2015年に金沢大学を卒業した翌年1月に当社(株式会社HeartLanguage)を設立。それから早いもので3年が経ち2019年、当社は4年目を迎えました。
2017年からはビジネスコンテストの審査員やセミナー講師もさせていただき、恐縮ではありますが金沢大学出身の若手起業家として、これから起業を志す学生にその姿をお見せする機会がいくつかございます。今の在学生にとって私はどのように映っているのでしょうか。
これまで、連載させていただいているベンチャービジネスに関するレポートでは『起業なんかするべきじゃなかった?』と題して、3カ月で事業の中止をせざるを得なかった創業時のリアルな体験を通した起業の難しさ、そこから得たビジョンまたは起業家精神の重要性をお伝えしてきましたが、創業期を走り抜けたこの1、2年間で企業として足場を固めはじめ、少しばかりではありますが若くして起業し経営をするとはいったいどういうことなのか、私だからこそお伝えできる事実があります。今回も起業を志す学生に向けて、起業をするとはどういうことなのかその全てをお伝えしたいと思いますが、私が創業した時よりも社会環境も大きく変化しています。まずはその点に触れたいと思います。
私が在学していた頃はスマートフォンが爆発的に普及し、それに伴って多くのIT企業・スタートアップ企業が立ち上がりました。イノベーションという言葉に魅了され、社会経験が浅い若者が夢を追い、たった数年で何億円も稼ぐ企業をつくりあげる姿は当時の私にとっても憧れであり起業する動機でもありました。現在の起業環境はというと、起業の本質的なところは変わらないとしても超スマート社会やSoceity 5.0と呼ばれる時代に突入し、IoTや人工知能(AI)、ロボットなどの最新技術を活用することでの新たなビジネスが数多く立ち上がり投資が集まっています。学生の立場からするとより高度な技術をもとにした商品開発が求められており、若者が数年で何億も稼ぐ企業をつくりあげるというイノベーションを起こすにはハードルは高いと言えるでしょう。しかし起業=イノベーションではありませんし、それを目指さなければならないということではありません。時代のトレンドに乗るということは成功の重要なファクターのひとつではありますが、それだけで成功するわけではありません。時代がどれだけ変化したとしても一番大事なのは夢や浪漫を持って起業にチャレンジするというアントレプレナーシップです。そしてそれは起業した後の企業経営においても経営理念やビジョンとして、会社の成長力、存続力となります。
社会全体を見ると若くして成功を成し遂げた起業家の事例が年々減ってきているようにも見えますが、Youtuberやインフルエンサーといった新たな職業、新たな起業の形に若者の関心が変わりつつあるのかもしれません。また当時と違う点として、金大生をはじめ学生と地方企業の結びつきが強くなっているのも事実です。学生がインターンシップやビジネスワークショップ、ビジネスセミナーに参加できる機会も増え、私が学生の頃と比べると学生がビジネスを学ぶ機会は至るところにあり、起業を志す学生にとっては良い変化と言えるでしょう。
このような時代、社会環境の中にいる学生にとって当時の私の起業体験だけでは参考として不十分なところもあります。しかし、前述したように起業の本質はアントレプレナーシップであり、それはいつの時代も変わらない普遍の事実です。だからこそ、私が創業からの時代変化、環境変化に対してどのように対応してきたのか、またこれからの時代をどのように読み、起業家としてどのような道を進もうとしているのかということについては参考になるかと思います。今回のレポートでは、そのような観点から創業期を経て成長期へと目指す私と当社にとってどのように創業期を乗り越えたかということについてお伝えできればと思います。
学生時代に考案し各賞を受賞させていただいたスマートフォンアプリ事業は、起業後3ヶ月で中止することになりましたが、その後に立ち上げたローカルWEBメディアSHUKINにおいても現在はサービスの更新を停止しております。これが当社の現在の実態です。その間も小さな起業を繰り返しては芽が出ることはなく今に至ります。しかし当社はWEB制作会社として業績を年々あげており、WEBサイト制作やWEB広告などの事業は拡大しています。
このWEB制作事業は「創業時にやりたかったことか」と問われると実はそうではございません。以前のレポートにも書かせていただきましたが、私は事業がしたかったわけではなく会社をつくりたかったのです。それも若者だけで何億円も稼ぐ企業をつくりたかったのです。その憧れは今でも変わりませんが、現状は地域に根付いたWEB制作会社と言えるでしょう。
さて、若くして起業するメリットはなんといってもその「若さ」にあります。夢をエネルギーに安月給でも頑張れるところにあります。しかし学生時代に貯めることができる資金は微々たるものですし、出資や借り入れをしたとしても損益分岐点を超え『続ける』ことは簡単なことではなく、毎月発生する固定費にお金がかかり資金は日々減っていく若手起業家がほとんどではないでしょうか。これはいわゆる、バーンレートが高く「デフォルトで死んでいる状態」ということなのですが、資金がショートする前に損益分岐点を超えられるかどうかが生死を分けます。
