1.イノベーション・エコシステム

1.イノベーション・エコシステム

 私は、ベンチャー・ビジネス・ラボラトリーにおいて、学生や教職員の起業・創業のサポートを行っています。今後、定期的に起業・創業に関連する情報を皆様へお届けさせていただきます。その第1回目として、新しい創造的なものを次々と産み出し、持続的な成長を目指していくことを現す社会システムである、「イノベーション・エコシステム」について、お話しさせていただきます。

<「イノベーション」や、「エコシステム」とは?>

 まず、「イノベーション」や「エコシステム」の用語に関する基本的な定義を説明させていただきます。
 イノベーションとは、日本において"革新"と訳されることが多いのですが、現在は"新たな価値創造"と訳した方が、しっくりくるかもしれません。
 エコシステムとは、本来、生物とその環境の構成要素を1つのシステムとしてとらえる「生態系」を意味する科学用語です。近年、ビジネス分野でこのエコシステムが注目を集めています。企業・大学・行政・NPO・市民団体などの多様なアクター(主要なプレイヤーの意味)が有機的に連携し、一つの循環型の生態系(ビジネスエコシステム)を作り出すことで、イノベーションを起こし、新しい経済的・社会的価値を創発する仕組みづくりが求められています。

<「イノベーション・エコシステム」とは?>

 先ほど、ビジネスにおけるエコシステムとして、ビジネスエコシステムという言葉が出てきました。それでは、イノベーション・エコシステムとは何なのでしょうか?
 九州大学大学院経済学研究院の永田晃也教授の著書である「イノベーション・エコシステムの誕生」から引用すると、『イノベーション・エコシステムは、アクター、アクティビティ、人工物の進化的な集合体であり、特定のアクターやアクター集団のイノベーティブなパフォーマンスにとって重要な諸制度と、その諸関係(補完関係、代替関係を含む)。』と定義されています。
 少し難しい表現に感じる方もいらっしゃるかもしれませんから、もう少しかみ砕いて整理すると、
・持続可能な社会の実現を目指していくためには、
・新しい価値のあるサービスやプロダクトなどを生み出し、
・課題解決を進めていくことが不可欠であることから、
・産学官の関係者が連携、協働して、
・研究体制の整備、支援体制の整備、各種制度の改正などに、
 取り組むことの全体像であると、言えるのではないでしょうか。
 また、文部科学省の政策的な用語として使用されてきた側面もあるようです。

<イノベーション・エコシステムのイメージとは?>

 今ほどの"かみ砕いた整理"でも、まだ、ピンとこない方も多いと思いますので、簡単な図を用いたイメージによって、掴んでいただければと思います。

図1 「イノベーション・エコシステム」のイメージ

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 システムの改善には、よくPDCAが用いられますが、PDCAサイクルは基本として現状のシステムの改善、効率化を行うことが目的であり、システム自体を成長させていくことが主たる目的ではありません。
 イノベーション・エコシステムは、新しい価値創造のために不確実性の高いものも含めて、トライ&エラーで次々にチャレンジしていきながら、その周りにいる関係者も次々に巻き込んで成長しながらシステムを拡大していくイメージと言えます。図では表現していませんが、一時的に、図の円が縮小することもありますが、中長期的に見るとエコシステムは拡大していくものと言えます。

<イノベーションが求められる背景>

 それでは、イノベーションが求められる背景は何なのでしょうか?その大きな背景として、人口減少社会の到来が挙げられます。人口が減少する社会においては、以下のような様々な社会課題が露見します。
・若者がいなくなり街がさびれる
・医療、介護が必要な人が増え、社会負担が重くなる
・国際競争力の低下から、資源や食料が少なくなる
・色々なモノの値段が上がり、生活が苦しくなる など。

図2 世界時価総額ランキングTOP50

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 また、これは日本全体への影響であり、地方都市の地盤沈下はさらに早いと言うことが言えます。違う言い方をすれば、地方都市こそ、イノベーションが求められているのです。
 繰り返しになりますが、人口減少は大きな課題であり、人口をすぐに増やすことはできません。仮に今年から出生率が上がり続けても、効果が出るのは30年先であり、その間、出生率は上がり続けていないと人口は将来にわたり増加基調にはならないのです。
 そのため、日本という国を今後も発展させていくための現実的な方法として、今存在する人々や企業が、付加価値を上げる、生産性を上げる、ことが必要であり、それにはイノベーションが求められているのです。

図3 日本の人口ピラミッド
zu3.jpg※ 人口規模に大きな差はないが、年齢別の人口構成に大きな違いが見られる。今後、加速度的に日本人口は減少していく。

<人口減少はとても大きな問題ですが・・・>

 人口を増加させていくことは非常に困難で、そのための道のりはとても長く、地道で継続的な取組が求められます。人口減少の構造には大きく2つあり、1つは 人間の寿命に基づく「自然動態の減少」、もう一つは人口の地域間移動に基づく「社会動態の減少」があります。東京都を含めた一部の都県では、自然動態の減少を上回る社会動態による人口の増加があり、全体として人口が増えているところもあります。
 日本全体の人口を考えた場合、自然動態の減少が、本質的に最も重要な課題であるため、そのための解決策を政府だけでなく、日本全体で考えていく必要があるでしょう。
 社会動態の減少は、地域経済を疲弊させる最大の要因と言えます。そのため、各自治体は人口減少対策として、この社会動態の減少対策に力を入れて取り組んでいます。しかし、国内の移動であれば、日本全体の人口は減りません。日本という国を見限り、海外へ移住する人が増えていったら、本当に大問題です。
 そのため、日本の各地域でイノベーションが起こり、魅力ある経済圏が多くできたなら、仮に自然動態によって人口が減ったとしても交流人口が増えることで、ヒト・モノ・カネの回りが良くなり、経済は活性化するかもしれません。

<イノベーション・エコシステムがワークしているところはどこか?>

それでは、イノベーション・エコシステムがうまく回っているところとは、どんなところなのでしょうか?イノベーション・エコシステムがワークしている海外の場所として、真っ先に上げられるところが、
・アメリカ:シリコンバレー(スタンフォード大学を取り巻く地域)
・イギリス:シリコンフェン(ケンブリッジ大学を取り巻く地域)
であると言えます。

 日本の地方都市にも、海外ほどではないにしても、イノベーション・エコシステムがワークし、その周辺では人口が増えたり、新たな経済圏が形成されたりしているところもあります。
・山形県鶴岡市のバイオクラスター形成(慶応義塾大学先端生命科学研究所)
 海外、日本で共通するのは、エコシステムの中心が大学であることです。特に地方都市にとって、大学は知が結集する場であり、最も優れた人材が集積するイノベーションに適した場所と言えます。

 大学の研究シーズを如何にして、社会実装させ、スタートアップやベンチャーの集積地としていくことができるのか?が、イノベーション・エコシステムの形成、日本全体の持続的な経済発展のキーポイントなってくるものと、私は考えています。