金沢大学先端科学・社会共創推進機構

VBL

81.研究を通しての人材育成

現状分析ツリーを利用して問題の見える化を

はじめに

 2013年6月17日に金沢大学のMOT人材活用術で、TOCの思考プロセスについてお話をさせて頂きました。一通り、お話をした後で、思考プロセスの現状分析ツリー (今後CRTと呼びます)を使い、「大学院での研究が人材育成に役立たない」との仮説を分析するCRTの作成を宿題としました。この仮説は演習のために学生さんの 身近な話題を選んだものであり、正しい仮説であるかどうかを検証することを目的としたものではありませんでしたが、面白い結果が出てきましたのでご報告させて いただきます。

CRTとは

 TOCの思考プロセスでは、問題解決の手順を(1)何を変えるのか、(2)何に変えるのか、(3)どうやって変えるのかの3ステップに分けて行うことを提案して います(注1)。このうち第1ステップ(何を変えるか)で現状を分析のするために利用するのがCRTです。

現状分析ツリー
図1 現状分析ツリーの作り方
「ゴールドラッド博士の論理思考プロセス デトマー著 内山・中井訳 同友館」を元に作成

 

 図1の中にあるツリー図がCRTのイメージです。最上部に好ましくない結果(UDE:Undesirble Effect)を描き、その原因となっている好ましくない結果をどんどん 展開してツリーを作成していきます。改善運動で問題の原因を見つけ出すのになぜを5回繰り返すのと似たような手法です。ただし、CRTでは、その展開が5回とは決めて いません。この展開で、それ以上分解が意味を持たなくなった時(分解できなくなった時)それを根本原因(RT:Root Problem)と呼び、その中で最も重要な原因を 核心問題(CP:Core Problem)と呼んでいます。こうして現状を整理できれば、CRTは完成となります。次のステップは、核心問題や根本原因もしくは好ましくない結果を 解決する対策(注入:Injection)を考えます。注入により、好ましくない結果が好ましい結果(DE:Desireble Effect)に変わっていき最上位の問題が解決すまでの様子 を表したものを未来実現ツリー(FRT)と呼んでいます。こうしてCRTは将来どのような問題が解決されるかを考える元データとなります。

 図1 の左側にある17ステップはCRTを作成する手順を表したものです。1番のシステムの境界、ゴール、必要条件、成功の評価尺度を定義するから始まり、各ステップ を次々とこなしていき第17ステップの核心問題(取り組むべき根本原因)を選ぶところまで行えば、CRTは完成します。こうして得られた核心問題を解決すべきもっとも 重要な問題とします。このツリー作成で重要なことは、UDEに対して複数の原因(UDE)が考えられる時に、そのいくつかが同時に発生した時問題が発生するのか (AND条件:図中の楕円であらわしています)、そのおのおのが独立して働き(単文であること)どれか一つでも起これば問題が発生するするのか(OR条件:図中の 凹面鏡もしくは何も記入しない)を明確に区別することです。こうしてツリーに表現することによりと論理が明確となり曖昧さや記述不足を明らかにできる特徴が 有ります(TQCの見える化、フィシュボーンと似た考え方に論理規定を取り入れ対策考えやすくしようとしているように見えます)。

レポートのサンプル

 前節のような説明をしたあと、CRTのサンプルをお渡し見て頂きました。そのあと「大学院での研究が人材育成に役立たない」という極端な仮説を作り、コースの 参加者に宿題としてそのCRTを作成(レポート)していただきました。MOTの思考プロセスでこのテーマを選んだのは、コースの最初で、参加者の人生計画について レポートを作成していただきましたが、今一つ現実味が不足しているように感じたためでした。その後4人のゲストスピーカーから社会生活で人との付き合い方、仕事の 進め方等について基本的なことをお話を頂きましたので、今一度人生計画の重要性を知って頂こうと、問題解決の題材に研究活動を取り上げた次第です。このCRTが うまく作成できなければ上記仮説は否定され、他に適切な言葉が見つかれば改めてそれをUDEとすればいいわけです。


レポートサンプル
図2 レポートのサンプル 

 

