金沢大学先端科学・社会共創推進機構

VBL

89.ベンチャーマインド教育について

第11回 全国VBLフォーラムより

はじめに

 2014年9月19日から20日にかけて、下図にあるように緑あふれる長野県上田市の信州大学キャンパスの総合研究棟7Fミーティングルームで「第11回 全国VBL フォーラム」が開催されました。

上田市信州大学キャンパス

 今年のテーマは「ベンチャーマインド教育と地域貢献」で、下表のような種々なテーマの講演と討議が行われました。

VBLフォーラム次第

 今回はこの中から「ベンチャーマインド教育のあるべき姿」に関係しそうな話題を取り上げます。

地元のビジネス化

 開催のご挨拶の後、最初の講演は(株)地元カンパニーの代表取締役の『「地元」のビジネス化~県外から長野県を 盛り上げる~』でした。

 児玉光史氏は長野県武石村(現上田市)のアスパラガス農家に生まれ、地元の上田高校を卒業後、東京大学農学部に進学し、野球部員として活躍し東京大学では 数少ない6大学野球での勝利に貢献されたそうです。その後民間企業で4年間営業職として、非常に立派な成果を上げられたそうですが、 2012年に(株)地元カンパニー を設立されました。自宅は上田、事務所は渋谷と上田ということです。

 講演の最初に「地元ギフト」なる本を回覧され、スクリーンでは何の写真か見当もつかない3枚の写真を見せられ、わたくしは何が何だか分かりませんでした。

 それでも、児玉光史氏の自信に満ちた若々しく元気で迫力いっぱいのお聞きしているうちに、お話の内容が理解できるようになりました。徐々に参加者の興味を 引き付けていく面白いプレゼンテーション方法でした。
(株)地元カンパニーの事業コンセプトは「地元のモノを地元の外で売って、地元に人を連れて帰る。」です。

 事業内容は次の通りです。
地元のギフト
 地域を絞ったカタログギフト。
若者のUターン採用支援
 地方企業や地域おこし協力隊の都内での採用を支援。
制作
 WEB、パッケージ、冊子など。
コンサルティング
 人材育成、若者1000人会議の開催支援、販売促進、講演など。

 VBLの人材育成については自分の体験に絡めて次のようお話をされました。
地元に絡んだアスパラガスを売るにはどうすればよいかといった問題への解決案の例。
大学の野球選手時代に使っていた竹バットを作りビジネスにするにはどうすればよいかといった自分の体験に基づいた例。
長野県の大学卒業生の就職先の現状に絡めて、長野ならノンビリ過ごせるだろうといったようなUターンを考えている人では 勤まらないよといったことを伝えなくてはいけない。
答えの決まった知識ばかり教える大学教育は、社会では役に立たない。
さらに若者は人を見る目は鋭いが言語能力がないので、若者は分かっていないなどといっていると、若者から見放される。

 ひょっとしてこれらの話、入社後3年で3割辞める新人現象の原因のかもしれないと感じた次第です。これに似たようなお話が 同社のHPに沢山乗せられています。ご興味のある方は訪問してみてください。マーケット系の起業を 目指されているかたには参考なりそうな考え方やホームページ作成のヒントが得られるはずです。

アントレプレナーシップ教科書の出版

 就実大学 三枝省三教授より、2012年の全国VBLフォーラムのアントレプレナー教育のWGの報告後アントレプレナーシップに関する教科書を作成しようと決まり、 その後進められて来たプロジェクトの経過についてお話がありました。教科書は間もなく出版される予定だそうです。

 この本の作成にあたり、起業家精神を次のように定義したとのことでした。
新しい知識の獲得に対する興味、夢、気づき。
目的・目標の作成、それを考え抜く力(ビジョン、戦略構築力)。
新しく創る心とその活動の楽しさの認識できる創造力。
やって、味わって、取ってきてわかるワクワク感とそれを作りこむ活動力。
活動からさらに新しい大きな夢の創造。
今までにない選択枝の創生。

 これらのことは、ベンチャー起業家だけではなく、人生のどこでも必要となるものだと考えている。
福井大学 武本卓也 から、この教科書の概要についてお話がありました。

アントレプレナー教科書の構成

上図はこの本の概要で以下に示す4部からなる予定です。
第1部 起業と社会のかかわり
第2部 起業のマネジメント
第3部 ベンチャーの成長と多様なスタイル
第4部 ベンチャービジネスの実際

 イノベーションとは新しい消費者、製品、製造方法、運搬方法、新しい市場、産業認識を生み出すものと定義した上で
第1部ではアントレプレナーシップ、社会へのインパクト
第2部ではビジネスアイデアの具体化、マーケティング活動、企業の成長ステージに合わせた組織づくり、企業における資金 調達法、 資金繰り・損益管理・経営分析
第3部では企業の成長過程に応じた戦略、成熟化市場での価値づくり、社会企業と一般的企業の違い、大学の論理と企業の論理
第4部ではリスク対応、企業の役割、ビジネスプランの作成
等をキーワードと議論のポイントとされるそうです。

本の特徴として、次のことを目指しているとのお話でした。
一般的な理工系学生でも読むことができる
使命・目的から入り、起業・成長のための説明
大学院科目にも使用可能な設問配置
コラムや事例、付録を多数掲載

