18.社長から社員へのメッセージ(14)

18.社長から社員へのメッセージ(14)

今回も社長として社員に向けたメッセージの中から皆さんにも役に立ちそうなものをピックアップしてお送りします。

 

<幸福学と経営学>

 慶應義塾大学で「幸福学」の研究をし、教鞭をとっている前野隆司教授の持論は、「会社組織を運営する上で大切なことは、第一に、その会社で働く人々の幸せを追求することである。」ということです。社員一人ひとりが本当の意味で幸せになれば、顧客や取引先をはじめ、その社員の家族、友人・知人など彼らのまわりにも幸せの連鎖が広がり、ひいては社会全体の幸せにつながっていくと前野教授は考えています。

 しかしこの考えを発表した当初、これに真っ向から反対する多くの意見が寄せられました。「会社が儲からなくては社員を幸せにすることもできない」、すなわち業績向上が「原因」で、社員の幸せ実現はその「結果」にすぎない。その逆の因果関係、つまり、社員が幸せになれば、会社の業績が伸び、組織が強くなるなんてことはありえない、という考えが大半だったというのです。

 今、欧米から始まり、日本でも徐々に、経営学の中に、「ウェルビーイング」(well-being)とか「マインドフルネス」(mindfulness)の重要性が叫ばれるようになってきました。社員の幸せが重要な経営課題として認識されるようになってきました。前野教授の主張する「社員が幸せになれば、会社の業績が伸び、組織が強くなる」ことが証明されつつあるのです。

 実際に社員の幸せを追求することで業績を伸ばしてきた会社を、私自身2015年に訪れています。
 徳島市にあるナット製造メーカ「西精工」です。
 社員満足度97%、「月曜日に会社に来るのが楽しみ」な社員が90%と会社をこよなく愛する社員で成り立っている会社です。西泰宏社長はじめ社員全員が一つの大家族のような雰囲気でした。毎朝1時間をかけて徹底的に考え対話する「日本一長い朝礼」に私も参加しましたが、社員の燃えるような情熱に圧倒されっぱなしでした。創業以来の連続黒字で、経常利益率10%以上のこの会社は、2013年には"日本でいちばん大切にしたい会社大賞"、2014年には日本経営品質賞、2016年には"ホワイト企業大賞"など、経営品質の賞を総なめしました。我々見学者を見つけると、工場で作業中の社員までびっくりするような大声で満面の笑顔で挨拶をしてきます。工場の中だけでなく、近隣の毎朝の掃除も自主的にやっていました。

 前野教授は、日本人1500人のアンケートを通して、幸せを構成する4つの因子があると分析しました。それは以下の4つです。
・第1因子 「やってみよう!」 (自己実現と成長の因子)
・第2因子 「ありがとう!」  (つながりと感謝の因子)
・第3因子 「なんとかなるさ!」(前向きと楽観の因子)
・第4因子 「あなたらしく!」 (独立と自分らしさの因子)
 すなわち、本当にやりたいことをやって(第1因子)、何でもなんとかなると楽観的に思い(第3因子)、人の目など気にせず(第4因子)、そしてあらゆるものごとへの感謝と貢献ができれば(第2因子)社員はいつも幸せな状態を保つことができるというのです。

 今、何となく自分に自信を持てなくなったり、会社の中のちょっとしたことで思い悩んでいる人は、ぜひこの「幸せの4因子」を口ずさんでみてください。何度か繰り返しているうちに気持ちが落ち着いてきて、幸せな気持ちになってくるはずです。
 「そうか。それでいいんだ。」「オレは(私は)一体何を悩んでいたんだろう。」と思った瞬間にあなたは少し幸せな気分になり、仕事に精が出てきます。それが積み重なって業績も上がっていくはずです。
 幸福と経営は確かにつながっているのです。

 

<ソニーが目指した工場>

 先日、ある人に「米川さんは白山の工場をどんな工場にしたいのですか?」と聞かれ、私は「東京通信工業の設立趣意書に書かれている工場です」と即答しました。

 東京通信工業とは1946年に、井深一(いぶか まさる)氏をはじめとする20人程度で設立された製造会社です。1958年にその名を「ソニー」と改めました。

 創業者の一人である井深氏が自筆のペンで書き起こした「東京通信工業設立趣意書」は、今も残っており、"ソニーマン"の共通の理念になっています。(図)

