金沢大学先端科学・社会共創推進機構

VBL

105.主体的に未来を築く

これからはアントレプレナー精神が重要

はじめに

 今回は、前回に引き続き2016年10月11日の金沢大学での「実践!アントレプレナー曼荼羅」でお話ししたことの一つ、これからの仕事のありについて纏めました。 セミナーに参加されている方々はすでにアントレプレナーに興味を持っていらっしゃる方なので、屋上屋を重ねることになるかと思いましたが、これからの時代を 生き抜くためににはアントレプレナー精神がいかに大切なのかを強調するために、リンダ・グラットンのワークシフトに書かれている内容を私なりに解釈して、お話を させていただきました。今回はその他の若い皆さんも迎えるであろう新しい働きかたにも関係があると考え、話を補足してあります。注1)

これから世の中はどう変わるのか

 図1は、この本の書かれていることを中心にこれからの時代は何が起きるのかそしてどうすればよいかを曼荼羅風にまとめたものです。

ワークシフトの概要
図1 ワークシフトの概要

図をクリックすれば詳細図が見られます

 図1の枠組みのタイトル部分の頭に「・」が付けられている次の5つは「未来を形づくる五つの要因」です。
テクノロジーの進化
グローバル化の進展
人口構成の変化と長寿化
社会の変化
エネルギー・環境問題の深刻化

 この時「エネルギー・環境問題の深刻化」、「テクノロジーの進化」、「グローバル化の進展」は主に外部要因に関係があると考えて 青枠の中に、 「社会の変化」、「人口構成の変化と長寿化」は内部要因に絡むと考え 赤枠の中に表してあります。

 5つの要因の結果起きる「将来図(2つの生き方)」は内部要因として赤枠の中に表し、それに対応するために「自分自身の未来予想図を描く」、 それを実現するための「手順」とどのように「生き方を変える」のが良いという行動は黒枠の中に示しています。

テクノロジーの進化

 テクノロジーの進化につきましては「人は変われるか?ポストヒューマン誕生」 で2045年にGNP革命(Genetcs Nanotechnology Robotics)で情報と生物が交差する特異点がくるとのレイ・カールのお話を紹介しましたが、リンダ・グラットンの お話はもう少し手前の2025年に働き方(仕事のしかた)がどのように変わるかに焦点を当てて説明しています。

テクノロジーの進化

図2 テクノロジーの進化

 図2はテクノロジーの変化についてを読みながら、私なりに今はやりの「IoE」(Internet of Everything Iotの拡張版)の視点から、起きそうなことを絵にしたものです。

 この図で私は、IT商品のみならずものづくりのテクノロジーも飛躍的に発展し、多くの工業製品がインターネットに接続されるようになるとしています。その上世界の 50億人がインターネットで結ばれることにより、世界中のほとんどの人がインターネットを利用できるようになります。その結果地球上のいたるところで「クラウド」に 蓄積された情報を利用できるようになり、従来の仕事の生産性が向上するだけでなく、「ソーシャルな」活動が活発になります。仕事の場所の多くがバーチャル空間に移動し、 そこでは個人を代表する「アバター」として仕事をすることになります。その上IoEのクラウドサービスの一つ「人口知能アシスタント」が人に変わって、情報の記録や記憶、 情報の組み合わせや選択の手助けを行ってくれることを表したつもりです。

 Google検索にみられるように、記録と検索については、すでに人の頭脳の力が及ばないところになっていますし、チェスや将棋に見られるように、過去の経験を 活かし物事を考えたり、相手の行動を予測することも、もはや人間は機械におよばないところにまで来ております。またポケモンGOに見られるように、仕事のみならず 遊びの世界にも浸透していますが、このような傾向がさらに発展して行くものと考えています。

 図2のバスの絵に運転手が載っていませんが、これはバスやタクシーの運転手も自動運転アシストシステムにとって変わられることを示そうとしたものです。 最近の高齢者の自動車事故のニュースを見ていると、すでに現在の自動運転技術でも避けられそうな事故があります。時には自動運転のほうが事故数が少なくて 社会的コストが低いような気がする時もあります。ただし、多くの自動車運転者は自動運転車で事故を起こした場合、自分なら事故を起こさなかったハズと考えて、 事故の損害賠償を自動車メーカーに求めそうですから、おいそれと普及はしないかもしれません(レンタカーで普通になっているように自動運転車の事故保険料は、 自動車の使用料に含めて利用者に請求するようななんらかの仕組みが 必要となるかもしれません)。

