金沢大学先端科学・社会共創推進機構

VBL

109.IoT時代の競争戦略

PTC Forum Japan 2016 に参加して

はじめに

 2016年12月1日にベルサーユ新宿にてPTC Forum Japan 2016が開催されました。 このフォーラムの主催:PTC社は同社のホームページによると1985年に創立され、ソフトウェア商品の開発、 多くの会社を買収し、今では、構想、設計から調達、サービスまで、製品ライフサイクル全体にわたるテクノロジー・ソリューションを提供している会社です。

 多くのフォーラムテーマがありましたが今回は印象に残った、2つの基調講演についてご報告致します。

世の中には現実世界とデジタル世界がある

 開会の挨拶に続く最初の基調講演はPTC Inc.の社長兼CEO ジェームス・E・ヘブルマン氏による「IoT時代のモノの新しい見方 ~現実世界とデジタル世界の収束~」で、 図1のような説明をいただきました。

その後の離職率の低下
 
図1 現実世界とデジタル世界
出典:Forumのプレゼン画像を元に作成

 私が、約60年前の学生時代に学んだものづくりは、製図板の上におかれた大きな製図用紙の上に定規やコンパスを使って鉛筆で設計図を描き、それをもとに 工作機械を使って部品を作成する方法でした。その設計図作成が2次元CADに、生産用の機械はNCマシンに置き換えられました。このあたりまでは私が体験した世界です。

 その後2次元CADは3次元CADに変わり、直接NCマシンに送られ加工ができるようになりました。

 最近のものづくりでは、3DCADを使って設計され、3Dプリンターを使って生産された部品を使って生産することも始まりました。この3Dプリンターが持つモノづくり 機能は工作機械とは違うため、部品の材質や形状にまで影響を及ぼしてきています。

 さらに製品の機能も変わり、IT機能を内蔵した物理的製品(スマートマシーン)は外部情報を取り込むセンサーを持ち、その情報を判断することにより外界の様子を 反映して動くものが増えてきました。

 IoT技術により直接デジタルの世界に繋がる時代になると機械がセンサーで情報を得るだけでなく、その情報をセンターに送ることも始まりました。他の機械や ネットワークシステムから得た情報も参考にして動くようになりました。そしてその結果得られた情報をセンターに送ることも始まりました。

 この結果顧客が使っている製品はネットワークを使って管理できるようになり、機械は故障が起きてからの修理だけでなくその兆候を見せた段階にも点検サービスを 行うことができるようになりました(サービスレベル管理)。例えば製品の修理時にデジタル世界で製品と工具の動きを体験でき、そこに人が参加して修理時に 発生する問題を検討できる時代(拡張現実)になろうとしているといったお話をいただきました。

 今後の修理作業はコンピューターOSやコンピューターアプリケーションプログラムのレベルアップやバージョン管理のように遠隔地からできるものも増えそうです (仮想現実)。こうして図1の最上部Industry 4.0も実現の時代がきそうです。こうなれば製品のサービス業務も大きな影響を受けることは間違いありません。

企業はどう変わるべきか

 基調講演のあと、PTCのかた、PTCのパートナー、さらにはユーザーのみなさんから40件に迫る事例や説明イベント がありました。各イベントの狙いは「最新のIoTテクノロジーを活用した製品開発、サービス、生産に関する競合優位性を高めるための変革への道のりを紹介すると共に、 先進企業の事例を紹介する、お客様各社の将来的な競争優位性の実現に向けた取り組みの一助となること」でした。

 最後の基調講演は、ハーバード大学 経営大学院 教授のマイケル・ポーター氏とPTC Inc.の社長兼CEOのジェームス・E・ヘブルマン氏の共演による 「接続機能を持つスマート製品や拡張現実(AR)が変えるIoT時代の競争戦略」でした。