 以下にその「設立目的」と「経営方針」の項を紹介します。全文をじっくり味わってほしいところですが、時間のない人も以下の言葉だけはぜひ覚えてください。これが白山の目指す姿でもあるからです。

 めざすは、「自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」
 そして生み出す製品は、
「技術上の困難はむしろこれを歓迎、量の多少に関せず最も社会的に利用度の高い高級技術製品を対象とす。」

【会社設立の目的】

一、真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむべき自由闊達にして愉快なる理想工場の建設
一、日本再建、文化向上に対する技術面、生産面よりの活発なる活動
一、戦時中、各方面に非常に進歩したる技術の国民生活内への即事応用
一、諸大学、研究所等の研究成果のうち、最も国民生活に応用価値を有する優秀なるものの迅速なる製品、商品化
一、無線通信機類の日常生活への浸透化、並びに家庭電化の促進
一、戦災通信網の復旧作業に対する積極的参加、並びに必要なる技術の提供
一、新時代にふさわしき優秀ラヂオセットの製作・普及、並びにラヂオサービスの徹底化
一、国民科学知識の実際的啓蒙活動

【経営方針】

一、不当なる儲け主義を廃し、あくまで内容の充実、実質的な活動に重点を置き、いたずらに規模の大を追わず
一、経営規模としては、むしろ小なるを望み、大経営企業の大経営なるがために進み得ざる分野に、技術の進路と経営活動を期する
一、極力製品の選択に努め、技術上の困難はむしろこれを歓迎、量の多少に関せず最も社会的に利用度の高い高級技術製品を対象とす。また、単に電気、機械等の形式的分類は避け、その両者を統合せるがごとき、他社の追随を絶対許さざる境地に独自なる製品化を行う
一、技術界・業界に多くの知己(ちき)関係と、絶大なる信用を有するわが社の特長を最高度に活用。以(もっ)て大資本に充分匹敵するに足る生産活動、販路の開拓、資材の獲得等を相互扶助的に行う
一、従来の下請工場を独立自主的経営の方向へ指導・育成し、相互扶助の陣営の拡大強化を図る
一、従業員は厳選されたる、かなり小員数をもって構成し、形式的職階制を避け、一切の秩序を実力本位、人格主義の上に置き個人の技能を最大限に発揮せしむ
一、会社の余剰利益は、適切なる方法をもって全従業員に配分、また生活安定の道も実質的面より充分考慮・援助し、会社の仕事すなわち自己の仕事の観念を徹底せしむ。

 私はこれからも、「米川さんはどんな会社をめざすのですか?」と聞かれるたびに、「東京通信工業の設立趣意書に書かれているような会社をめざします」と即答しつづけることでしょう。

 

<逢うべき人には必ず逢える>

 『人間は一生のうちに逢うべき人には必ず逢える。
  しかも、一瞬早すぎず、一瞬遅すぎない時に。』

 教育者であり、哲学者でもあった森信三の有名な言葉です。

 すべての出逢いは寸分の狂いもなくやってくる。しかし、せっかく訪れた出逢いの機会に気づかず、それを活かすことなくやり過ごしていることの何と多いことか。

 森信三は上の言葉に続いて、次の言葉で、出逢いという縁を生かすのは自分自身の心のあり方次第だと教えます。

 『縁は求めざるには生ぜず。内に求める心なくんば、たとえその人の面前にありとも、ついに縁は生ずるに到らずと知るべし。』

 私のこれまでの人生でも、不思議なくらいピンポイントのタイミングで逢うべき人に出逢い、自分の考え方やビジネスの状況が大きく変わった経験をしましたが、確かにそれらは例外なく自分自身が必死に求めていた時に起こっています。白山の再生復活プロセスでの大きなできごとは全て逢うべき人との出逢いがきっかけでした。しかし、同時に、求める心が無いまま、どれほど多くの素晴らしい出逢いをやり過ごしてきたか、ということもいえるのです。 

 出逢いは、人との出逢いだけではなく、様々なできごととの出逢いもあります。例えば、せっかく目の前に来たチャンスに気づかず取り逃がすケース。自社の製品のプレゼンのときに、資料説明を必死にやるあまり、お客様からの貴重なヒントの一言を敏感に感じることができなくなって、資料の最後のページまで聞いて頂くことにこだわる、などは「ビジネスチャンスとの出逢い」に気づかず取り逃がす代表例です。「求める心」は多くの場合、「傾聴する」という行動で顕わされるものです。

