19.社長から社員へのメッセージ(15)

19.社長から社員へのメッセージ(15)

今回も社長として社員に向けたメッセージの中から皆さんにも役に立ちそうなものをピックアップしてお送りします。

 

<"プロジェクトX"-その後の物語->

 NHK BSで2000年頃に放送された "プロジェクトX 挑戦者たち"の再放送をやっています。かつて私も夢中に見た、とても良い番組です。
 6月1日の放送は、日本ビクターの窓際族4人が開発したビデオ規格「VHS」が、大手ソニーの規格「ベータマックス」に見事逆転勝利し、日本初の世界規格になるまでの物語でした。万年赤字のビデオ事業の事業部長を任じられた高野鎮雄さんと窓際族のわずか3人の技術者が、「儲からんからやめておけ」という会社に隠れて開発に着手、ついに圧倒的優位と思われたベータを打ち破りVHSがビデオの世界規格にまでなっていった物語です。
 VHSがベータに勝利したきっかけは、横浜工場を視察した松下幸之助さんが、緊張する高野さんたちを前にVHSのビデオデッキを持ち上げて、「こっちのほうが軽うおますな」と言った一言で、松下がベータ陣営からVHS陣営にくら替えしたことだと言われています。
 最後のシーンは、「ミスターVHS」と呼ばれた高野鎮雄さんが亡くなり、その棺を乗せた車が工場内をまわり、全社員が感謝とともに最後のお別れをする感動的な映像でした。

 "プロジェクトX"の成功物語はここで終わっています。
 しかしその後の日本ビクターは、このVHSの逆転勝利を最後に凋落の一途を歩み始めます。当時から技術力ではソニーも松下も寄せつけないダントツだった日本ビクターは、ヒット商品を生み出すことなく、時代の荒波に飲み込まれ、苦闘をくりかえしながら、どんどん弱体化していきます。かつての栄華だったVHSが長年生み出してきた特許料収入(一時は150億円以上)が特許の満期により無くなった1990年代に入ると、松下グループのお荷物となり、2008年には同じく企業再生したばかりの自分よりはるかに小さなケンウッドに経営統合され、"JVCケンウッド"として、カーエレクトロニクス中心のメーカに変貌していきました。合併前にはケンウッド2000億円、日本ビクター6000億円の売上を誇り、合併後は「1兆円企業をめざす」はずだったJVCケンウッドの現在の売上は2800億円レベル。"あおり運転"で特需を迎えたドライブレコーダが主力商品です。

 なぜ技術力ではトップクラスだった日本ビクターが、その後も成長し続けることができなかったか。これこそ「イノベーションのジレンマ」のせいだと言う人がいます。「イノベーションのジレンマ」とは、持続的に技術の進化(イノベーション)を進めていくと、ある段階から顧客の要求や操作能力を超えてしまう。それでも先行し続けてきたその企業(持続的イノベータ)は後戻りできずに前に進み続ける。その間に、今まで「あんなモノは我々の競争相手ではない」とバカにしていた安価な代替技術を持つ企業(破壊的イノベータ)に全ての顧客を奪われてしまうことを言います。
 VHSビデオで栄華を誇った日本ビクターがその後CD等の光学読取り媒体やAVデジタル化で競合の後塵を拝し続けたのは、VHSのあまりにも大きな成功が、日本ビクターを「イノベーションのジレンマ」に陥れたのではないかというわけです。
 結局、独自技術で世界を席巻してきた自負心が、日本ビクターの最大の強みであったと同時に、最大の弱点だったのかもしれません。
 VHSを世界標準に押し上げたのは、高度な技術競争の勝利ではなく、あの松下幸之助さんの、消費者目線での一言、「確かにこっちの方が軽うおますな」であったことを忘れてしまったのかもしれません。

 今後イノベーションを追求したい私たちも、「お客様第一」という基本を忘れてしまうと、この「イノベーションのジレンマ」に囚われてしまうことでしょう。心したいものです。

 

