25.日本のモノづくり

25.日本のモノづくり

- モノづくりコンファレンス2008より -

東京ミッドタウン 2008年4月24日「東京ミッドタウン ホール」にて製造業の皆さんを対象に「モノづくりコンファレンス2008」が開催されました。東京ミッドタウンは左図にあるような、防衛庁の跡地の広大な土地にゆったりと、なおかつ超高層の新しいスタイルの複合都市(ガレリア、プラザ、ガーデン)です。政府から「国際金融拠点」に選ばれた六本木地区は他にも同様な再開発が企画されているそうです(2008年5月4日朝日新聞の報道)。このような景色をみると、日本もずいぶん裕福になったものだと感じさせられます。願わくば、この建物が最後の夢とならいないよう、日本の発展を願うばかりです。

 「モノづくりコンファレンス2008」は、日刊工業新聞とマイクロソフトの共催で製造業の方々を500人お迎えし、テーマは「ビジョン実現を支える次世代経営力」でした。

 開催に先立ち、日刊工業新聞の千野氏は、厳しい日本の製造業の現実を踏まえ、具体的な経営策を聞き取っていただきたいと次のような挨拶をされました。

日本は戦後の廃墟からものづくりをベースに発展してきた。伝統を重視しモノには魂が宿るとの独特の哲学の元、ものづくりは経済的にも精神的にも日本の支えであった。ところが、IT技術の広がりとともに、いまや若者はモノづくり喜びを知らない時代となってしまった。加えて米国からのサブプライム問題に絡んだ株安と円高、原油や原材料費の高騰による実体経済への影響、人口減少といった大きな問題も抱ることとなった。これからは、このような制約とリスクのもとで日本の繁栄を築いていく必要がある。また、アジアとの共存して繁栄していくためには、単に品質の向上や機能の追加、コストの低減を創るだけではなく、消費者の感性に訴える感度の高いものづくり目指さなければならない。そのためにはITの活用が重要になる。このコンファレンスはマイクロソフト社との共催と言うことで、ネットワークやロボット・生産技術にも焦点を当てていますが、講演者の皆さんには、製造業のものづくりの将来を考えるための、経営策や成功モデルを具体的にお話をしていただく予定です。


コンファレンスのプログラムは以下の通りでした。
タイトル 所属 氏名
ご挨拶 日刊工業新聞社 代表取締役社長 千野 俊猛
ものづくり国家ビジョン 経済産業省 商務情報政策局 文化情報関連産業課長
前ものづくり政策審議室長
前田 泰宏
デンソーにおけるモノづくりの進化 株式会社デンソー 専務取締役 土屋 総二郎
製造業の現場力を経営力に マイクロソフト株式会社 代表執行役 社長 樋口 泰行
経営を支えるITビジョン 富士通株式会社 経営執行役 IT戦略本部長 花岡 和彦
閉会ご挨拶 日刊工業新聞社 取締役業務局長 井水 治博

ものづくり国家ビジョン

前田 基調講演は、 経済産業省 商務情報政策局 文化情報関連産業課長 前ものづくり政策審議室長 前田 泰宏 氏 のよる「ものづくり国家ビジョン」でした。

 国と企業が共に成長していく理想実現をめざし、2006年に経済産業省時代にがまとめたのがものづくり国家ビジョン」です。また「ものづくり日本大賞」(内閣総理大臣賞)もつられました。そこで狙ったのは「ものづくり立国である日本をもう一度世界に発信し、もう一度世界をうならせる」事だったそうです。講演の要旨は以下のようでした。