 一方必ずしも望まない出来事との出逢いもあります。これでもかというくらいの失敗や困難との出逢いもあれば、思いもかけない病との出逢いもあります。

 これらのできごとは一見良くないような顔をして現れるチャンスとの出逢いだと考えてみてください。これらのできごとに打ちのめされ、絶望し、心を閉ざしてしまってはせっかくの出逢いを活かすことはできません。でも、失敗の中から成功への道筋が見え、困難さの中から他社にはできない競争優位性が出てくることは、歴史が物語っています。病でさえ、新たな人生観を芽生えさせ、健康や他人への感謝や思いやりを芽生えさせる機会になり得るのではないでしょうか。

 「逢うべき人には必ず逢える。早すぎず、遅すぎず、寸分の狂いもなく。」
 覚えたい言葉です。

 

<Connect the Dots! -スティーブ・ジョブズの言葉->

 フェイスブックの機能で時々昔の自分の投稿を"思い出"として見せてくれるものがあります。この週末現れたのが、2011年10月に投稿した、このスティーブ・ジョブズの似顔絵です。ジョブズが亡くなった日、私は偶然アメリカのジョブズの家からほど近いスタンフォードのホテルに宿泊していました。ニュースでジョブズの死を知り、思わずホテルの自室でこの似顔絵を描いて、近くのKinko'sでパウチした絵を額に入れ、ジョブズの家の玄関にたむけました。急ごしらえの祭壇には、一口かじったリンゴ(ご存知アップルのロゴです)が山のようにたむけられていました。絵をたむけた私に、リンゴをかじっていた人たちが寄ってきて、ジョブズの偉業や風変わりな人柄について静かに語り合ったのを思い出します。 

 2005年にスタンフォード大学卒業式でジョブズが行った"Connect the Dots(点をつなげ)"という私の好きな講演があります。(YouTubeで見ることができます。)

 一つのドット(点)は"未婚の学生だったジョブズの生みの親が女の子を欲しがったこと"であり、別のドットは"生まれてすぐに養子に出された家が極貧であったこと"であり、さらに一つのドットは"大学を半年で中退したこと"であり、もう一つのドットは"唯一好きだった飾り文字習字の授業だけは、無断で出席し続けたこと"でした。それらのドットをつなげると、もし彼の生みの親が女の子を望む未婚の学生でなかったら、圧倒的に多彩なフォントで差別化した、マッキントッシュ・コンピュータは生まれなかった、というわけです。もちろんこれは結果論ですが、ジョブズが言いたかったことは、「辛酸や敗北を含めて、人生に無駄なことは何一つない。将来何らかの形でつながると信じなさい」ということだったのです。

 「ドットをつなげ」というジョブズの発想は、一度は追放されたアップルに戻ったジョブズの新サービス開発の原点でもありました。その代表格がiPodです。

 当時、音質やコンパクトさで世界を席巻していたものの、ハード端末という「一つのドット」であったソニーのウォークマンに対して、ハード(iPod)、ソフト(iTunes)、サービス(iTunes Music Store)という3つのドットをつなぎ、4つ目のドットとして、楽曲の著作権に大半の投資を行ったジョブズが圧倒的な勝利をおさめたのは誰もが知るところです。

 最近はビジネス書などで、「コンバージェンス(convergence:融合)」などと表現されることもありますが、スティーブ・ジョブズが残してくれた「Connect the Dots(ドットをつなげ)」という言葉の方が私は好きです。

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<明元素(めいげんそ)言葉を使おう>

 先日、今年度の新入社員の皆さんに"明元素(めいげんそ)言葉"と"暗病反(あんびょうたん)言葉"の話をしました。この話は2年前に本欄で取り上げたことがありますが、それ以降入社された人には新たに、それ以前から当社社員だった人にはもう一度ふりかえっていただくために再度取り上げることにします。

 "めいげんそ言葉"とは"明、元、素"、すなわち明るくて元気で、素直な言葉です。「充実している」、「簡単だ」、「できる」、「楽だ」、「金がある」、「まだ若い」、「努力した」、「試みた」、「幸せだ」、「素晴らしい」、「やれる」、「おいしい」、「美しい」、「すてきだ」、「やってみよう」、「おもしろい」などが"めいげんそ言葉"です。

