前回、「机にかじりついていないで、ニーズの現場に出かけよう」と呼びかけました。ぜひ、そのときは歩いて出かけるようにしてください。バスや新幹線でもいいのですが、 イノベーターたらん皆さんには歩いて出かけることをお勧めします。
歩くという規則正しい筋肉の動きが脳を刺激し脳が活性化されるといいますし、何より歩く速度で脳をリラックスさせて周囲を観察することで新たな発見が形を現してくるから です。
セレンディピティーという言葉があります。
ウィキペディアによると、「セレンディピティー(serendipity)とは、素敵な偶然に出会ったり、予想外のものを発見すること。また、何かを探しているときに、探している ものとは別の価値があるものを偶然見つけること。平たく言うと、ふとした偶然をきっかけに、幸運をつかみ取ることである。」とあります。
ある資料を必死で探しても見つからないときに、ひょっこり、去年あれだけ捜しても見つからなかった思い出のネクタイピンが出てくる。誰にでもあるそんなことやその能力を セレンディピティーと呼びます。
この不思議な英単語の語源は、セイロン(現在のスリランカ)の3人の王子が旅をしながら、その道端で様々な小さな発見をしていくストーリーの童話「セレンディップ (セイロン)の三人の王子たち」から来ています。この童話が書かれた18世紀の人たちも、やはり歩くことで、思いもかけない発見をしたり想像力を発揮すると信じて いたのでしょう。
18世紀に、歩くことがセレンディピティーを高めることだと発見した西洋の人々に対して、その100年以上前の17世紀に、歩かざるを得ない制約条件を、いわば ドラッカーのいう"イノベーションの機会"として活用して様々な発明をしたのが日本人だと私は思っています。
そしてそのDNAが、東日本大震災という未曾有の災害から立ち上がり、歩き出すことができた日本人の強さの源泉ではないかとも思うのです。
そう思わせてくださったのは以前お話を伺った日本水フォーラム代表理事の竹村公太郎さんです。以下の話はそのとき伺った竹村さんの話が元になっています。
丹頂鶴が大きく羽ばたく湿地を描いた歌川広重の浮世絵(図1)。何とこれは江戸末期の東京・三河島の風景です。今や釧路湿原にしか生息しない丹頂鶴が、150年ほど前まで 江戸の真ん中にある湿地をはじめ日本各地で生息していました。
狭い国土をさらに湿原、沼地、河川、複雑な山の稜線が細かく分断した地形は日本の原風景でした。
そしてそれが好むと好まざるとにかかわらず、日本人が歩き続けた理由でもありました。
この地形の中では長距離の移動に馬車をはじめとして一切のビークル(車)が使えません。 西欧の王侯貴族が豪奢な馬車仕立てで一族を引き連れて移動している同じ時代に、広重の"日本橋"(図2)に描かれた大名行列のお殿様ご一行は、最大4000人もの人が 行列をなし、人が駕籠を担ぎ、人が家財道具から日用品一式を背負って歩くしかありませんでした。
しかしこれがドラッカーのいう"イノベーションの機会"となったのです。
すべての荷物を担げるくらい薄く、軽く、コンパクトにする必要性からさまざまな携帯用品が生まれました。折り畳み式の小田原提灯、弁当箱、調理用具、化粧用具、道中財布、 方位計、矢立て(携帯用筆記用具、今の万年筆)、果ては携帯用の風呂桶やトイレまで考案されました。(図3)
小さくすることは日本人の美意識にまでなり、逆に小さくなっていないものを「つまらない(詰まらない)」と呼び、そのための細工をしていないものを「不細工」と呼んだ という説さえあるくらいです。
箱庭から盆栽といった趣向から、日本発のエンターテイメント産業であるパチンコ、アニメ、ゲーム、カラオケに至るまで、空間をギュッと縮ませて狭い中に閉じ込めたという 点で、この「細工をして詰める」日本の美意識が根底にあるように思えます。
小さくすることの美意識はいつしか日本の技術開発の基本的なスタンスにもなりました。アメリカや中国が国威やステータスを示すためにより巨大なものづくりをめざす中、 日本はウォークマン、カップヌードル、軽自動車などの製品を生み出し、半導体、電子部品といった、より小さく精緻で効率の良いものを得意分野として世界をリードしてきました。 (図4)
日本人は逆境の中でも歩くことでイノベーションを起こしてきたのです。
東日本大震災から5年経ちました。
まだまだ傷跡が癒えない現実がある中、それでも多くの人々が立ち上がり、歩き始めています。
上に述べたように、日本人は歩くことによりイノベーションを起こして、自ら背負うことのできるコンパクトなものを生み出し世界をリードする歴史を歩んできました。
そのようなDNAをもつ日本人が、震災という「国難」を経てもう一度一歩一歩歩き出すことで、現代という時代が背負えなくなってきている重たい荷物である環境・ エネルギー問題を負荷の軽いものに変えていくリーダーシップを発揮していくことができるのではないかと思っています。
2016/3/10
文責 米川 達也