 こうして、提出されたレポートの一部を図2に示しました。 その結果は

 1. 折角サンプルまでお見せしたのに図2にあるように皆さんの表現形式はさまざまでした。左下にあるようにCRTのルールをよく読みそれにしたがって作成された 多かったのですが、真ん中の下のように矢印はあるが枠組みのないもの、上部にあるように線があるがその因果関係(矢印が表現されていないもの、中には右上のように 文章表現や箇条書きのものもありました。

 2. 右上の文章表現は右下のようにCRT表現にしてみましたが、ここでは「私自身のことではないのですが」と言う文章の意味するところが、a:「自分は ともかく・・・・・」という意味か、b:「自分は人材育成はうまくいっているが・・・・・・」なのかが分かりませんでした。とりあえずaの意味で第3者的立場からの 意見として取り扱うことにしました。

 3. 一方、真ん中上に「~学生編~」とあるように、学生の立場から、教授の立場からといったようにCRT作成の視点(立ち位置)を明確にされているものもあり ました。私の宿題の意図としては自分の問題としてとらえてもらいたかったのですが、宿題説明時のあいまいさを突かれた思いでした。ただおかげさまでこの後述べる ような面白いことが分かるといったという副産物がありました。

レポートを整理すると

 皆さんから提出いただいたレポートの表現形式はいろいろありましたが、UDE形式に書きなおして整理していくと、重複もしくは類似のものを多く含まれていました。 そこで、CRTの重複するものや似たようなUDEを一つにまとめといった整理し、改めて皆さんから提出いただいたUDE間の関連性を元に再構築しました。次の講義の時、前回 皆様から頂いたレポートをお返しし、同時に再構築したUDEも配布致しました。すると、その結果を見た参加者で、前回レポートを提出されなかった方からも追加のUDEが 提出いただきました。これは面白い効果です。ワークショップ等で参加者の皆さんが提案された内容をその場で議論しながら修正していく作業を、講義形式の授業で、 宿題とそのフィードバックによって行ったことになります。事業計画を立てるような時間を争う数人の意見の集約にはワークショップ方式が有効でしょうが、大学の授業 のような多人数の講義形式の場合でも制約条件付きで意見の集約が出来る方法になりそうです。他にも大学の授業で、SNSのような講義参加者だけのサークルを作ること が出来れば以前の講義内容を忘れる前にもう少し素早く結果が見られるかもしれません。ただこのような仕組みを作っても、それぞれ忙しい参加者の誰が主催し誰が意見 をどのように纏めるかについては、難しい問題もでてきます。

人材育成と研究
図3 人材育成と研究
枠線の意味 赤色実践:院生、青色破線:教授、黒色に点破線:大学

 

 図3は、こうしてまとめたCRT案ですが、UDEの枠線に誰の問題かが分かるように工夫してあります。また?のような英数字は矢印が遠くにあるためその結合点を意味 しています。このためこの図には単に上から下への展開だけでなく、下から上の矢印もありループを構成している部分もあります。①のような数字は今回のレポート作成 時に説明の都合で追加した注目点を表しています。

 この図のUDEは常にそうであるといった真理を述べているわけではないことに注意して見てください。図3であれば「大学院の研究が人材 育成に役立たないこともある」と言うのが現状です。「大学院の研究が人材育成に役に立たない」のは「院生が大学院を卒業できれば何とかなる」と考えているか、 「学生が教員から渡された課題をただこなすだけ」でありかつ「研究内容に近い企業に就職できるわけでもない」場合、さらには「世界最先端の研究をやっているわけ でもない」のに「教員に人材育成意識が低い」の3つのケースのいずれかであることを示しているわけです。すなわちこの図では一つ一つのUDE追求(原因追求)において 重要なものから少数だけ選ぶといった重点志向で3つのケースが重要であると描いているわけです。そうでないとツリーが無数に広がりとても手がつけられなくなります。 そのあたりを要領良くやるガイドの一つが図1にある17個のステップです。他にも同じような現象が起きるケースはあるかもしれないが、それについては何も言って いません。他にももっと重要なケースがある場合はこのチームは問題を解決できない可能性が大きくなります。このため一度作ったUDEは、環境条件の変化や思い違いも あることでしょうから、その後の研究の進展に応じて時々見直し、必要ならUDEを修正し進め方も見直すことになります。