 家、マンション、部屋の鍵の代わりは個人IDカードを持っておれば自動的にドアが開き通れるようにしておけば不要になります。

 お薬をもらうために医者に行く場合も同じです。手術のように体に直接手を加える必要がないときは検査機関(たとえば地元の医者、病院、大学病院、専門の検査機関) 等で検査を受けて、薬局に行ってお薬をもらえば良いわけです。慢性病の薬や予防薬の場合は、異常が見つかった時は医者に相談してから薬をもらうようにしておき、 その必要がなく前回と同じ薬を出すのであれば、これでもいいはずです。このように仕組みを変えるだけでも、医院で長く待たされることは少なくなります。 さらにこれらのデータを個人の情報として医療カードに蓄えておけば、病院を変わるごとに再検査といった重複作業も避けることが出来、医療担当者の忙しさも 相当軽減されそうです。これらはテクノロジーが人間の労働者を支援する仕組みですが、人によっては人口頭脳に仕事を奪われたと思うかもしれまん。銀行におけるATMの 普及のようにスムーズに移行できれば幸いです。これからの少子高齢化社会で、ムダを省き社会的コストを下げるためには必要な仕組みですから。

 同様な話は、図2の他の図のみならず、図2にあがっていないその他の仕事についても進め方や楽しみ方の改善方法を見つけることができそうです。このIoEの環境 もしくはフレームワークを整備するのは大企業となりそうですが、その環境の中で一つ一つの課題を解決するミニ起業家が台頭できるというのがリンダ・グラットンの主張です。 現在は日常使っている多くの機器が電気を必要としており、電気を供給するする大企業と、電気機器を設置するミニ企業がそれまでの関連自業を置き換えてしまった 電気業界と似た状況がテクノロジーの進化する世界でも起きるはずであると主張しているわけです。

社会の変化

 社会の変化については、次のようなことが述べられています。
家族のあり方が変わる。
自分を見つめなおす人が増える。
女性の力が強くなる。
バランス重視の生き方を選ぶ男性が増える(家族との生活の時間を増やす)。
大企業や政府に対する不信感が強まる。
幸福感が弱まる。
余暇時間が増える。

 これらに関連して、同一労働同一賃金という考え方や「非正規雇用」の見直し、もしくは「正規雇用」の定年制の廃止(働きたければ、いつまでも働ける)や 年功序列制度や定期昇給の廃止といった議論が、巷でされています。これらが国内の既存企業で認められなければ、起業家は新たに事業を始める時に、独立した別企業に 業務を発注するとか、そのような制度のある海外に業務を移管して始めれば良いわけです。現在のルールで運営されている既存企業にとっては困った状況ですが、 これも起業のメリットの一つになるかもしれません。働く人は、このようなことが起きるという前提で、働き方や働く場所を考える必要があります。

 他にも、次のようなことがあげられていますが、今回は省略させていただきます。図1をクリックしてみられるの詳細図に簡単に項目が挙げられています。
エネルギー・環境問題の深刻化
グローバル化の進展
人口構成の変化と長寿化

生き方をどう変えるのか

 このように現在の働き方には大きな変化の波がやってきているので、このチャンスを活かし主体的に動く人には明るい未来を期待できる時代がきました。ところが 大きな状況変化に対して、何もしないで漫然と未来を迎える人には暗い現実となリます。これは競艇に出てオールを漕いでいる選手には入賞・時には優勝という楽しい夢が あるのに、同じようなことをしているはずなのに奴隷船でオールを漕いでいた人々は苦しみばかりで希望の持てない状況となっていたのと同じです。このような人々の多くは 奴隷船の無くなるのを待っているうちに、自分の寿命のほうが先にきてしまったり、農業等他の仕事回され奴隷を続けざるを得ませんでした。対策は一つ、オールを漕ぐ 仕事を選ぶのであれば、できれば奴隷船に連れ込まれる前、連れ込まれてしまった場合でもなんとか時間を作って競艇の選手になるよう努力することです。

生き方をどう変えるか
図3 生き方をどう変えるか

図をクリックすれば詳細図が見られます

 ワークシフトの第2部「漠然とした迎える未来」の暗い現実では、いつも3分刻みの時間に追われ続ける、人とのつながりが断ち切られる、さらには 孤独にさいなまれることにより新しい貧困層が生まれ繁栄から締め出されることになると書かれています。

 一方第3部「主体的に築く未来」の明るい日々では事例に加え
みんなの力で大きな仕事をやり遂げるための コ・クリエーションの未来として、多様性はイノベーションの触媒なること
共感とバラフンスのある人生を送るために積極的に社会と関わる未来として、バランスの取れた生活を実践し積極的に社会と関わること
創造的な人生を切り開きミニ起業家が活躍する未来として、ミニ起業家たちの生態系 と創造性の未来を生み出す要因
といったことが書かれています。