 完成待たれる本です。

 2016年にはこれを教科書とする講義用の資料の作成を計画しているそうです。ひょっとしたらこちらのほうが、教える大学の教員にとっては役に立つかも しれません。

EDGE事業について

 文部科学省 化学技術政策局 産業連携・地域支援課 課長補佐 中澤恵太氏より「EDGE事業について~イノベーション・エコシステムの構築に向けて~」との お話がありました。内容は文部科学省のHP及び 本シリーズの失敗を恐れない事業化支援で報告した 「イノベーション・エコシステム」の説明と重複しますので省力しますが、会場からの質問の中に面白いのがありましたので紹介します。

 「地方起こしの目玉となるだろうと応募したのに落ちてしまいました。なぜ 選定機関のほとんどは人口100万人以上の都市に ある大学なのですか」です。お答えは「専門家を含めた厳正な審査とこれまでの実績を見 て決めたらこのようになりました。」でした。

 実績はなくても、熱意のこもった人材を育成するのが目的のアントレプレナープロジェクトでの選択がこんな状況では方法論の検討はできても、それによって 本当にイノベーション・エコシステムを必要としている都市の再生には役立たないのではないかというのが質問者の意図のように感じました。明治維新も江戸時代も 太平洋戦争の敗戦後の昭和の時代の例に見るまでもなくも常に「変革は辺境から」というのに。質問者の意図はやはり官主導のイノベーションは無理かもしれない と訴えようとしていたのかもしれません。むしろ、本当にイノベーションを起こすには、中途半端の支援をしないで、官はまずは現状の不具合部分の破壊を行い、 その混乱の中でイノベーションを生みだす仕組み作りを手伝う必要があるのではと感じさせた質問でした。このたび新設された地域創生担当大臣の苦労を予想させる 質問です。

 EDGE事業に採択された大学の中から大阪大学と九州大学の2つの事例が発表されました。

 最初に大阪大学 兼松泰夫 大阪大学におけるアントレプレナー教育 「世界適塾」魁 -World Tekijuku Groundbreakers-のお話がありました。続いて第9回の 全国VBLフォーラム(2012年)が実施された九州大学のロバート・ファン/アントレプレナー・センターの センター長 谷川 徹氏より九州大学における教育についてのお話がありました。第9回の全国VBLフォーラムの時に訪問したときには設備のすばらしさに驚かされ ましたが、参加者に配布されたパンフレット及びHPによれば現在はアントレプレナーシップに関連する授業も29講座科目となっており、その充実度に改めて感心 いたしました。

 これらの科目は
基礎編:理論中心の座学
応用編:ケーススタディや演習が中心
実践編:個別またはチームAL(Action Learning)、PBL(Project Based Learning)中心
と体系化されています。

 そして大学院を含めて6年間で履修するとすれば、半期に2科目程度を目安とすれば、それほど無理なく履修可能とのことのようです。

 すべての大学でこんなに多くの授業を用意するのは難しいと考えがちですが、内容を見ていくと教養教育、経営・経済・心理学等の専門学科の教育、大学院の 研究プロジェクト、大学院のMBA(Master of Business Administration)・MOT(Management of Technology)や、地域連携のプロジェクト等を一つのコンセプトに従って 整理し、人材育成プログラムとして体系化すれば、多くの総合大学においてはかなりの部分が実現されているような気がします。

 授業の内容は、これからの大学教育に必要なごく基本的なものが多いようです。大切なことは、日本の将来を担う人材はどんな人材であるかを整理でき、それを 実現するための全学的な体制づくりへの熱意を持ち、それを実現できるリーダーシップのある人材が体系化の任に当たっているかどうかです。これらが見えるような 成果を示せるかどうかの分かれ目のようです。

おわりに

 皮肉にもアントレプレナー教育で教えるべき内容そのものが、それを教える側に必要とされているわけです。そうです、VBLそのものが大学内のベンチャー組織 なのだと考えれば、問題は明確になります。

 VBLが設立されたころは、信州大学のSVBL長のお話にあったように「独創的な技術シーズを開発・研究するとともに、高度の専門職業能力と企業家精神に富む 創造的な人材を育成することを理念として活動」を行うところでした。人材育成はあくまでも、VBLでの技術シーズの開発・研究を進めるうえでの必要条件であった はずです。それがいつの間にか今回のフォーラムでの信州地域の大学や九州大学・大阪大学の発表にあるように、産学連携や共同研究、知財活用、地域貢献、 グローバル化といったより幅広い立場にたって人材育成を考えることになってしましました。

 ベンチャー企業で言えば、経営環境が激変し 業務範囲や顧客が極端に大きく変わってきているわけです。それに応じてビジネスモデルやマネジメント組織を 変えざるを得ません。すでにかなりのVBL組織は学内他の部門との連携統合を図っているようです。そろそろ残されたVBL組織は九州大学のQRECのようにさらに 大きな組織として独立して大きくなる か、他部門と共同して仕事を行うか、他部門にM&Aされるかといった、事業の移転・継承・EXITを行ない、新しい立場から ビジネスモデルを構築する時期です。さもないと今回テーマとなった全学もしくは地域と連動するような人材育成の責任を果たせそうもありません。

 今回のフォーラムでアントレプレナー育成の教科書ができることは分かりましたので、次はアントレプレナー育成のビジネスモデル構築方法がテーマになりそう です。

2014/9/23
文責 瀬領浩一