今回は、VBL長として関わったベンチャー起業について紹介します。大学発ベンチャーに効果的な方策として少しでもお役に立つ情報が提供できればと思い執筆しました。
経団連の新しいルール(学生が学業に専念する時間を確保するために)のもとで、来年春の卒業・修了予定の学生を対象とした就職活動がこれまでの12月から3ヶ月繰り下げて この3月からスタートし、選考も4月から4ヶ月繰り下げて8月からとなりました。就職しないで起業する学生が、どれくらいなのか判らないが、「学生起業」か「一旦就職してから起業」 のどちらがいいのか、また、大学発ベンチャーの可能性はどうかなど参考になればと思います。
教員・学生の最先端技術(特許技術)をもとに事業化する大学発ベンチャーは、日本では2001年に経済産業省が「平沼プラン」といわれる「大学発ベンチャー 1,000 社計画 (2004年度末を目標に大学発ベンチャーを1,000社誕生させる)」を発表し、文部科学省や産学が一体となって技術移転機関Technology Licensing Organization:TLO (金沢大学ではKUTLO) を強化し、国立大学教員の兼業を緩和し、さらにMOT(技術経営)教育の強化や、知的クラスター創成事業、産業クラスター政策等の支援により今日までその成果として大きく成長して います。その結果、平成20(2008)年度末の大学発ベンチャーは約1,800社となり、そのうち、(1)大学での研究成果をもとに起業したベンチャーが約1,150社、(2)学生ベンチャーが約280社、 そのほか(3)共同研究・技術移転などによる約290社となっています。大学別では東京大学の125社を筆頭に、金沢大学は16社でした。
しかし、その実態は2008年度『「大学発ベンチャーに関する基礎調査」実施報告書』によると、2008年度に創業された大学発ベンチャー企業数は54社で、04年の247社をピークに 05年の223社に比べて4分の1以下にとどまっています*1)。 科学技術振興機構JSTの報告書*2)でも、平成21(2009)年度末におけるベンチャーの設立累計が、大学発2,036社で、平成11 (1999)年度頃から大幅に増加したものの、平成16〜17年度をピークに減少傾向が続いています。また、創業・設立後の変化では、精算・廃業・解散・倒産/休眠がもっとも多く、 文部科学省科学技術政策研究所の資料からも、この2,036社は株式上場24社、企業売却/合併53社、事業譲渡2社、精算・廃業・解散・倒産/休眠156社、休業51社で設立当時から 変化なしが1,750社となっています。
この減少傾向に歯止めをかけ上向きにする対策として、2012年から文部科学省の大学発新産業創出拠点プロジェクトがスタートし、科学技術振興機構JSTも、大学等における 研究開発成果を用いた起業および起業後の挑戦的な取り組みや、大学や企業等から大学発ベンチャーへの支援等をより一層促進することを目的に、2014年度に「大学発ベンチャー表彰」 の制度を始めています。この表彰制度は、大学等の成果を活用して起業した大学発ベンチャーのうち、今後の活躍が期待される優れた大学発ベンチャーを表彰するとともに、特に その成長に寄与した大学や企業等を表彰するもので、金沢大学から、(株)キュービクス(丹野博社長、金子周一医学系教授)が日本ベンチャー学会会長賞を受賞しています。
大学発ベンチャーの課題、難しさと成功例など、将来性については次回にゆずることとして、ここでは、VBL長として関わった起業家の話題を紹介します。
平成20年4月にVBL長を引き受けてから、かなりの数の企業・起業家の方と面談しました。記録がないので、残されたサンプル品・パンプレットとノートに書かれたメモなどから記憶を 辿ってみました。基本的に、イノベーション創成センターからの技術相談も含めて、私自身の研究分野である"エネルギーと環境"に関係するものがその殆どであり、それ以外については 他の研究者に相談を依頼しました。
エネルギー分野では、省エネルギー技術を中心に新エネルギー・再生可能エネルギーに関するものが殆どでした。例えば、燃焼促進する添加剤の開発とその有効性、建物の 省エネ対策や融雪面として断熱塗料の性能評価、LNG冷熱の活用法、微細藻の育成技術の生産性向上、熱効率の向上策、ペレットストーブの排熱利用法、その他(加湿機・熱交換器) などなどです。
一方、環境分野では、廃棄物処理から空気汚染対策まで様々で研究の対象というより、技術の裏付けと販売力の強化が目的でした。例えば、ドリンク剤などのカラーガラス瓶の処理と 再利用法、蛎ガラの廃棄処理と利用法、花き栄養剤の銀ナノ水の利用拡大(殺菌・消臭効果)、LEDの開発と利用、下水汚泥利用と処理、ヒートアイランド対策の緑化材や苔の種類による 効果、環境に優しい紙を利用した土留め用や漁業用網の強度などの性能評価、東南アジア諸島から取り寄せた原料から作った臭い処理・消臭液、廃棄蛍光灯の処理と再資源化、染色排水 からの廃棄物から製造した緑化基板材の性能、消臭・防湿剤としての竹炭の活用効果、その他(低摩擦剤、防振・防音材、電磁波防御材)などなど、千差万別でした。これ以外のものには、 各専門の先生を紹介あるいは相談をしました。
以上の対応したほとんどの技術は素晴らしく、その将来に夢を持った起業家からの相談でした。基礎的研究を追求してきた大学人には、いずれも新鮮であり刺激的な内容でした。 相談に来られた人は、若い方より、街の発明家か中小企業の社長・技術部長などむしろ年輩の方が主だったように思います。その目的は、それらの技術を如何に信頼性のあるものにするか であり、やはり敷居の高い大学に何とか相談に出向き、共同研究あるいは技術評価することで、金沢大学ブランドを付けたいと言うのが本音であり、起業家の大変さと苦労がヒシヒシと 伝わってきました。
私自身は、最初と言うこともあって、燃焼促進する添加剤の技術相談にのり、共同研究を経て、創業したベンチャー企業の相談役(無報酬)に就任しましたが、予期したとおり業務 成長と安定化に苦労しています。
今回も技術相談と共同研究の話題提供が中心となってしまいました。大学発ベンチャーは今まさに旬であって、素材・ロボット・医療の分野で起業化の可能性が高くなっています。 しかし、IT(情報技術)と比較して成果がでるまでに時間とお金がかかるリスクを背負えるかどうかにあります。
その一方、学生起業の成功者はIT関係がメインで、マイクロソフトのビル・ゲイツ氏を始めfacebookのマーク・ザッカーバーグ氏、そしてYahoo、Google、Mixi、lineなどの ソーシャルネットワーキングが有名です。変わったところでは、ミドリムシのバイオベンチャーのユーグレナ社などもあります。学生ベンチャーには、失敗を恐れず、立ち上がれる勇気と 企画経営力(MOT)さらに資金が必要です。
答えはわかりませんが、「まず就職して事業化を経験し、30代までに人脈・技術・資金の目途をたててから独立して起業する」のが良さそうに思いました。
*1) 平成20年産業技術調査「大学発ベンチャーに関する基礎調査」実施報告書、H21.3,㈱日本経済研究所
*2) 産学官連携データ集(2013〜2014)、(独)科学技術振興機構、H26.3
2015/3/12
文責 瀧本昭