11.社長から社員へのメッセージ(7)

11.社長から社員へのメッセージ(7)

 今回も社長として社員に向けたメッセージの中から皆さんにも役に立ちそうなものをピックアップしてお送りします。

 

<今年の四字熟語は「特異貢献」です>

 皆さん、あけましておめでとうございます。
 2020年、令和2年が始まりました。皆さんとご家族にとって素晴らしい1年となるよう心からお祈りいたします。

 昨年、私たちは5年間の苦しい時を乗り越えて債務超過を解消し、新たなビジョンに向けた成長路線へと歩み始めました。
 そして、一人ひとりが中期経営計画の実現のために何をすべきか、部門目標をブレイク・ダウンした個人の目標を書き上げて頂き、その実行のコミットメント(約束)をしていただいたところです。共通のビジョンに向けて、一人ひとりが固有の働きをする、という約束です。

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 そこで今年の言葉は「特異貢献(とくいこうけん)」とすることにしました。
あまり聞き慣れない言葉だと思います。辞書やネットで繰っても出てきません。それもそのはずで、この言葉は私の師の一人である大和信春さんが創作した四字熟語です。

 「特異貢献」とは、その人ならではの役立ち方です。その人ならではの役立ち方ができるということはすごく幸せな状態です。何よりそうなった場合には、人と競り合わなくても悠々と生きていけます。人が真似しない独自の役立ち方で、人から感謝され、社会にも貢献できるようになるからです。
 ところが実際には、人がやるから自分もやる、といった具合に大勢の人が同じ所に殺到して同じような考え方で同じような行動をしがちです。結果としていくらでも代わりがあるような人間になって、何かあるとすぐに取り換えられる部品のような人間になってしまいます。これは情けないことですね。

 実は企業でも同じことが言えます。
 多くの企業が同じ市場の同じような製品に殺到し、あげくの果てに価格の下げ合いのみの競争となり、ライバルのつぶし合いによって産業としての発展が止まってしまった例は枚挙にいとまがありません。
反対に企業として独自の製品でとても役に立つものを持っていると、どんな小さな日本の片隅にある会社であっても、世界を相手にして悠々とやっていけるようになるのです。

 個人として「特異貢献」できる人間を目指すことで、その個人の集まりである会社としても「特異貢献」できる世界一の会社を目指していきたいと思っています。

 

<「言い出しっぺ」になることは苦しいけど楽しい>

 Aさんが社内SNSで、「困っている方のためにマスクを作って送ってはどうでしょうか」と呼びかけました。その発言に共感した人もいれば、課題の指摘をした人もいました。
 その結果、次の週にAさんは、「この1週間、私なりに考え企画を立案し、議論を行い、検討を重ねた結果、残念ながら中止を決断しました。」と社内SNS上に書き込み、本プロジェクトは日の目を見ずに終了となりました。
 それでもAさんは、「大変な1週間でしたが、とても充実した1週間でした。」と書き記してくれました。
 そのメッセージに対して何人もの人から「その努力は決して無駄じゃない」という励ましや、「その気持ち応援します」、「何かを始めようとするのは大変ですよね」といった共感の声や「ありがとう」といった感謝のメッセージが送られていました。
 この一連のやり取りに、「わが社はいい会社になりつつあるなぁ」と私は感激しました。

 自らが「言い出しっぺ」になり、多くの人を巻き込んでプロジェクトを興すことには勇気が必要です。「反対されるのではないか」という不安や「失敗して自分の評価が下がるのではないか」という「人の目」の恐怖に打ち勝つ勇気が必要です。
 多くの人は新しいことにはなるべく関わらず、後ろに身を隠す方が安全だ、と考えます。そのような中、今回Aさんはその勇気を奮って「言い出しっぺ」になってくれました。「困っている人の役に立つ」という純粋な心から発した熱意はとても立派だったと思います。
 あとはそれがどれくらい強い信念なのか。「どうしても成功させたい」という強烈な願望、意志、執念があるかどうかの問題です。

 受け止める側の気持ちにも触れてみたいと思います。
 人にはそれぞれ「反応の癖」があります。
 あるアイデアや提案を聞いたときに、「うまくいく」と思うか、「失敗するかもしれない」と心配するか。「出来る」と信じるか、「出来ないかもしれない」と疑うか。「やれそう」な気がするか、「難しそう」と腰が引けるか。これはその人の「反応の癖」が大きいのです。

 反応として「それ、無理ッ!」という感じる癖のある人は、最初にそれが自分の結論になり、論理的で正しい「反対の理由」はあとから出てきます。
 人それぞれとはいえ、一般的には「反応の癖」は否定的な方に傾きやすいものです。その方が自分の身にリスクが降りかからず安全だからです。