<2030年のトヨタを予測する!?>

 テクノロジーの進化に伴い今後激変が起こるであろう業界といえば、何といっても自動車業界です。その代表格のトヨタが2030年にどうなっているのでしょうか。

 確実な技術の進化が約束されていると、10年先のトレンドが予測可能だと言います。2つのテクノロジー、"EV(電気自動車)化"と"自動運転技術"はそれに該当するでしょう。
 EV化の背景は地球温暖化の問題です。これによりガソリン車が廃止になると、ガソリン車ならではの参入障壁であったエンジンがなくなり、異業種からの参入が簡単になります。
 もう一つのテクノロジーである自動運転技術のコアは、"AI技術"です。トヨタのAIへの研究開発投資は、アマゾンやグーグルの半分以下で、人的リソースでもこれらの企業の足元にも及びません。トヨタの強みと異なるところが今後の競争のカギとなるのです。

 トヨタにとって最大の脅威は、かつてのパソコンがそうであったように、従来の「垂直統合モデル」が「水平分離モデル」に置き換わってしまうことです。かつてパソコン業界はハードウェア、ソフトウェアから周辺機器まで一貫して製造する(垂直統合)IBMの一強体制でした。ところがOSをマイクロソフトに、CPUをインテルに外販してもらう決定をした途端に、誰でもIBM互換パソコンが作れるようになってしまいました。ハードとソフトの供給者が分かれる「水平分離」が当たり前になりました。巡り巡って今、パソコンで一番儲かっているのは、"携帯電話のふりをしたパソコン"であるスマホを大量販売し、月々のネット通信料をとっている携帯電話事業者だという、かつて誰一人として想像もできなかったことが現実になっています。

 トヨタの恐怖は、自動車分野でも同じことが起こるのではないか、ということです。
 AIが進化し、さまざまな企業から提供されるソフトウェアをダウンロードするだけで、車の買い替えをしなくても機能高度化やモデルチェンジができるようになる、さまざまな会社が販売する"トヨタ互換車"が、圧倒的な低価格でホームスーパーや通販で購入できるようになる。そして一番儲けているのはスマホと同じネットサービスを提供する携帯電話事業になっているのではないか、というわけです。

 一方で新たなサービスモデルも出現するでしょう。
 新車を購入して自分の資産にする、という概念はしだいになくなり、サービスプロバイダーが提供する定額サブスクサービスに加入していれば、定期的な内装の模様替えやソフトウェアダウンロードは追加料金無しにできるようになるでしょう。サービスプロバイダーにとっては、運転履歴のビッグデータが最大の資産となります。これにより都市交通制御や効率的な輸送ビジネスなどが可能になるからです。

先日、トヨタのサブスクサービス "KINTO"がソフトウェアダウンロードサービスや中古車のリノベーションを発表しました。さすが天下のトヨタ、やられる前にやる姿勢です!

 

<仕事の習慣>

 マザーテレサの「5つの気をつけなさい」という言葉をご存知ですか?
「思考」に気をつけなさい。それはいつか「言葉」になるから。
「言葉」に気をつけなさい。それはいつか「行動」になるから。
「行動」に気をつけなさい。それはいつか「習慣」になるから。
「習慣」に気をつけなさい。それはいつか「性格」になるから。
「性格」に気をつけなさい。それはいつか「運命」になるから。

 この中で、一番始まりの「思考=考え方」に負けないくらい大事なのは、「習慣」だと思います。「習慣」は自分で創り上げる「第二の天性」であり、「良い体のリズム」を身体に染みこませる「自己開発」でもあります。

 私自身、今回「コロナ禍」と「Webウォーキング大会」をきっかけに、朝5時に起床、そのあと1~2時間のウォーキング、帰宅して風呂掃除をして、皆さんへのメッセージをYammerにアップして、軽い朝食をとってからテレワークに臨む、という「良い体のリズム」を身体に染みこませることができるようになりました。

 私が証明したように、「習慣」とは「意志」が弱いからこそ必要なものです。

 最初はそれなりの覚悟が必要です。意志の弱い私は、周りの人に、聞かれてもいないのに宣言する、という手をよく使います。「自分との約束」だと途中でやめても誰にも気づかれませんが、そこで終わってしまいます。無理やり「人との約束」にして自分に圧力をかけるわけです。(周りの人は覚えてもいないでしょうが。)

 数日間の峠を乗り越えると、あとは自然に目が覚め、気がつくと歩き始めて、また気がつくと朝風呂のあとの掃除も終わっている、という"リズム"が身についてくるから不思議です。

 7月から新たに配属先での仕事が始まる新入社員の皆さんはもちろん、ベテランの皆さんも、仕事における「良い習慣」を見直して、身につけてみてはいかがでしょうか?