 お話の内容は、ダイヤモンド・ハーバード・ビジネスレビューに載せられたお二人共著の論文を解説するような形で進められました注1)注2)。 ここでは私の記憶に残ったことを整理しましたので詳細をお知りになりたい方は、注1) 注2)の参考文献をお読みください。

<接続機能を持つ機械とは>

 まずは接続機能を持つ機械はどのようなことを指すのかということを、図2のような絵を使って説明を受けました。

その後の離職率の低下
 
図2 新しいテクノロジースタック
出典 詳細は"IoT時代の競争戦略"DHBR 2015年 4月を参照して下さい

 図2にあるようにIoT時代の製品は、これまでの製品ハードウェアに必要なソフトウェアに加えてネットワークに繋げる接続機能を備えており、 接続クラウドを経由して上部の製品クラウドに繋がります。そこでセキュリティチェックや外部の情報を参照して様々な処理がされ、その結果が接続クラウドを 通じて製品に戻されます。

 アントレプレナーが新しいハードウェアを設計するときに、どんな機能を取り込むかを考える時のいいチェックリストになりそうです。そのときは注1)の 参考文献のもう少し詳細な情報をお使いになることをおすすめ致します。

接続機能を持つスマート製品は何ができるのか

 1990年ころから バリュー・チェーンの自動化、2000年頃から バリュー・チェーンの分散化と連携が始まり、その後 ITを製品自体に取り込んだ接続機能を持つ スマート製品も作られ機械と電機製品の融合が始まり機械とネットワークの協調と連携が始まりました。

その後の離職率の低下
 
図3 接続機能を持つスマート製品のケーパビリティ
出典 "IoT時代の競争戦略"DHBR 2015年 4月

 図3に示すように接続機能を持つ製品はモニタリング、制御、最適化、自主性といろいろなレベルのケーパビリティを持つようになりました。 この考え方は新製品開発時に、その用途を考えるときに使えそうです。

拡張現実(Augmented Reality, AR)とは

 そして、今やユーザーの環境に応じてスマート製品がその時その場所で人間に必要な情報を提供するのが普通となりました。

 たとえば図4では、運転者(人間)は、通常前の窓から外の景色を見ながら、臨機応変に車の運転を行っています。一方車のカーナビはGPS(Global Positioning System) を使って自分の位置を知り、それを自分の地図上に投影し、今車がどこにいるかを見せてくれます。この時その他の車の運行状況から道路の混雑度も推測し地図の上に表示してくれます。これが拡張現実です。

自動車での仮想現実の例
 
図4 自動車での仮想現実の例
出典 プレゼン時の画面を思い出して作成

 その結果、実質的に運転手が知ることができる現在の状況(情報)が増えます。こうして運転者はこれから通る予定の道路の変更や、行き先を変えることが やりやすくなりました。

 同様なことが、仕事や生活の色々な場面で実現可能になってきました。

産業構造の変化

 上記はスマート製品の機能をユーザーの立場から見た変化ですが、この変化に関わる業界はどう対応すべきかについて、マイケル・ポーターの5つの競争要因を ベースに企業戦略を説明されました。図5は業界の事業領域がどうなるかを製品やサービスの面から示したものです。

その後の離職率の低下
 
図5 業界の事業領域の変化図
出典 "IoT時代の競争戦略"DHBR 2015年 4月を参考に作成

 図5では製造業に分類されているトラクター・メーカ―がいつの間にか農業オートメーション業界で競争することになるかもしれないという ことを示しています。

 同様なことは、自動車業界、家庭用品製造業界をはじめ、多くの業界で起きそうです。

 この結果、以前このシリーズの「ナレッジワーカーの没落にそなえて」 で検討した、「企業は10個の新しい戦略の選択枝」のお話も有りました。既存企業がこのような選択肢に悩むということは、アントレプレナーにとってはチャンスです。 既存企業が選択しなかったことを始めるか、それとも既存企業が新規事業に注力するために撤退を決めたところに参入するかといったように、色々事業計画の検討のときに 参考にできます(チャンス到来です)。

