金沢大学先端科学・社会共創推進機構

VBL

80.起業のアイデアをまとめる

マンダラ図を使って検証

はじめに

 今年もまた、金沢大学のアントレプレナー学入門で一コマお話をする機会を得ました。昨年はこのシリーズで 大学はやめないぞを報告させて頂きました。 ただ今年のテーマは少し違って、第5回イノベーションを実現するマネジメント第6回起業までのステップ(1)に続く第7回起業までのステップ(2)でした。たまたま第5回と第6回をお聞きする時間が取れましたので、これ幸いとこの2回の授業に参加させて頂きました。

 そこで分かったことは

ということでした。

 何のことはない、すでに「起業後のHow」「起業時のHow」もお話が済んでいました。これでは事前に用意 していた一般論をベースにした起業までのステップを解説する講義資料では学生さんに申し訳ないと、私のテーマは「起業のWhat」を中心 にしました。以下はその結果です。

ビジネス環境の整理

 受講生の多くは今年入学したばかりで、大学生としての経験は2カ月に満たない人たちです。受験勉強を終えてホッとしているところで、企業経験も起業経験もない はずです。しかし受験勉強で鍛えた英語能力も穴埋め式の記述能力も十分で有るだろうと、図のような2種類の用紙を用意し、前の2回の講義で学んだことをベースに、 自分でやってみたいベンチャー企業について「起業のアイデア」をまとめる方法を解説しました。

ビジネスモデル
図1 ビジネスモデルの作成

 

 今回の起業のアイデア整理には以前に「 魚眼マンダラで一枚に」で説明させて頂いた、2枚の魚眼マンダラ図を使うことにしました。図1の左図にはこれから起業したいビジネスの環境を記し、そこで起業 するビジネスモデルは、右図に記入していただくことにしました。この2枚の図の関係は、建売住宅の販売チラシで言えばその所在地と間取り図、もしくは大学の附属病院 の案内図で言えばアクセスマップと病院のレイアウトにたとえられます。ビジネス環境はこれから説明したいベンチャー企業が経済活動のどこに位置するかを理解して いただくために創り、ビジネスモデルはその企業の内部機能がどの様な構造なのかを示すことを目的としています。

マンダラ
図2 ビジネス環境の説明

 

 図2は、これから起業したい事業がビジネス環境のどこに位置するかを整理していただくための事例説明に使った資料です。図2の中心には、今回自分は何をやりたい のか、左下にはこれまでにどんなことをやってきてどのような準備ができているか、右上には将来どのように事業を進めたいかの夢を記入した頂きます(時系列)。左上に は自分が事業をやるにあたって事業に影響のありそうな政治経済環境を、右下には自分がこのような環境の中でどのような立場で事業を始めるかを記入していただきます。 たとえば高齢者の介護ロボット事業であっても、介護ロボットの製作を行うのか、介護ロボットの利用にあたっての指導ガイドを行うのか、介護ロボットの助けを借りた 高度で安価な介護サービスを行うのかを明確にして、自分のやりたい事業の位置づけ(立ち位置)を明確にします(ビジネス空間軸)。中右は自分が個人的に持っている 能力、中左には自分が持っている人脈並びにそこからえられる経営資源について記述し、事業を行う仕掛を構築する経営資源も十分であることを説明します(資源軸 もしくは仕組み軸)。中上にはこの事業を行うに当たって倫理的、法律的、技術的、科学的な面から考えても十分実現可能であると理論的に説明できることを、中下には 宗教的、心理的、人間的側面からこの事業の実現に問題が無いことを記入していただきます(合理性、仕掛軸)。すなわちビジネス環境の目的は 提案事業の優れていることを時間軸、空間軸、仕組み軸、仕掛軸の4軸から整理することです。したがって、当たり前のことではなく事業の優れているところを 浮かびあがるように描く必要があります。

 講義で使った図2は製造業関係のビジネスを開始する時に一般的に関連しそうなことがらを記入したものです。個別の企業に当てはめて考える時には細かすぎたり、 粗すぎたり、無関係なものが含まれていたり不足しているものがあるはずです。さらに業界の違いにより考慮点も違うはずです。これを参考に学生さんが考えている ビジネスについて記入するようお願いしました。

 いろいろな施設のアクセスマップ見たことがある人はお判りでしょうが、アクセスマップは見る人がどこに住んでいるかによってその表示範囲を変ています。 例えば金沢大学のアクセスマップでは 金沢市にお住まいの方向けの金沢市のマップと、日本のどこかに住んでいる人向けの県単位のマップとそこに至るまでの主要都市からのアクセスパスを載せています。 すなわちビジネス環境を整理する資料を作成するためには、事業の説明を読む人(時には聞く人)がどのようなこと(用語・文章・図・動画)を理解できるかを考慮した 記述をしなくてはいけないわけです。