 もう一度世界をうならせるためには今は安いものしか作っていないけれど、今後は品質の高いものをつくったらいいのか、確実に納期を守ったらいいのか、それらを達成した後は、その向こうに何があるのかを示したいと思いました。すなわち、デジタルネットワーク社会になり、IT・ITネットワークが当たり前になった21世紀はどうなるのか。 ここで提案している感性価値とは作り手の皆様方」が「取引先あるいは消費者の感性」と何がしかの「つながりを感じさせる何か」を持つことです。物語とは「世界をうならせるものづくり日本は」どこにあるのかを語ることです。そしてそのネタは日本のなかにあり(MBAにはない)、地方にあり(霞ヶ関にはない)、中小企業の足元にある(大企業中心した経営企画の中にはない:世の中にはやっているキーワードを集めPowerPointでまとめて作っているようなところには無い)。また、中小企業では優秀な人材をヘッドハンティングしているのではない(実際はやろうと思ってもなかなかうまく行かない)。ともかく採用した人を、ものづくりの現場に入れることにより、その人のモチベーションややり口を研ぎ澄まし、人間をつくるのである。「ものづくりの現場に優秀な人を当てるのではなく」「立派な大人を作るためにものを造るのだ」と考えざるをえません。企業とは自他共栄の精神に基づき、社会に貢献をし、人材を育てることにより社会的責任を全うする組織であると。そしてロボットではない人間は、自分の中にある価値観を実現することである。これらの基本的な考え方は第4の価値基準である感性を呼び起こす物語の中にあります(Beyond Engineering)。


さらに、それをもう少し詳しく説明するために、次の5つの物語を音楽と動画を交えて見せていただき、さらにその解説をいただきました。皆様には、これらを参考に自社に最も気に入ったものを取り入れてもらえればと思っていますとのことでした。この5つの物語を海外にも紹介し、お国によって最も感動するところがどう違うのか、も知りたいと考えているとの事でした。(ただ、写真撮影禁止ということで、その美しい絵をお見せ出来ないのが残念です。以下その要旨です。

生活者との共創による感動の演出  作り手のこだわりがものやサービスに息づき、生活者の感性に訴える感動と共感を得たとき、顧客や取引先と共同して従来のものづくりを超えた経済価値を生み出す(共創)。作り手と使い手が一緒になって、商品を造ることです。 例として 燕三条のキセルの磨き磨き屋シンジケートの技術を使った「スプーン、マグカップ」、更にはぴかぴかの車、航空機に使えないか(ハリソンフォードが買ったとか)があります。

伝統技術を生かした感動の演出  南部鉄瓶の技術を使い山形県の職人たちが開発した急須「まゆ」の例をとりあげて説明されました。戦国時代、出陣の前には急須で酒を飲んでいました。この時、急須から酒が一滴でもこぼれると急須を作った職人は、処刑されたそうです。ということで職人は裏もりのしない急須つくりの技術を生み出しました。この技術を生かした「裏もちのしないティーポット」が売れている。  この急須は自動車のフェラーリなどをデザインした奥山清行氏とのコラボレーションで生まれたそうです。(奥山清行氏は、子供の頃毎日捨てられた車を見て育ち、捨てられない車を創りたいとの思いを遂げてフェラーリの設計に従事することになったそうです)

素材が本来もっている良さを引き出す  勿体(本来は「物体」で、物の形の意)を引き出す開発(かいほつ)。素材の良さを引き出す技です。 おいしさをうまく引き出すフランス料理だって高いでしょ、素材のよさを引き出す事が出来れば高く売れるのです。   日本は白以外の(白はエスキモー)色が最も豊富なだそうです(ちなみに白色はエスキモーが最も種類が豊富なのだそうです)。この色は原色を組み合わせれば作れるものではなく、その色をは素材の良さを引き出したものです。こうした色もまた、新しい感性価値です。

技術を感性に生かす   たとえば富山県のいやしロボットパロ」 は、ペットが死んでしまったときの、悲しみをなくしたいとの感性を生かしたものである。日本はこのようにロボットにも人間性を求める感性がある。フランスで開かれる漫画の展示会(japanimation)にもそれを見ることが出来る。

環境を生かし、汚さない感性  日本には豊かな自然があふれかえっており、またそれを大切にする心も持ち合わせている。たとえば気泡水と泡入浴(水を節約)に見るように自然を生かして、自然に学ぶ(人間中心主義ではだめだ)気持ちが優れている。これを商品に生かしていくのも一つの方法です。 たとえば江戸切子は彫ってあるところに価値を見い出し、薩摩切子は彫っていないところ(漆黒のガラス)に価値を見出している。自然を見つめ、自らの心の中に課題の解答を求める。と言い換えてもよさそうです。