 一方、"あんびょうたん言葉"は、"暗、病、反"。暗く、病んでいて、否定的な言葉です。「忙しい」、「疲れた」、「難しい」、「つまらない」、「できない」、「いやだ」、「困難だ」、「だめだ」、「金がない」、「まずい」、「もう年だ」、「どうしよう」、「バカだ」、「大変だ」、「マイッタ」、「困った」、「苦しい」、「つらい」、「失敗した」、「分からない」などが"あんびょうたん言葉"です。

 意識して"めいげんそ言葉"を使い続けると、人は肯定的、積極的な行動をとり、思考は戦略的になります。一方、"あんびょうたん言葉"ばかり使い続けると、人は否定的、消極的な行動をとり、思考は混乱します。

 言葉は「言霊(ことだま)」であり、イメージでもあるからです。そして自分の声が一番よく聞こえるのは自分自身だからです。 "めいげんそ言葉"を使い続けるもう一つのメリットは、周りの人まで前向きにすることです。病気だけでなく、元気もうつるんです。

 一度、「疲れた」と思ったときには無理やり「充実している」と言ってみてください。「難しい」と思ったときには無理やり「おもしろい、やってみよう」と言ってみてください。何かが変わるはずです。

vbl-yonekawa18-img02.jpgこの図案の使用につきましては、ブラザー印刷株式会社のご了解をいただいています。

<真のダイバーシティとは>

 会社というのは、様々な点で異なる個人が集まって、一つのビジョンを実現しようとする組織体です。ダイバーシティーとは「多様性」という意味ですが、今や世界中の素晴らしい会社に共通していることは、会社を構成する個々の従業員の「多様性」と、目指すビジョンに向けての組織の「一体化」の両方を実現している点です。

 今の白山にも性別、国籍、年齢、職歴、障がいの有無、新卒/途中入社など、属性だけ見ても多様な人たちが存在します。それはさまざまな理由や経緯で現状たまたまそうなっている、という要素もありますが、数年前から、私は意識して、できるだけ多様性のある採用、ということを心がけてきました。

 その理由は、多様な属性やバックグランドをもつ人による「視点の多様性」です。絶え間なく変化する事業環境の中で、白山が生き残り、より良い会社として成長していくためにはこの「視点の多様性」が必要だと考えたからです。「視点の多様性」を積極的に活かした会社こそ、環境変化に怯えることなく、むしろ環境変化を先取りして自ら変化することができる「強い会社」になると信じているからです。

 日本の社会の表舞台はつい最近まで男性中心の均一社会でした。中学新卒を集団就職で一括採用することにより戦後復興を乗り切った成功体験の延長で、いまだに新卒一括採用、年功序列、定年制による一括退職というサイクルを基本にしている大企業がたくさんあるそうです(当社永島さんによる)。そのような企業がこれからの時代を乗り切れるはずがありません。

 "属性による多様性"ということ自体、ある属性に対するステレオタイプな見方なのかもしれませんが、多くの企業が女性ならではの感性や生活実感から男性では気づかない新製品のアイデアやデザインを生み出したり、家事や子育てと仕事の両立といったワークライフバランスの切実さが仕事のプロセスの合理化や生産性向上を生み出している例は枚挙にいとまがありません。外国人ならではの視点や発想が新たな企業文化やイノベーションを生み出します。そして障がいのある人はまさにユニバーサルデザインの先生です。シニア従業員は、長年蓄積したスキルや経験を若手の育成に活かすばかりでなく、世代を超えたアイデアのマッシュアップ(混合)が新製品の開発を加速するでしょう。LGBTもまた持てる職能を発揮することに加え、個性尊重の風土を育てるきっかけになるはずです。

 ただし、上に書いたことを実現する上で大切なことがあります。それは一人ひとりがお互いの「違い」を認め、それを尊重することです。英語では"インクルージョン(inclusion):受容"といいます。「決して排除してはならない」ということです。

 一人ひとり、必ず異なる強みと弱みを持っています。一人ひとりがお互いの違いを尊重し、もてる特色と強みを生かしあうこと、これが真のダイバーシティだと思います。

2021/9/3
文責 米川 達也