CRTをもとに新しい方法を考えよう

 図3の注目点①に大学院を終了できれば良いと考えている学生もいるこというUDEがあります。自分の同年代の頃を思い出すと納得できる意見です。ただそのころは、 大学院をでる人は少なく、自分の将来についてほとんど心配しなくても、それなりの将来を選ぶことはできました。しかし、現在はすでに同学年の若者の約半分が大学に 進学する時代です。大学を卒業してもリーダーや役職に就くことは保障されるわけもありません。学生の中にもリーダーになるために無理な努力をするよりそれなりに 幸せな生活が送れればいいと考える人が出てきても不思議ではありません。またやリーダーから見るとすべてのことについて一々自己主張する人だけでなく、与えられた 仕事をきちんとこなしてくれる人も必要かもしれません。大学院の学生までそのような人がいるのかどうかわかりませんでしたので、数人に質問してみました。その結果 「単位の取りやすい授業を選ぶ学生は、半分くらいいるかな」と言う返事でした。この返事が正しいとすると、半数の人たちにとっては今回とりあげた仮説は「UDE」では 無いとことになります(問題とする必要はない)→削除。

 一方自分の人材育成を希望する残りの半分の学生の立場に立って見ると、図3には学生自身のUDE(赤色)以外に、指導教官のUDE、更には大学のUDEも数多く記載 されています。これら自分以外のUDEは直接自分では変更することができません。しかしながら自分の人材育成を希望する学生にとっては「人材育成に貢献しない教員」は 困るわけですこのような時にはなんとか自分で対応することで最終的な UDEに至るのを食い止めることを考えなくてはいけません。そのためのヒントは注目点②の「人材 育成は研究室選択時の観点ではない」を否定してしまえばいいわけです。こうすれば、「教員の人材育成に対する意識が低い」と言うUDEにからむ問題点(直接関係する UDEは)解決してします。人材育成を希望する学生がこの問題を避ける方法は、大学院進学時に「人材育成に対する意識の高い教員」の講義や研究室を選ぶことです。 しかしそんな情報は、どこの大学院でも調査していないかもしれませんし、たとえ情報が有っても公開されることは難しいかもしれません。

 注目点②に注目点③の「大学院に進学する意義を考える場が無い」と注目点④の「学生に人生の目的が無い」を組み合わせると、人材育成を希望する学生が自身で 解決出来ることは、次の3つになります。(学生発ベンチャーも視野にいれて)。
1.学生は自分の人生の目的たてる。
2.「人材育成を期待する学生」は「人材育成の意識の高い教員」の講義や研究室を選ぶ。
3. そのうえで人生目的に合った研究をおこなう計画を立てる。
この3つはたった一回の学生さんのレポートから作ったものですが、それなりの結論が得られたような気がします。大学には、就職支援をサポートする機関や、就職 支援を売りにしている民間会社のパンフレットがいくつも見受けられます。それなら就職支援に加え上記のようなことを行う大学院進学を支援する 組織や会社にもビジネスチャンスが有りそうな気がしまし、すでにそのような情報も見受けられます。注2)

 TOC ではこうして創られたCRTに、実際に行う新しい方法(Injection)を加え、その結果発生するツリーを創り(FRT:Future Reality Tree)ます。それが、納得 できるものであれば、実施手順(TRT:Transiton Tree)を作成するステップに進みます。詳細は注1の文献を参照してください。

 ベンチャー設立を考える人は限られた資源の中で、現状の問題を解決して行くことになるわけですから、その前提として自分がビジネス の対象と考えている顧客セグメントの現状の問題点を明確にする必要があるわけです。このような時にCRTを作成し問題点(URE)を見える化する のはいかがでしょうか。そうすればベンチャーを立ち上げたい人の強みを生かした問題解決の支援(例えば上記の3つの対策の支援) 計画(ビジネスモデル)が作成できれば、ビジネスチャンスありと考えることができそうです。

 

注1) TOCの思考については 「ゴールドラッド博士の論理思考プロセス デトマー著 内山・中井訳 同友館」を参照してください。

注2)「2013年度版 社会人&学生のための 大学、大学院選び」リクルートムックに「社会人が集まる大学院の人気教授カタログ」と言う記事がありましたが現状で が数が少なくて今回のような学生さんの要求を満足せさせるには十分ではありません。その他Webには同様な情報が多数載っています。あきらめずに調査してみるのも 一案です。

2013/09/07
文責 瀬領浩一