ソフトウェア業界から学ぼう

 バリュー・チェーンの変容を促しているのは、新しいデータやデータ解析といったデータにまつわることです。

 企業の各職能に応じて現れるバリュー・チェーンの変化は次の通りです。

製品開発:接続機能を持つスマート製品はこれまでの機械中心の考え方に変わり、システムエンジニアリングへと移行する。このためどうやって 低コスト化を行うか、新しいユーザー・インタフェース(AR)はどうあるべきか、新しい機能は何か、さらにたゆみない品質管理や、新規ビジネスモデルの支援、 システム相互の運用といったようなことが重要となる。
製造:スマート工場、部品の簡素化、組立プロセスの変更、終わりなき製造プロセス(製品が使われている限り製造プロセスは終わらないという考え方)。
物流:無駄の少ない配送をどうやってするか。 ドローンは使えないか。
マーケティングと販売:セグメンテーションとカスタマイゼーションの新手法、新たな顧客関係性、新しいビジネスモデル、個々の整品でなくシステム全体 に焦点を当てる。
アフターサービス:ワンストップサービス、遠隔サービス、予防的サービス、ARを用いたサービス、新規サービス。
セキュリティ:会社の全ての部門がハッキングの対象となってしまう。
人的資源:新たな専門性、新しき組織文化、新しい報酬制度。

 そしてここまでに上げてきたことは、Googleやアップルのようにソフトウェア業界では既に起きてしまった現実です。ITを自社商品に組み込むことは、 ソフトウェア業界では主要業務そのものであり、これからその他の業界でオープン化やクラウド化を行おうとしていることと大きな違いはありません。 そこで先行しているソフトウェア業界で既に効果のあった取り組みをその他の業界でも学んだらどうだろうと、次のようなことを上げています。

製品開発サイクルを短縮する
製品をサービス化する
解析を競争優位の源泉にする
顧客の成功を重視する
製品をシステムの一部と位置づける
 注2)参照

 これらの取り組みはアントレプレナーが仕事を進める仕組み(プロセス)を考えるときにもそのままあてはまります。

企業組織をどう変えるか

 従来から、既存企業特に大企業は自社の持つ資源(人、モノ、金)を最大限に活かして、事業を進めることを考えてきました(無理・無駄の排除)。 このため多くの会社組織は図6の青色にあるように、似たような事業機能ごとに資源を配置し、それを最大限活かして行くような運営をしてきました。

 昔、マネージャーの重要な仕事は自分の部門の持つ企業資源をいかに効率よく使うかだと、教えられたことがありましたし、最近その中でも金に重点を置き 総資本利益率(ROA:Return On Asset)や株主資本利益率や(ROE: Return On Equity)を上げるように努力している会社も多いようです。

新しい組織形態
 
図6 新しい組織形態
参照 "IoT時代の製造業"DHBR 2016年 1月

 こうなるとどうしても確実性をあげようと、過去の成功実績を重視し、その延長としての将来を描き、そこでの利益率を見込まざるを得なくなります。  またスマート製品を製造販売し成功しているといわれている企業であっても、その多くはこれまでの整品も製造販売しているのが現実です。そのため、従来からの 組織を無くすわけにはいきません。

 そこでポーターは図6ように従来の職能である青色機能を残したまま、次の黄色機能を追加することを提案しています。
顧客成功管理部門:顧客状況を管理し、それらを統合する機能で製品のサービス化、セキュリティ確保に向けた共同責任を持つ。
開発運用部門:モノにするまでのコストとしてITやR&Dそして製造を纏めて見る開発運用を管理する機能が必要になると言っています。 多くのR&D部門はITが苦手で、IT部門は自社の組織が使うソフトウェアに気を使ってきました。これからはこの二つが協調して開発運用を行う必要があります。
統合型IT部門:これからは自社内から社外に至るまでのデータを一貫して管理する必要があり、従来のように各部門で管理するのは不可能です。 この部門があれば顧客成約管理部門と、開発運用部門の間の連絡もスムーズに行きそうです。これまでもCIMと言われるデータベース中心の統合化がすすめられた時も ありましたが、なかなか成果がでませんでした。何か一工夫が必要です。