当社は創業時にやりたかったアプリ事業やメディア事業を軌道に乗せることができず、資金をショートさせる前に「我々にできることは何か」と考え、新規事業を立ち上げることを断念し「まずはこの会社を生かす」という選択肢を取りました。そして自分たちにできるWEB制作事業に方向を転換しました。
もちろん、会社を一度潰した後に再起することも可能でしょうし、そうした方も多くいらっしゃるのも事実です。しかし、若くして起業した私にとっては、その事業ができることよりも経営ができていることの方が重要であり、ここで経営者として小さな成功体験を積まなければ、どんなに素晴らしい新事業のアイデアを手に入れたとしても、再び失敗に終わってしまうと思い「まずはこの会社を生かす」という選択肢を取っています。
ここからは創業時に事業を転換し、若手起業家としてそして経営者として、どのように当社を運営してきたかについてお伝えできればと思います。
やっている事業は真新しさのないWEB制作、それも大半がホームページの制作です。しかしホームページとはこのインターネット社会において会社の心臓部となるもの。どうして若い社長の若い企業に制作を委ねるでしょうか。そこには期待を込めての依頼だけでなく、安さを求めて、なかにはあくどいことを考えられる方もいらっしゃいます。その度に苦い経験をし、私たちに足りないものは何かということを、身をもって学びました。
そして成功の兆しはひとつの期待に応えることからはじまりました。若くして起業をすれば、良くも悪くも期待を寄せてくれます。応援してもらえます。その期待に応え、信頼を繋いでいくしかありません。特にこの金沢という地域は本当に狭く、誰かの紹介でビジネスが始まることがほとんどと言えます。そのサイクルに突入できるかどうかが生死を分けると言えるでしょう。私は経営者として、寄せていただいた期待に応えることで信頼を繋ぎ、また新たな期待に応えるというサイクルを通して、事業を軌道に乗せることに成功しました。
会社の生死を分けるのは事業内容だけでなく、組織運営においても言えます。『「起業なんてするべきじゃなかった?」起業一年目のノート①』でお伝えした、5つの成功要因。そのうちの重要なファクターのひとつがチームです。当社には、すでに創業時のメンバーはもうおらず、事業の方向転換、トライアンドエラーの度に社員の入れ替わりがありました。その度に気づかされることも多く、悩むこともありますが、その新陳代謝を通して組織運営は強化されていきます。とくに若くして起業するものにとっては社員やメンバーに対しての友達意識や情が宿るものであり、そのマネジメントが非常に難しく、経営の点からすると、人件費に対して正しい経営判断ができないことが創業時に成功するか失敗するかを分ける大きな要因のひとつでもあります。
会社を潰す社長には「共通する5つの弱いと5つのない」があるということを帝国データバンクからでている『御社の寿命』という本に記載があります。(出典:御社の寿命-あなたの将来は「目利き力」で決まる!著者名:帝国データバンク情報部【著】/中村宏之【著】)それは「数字に弱い」「パソコンに弱い」「朝に弱い」「決断力が弱い」「人情に弱い」「計画性がない」「情報がない」「リーダーシップがない」「危機感がない」「人脈がない」だそうです。いかがでしょうか。私が創業時に上手く組織を運営できず、また事業を軌道に乗せられなかったこと振り返るとこのいずれかに必ず当てはまります。若くして起業したものにとっては、お金の流れがわからず、また仲間どうしで創業していると人情に弱く、リーダーシップが取れない、もしくは決断しなければいけないところで判断が遅れてしまうのではないでしょうか。
今から起業を志す学生に、あるいは既に起業した若い起業家が創業期を乗り越えるためには、あらためて、その事業に魂を賭けてでもやりたいのか、会社をやりたいのかということをもう一度問うべきです。これは私が創業したなりに、とある起業家の方から問われたことですが、今となってはつくづくとその意味がわかります。時代の流れはとても早く、特に私のようなIT業界で起業したものは1、2年でトレンドが転換し、それまでに事業をスケールできなかったものは会社をやめざるを得ません。そのような環境下で「ヒト」「モノ」「カネ」のバランスを読み取り、糸を紡ぐような経営を強いられます。そして創業者(起業家)は魂を賭けて取り組む必要があります。たとえ創業メンバーのひとりが正反対のことを言っていたとしても、そのメンバーを切り捨ててでも責任を持って信じる事業を貫く精神があるのか、頭を下げてでも、その事業を軌道に乗せるために一番に行動することができるのか、やはり成功できるかどうかの分かれ目はどれだけ強固な起業家精神があるか、だと思います。当社は時代の最前線をつくるような事業は一度退いてはいるものの、WEB制作事業を通して創業期を乗り越え、これらの重要性と勘所を捉える経験をすることができたと実感しています。そして「ヒト」「モノ」「カネ」に関する蓄積もできつつあります。創業時と今とでは「やりたい事業」に対するアプローチ方法は全く異なります。現在も「若者が数年で何億も稼ぐ企業をつくる」という目標に向けて新たな事業に取り組んでいるところですが「その事業をやりたいのか」「会社をやりたいのか」いずれの道を選択しても、問われるのは起業家精神であることには変わりません。
次号では、現状からどのような方向性を目指しているかという点についてお伝えできればと思います。
2019/02/15
文責 田中 瑞規