金沢大学先端科学・社会共創推進機構

VBL

79.価値設計図で事業計画を検証

ワイドレンズのツールを使ってみませんか

はじめに

視野テスト 2013年7月22日、金沢大学のキャンバスを歩いている時に、「シートベルト効果体験実施中」いう大きな看板が有り、車が衝突もしくは急ブレーキをかけた時乗務員に どのような衝撃が来るのか実演していました。その隣の大きなトラックの上に載せられたいろいろな測定器を覗いているうちに、左の写真にあるような「運転・走行能力 試験機」で、各種の反応速度をテストすることになりました。試験結果は年相応とのことでしたが、これまでキャンバスでテストした人の中では悪い方ですといわれて しまいました。やっぱり若い学生さんにかなうわけがありません。これからは車を運転する時には注意して年相応のスピーで走るか、注意力を上げる訓練ををしなければ ならないと思った次第です。

 その能力試験の一つの項目である「視野のテスト」で右端に対する反応が遅いとの結果がでました。確かに右目の視力が弱く眼鏡も合わなくなっているかなとは 感じていたので、その的確な指摘には驚きました。そういえば同じようにイノベーションを実施する時にも視野が重要との話を聞いたことがあったと、以前の資料を 探してみると、今年の初めに「Wilde Lens Pon Adner」を翻訳された清水勝彦氏のお話をお聞きした時に出てきたエコシステムのお話でした。

 この時印象に残ったことは、これからイノベーティブな事業を始める時には、これまでのように自分の行う事業活動だけでなく、「取り巻く 関係者の活動を考慮し、必要な対策を立る必要がある」ということでした。Afnerはその視野を広げることを広角レンズの効果にたとえているようです。今回は この本を読みなおしイノベーションの進め方について参考になりそうなところを纏めました。イノベーションを売り物にしたいベンチャーを立ち上げるかたのに参考に なれば幸いです。

ワイドレンズとは

 これまで製造業では、自分の製品を魅力あるモノにするためにいろいろな機能を開発して多くの用途に使える(汎用性)ようにする、高機能してクリティカルな条件 でも使えるようにする、故障しない高品質な製品にして安心して使えるようにする、使いやすさを追求して高齢者でも使えるようにするといったような機能を製品に作り 込み顧客の満足感を得るとか、低コストにして出来るだけ多くの人に使ってもらうといった努力をしてきました。こうした商品づくりを通じて他社との差別化を図って きたわけです。

ワイドレンズとは
図1 ワイドレンズとは
出典 ワイドレンズを元に作成 注1)

 ワイドドレンズではこれら自社で行うことを、図1の真中にある実行中心の課題としています。物事がうまくいかない原因を自責と考え、まずは自分たちでできる 対策を徹底的に行うというのは重要な事です。しかしながら製品がある程度成熟化して来るとこのような努力もあまり効果が上がらなくなりました。そこで、これまでは 多くの企業が顧客の必要としている機能を十分に把握していないためではないかと考え、顧客へのアンケートや様々の市場調査を行い、そこから得られた情報を商品作り を反映させるようにしてきました。このようにして企業が自社で商品価値のすべてを作りだそうとすると、組織の機能は増え、巨大化し、勢い複雑化していかざるを 得ません。ここの結果成功してきた大企業も組織そのものを守ることに追われ、ついつい保守化しました(イノベーターのジレンマ)。そのところを、イノベーティブな 意識の強い企業に狙われて思わぬ不覚をとることになっているケースもでてきました。

 その上ICT技術の普及により、ネットワークに繫がることが当たり前となったパソコンやタブレット、情報システムと連動したテレビ受信機、自動車のような道路に 埋め込まれた安全装置や渋滞情報まで考慮に入れたナビシステムといったように大きな情報システムの一部となって初めて効果が得られる製品も出てきています。

 こうして製品自体も製品の作り方もすべてを自社でやることは不可能なモノが増えてきました。すなわち、製造業のものづくりには単体商品の政策販売から、 バリューチェーンを前提とした商品開発を経てバリューネットワークを考えたや生産システムの構築が必要となってきたわけです。このような複雑な関係をもった生産 から消費至るまでのグループをエコシステムと呼んでいます。