 まずは、基本動作の習慣①から順に始めましょう。
 ①心を込めて、自分から、はっきりと、あいさつをする習慣。
 ②周りのゴミを拾う習慣。
 ③約束を守る習慣。
 ④仕事を始める習慣。
 ⑤仕事を完成させる習慣。
 ⑥相手の立場になる習慣。
 ⑦学び続ける習慣
 ⑧問題の原因を自分に求める習慣

⑧までいくと、マザーテレサの言うように「運命」まで変えることができるでしょう。
 

<弱点をさらけ出そう>

 「弱点をさらけ出せだと!」
 日頃気づかれないように必死に隠している自分の弱点を、白日のもとにさらすなど、考えただけでもゾッとする。入社試験の面接で「あなたの弱みは?」という定番質問に対して考えた(あのときは取りようによってはそれもまた長所だと面接官に思われるように練習したな)のを最後に、以来会社ではひたすら自分の弱みは隠し続けている、という人も多いかもしれません。「『自己開示』はしないに限る」と決め込んでいる人たちです。 

 しかし残念ながら、いくら隠したつもりでも、あなたの弱点はもうとっくにバレています。
  とくにあなたが「上司」である場合には厳しい現実があります。
上、三年にして下を知り、下、三日にして上を知る」という名言があるくらいです。いくら部下の前で知らないことを知ったかぶりしてスマホでこっそり調べても、根っこの実力はすっかり見透かされている、と思って間違いありません。むしろそれを隠そうとするほうが、部下からの評価は下がってしまうかもしれません。
 いずれにしても、「仕事に必要なこと」は、知らなければ学ぶ必要があり、わからなければ聞く必要があります。「知らない人」は聞き、「知っている人」が教えるということは、とても自然なことです。「聞けば済むこと」を、仲間を無視して意地を張るようでは、チームの成果は上がらないでしょう。そういう意味では、「素直に聞くこと」がとても大事であり、そうして「聞き合う」ことが「知っている人を生かす」ことになるでしょう。「足りない部分」はカバーし合えばいいだけです。それが「組織の目的」のひとつでもあります。

 実は、いい組織というのは「安心して自分の弱みもさらけ出せる」、そして「その弱みを仲間が強みでカバーしてくれる」組織なのです。これを「心理的安全性が高い組織」といいます。心理的安全性が高い組織の中では、全員に均等に発言の機会があります。相手に対しての心遣い、配慮、そして共感の姿勢があります。したがって、誰でも自分の意見を自由に発言できる雰囲気があります。「これを言ったら笑われるんじゃないか」「間違ったことを言ったら否定されるんじゃないか」「じゃ、お前やれ、と言われて責任を取らされるんじゃないか」といった不安はなく、組織のメンバーを信頼して「何を言っても受け止めてもらえる」という雰囲気があります。
 そのような心理的安全性の高い組織の中では、一人ひとりが、完全に自己開示ができます。自己開示をすることが、その人の持つ能力を最大限に発揮するカギであることは社会心理学や以前触れた「グーグルの研究」が示しています。

 私の夢は白山をそのような組織にすることです。夢というくらいですから、現状はそれにはまだまだ距離があります。でも何とかその夢の組織に近づけていきたいと思っています。

 その第一歩が「弱点をさらけ出そう」であり、それを受け入れる雰囲気づくりです。

 

<上善如水(じょうぜんみずのごとし)>

 「上善如水」というのは日本酒通の人ならだれでも知っている新潟の名酒のひとつです。「上善」とは「善」よりも上、すなわち「これ以上ない最高」を表わしますから、「上善水の如し」とは、「最高の存在とは、水のようなものである」という意味です。この言葉を残したのは2000年前の中国の思想家、老子です。

 精神科医の野村総一郎さんはこう解釈します。
 「水というのは、人が嫌がる『低いところ』へ流れ、そこに留まる性質がある。水はやわらかく、弱い存在であるかのように思えるが、実際には岩を砕く強さがある。水は弱く、争わない存在であるが、結局は勝利を収める。中途半端に強くなろうとせず、『水のごとく』あえて弱さを選択するのも一つの方法である。」