 自分自身に「否定的に反応する癖」があることを自覚することができれば、この癖は直すことができます。ちょっと無理して意識するだけで、簡単に「肯定的に考える癖」に転換できるのです。「肯定的に考える癖」を身につけると、できない理由を探すのではなく、「どうやったらできるか」、「別の方法はないのか」と、前向きに考え続けることができます。これはワクワクする楽しい作業です。
 「苦しいけれど楽しい」方が「楽だけど面白くない」よりエネルギーが出るものです。

 「言い出しっぺになる勇気」と「肯定的な反応の癖」。
 この二つが皆さんをさらに大きな人にしてくれるはずです。

 

<情報に接したときに大事なこと>

『外国人を危険と見なし、当局間は激しい衝突。最初の感染者をヒステリックなまでに捜索し、専門家を軽視し、感染させた疑いのある者を狩り、デマに翻弄され、愚かな治療を試し、必需品を買い漁り、そして医療危機。』

 新型コロナ感染の拡大を伝えるネットニュースかと思うこの文章、17世紀のイタリア・ミラノを襲ったペスト感染の状況を表現したイタリア文学(マンゾーニ著「許嫁(いいなずけ)」)の一節です。
 17世紀も今も、先の見えないものに対する人間の恐怖は全く変わっていないことが分かります。数日前にデマに翻弄され、スーパーからトイレットペーパーが無くなってしまったそうです。このまま進むと人々はいらだち、市民生活が荒れ、あたかもそこら中に敵がいるかのように感じ、自分と同じ人間までも脅威とみなしてしまう危険性があることを、200年前の文章が警告しているのです。溢れかえる情報に翻弄されてはいけないという警告です。

 情報に接したときに大事なことは、まず情報に対して「素直」になることです。ここでいう「素直」とは、鵜呑みにしたり、言いなりになることではありません。「素直」とはAという情報が入力されたら、そのままAと頭の中で再現する能力を言います。なぜ能力かというと、多くの人がAという入力を、自分の解釈や都合に合わせて、頭の中で勝手にBと変換してしまうからです。人から話を聞いたとき、最初から情報をゆがめ、悲観的にとらえたり、疑ってかかる。あるいは自分に都合の良い所だけを聞き、残りは無視したりする。これらを「素直でない」といいます。

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 次に、入力した情報をどう判断するか、という問題です。
 ここで大事なことは、「多次元で連続的な」ものの見方をすることです。図にあるように、その反対が「単次元で分極的な」ものの見方です。
 単次元で分極的な見方は、白か黒しかありません。この分極的な見方による判断や発言は楽なだけでなく、明快で力強く聞こえるため、迷っている多くの人はこちらに惹かれます。多くの政治家や占い師の手法であり、トランプ大統領はまさにこれで大統領にまでなりました。

 しかし、実際の世の中には無数の側面があり、それに応じた無数の物差しがあります。事実は、決して白と黒のどちらかではなく、その間の無限に連続的な中のどこかにあるのです。
 不確実な情報に触れたとき、「知的保留」が良い方法です。肯定も否定もできないような情報が入ってきた時に、情報ではあるが決定的な結論ではないという状態でそのまま心にとどめておくことを「知的保留」といいます。「素直に」あるがまま取り込んだ情報を断定することなく保留し地道に蓄積していくと、やがて大筋が見えてくるものです。

 今日お話しした情報への接し方は、新型ウイルス感染の雑多な情報と直面している今、デマ情報に翻弄されないために知っておいて欲しいことです。さらにこれらを習慣化しておくと、あらゆる場面で冷静に情報に接し(入力)、判断し(加工)、新たな発信(出力)することができるようになるのです。
(参考文献:大和信春著「心の自立」成人要目研究所刊1996年)

 

<ピンチをチャンスに>

 「好況よし、不況なおよし」
 松下幸之助が残した有名な言葉です。
 幸之助が社員から「信長は『鳴かぬなら殺してしまえホトトギス』、秀吉は『鳴かして見せよう...』、家康は『鳴くまで待とう...』というのが三大名の気性を表わした有名な言葉ですが、幸之助さんだったら何と答えますか」と問われたときの答えは、「それは『鳴かぬなら、それもまた良しホトトギス』やな!」と即答したといいます。

 今、世界中が新型コロナウイルス禍とそれに伴う大不況に見舞われつつあります。このような時にどのような気構えでいるべきか。幸之助が残した言葉に大きなヒントがあると思います。

 幸之助の考え方は、事業というのは本来成功するようにできている。それが上手くいかないというのは経営の仕方が間違っているからであり、決して不景気などの環境のせいではない、と言い切ります。新型コロナに世界中が振り回されている今、仮に幸之助が生きていても同じことを言っているでしょう。

