社設立するとともに事業多角化を行い、主要顧客数が1980年代のから2009年にはおよそ100社に増大でき、下請け構造から の脱却に成功しました。

② 組織文化の変革
 個人に蓄積されがちな知識を組織全体として蓄積するためにCMの開発やPBT( Performance Break Through)や構創塾(自分たちの立ち位置を俯瞰し全体最適と部分 最適を考える教育)の開設による業績向上のための改革、社長からの5分間メッセージ発信、人事制度の変更、経営理念の変更等の諸施策おこないました。その結果CMの 登録録情報件数が2004年には2000件を超え、これ以降は急速に増加しました。

③ ビジネスプロセスの変革
 技術志向の従業員が営業活動に対する意識をより強く持ち.既存顧客の深耕や新規顧客の開拓にも関心を持つように 案件管理を中心とした、SFの自社開発を おこないました。

アンケート結果

 最後に桜美林大学の伊東俊彦氏よりSFの利用者に焦点をあてたアンケートの実施した結果の報告が行われました。

データから知恵いへ(DIKW):三技協のケース
図4 回帰分析の結果
伊東氏の発表資料を参考に作成
 

 アンケート調査の結果次のことが分かりました。

① SF利用により「考える習慣の定着」と案件管理の段階把握などの向上がみられた。
② 情報システムの効果についてはCMはSFより、より営業活動を支援している。
③ 回帰分析からは、より三技協の企業変革が事業構造の変革⇒組織文化の変革⇒ビジネスプロセスの変革と変遷した。

データから知恵へ

 今回のケースは大企業の下請けとしてエンジニアリングサービスを行っていた企業が、知識の有効利用を可能にするIT技術を利用し、2代目社長の思いを実現し 再先端のエンジニアリングサービス企業に変革した事例と考えることが出来ます。

 IT技術の利用と言えば、私も今から30年くらい前にITを利用するビジネスに従事していました。その頃の主なテーマはオンラインで情報を集めデータベースを構築 することでした。こうして集められたデータを、集計すれば売上実績や流通在庫を効率よく迅速に集計でき、製品在庫や材料在庫量の削減に効果があると必死にデータ ベースシステムの売り込みと導入を進めていました。ただ、どれだけ迅速に処理しても集計出来るのは所詮過去のデータでした。考えてみれば、後ろ見ながら車を運転 しているようなものです。将来は過去の延長であるということが前提です(車でいえば道はまっすぐ伸びていることを前提に運転していたわけです)。

データから知恵へ(DIKW):三技協のケース
図5 データから知恵へ(DIKW):三技協のケース
4th generation R&D Miller P87 を参考に作成
 

 ところがこれでは、うまくいかない業界もあったわけです。たとえば三技協さんの属するエンジニアリングサービス業界は、自社で大量の在庫を持つわけでは ありません。情報産業のインフラを支える変化の激しい技術を取扱い、人の心にかかわるような定量化しづらいサービス(ビジネスプロセス)に絡んでいました。とても 後ろを見て経営が出来る業界ではありません。すでに図5のような将来を見て経営が出来るような変革を必要としていたわけです。海外経験も豊富で最先端の情報産業を 経験してこられた現社長であったからこそ、その思い入れのもとで、理論にあった変革の実践を行うことが出来成功したのではないかと思いました。三技協さんでは これをオプティマイゼーション経営と呼ばれているようです。

注)それが、今回の発表にあるような知識を蓄積し、さらにはそれを社員に理解させるというプロセスを生み出し、今に至っていたっているように思いました。 さらには理解のステージにおいてはSFでの質問手順のシステム化(標準)をおこなったことが実践を容易にし、従業員が理解しやすい仕組み(見える化)となったように 感じました(SFのTimed PDCA)。その成果は、見事にアンケート結果に表れました。CMやSFが「新規顧客の開拓」や「新事業構想の開拓」に役立っていることが実証 されました。三技協さんはいよいよ知恵社会への準備が整いつつありと言う雰囲気です。

まとめ

 これからの変化の時代を期待して運営するベンチャー型企業においては、三技協のケースに見たような日常化するイノベーションとして、勘定系システムに加えCM、 SFもしくはそれに類する仕組みを考えてみるのも面白いのではないでしょうか。このような企業では、中間管理職が持っている知識もすでに蓄積されている知識も過去の 古いものが少ないわけです。従ってこれから共有できる知識を蓄積すれば、現場やトップが抱えている最新の情報が蓄積されるわけです。これこそイノベータへの近道の ように思います。

注)社員の「一行報告」が会社を変える―「見える化」のオプティマイゼーション経営 かんき出版 仙石通泰 をご参照ください。この本にはCMやPBTの考え方の 詳細に加え、インセンティブまで含めた傾斜の思いがのっています。

2013/07/10
文責 瀬領浩一