emotion
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09酷評とかバッシングは、何かを始めたばかりの人に対する洗礼、通過儀礼。そこを乗り越えられる者しか、世の中に通用しないんじゃないかな。の売れている俳優が出演するわけでもなく、有名な劇作家が書いた戯曲でもない芝居に、どうやったら足を運んでもらえるかを考えて付けたんですが。おかげさまで満員御礼にはなったけれど、それがどうも気に食わなかったみたい。出る杭は打たれるというか、風当たりが非常に強かった。 それでも次の芝居を書き続けられたのは、10枚に1枚は「おもしろかった」と書かれていたから。あとは負けず嫌いだったのと、叩かれる理由も薄々理解できたからかな。だったら逆にどんどん生意気にしてやろうと思って、生意気なタイトル、生意気なチラシをつくって、あえて煽りました(笑)。そうして5、6年、作品のスタンスを崩さずに書き続けた結果、やはり評価って変わってくるんです。継続が信頼につながっていくというか、「まあ、ちょっと話は聞いてやるか」みたいな感じへと変化していく。さらに続けると、最初の印象は薄れて、純粋に芝居に対して評価をしてくれるようになる。歯を食いしばって続けてきたのが、徐々に浸透していった感じです。非常にきつかったけれど、最初の印象を払拭するには、続けていくしかなかった。酷評とかバッシングは、何かを始めたばかりの人に対する洗礼、通過儀礼。そこを乗り越えられる者しか、世の中に通用しないんじゃないかなといまは思います。 思い返せば、20代のころって楽をすることにとても罪悪感を覚えていたんです。だから劇団立ち上げとか、大変なほうをあえて選ぶことで、自分に負荷をかけていた。これは人から聞いた話ですが、暖かい地域の人に比べ、寒い地域の人は楽をすることに罪悪感があるというんです。石川県のような地域は、寒さに耐える状態が基本なので、「なんでも好きにしていいよ」と言われる状態になると悪いことをしているような気持ちになる。私のような負荷のかけ方は、石川県の風土と関係しているのかもしれませんね(笑)。コンプレックスを大きな武器に 人生でもっともきつかったのは、そんな酷評時代よりも、やっぱり19歳のときですね。苦しかったし、不安だったし、負の感情がいちばん渦巻いていた。「何者かになりたい」という漠然とした承認欲求がある一方で、「自分もその他大勢のひとりなんだろう」という冷めた視点もあって、その狭間で揺れ動いていた。当時NHKで「真剣10代しゃべり場」という、10代の子たちが議論する番組があったんです。その子たちの自意識の高さに、同族嫌悪のようなものを感じていた。「熱い想いをみんな言葉にしているけれど、このなかの誰もがパッとしない人生で終わっていくんだ」と思い、同時に同じ刃で自分自身も傷つけていた。何かになりたいと思って東京に来てみたものの、どうにもならなくて、すごすごと帰郷するんだろう、と思っていたんです。希望と現実に翻弄される毎日で、他人

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