 アドナーがワイドレンズで主張しているのはイノベーティブナ商品開発を行うためには、図1にあるように従来の「実行中心の課題」に加え、「コイノベーション」、 と「アダプリョンチェーン」のも含めた戦略策定へと視野を広げよう(ワイドレンズが必要)ということです。ここで 「コイノベーション」とは自分が成功するために自分以外の誰のイノベーションが必要であるかを考えることであり、供給者 (サプライヤー)サイドに期待するイノベーションのことです。一方「アダプションチェーン」とは最終顧客がイノベーションで 意図したすべての価値を判断できるようになるまでのプロセスにからむすべての人・会社(チェーン)がそのイノベーションを受け入れるための前提条件を整える ことです。

価値設計図

 イノベーティブな商品(新しい新商品:例えば馬車から列車への移行といったように従来の製品の性能向上や機能付加といった 従来製品の延長にある商品ではなく、従来商品を駆逐してしまうような商品を考えていただくと分かりやすいかもしれません)を計画するためには、自社プロジェクトと 顧客だけでなく関連するサプライヤ―や仲介者、仲介者をを支援する補完者、更にはその人達へのサプライヤーといった人達(パートナー)にまで、イノベーションを 進めるために必要な行動を取ってもらわなくてはなりません。また馬車から列車への例は極端だとしても、一般にイノベーティブな商品を考える時は、新人が 参加するだけでなく、これまでそこに参加していた人もやり方を変える必要があります。したがって、改めて自社のプロジェクトにかかわり、事業価値を共有できる人達 とその関係を明確にしなくてはいけません。このためのワイルドレンズのツールが図2に模式的に示した価値設計図です。

価値設計図の例
図2 価値設計図の例
 出典 ワイドレンズを元に作成

 

価値設計図を作成することにより、イノベーションにかかわるパートナーの全体像とその相互の関係が明確になります。この価値設計図の作成手順と 維持手順は次のとおりです。
1 エンドユーザー(最終的にイノベーションを受け入れる人)は誰か。
2 企業自身がプロジェクトを実現するために必要な事は何か?
3 サプライヤー(イノベーションの提案に必要なインプット)は誰か。
4 仲介者(企業とエンドユーザーまでの間にいるパートナー)は誰か?
5 補完者(他に同時に必要な何がを提供する人)はっきりさせる。
6 エコシステム(価値設計図に登場するパートナーが作るグループ)のリスクをはっきりさせる。
7 エコイノベーターまたはアダプションチェーンの中で十分にイノベーションの準備のできていないパートナーの、問題の原因を理解し、実行可能な解決策をはっきり させる。
8 定期的に価値設計図を更新する

コイノベーションとアダプションチェーン

 イノベーションのアイデア・技術を思いついたとしても、すぐに自分が先頭を切って実行に移してよいわけではありません。イノベーションの実行課題に応じて、 補完者との役割のあり方を考えてすぐに先行者となるか、補完者の様子を見るかの調整を図る必要があります。図3の先行者マトリックスにあるようにイノベーターの 実行課題の価値が高く、補完者のイノベーションの課題が低くい場合はイノベーターが先行すれば優位性はますます高くなる(エリア2)が補完者のイノベーションの 課題も高い場合には、イノベーターとしての先行者の優位性はそれほど高くはならない(エリア4)。一方イノベーターの価値が低い場合は補完者のイノベーションの 価値が低い場合はいのベータの先行者としての優位性は標準レベル(エリア1)となるが、補完者のイノベーションの課題の役割の方が高い場合には(エリア3)先行者 となってもその優位性は高くない。従って、このあたりを考えて、先行者として 行動するか、補完の様子を見手から行動するかを決めなくてはなりません。

 

エコノミックガーデニングの実施手順
図4 エコシステム再構築の経路
出典 ワイドレンズを元に作成

 それに対して、アダプションチェーンは自社のプロジェクトから後に、誰が関連するかをあらわすものです。重要なことは図2にあるエンドユーザーに至るまでに 仲介者や補完者及びそこに部品等を提供するサプライヤーの各々の人についてこのプロジェクトに絡んで得られる差益(相対的便益-コスト)がプラスになるかどうかを 見極める必要が有ります。アダプションチェーンの一つの要素であっても、マイナスが発生すると、アダプションチェーンはそこで途切れ最終ユーザーに到達しません。 (イノベーション失敗となります。)このようにアダプションチエーンが切れてしまう場合には差益がマイナスにならないように、アダプションチェーンを見直し代替 チェーンをつくるか差益がマイナスの人にはコストを選らすように考えるか便益が増えるような方法を検討しなくてはなりません。(このためのツールとして リーダーシッププリズムを提案しています。)