 今回のレポートを見るのは私ですから、私自身の企業経験についてもお伝えしておかないと学生さんはどこから描いていいか分かりません。そのために使ったのが 図3です。

自己紹介
図3 自己紹介用の説明図

 

 この図もまたマンダラ風に作成しました。中央が私の学生生活から現在に至るまでの研究並びに職業経験を表しています。左下はそれ以前の私が理解できる約50年の 日本を取りまく主な政治経済情勢。右上はこれから半世紀の間に起きると私が考えている世の中の動きを記してあります。これら3つは私の経験を中心とした過去現在未来 (時間軸)です。左上は私の経験した社会経済環境、右下は自分の研究並びに職業経験をした時の私の立ち位置を示しています。中央を含めたこれらの3つは私の経験空間 を示しています。中左右には、私の人脈と私自身ができることを示しており、私とこれまで関係のあった人的資源を示しています。更に中上は私がこれまで学んだ理論的 背景や、仕事を行う上で体験した制約条件、判断の基準として使ってきた考え方、更にはいろいろな経験から学んだことなどを説明する時に使った部分です、中下は家庭 生活や趣味などを通して経験した心の体験です。中の3つは仕事をやる上での理論や心をベースとした仕掛を創りだしてきたことをこのような図を使って説明させて頂き ました。この図はこのような経験を持つ私が分かるような言葉を使って、図1の記入を行う時の参考にしていただきたいとの願いを込めて自己紹介時に使いました。

 さすがに、大学に入学された学生さんです。この資料が英語で書かれているのを見て、レポートを英語で記入された方もいらっしゃいました。どうやら私の意図は 伝わっていたようです。唯残念なことにわざわざ英語で表記はされてはいましたが、その内容が単語のの羅列となったり意味不明となったりしたものもありました。 なぜかを考えているうちにその理由が分かりました。私が配布したこの図自身がそうなのです。私としてはプレゼンの補助資料のつもりで作成し、不足分は講義時に補足 して使いました。そのような説明のチャンスのないレポートで同様な書き方にするかもしれない事にまで思いが至りませんでした。次に同様な機会があるときには何か 対策を考慮すべきであることを学んだ次第です。有難い経験です。

ビジネスモデルとは

 図1の右図ビジネスモデルの記述方法には種々の方法が提案されていますが、この講義ではBusiness Model Canvas(以後BMCと略します)で使用されている内容を図4に あるようになマンダラ風にアレンジしたものを使いました。BMCはAlexander Osterwalder & Yves Pigneurによって提唱されているビジネスモデルを検討する時に使う 用紙です。BMCの記入用紙は、ビジネスキャンバスポスターからダウンロードできます。BMCを利用 する参加者はダウンロードした用紙を大型の用紙に印刷して壁にはり、自分で考えをポストイットに記入しこのキャンバスに張り付けます。その後、他の参加者と議論 しながら自分の考え方を見直し完成させます。BMCではお金の支出と収入を下位にを記入し、事業を行うための前提条件となる他社をパートナーとして右端に記入し左の 顧客セグメントに向かって流れて行くように記述することになっています。BMCの使い方と加工コマの記入項目の詳細等は注1で示した資料をご参照ください。

ビジネスモデルマンダラ
図4 ビジネスモデルマンダラ
BMCのレイアウトを修正

 一方ビジネスモデルマンダラでは、図4にあるように9コマの中心にValue Proposition(顧客価値提案)を記入しその右下にパートナーを置きそこから左上の顧客 セグメントに向かって価値が創られ流れて行く様子を記述します。金の流れは左下のコストとして支払った金が顧客価値の創造により右上の収入になると記述します。 要素となる項目は顧客セグメント、顧客との関係、収益の流れ、チャネル、機能提案、リソース、コスト構造、主要活動、パードナーの9つであることはBMCと同じです (図1にあるようにビジネスの環境と同じマンダラ風に並べ替え、形の整合性を取りました)。

学生はどう考えているか

 これらの図3・図4の資料を使って課題の説明を行い、宿題として上記図1の2枚を描くことを学生さんにお願いいたしました。2枚の用紙の記入状況は、皆さん見事な ものです。記入の量や内容にばらつきはありましたが、整然と描かれている様子には感心致しました。レポートの形式には問題はありません。もっとも形式に問題が 無いのがフレームワーク用紙を使ったレポートの特徴ではあります。提出頂いた2つのレポート中央にある要素(今・場と価値提案)を参考にどのような業務を起業したい と考えていたかを表1に示します。