 黄色の機能は、リアルの組織でなくてもデジタルの組織として存在しても良さそうです。この機能はチームとして運用され、既存部門の方は必要に応じて 新しいチームを作ったり、既存のチームに参加することによってデジタルの世界の中で活動すれば良いわけです。

おわりに

 産業界はいよいよ本格的なIoTの時代に入り、設計から生産に至るまでのプロセスでの重要事項の変化を感じさせるお話でした。今回は製造業を事例に取り上げて いますが、モノをコトと置き換えると、その他の産業でもそのまま適用できます。

 ITシステムも、自社の製品、顧客での環境、地域での環境、システム間の環境まで考えて構築しなければいけないということを繰り返しお話しいただきました。

 これは、機械や道具と言ったモノ作りの世界では新しいことでしょうが、人間社会で人が上手に生きていくための常識そのものです。これまでモノは人の負荷を 減らす道具として使うものであると考えてきましたが、ITによりモノに情報流通のツールという機能を追加できるようになって来たために人が上手に生きていくための 道具となり、人間社会の常識がモノの世界にまで及んできたのだと感じさせてくれた1日でした。

 こう考えると、企業がIoTで変わるべきことは、人間社会のコミュニケーションと同じくその時と環境に合わせて運用することになります。これまでのものづくりは、 自社の得意技を中心に、他社との差別化を追求してきましたが、今後は社会の常識に合わせて、商品開発を顧客対応を進める必要があるとことを感じました。

 長年の企業の生産性向上活動の成果や過去の成功体験とリスクを避け雇用を守る等の社会に対する責任が、変化することを阻害しているようです。 これらは、既存企業の宿命です。しかしながらこれらはアントレプレナーにとっては制約条件ではありません。極端に言えば図6で示した従来からの青色職能部門は 不要なわけです。黄色でマークした統合型データ管理部門、開発運用部門、顧客制約管理部門を中心に組織を編成しそこに従来型業務が必要であれば組み入れるなり、 アウトソーシングしてもよいわけです。すなわちアントレプレナーは今回のIoTのような可能性を秘めたツールを最大限に活用し、過去にとらわれず、現在もしくは 将来の社会常識にしたがって、必要情報を管理し、設計生産し、販売サービスを行って社会に役立つ提案を行っていけば良いわけです。

 また、既存企業やそれを守ろうとする既得権益が変わらなければ、それもまたアントレプレナーにとってはチャンスです。新しい時代にあった考え方を持っている 企業と共に、積極的に活動していけば新しい道が開けるかもしれません。イギリスのEU離脱、アメリカの大統領交代、イタリアの首相交代と政治の世界でも同じ様な 変化起き始めているのを感じます。

 IOTの進歩により急激に世の中が変わろうとしているこれからの時代は、会社勤めか、アントレプレナーかにかかわらず、アントレプレナー精神を磨き、社会環境の 変化に対応できる準備が必要な時代になったようです。二つの文献はその時のいいチェックリストとして使えます。

 

注1)
 Michael E. Porter and James E.Heppelmann, "How Smart, Connected Products Are Transforming Competition" HBR November 2014 有賀裕子 訳) マイケル E. ポーター ジェームスE. ヘプルマン "IoT時代の競争戦略" DHBR 2015年 4月 なお英語版の表紙では"IoT"ではなく"IoE"が使われています。
注2)
 Michael E. Porter and James E.Heppelmann, "How Smart, Connected Products Are Transforming Companies"HBR October 2015 有賀裕子 訳) マイケル E. ポーター ジェームスE. ヘプルマン "IoT時代の製造業" DHBR2016年 1月 なお英語版では製造業ではなくCompaniesとなっています。

 

2016/12/18 文責 瀬領浩一