 第3部をまとめると、「コ・クリエーションで多様性を保ち、積極的に社会と交わりバランスのとれた生活を実践しながら、ミニ起業家を目指す」となります。

働き方を変える3つの資本

 第4部には「主体的に築く明るい未来」を実現する方法が書かれています。このためには、これまでの「固定観念、知識、行動パターン、習慣」を変えて、 図4に上げる3つの資本を充実させる働き方をする必要があると述べています。これは大変なことを言っています。印刷機が出来た時には、口述伝承や写経といった仕事は ほとんど無くなってしまいましたし、紡績機械が出来たあとは、家内工業的織物はほとんど廃れました。自動車が出来た時は、人馬による移動はほとんどなくなりました。 電気が出てきた時には、人間は明るい間のみ働くという考え方はなくなり、家庭や工場の機械化が進み大量生産方式が手工業を淘汰しました。今起きている事はこれと 似たようなことです。これまでの「固定観念、知識、行動パターン、習慣」と言われる常識を引っくり返すような変化が起きると言っているわけです。

働き方を変えるための3つの資本
図4 働き方を変えるための3つの資本

 まずは知的資本すなわち意識と思考能力を強化することですが、ネットワークの発達する未来においては、中途半端な知識では同様な知識を持つ世界の他の人から 自分を差別化出来ず、有利な条件で働くことができません。徹底的に自分を磨き上げることが必要です。また職業人生が長くなると、せっかく身につけた専門知識も 時代遅れになる可能性があります。必要に応じて関連分野へ移動する必要性がでてきます。これが連続スペシャリストという考え方です。広く浅くでは生きていけません。

 人間関係資本とは、人的ネットワークの強さと幅広さのことです。孤独が広がる未来の世界では、活力を与えてくれる同質の人間関係とともに、創造性をもたらす 異質の人間関係も築くといった多様な人間関係を構築することが必要になります。これが実現できれば自分一人では競い合えない戦でも、チームで参加できるようになります。

 情緒的資本とは、自分自身を理解し、自分の選択したことを実行する能力です。このためには自分の価値観にあった選択して、それを実行するように しなくてはなりません。

 これらを纏めれば「様々な専門知識を次々に身に付けることを意識して行動し、いろいろのタイプの興味深い人たちと繋がり、そして善良にして精力的に振る舞う ことに情熱を傾けることにより、有意義な経験のできる生き方を選択する。」こととなります。そしてこの第4部がワークシフトで具体的にどうすればよいかを述べている 中枢部分ですが、とても書ききれるものではありません。ご興味を感じられた方は「ワークシフト」の第4部をお読みください。

おわりに

 第2次産業の発展の成果を堪能してきた戦後の平和国家日本では、都合の悪いこともその後の経済発展からくる豊かさの中に紛れ込みいつの間にか忘れ去られ、誰かが 貧困や苦しみから自分たちを救い出してくれるものだと思ってきました。ところが時代は変わり、イギリス人のリンダ・グラットンがその立場で書いたワークシフトという 本の内容が、今やグローバル化の世界に生きる日本でも、十分通用するようになったようです。もはや自分には都合が悪いと思ってもこの本に上げられた「未来を形づくる 5つ要因」からは逃れそうも有りません。ともすれば自分のことは棚に上げ、「お国の法律が制約だ、政府のやり方が制約だ、学校の教え方が制約だ、社会の貧困が制約だ」 と言って、誰かが対策を打っていないのが悪いと他人のせいにすることにより責任逃れをしてきたこともあったかと思います。しかし「未来を形作る5つ要因」を 理解した今ではそれでは「漠然と迎える未来」が来るのを黙認し続けること同じで、望ましい事ではないことが分かります。「これからの若者はワークシフトに 書かれたようなことが起きると考え「主体的に築く未来」を参考にしながら、「3つの資本」を獲得することが重要と考えました。そこでまずはその世界に入ろうとしている 「実践!アントレプレナー」講義の参加者にお話をした次第です。

 そのほかの人についても、明るい未来を期待するのであればアントレプレナー精神が必要であることは間違いなさそうです。

 また、英文ですが 自分のケースを整理するとき使えるワークシートが http://www.hotspotsmovement.com/uploads/news/id169/TheShift_Workbook.pdf にアップされていますので、なんとかお時間を作りご自身のケースを記入して自分の生きざまを見直してみるのも良いかと思ます。

 

注1) リンダ・グラットン(2012)「ワーク・シフト-孤独と貧困から自由になる働き方の未来図〈2025〉」原文のタイトルは 「 The Shift: The Future of Work Is Already Here」でだいぶニュアンスが違います。こちらは今すぐなんとかしないと、乗り遅れてしまいそうという感じを受けます。

 

2016/11/02
文責 瀬領浩一