実施手順

 イノベーションを行うために、企業の中で新規事業うプロジェクトを行うにしろ、ベンチャーを立ち上げようとするにしろ、立ち上げ時に、当初考えた理想的な 値設計図を構築するするためのすべての資源が利用可能で、必要な条件を満たしていることは稀です。図4にあるように何らかの変更もしくは妥協を行い段階的な実現を 図からずを得ません。ワイドレンズではこのようなエコシステム再構築のための検討方法として次の5つ(エコシステムの再構築の5つのレバー)を提案しています。
1 再配置(Relocate) ある場所に束ねられた要素を、別の場所でより生産的に束ねられるか?
2 分離(Separate) 現在結合している要素を、生産的に分けることができるか?
3 追加(Add) 現在ない要素を追加して、生産的な新しいつながりを作ることができるか?
4 結合(Combine) 現在分離している要索を、生産的に結ぶことができるか?
5 削除(Subtract) 既存の要素を取り除くことで、価値創造の減少を実現性の増加が上回るか?
この5項目を検討し、ポトルネックを取り除き、それによって新しい価値設計図を作れないか検討することを提案しています。

 実施の第1段階もしくは起業の時には、上記5のやり方を参考に、第1段階として必要にして可能な最小限の要素によるエコシステム案(MVE Minimum Viable Ecosystem)とする価値設計図を作ることをすすめています。

エコノミックガーデニングの実施手順
図4 エコシステム再構築の経路
出典 ワイドレンズを元に作成

おわりに

 ここまで、エコシステムを実現するための方策として視野を広げるとの観点から「ワイドレンズ」で提案されているの考え方とツールいくつかをを中心に、簡単に まとめてきました。ワイドレンズでは他にもイノベーションリスク・フレームワーク、リスクの掛け算、リスクの隠れた部分といったツールについて説明されています。 詳細は注1にあげた書籍を参照してください。そこには、実例をふんだんに取り入れ、これらのツールに従わなかったために失敗した例やツールに従って成功した例が 記述されています。

 Vern BurkhardtのThe Wide Lensの著者であるRon Adner対するインタービュー記事「Is Your Lens Too Narrow? (http://www.ideaconnection.com/open-innovation-articles/00332-Is-Your-Lens-Too-Narrow.html)」の中でRon AdnerはWidelensで述べたことが必要なのは大企業 だけでなく、他社との共同作業が必要な命題を解きたいすべての人ですと述べています。そして、多くの起業家達がアダプションチェーン全体を見渡していないために 失敗しているとも言っています。

 イノベーティブなベンチャーを目指す皆さん、取りあえずは「アダプションチェーンの中で誰も損することのない最低限の価値設計図(MVE) 作り」から初めて見ませんか?これだけでも、イノベーションのリスクは格段に低下するはずです。

 MVEづくりで>重要なのは「価値設計図の作成手順」の5~8の段階(補完者、パートナーのリスク、イノベーションの準備のできていない パートナーのための実行可能な解決策、定期的な価値設計図の更新)です。1~4はその前提条件にすぎません。

 

注1:ワイドレンズ Ron Adner著 清水勝彦訳 東洋経済新報社刊 原本  The Wide Lens: What Successful Innovators See That Others Miss Ron Adner

注2:上記ワイドレンズでは原文Value buleprint,→価値設計図、原文MVF( Minimum Viable Footprint)→MVE(Minimum Viable Ecosysytem)として翻訳されて いしました。本の記述としては日本の習慣に合わせた適切な表現とは思いましたが、そこに確定的結論(結果)を目指す日本の文化と、あくまでも変化の1時点の表現で あると考えている原作者の感性の違いを感じました。

2013/08/15
文責 瀬領浩一