 幸之助の考えはこうです。
 好況の時と違って、不景気の時は経営にしろ、製品にしろ、顧客や社会から厳しく吟味されて、本当に良いものだけが買われるようになる。だから、それにふさわしい立派な経営をやっている企業にとっては、不景気はむしろ発展のチャンスだとも言える。
それが「好況よし、不況なおよし」という言葉になっているのです。

 さらに、不況の時は普通のことをやっていても効果がありませんから、思い切った発想・新しい発想が生まれてくるようにもなります。幸之助は「かつてない困難からは、かつてない革新が生まれ、かつてない革新からは、かつてない飛躍が生まれる」とも言っています。
 困難があると必死になって考え、またその困難の程度が非常に大きいと従来の発想からの大転換が求められます。
 幸之助の「5%より30%のコストダウンの方が容易」という言葉も、30%のコストダウンという並大抵では成し遂げられないことをやろうとなれば、ゼロから見直さねばならず抜本的な発想の転換が迫られるからです。
 新型コロナウイルス感染が拡大する今こそ、大胆な変革の機会だと思います。
 「ピンチをチャンスに 」と一人ひとりが考え、行動することで困難は必ず克服できます。

 

<後藤田五訓 三たび>

 コロナ渦は私たちの日常をも大きく変えつつあります。
 コロナの怖い所は、この1週間のアメリカの爆発的な感染者増にみられるように、突然大変な危機となって人々や社会を襲うところです。
 このような危機に際して、指揮官(現場リーダー)と部下(メンバー)はどうあるべきか。
 その最も端的な答えが中曽根内閣で官房長官だった後藤田正晴氏の「後藤田五訓」だと思います。実は今日で3度目の登場です。それくらい大事な教えだと思ってください。

 「後藤田五訓」は、後藤田正晴官房長官が、各省庁から派遣された新任の責任者を集めて初めて行った訓示です。

1.省益を忘れ、国益を思え。(出身省庁の省益を図ったものは即刻更迭する。)
 自分が担当する狭い範囲、立場だけではなく、全体に視野を広げて考え、行動せよという意味。危機的な状況では、まず関係者全員が目的(何のためにやるのか)を共有した上で解決を目指すことが大切。


2.悪い、本当の真実を報告せよ。(ワシが聞きたくもないような悪い、本当の真実を報告せよ。)
 部下からの報告に関する訓示。危機に直面したとき、指揮官は、状況を踏まえて次から次へと適切な命令を出していかなければならない。それには本当なら聞きたくないような悪い事実を「喜んで」真っ先に聞く姿勢をみせることが重要。
 聞いて怒ってみたり不愉快な顔をしたら、現場から情報は二度と上がってこなくなる。


3.勇気をもって意見具申せよ。(「○○が起こりました。どうしましょう」などと言うな。「私が総理なら、官房長官ならこうします」と進言せよ。)
 指揮官が立てた対応策を見直すのに必要。特に「私がもし別の立場だったらこうします」という異なる観点からの意見や、最悪の事態を想定した意見は大変参考になる。指揮官はそうした意見をありがたく受け止めることが大切。


4.自分の仕事でないと言うなかれ。(オレの仕事だ、オレの仕事だと取り合え。領空侵犯をし合え。テキサスヒットを打たれないようにカバーし合え。)
 部下が誰も行動せずに状況が悪化していくのを防ぐための訓示。危機への対応ではさまざまな出来事が起こるので、やりたくないと思うのが人の情。それを敢えて、仕事を取り合え、領空侵犯せよ、と鼓舞している。


5.決定が下ったら従い、命令は実行せよ。(大いに意見は言え。しかし一旦決定が下ったらとやかく言うな。ワシがやれと言うたら来週やれということやないぞ。今すぐやれというとるんじゃ、ええか。)
 意見はどんどん出してもらってかまわない。しかしひとたび決定が下ったら、どんなに不服でも従うことを部下に求めることが必要。表向きはその方針に従っているフリをしているが、その実、全く反対の動きをする。これでは組織は機能しないので、そのような「面従腹背」は決して認めてはいけない。。
 ときには、上下関係やライバルとの利害関係で部下が実行をためらってしまうような命令を出さなければならない。その場合には、利害関係を調整することが指揮官には求められる。また「もし失敗したら自分の責任になるのではないか」と考えて、部下が命令の実行に踏み切れないことも出てくる。そうならないように指揮官が「結果の全責任は自分が負う」と伝えて、部下に力を発揮してもらう。連帯責任というのはない。

 コロナウイルスについて「私には一切の責任はない」と語ったトランプ大統領。「決断の責任は全て私が取る」と言い切ったニューヨーク州のクオモ知事。
 「後藤田五訓」を理解する皆さんならどちらを尊敬するか。明らかですね。

(参考:佐々淳行著「わが上司 後藤田正晴」(文春文庫)2002/6/7)

2020/07/20
文責 米川 達也