 表1にあるように、今回レポートを提出した頂いた学生さんが考えた起業したい業種は、第1次産業である農業は1人ですから全体の約2%になります。同様に製造業 に代表される第2次産業には約16%、IT技術開発や研究といった高度なサービス業を考えている方は約10%にその他一般的サービス業を興したいと考えていらっしゃる方を 加えると第3次産業は72%であり、不明は約11%となりました。平成14年度の産業別就業人口構成はそれぞれ第1次、第2次、第3次産業で5%、28%、66%でしたから、 レポートでは第2次産業が少なく、第3次産業を考える方が多くなっています。その理由は今後の日本の産業への期待感を反映しているのか、取合えす設備投資等の 開業資金の少なくて済むサービス系の産業を選択されたのかは読み取れませんでした。不明が多いのはすべての人が就業するわけもないですから、あまり気にしなくても いいかもしれません。特定の業種で目立ったのは、介護ロボットの製造、介護サービス、ネットアプリの開発やサービスの提供でした。これまで受験勉強に明け暮れて きた学生さんが大学生になって1~2カ月でこのようにビジネス環境を的確に判断されているのは驚きです。これも家庭でのご両親とのお話やの教育に加え、社会貢献の 豊富なゲスト講師の皆さんのお話の効果と理解しました。いづれにしてもどのような起業を狙うのかについてはそれほど心配はいらないようです。

 ただ図1の左の組織の環境から右図のビジネスモデルの記入になると、さすがに経験不足が表に出ていました。これまでの講師のお話を お聞きして、お金の重要性はもちろんのこと顧客の重要性やパートナーの重要性は、認識してはいるのでしょうが、抽象的な顧客ではなくてどのような顧客か(顧客 セグメント)を特定する(区別するパラメータとその数値)ことができていない人が多くいました。例えば顧客の必要とするアプリを開発するというビジネスを考えて いても、どのような顧客(趣味の特定、年収、住んでいる環境、家族構成、属している組織といった顧客)かをセグメント化する情報の記述が入っていませんでした。 したがって、図4の価値提案(value proposition)に訴えるものをほとんど感じられなくなってしまいます。こうなるとビジネス規模やコストも明確にできませんし重要な チャネル(Channel)や活動(Key Activity)もいまひとつとなり、レポート内容が心に響かなくなってします。この結果、事業計画の実現性はほとんどないと容易に判断 されてしまいます。2013年8月5日の日経新聞に「増えぬ若者の起業 失敗の代償大きく」という記事の中に、日本の起業者の中で29歳以下の人の割合が10%以下と少ない のが問題だという記事がありました。今回のレポート提出者である学生さんは20代直前もしくは20代になったばかりの人のはずです。これまで大学受験に準備に追われ、 大学卒業後のビジネスのことなどあまり考える暇もなかったはずです。この状況で、狙っているビジネスエリアはいいけれども、ビジネスの具体的モデルは今一つという レポート結果には希望が持てます。ビジネスモデルの具体化と実現性の向上こそアントレプレナー学入門というコースの目的のはずですから。

まとめ

 そう考えると、図4はよく出来ています。コーエンの「ピーター・ドラッカーマーケターの罪と罰注2)」にドラッカーは「企業の基本的機能はマーケティングと イノベーションでありその他の機能はコストであ」と述べているとありますが、図4はまさにこの言葉の中身ををモデル化するのに最適です。中心にイノベーションを 実現するための価値提案を置きそれを実現する仕組(イノベーションの仕組み)を右下にマーケティングを左上に表現しています。実現に必要な活動項目は中心から 上下左右に伸びる十字線状に整然と並んでいます。そしてその活動結果をコスト構造と収益の流れとして左下から右上へと表現しているわけです。また前回「値設計図で 事業計画を検証」で議論した「ワイドレンズ」が提唱しているコイノベーションとアダプテーションの要件についても中右と中左の部分に表現できそうです。図1に示した 2枚の図はイノベーションを試みる人が、ビジネスチャンス(イノベーション)の妥当性と、ビジネス(イノベーション)実現の可能性を検討する時や、協力者に説明する 時のストーリー作りに使えそうです。何しろ高校を卒業し、大学に入ったばかりの学生さんでもそれなりの記入ができる簡単な図ですイノベーションもしくはベンチャー 設立を考えている皆さん、少し時間を取って図1の2枚の作成に挑戦してみませんか。そして、事業立ち上げメンバーやパートナーとの議論の 際に使用し、計画の整合性のチェックや企画案のレベルアップ更には意志統一の助けにされたらいかがでしょうか。

 

注1)ビジネスモデル・ジェネレーション ビジネスモデル設計書 アレックス・オスターワルダー(著)、イヴ・ピニュール(著)、 小山 龍介(翻訳)ビジネス モデルキャンバスのフォームはhttp://www.businessmodelgeneration.com/canvasからダウンロードできます。

注2)ピーター・ドラッカーマーケターの罪と罰 ウイリアム・A・コーエン(著) 松浦由紀子(翻訳)p42

2013/08/20
文責 瀬領浩一