 先週のこのコーナーで、私は「弱みをさらけ出そう」と皆さんに呼びかけました。それは自己開示をすることで初めて、お互いを心から信頼できる関係になるからだ、という意味でお伝えしました。今日の老子の「上善如水」は、私の「弱みをさらけ出そう」という呼びかけのもう一つの理由として、「なぜなら、自分の弱みだと思っていることが、実は最大の強みになっていることだってあるからだ」と教えてくれています。

 水というのは、何よりまず私たち生き物が生きる上でなくてはならない存在です。水はまた、必要となったら水蒸気になったり、氷になったりします。四角くなったり、丸くなったり、臨機応変に姿かたちを変えていきます。どんな狭いところでも入り込めますし、集まれば巨大な川として大海に注ぎ込むこともできます。一見すると、主体性がなく、弱いように見えますが、どんな形状であっても本質は変わらない水(H₂O)のままです。本質を変えることなく、柔軟に変化できることが、一見弱く見える水の最大の強さなのです。

 しかも、そんな最強の存在でありながら、水たまりのように、皆が嫌だと敬遠する、汚くて低い場所に流れ落ちて溜まっていく。そんな謙虚さも持ち合わせています。

 「もっと強くなりたい」と必死で上へ上へと登ろうとする人は、もちろん素晴らしい。しかしどんなに上にのぼろうとする人も、それと正反対に、下へ下へと自然に素直に流れていく、一見主体性がなく弱くしか見えない水の秘めたる強さには勝てないのです。

 精神科医の野村先生は、他人との比較で「自分は負け組だ」と思い悩む患者さんに、水のように、「あえて弱さを選択する」というしたたかな発想を持ってさえいれば、周りの人の動きに心を大きく揺さぶられることはなくなる、と言います。

 2週連続で、「だから、弱みをさらけ出そう」という呼びかけで終えたいと思います。

 

<「共通言語化」の大切さ>

 先日、ある経営コンサルタントの先生からこんな質問を受けました。
 「組織をまとめる上で、もっとも強い求心力って何だと思いますか?」
 私のいくつかの答えは皆はずれで、正解は「宗教」でした。なるほど。宗教でまとまる組織ほど結束の強い組織はありません。しかも開祖(創業者)が亡くなって1000年以上経っても、その信じるところは変わることなく引き継がれています。考えてみると凄いことです。なぜこんなことができるのだろう。先生は以下のように説明してくれました。
 宗教には時代を越えてその求心力を維持するために3つの"道具"が存在します。
 一つ目は「経典」です。自分を救ってくれる言葉が詰まった経典がいつでも取り出せることで信者はいつも安心していられます。これを仲間と一緒に声に出して繰り返し繰り返し暗誦して、自分の言葉にしていきます。
 二つ目は「伝道師」、すなわち「経典の通訳」です。経典を通訳して分かりやすい言葉で教えてくれる橋渡し役の存在があります。
 そして三つ目に「様式」です。服装や食べ物であったり、儀式・戒律であったり、様々な様式が他と一線を画していることが大切です。

 これを組織に当てはめてみると、「経典」に相当するのは「共通言語」であり、「通訳」に相当する役割を果たすのは「ミドル」、白山の階層で言えば「リーダー」クラスです。そして「様式」に相当するのが「仕事のしかた」、すなわち「業務プロセス」です。

 つまり、白山の「理念」、「行動指針」、さらには「私たちにとってお客さまとは誰か」、「私たちが提供する価値は何か」といった言葉の定義を「共通言語化」し、その「共通言語」をミドルであるリーダークラスが橋渡し役となって部下に伝えていくことで組織の求心力が強くなっていくはずです。そうなれば、その求心力の示す方向に沿って各自が自分の役割分担である業務プロセスを自主的に見直し改善していくことで強靭な組織ができ上っていくに違いありません。
 全ては宗教の経典に相当する「共通言語化」から始まるのです。

 先日皆さんに協力して頂いたエンゲージメント・サーベイの結果、「組織間のヨコの連携が弱い」、「組織内の一体感がない」、「階層間にギャップがある」といった、白山の組織の「求心力の弱さ」に起因した課題が明らかになりました。このままそれが定着して「企業風土」になることは何としても避けなくてはなりません。

 白山を求心力の高い強靭な組織にするためには、まず「共通言語」を持つことが大切です。会社の風土改革のための「共通言語」づくりを皆さんと一緒に始めたいと思います。

 

2021/9/21
文責 米川 達也