感性価値

「ものづくりを超えて」とは、感性価値を見つけること。 自分が共感できる感性価値が見つかったら更にその価値を、家族で語って欲しいとのことでした。たぶん生活者の視点を重視する感性を磨き上げる最もいい方法は、「家族と語りあう」ことと考えていらっしゃるのではと想像しました。そして、最も感動し、磨き上げられた感性価値をものづくりに取り入れていくのがこれからの「ものづくり」と言わんとされていたように思いました。(お話を聞きながら取ったメモを見ながら、基調講演を思い出しながらこの文を作っているので、若干ニュアンスの違いや勘違いあるかも知れませんが、あくまでもこれは、私の感想ということでお許しください。)

以上の講演は、日本のよさを生かすものづくりのための新しい着眼点として、大変面白いものでした。これからベンチャー企業を起こし、世界に伍して活躍して行く人には非常に参考になる内容を含んでいます。ただ、今回のセミナーの聴衆のほとんどが、企業経営者もしくは企業情報システム関係者であろうと考えたとき(セミナーの主催者が日刊工業新聞社とマイクロソフト社であるから勝手に想像していることなのですが)、私個人としてはそれで、日本人を食わせていくだけの十分な需要が作り出せるかどうか気になりました。イタリアのナポリのファッション街やフランスのシャンシゼルゼを思い浮かべながら世界一のデザインをつくり出したとしても、まだ多くの日本人が生きていくためには、量的に不足するような気がしました。こんな考え方こそ、第二次産業の成長期に青春のエネルギーを燃やした事による、過去の成功に過剰適合してしまった団塊世代までの一人の考え方として、講師が否定していることなのかも知れません。とは思いながらも、しばらくは近隣諸国に、追い上げられ苦しいながらも、大量生産のものづくりも見直していかなければいけないような気がして、なりませんでした。


モノづくり事例の講演

 「モノ作り国家ビジョン」といった大所高所からのお話の後は、企業の実務の責任者として、数々の苦難・苦労を経験されたかたがたからの、自社でのモノづくりに関わる、具体的な施策ならびになぜそのような施策をとったのかという理由やその背景についてのお話でした。苦労の様子が眼に浮かぶ、本音を垣間見るお話が聞けたような気がしました。

土屋

 最初に、株式会社デンソー 専務取締役 土屋 総二郎 氏 から「デンソーにおけるモノづくり」について お話がありました。ご承知の通り、デンソーは昨年度の売上が4兆円を超える大企業です。会社紹介のあと、世界のお客様に満足いただける製品をグローバルに生産する為の、デンソーのモノづくりの理念と考え方をまとめた"モノづくりデンソーWAY"についてのお話がありました。ものづくり、技術開発、人づくりのトライアングルを中心とした、製品開発の考え方でした。加えて、具体的な施策として「コンカレント・エンジニアリング」の話をされました。コンカレントエンジニアリングとはずいぶん久しぶりに聞く言葉です。今から30年くらい前、私自身が日本の自動車や家電製品の製品開発のサイクルタイムが短いのは「コンカレントエンジニアリング」を採用しているからだと、海外の製造業に訴えていたのを思い出しました。設備の内製化の方針(手間とコストがかかったが、力もついた:差別化が図れた、継続によってレベルアップが図れた)で苦労はしたが、ロボットを活用した設備、自動化にこだわった生産システム、ITを活用したQ、D、C、S・E、Hサイクルを廻す生産情報システムなど、当時の日の出る勢いの日本の製造業の生産活動改革と合理化への取り組みを改めて感慨深くお聞きしました。貧しいながらも、皆が希望に燃えてものづくりに励んだことが思い出されました。デンソー様は今でも勢いのある企業として活躍されていますが、いくつかの企業は世界のヒノキ舞台から降りてしまっている現状は、企業(製造業)の成長のためには、モノづくりだけではない何かがあるのではと考えさせられました。

