さて、金沢大学ベンチャー・ビジネス・ラボラトリー(VBL)から金沢大学発の起業家としてご支援をいただいておりますが、2回目のレポートを書くに あたり、私が皆さまにお伝えすべきことは何なのかと、考えました。
私は大学を卒業後、会社員というキャリアをわずか4ヶ月しか経験しておりません。その半年後には株式会社 Heart Language(以下、当社)を設立しました。当社はIT企業としてホームページの制作業務やWebメディアの運営及びWeb広告業務、VRアプリ開発業務など幅広く行っていますが、私自身、大学では経済学類を 専攻しており、IT業界で事業を展開しようと思い立ったのは大学3年の頃でした。それまではプログラムのひとつも書けない学生です。そのような社会経験と 専門知識のどちらも不十分な私が皆さまにお伝えできることは、ノウハウなんかではなく、『リアルな体験談』に限られるのではないでしょうか。
この数年で学生から起業する人は随分増えましたが、金沢の若い世代の起業家はまだまだ少なく思います。そこで起業をしてから今日まで、私自身がその時々にどういったことに直面して、どのような意思決定を行ってきたのか、そのリアルな体験談が少しでも起業を志す方をはじめ、皆さまのお役に立つのではないかと思い、ありのままをお伝えしていこうと思います。
学生時代に考案し各賞を受賞させていただいたスマートフォンアプリ事業は、起業後3ヶ月で中止することになりました。これが起業をしてから一番初めに 訪れた危機です。開発アドバイザーをつけ、順調に進むかと思っていた矢先、当時のメンバーとの意思疎通が図れずに一人がやめることになります。起業したばかりの会社にとって人員の欠如は致命的。ましてや金沢において、アプリ開発ができるエンジニアの人材は貴重で、獲得が難しく、事業の継続は困難を 極めていました。そして考案してから既に2年以上の歳月が過ぎており、アプリ市場はすでに飽和している状態。ビジネスチャンスも逃していました。結局、私は起業してからたった3ヶ月でヒト、モノ、カネの全てを早くも失いました。
第1回目のレポートの時に、起業家になる人には「その事業をやりたかった人」と「単に起業したかった人」がいると言いました。私は後者の人間です。もしメンバーの1人がやめた時に、私がスマートフォンアプリ事業にこだわりを持つ「その事業をやりたかった人」であれば、未練がましく開発を続け、ローンチすることもなく会社を潰していたでしょう。2年以上も情熱を持って取り組んだ事業を中止することは勇気のいる選択でした。しかし開発していた スマートフォンアプリは、会社の目的(以下、ビジョン)を達成するための手段であって、私にとってそれが目的ではありませんでした。あの時ビジョンから 1ミリもブレることなく、手段を素早く切り替えることができたからこそ、今の当社があるのだと思います。
起業に限ったわけではありませんが、未知で未経験の世界を突き進むには、大なり小なり壁にぶちあたります。そして決断を迫られた時、あなたを正しく 導くものは何でしょうか。時としてアドバイスがあなたの行動指針を狂わせる場合もあります。そうした時、あなた自身が正しいと思える決断を下すことはできるでしょうか。
世界的ベストセラー「ビジョナリーカンパニー」では、時代を超えて存在し続ける偉大な企業には共通して不変の基本理念があると述べています。私は、起業家にとって最も重要なことは、それが「モノ」であろうが「コト」であろうが、ビジョンを持ち、それを維持し続けることだと思います。例え多くを諦め、失うことがあったとしても、ビジョンが変わらなければ、またそこから次の一歩が踏み出せるからです。
私がよくビジネスモデルについて考える時に思い出しているのがTEDトークという番組で、ビル・グロスという方が「新規事業を成功させる一番の原因」と題して 話していた内容です。これによれば成功要因を5つ(アイデア、チーム、ビジネスモデル、資金調達、タイミング)に分類し、成功企業と失敗企業で比較してみたところ、「タイミング」が最も重要な要因ということが判明したという内容でした。
変化の激しい現代において、「タイミング」を見つけて、合わせていくのは非常に難しいことです。気がつけば私のように起業するタイミングを逃し、ビジネスチャンスも逃すことになります。このような変化の激しい現代において求められるのは、素早い決断を行い、素早く行動したことで得られたフィードバックから、最良の状態を一早く作り上げることです。
起業家にとってビジョンや経営理念が大事だと言うと、どこか胡散臭いようにも思いますが、この素早い決断を行うにも、判断の中心軸となるビジョンが変わることなく、維持し続けることが何より重要なのだと思います。
2017/2/2 文責 田中 瑞規