樋口

 ついで、マイクロソフト株式会社 代表執行役 社長 樋口 泰行氏より 「製造業の現場力を経営力に」 というタイトルで日本の製造業の強みを生かした経営についてのお話がありました。樋口様は、いくつかの会社を経験し、1年前にマイクロソフトにきた。その昔、松下電器に勤めていた時もあったが、その頃は安くていいものを造れば売れると思っていたと、当時の日本の製造業の製品力の強さを思い出させるお話から始まりました。これからの製造業発展の秘訣は、弛まぬ改善に代表される現場力と、チームワークを中心とした企業文化、そして人材を最大の資産と考えた経営であり、今後世界の競争を勝ち残るには、価格、品質、スピードなどの市場要求に対してITを活用しながら、この強みをグローバルに拡げていくことが重要ですと言われました。しかしながら、グローバルに展開するような高い視点を持つことはなかなか難しいし、現場力を生かすためにいろいろなところに、出て行き、異質な人々とお付き合いすることも必要です。だれもグーグルがこんなに急速にこんなに大きくなるとは予想も出来なかったと思います。いまやシリコンバレーは技術の先頭というより、ビジネスの先頭を走っているように見えるとのこと。
 氏の主張によれば、日本は言語と海で世界と切り離されてきたため、独自の文化を育んできたが、「世界目線で見る」ことでは遅れを取ってしまった。そのため、たとえば、携帯電話は折角の技術力が生かされること無く、世界標準になれないままローカルなマイナーな商品になってしまった。ビジネスは所詮、「人数の多いところを押えたものが勝つ」との意識で経営を進めなくてはならない。情報システムの開発でも、「お客様は神様」と一品一様を進めてきたため、パッケージソフトは育たず、過剰品質のムダをしている可能性がある。その結果日本の情報システムはステージ1(PCの配置やLAN設備、グループウエアの配備等単に情報技術を導入しただけで、その活用がなされていない。)が17%、情報システムを部門内でステージ2(基幹業務の整備、経営管理システムの整備等情報技術により、部門ごとに効率化を実現している)が69%と足して86%を占めている、これに対してアメリカではステージ3(CRM、SCM等のシステムをを構築し、企業組織全体におけるプロセスの最適化を行い、高能率と顧客価値の増大を実現)だけで52%もある。情報化はもっと、全社的に考えなくてはいけないと説いていました。ちなみにステージ4(単一組織を超えて、バリューチェーンを構成する共同体全体の最適化)を実現している日本企業は1%との事でした。まだまだグローバルに考えるには届かないようです。このあたり、「モノづくり国家ビジョン」とはずいぶんかけ離れた話と感じた次第です。

花岡

 最後に、富士通株式会社 経営執行役 IT戦略本部長 花岡 和彦 氏 より 「経営を支えるITビジョン」と題して富士通グループの情報システムの長としての苦労話がありました。富士通では、「経営とITの一体化」を目標に、ビジネスや生活のさまざまな活動領域(=フィールド)の構成要素である人とプロセスとITを「見える化」することで、改善を継続的に進める「フィールド・イノベーション」 を社内外で展開してきた、その経緯を率直に語っていただきました。

 急成長を遂げたコンピュータメーカーとして、自社商品を率先して導入し、拡張に次ぐ拡張、そして突然の不況による予算削減、とかなりきわどいお話で、ユーザーの情報システム部門に共通な悩みを背負ってきましたとの、内情もお話いただきました。これまで、アメリカにおけるSOX法にいち早く対応するよう役員会に上申し統合化を図り、現在はJSOX法を社内システム統合のてこに使っているとのことでした。これからは情報システムも単独主義からグループ主義に移行する必要があるし、そのためのSCMにも自社のSCMとお客様のSCMの2つに対応する必要がある。これからは情報システムが経営に役立つためには、ますます情報システムの責任者として権限の集中と責任の明確化が必要と考えていますと話されていました。

 いよいよ、情報システムの自社開発は破綻し、早くこれまでのシステムを捨てない限り、競争に勝てる企業として今後存続できない時代が来たことを、企業経営の責任者に近い立場でありながら、ユーザー部門の代表者としての意見(IT産業でのメーカーの立場でなく)をお聞きしたように思いました。

 以上、今回の「モノづくりコンファレンス2008」は、ベンチャー企業や中小企業を勇気付ける「もの作り国家ビジョン」と、過去の遺産を背負ってしまった製造大企業の「もだえる姿」をそれとなく映し出していたようです。

2008/04/29
文責 瀬領浩一