産学官連携が話題になってから、これまでのアカデミック中心の大学運営に新たな人々が入ってきました。この人たちはそれぞれ、それまでの経験や習慣をベースにした、仕事に関する視点(考え方)を持っています。そして、その人たちの視点の中にはこれまでの大学の視点(考え方)と異なったところもあるかと思います。
ここでは、シーズ発掘試験を例に、プロジェクトが進展していくにつれて参加者が増え、どのような視点が追加されるのかを見ていきます。
シーズ発掘試験はJSTのホームページによると、"コーディネータ等が発掘した大学等の研究シーズ(実用化が期待される研究テーマであって、知的財産権の取得が期待される、もしくは、知的財産権を既に取得し、実用化に向けて発展が期待される研究課題です)の実用化を促し、コーディネータ等の活動を支援する"JST(科学技術振興機構)のプログラムです。 言い換えれば、これまでの研究成果を実用化に向けてのシーズとしてに使えるかどうかを試験(確認)する費用を助成するプログラムです。
以下、順に研究者の視点、コーディネータの視点、研究管理の視点、シーズ実用企業の視点をそれぞれ1枚の絵にして比較していきます。同じシーズ発掘試験を話題にしながら、ずいぶん違った絵柄になることを体験していただけると思います(これらの絵の元図は一つで、視点だけ変えて書き直したものです。したがって情報内容 はほとんど同じです)。
上記、申請の応募用紙ではコーデネータ、研究者、共同研究者のプロファイルに続いて、以下のような項目を記入するようになっています。
課題名
4. 応募課題の内容
(1) 応募課題の概要
(2) 応募課題に関連するこれまでの研究成果
(3) 新規性及び優位性
(4) 目標設定の妥当性
5. コーディネータによる見解
6. 応募課題の実績
7. 試験研究実施計画
8. 試験研究費の内訳
9. 他制度からの助成等について
さらに、これらの項目にどんなことをどのように記入すべきかについては、下図にあるようにていねいに青色でコメントが入っています。
この図には、上記申請書に加え「記入内容の関連する項目を赤い矢印で結んだ」ものを追加ししてあります(たとえばついてこれまでの研究成果の「まだ分かっていないこと」から目標設定の妥当性の「課題」といった具合に関連する項目を矢印で結んでいます)。 これらの矢印を見ると記入項目は、複雑に相互に関連しているのが分かります。これだけ、複雑だと、かなり注意し整理しておかないと、相互の記入内容が矛盾を起こしたり、重複したりしかねません。
これでは、つじつまの合った申請を行うのは大変だと、とりあえずキー情報の関連をネットワークとしたものが、左の図です。
この図は、私が先ほどの赤色のネットワークを抜き出し、書き込む情報の重複を省いた後、情報間の関連をつけたものです。作成者が異なれば、この過程で異なったものが出来上がります(左の図は、私が勝手に作ったものであり、申請機関の意図や方針とは関係ありませんのでご注意ください)。
課題に記入に先立ち、応募課題をイメージしながら、左図のキーワードに関連する事がらを研究内容に合わせて追加していきます。たとえば、研究したい研究試験は何か、どのような結果が出ればよいのか、期待している目標数字何か、その試験項目は何かと言ったようなことを付加していけばいいわけです。情報がネットワークされ、かなり入り組んでいるので、A3位の大きさの用紙が必要になるかと思います。
こうして、ある程度内容が固まったら、シーズ発掘試験の目的を意識して文章にすれば、とりあえず初稿は完成します。記入内容は、既にキーワードに整理され、どのキーワードがどの記入項目に関連しているかは、同図に表されているので、少なくとも各記入項目は埋めるとができるはずです。
同申請書には、コーディネータの見解を記入する欄もあります。下図は、そのコーディネータの見解を中心にして、上記の申請書を書き直したものです。
コーディネータは実用化を大前提に、研究者のシーズの新規性と優位性ならびに目標設定の妥当性についてコメントすることになっています。すなわちコーディネータは実用化に対して見識がある事が前提であり、コーディネータが実用化に向けてのプロジェクト実施の管理責任者になりうるとの立場から、シーズが実用化できるかどうかをコメントする立場にあることが分かります。したがって科研費の申請とは違い、とことん実用性を追求したアプローチが必要となります。更に実用化を促進するための目標設定として、比較対象は研究者のこれまでの研究成果のみならず他の研究者の同様な研究や、代替技術との競合についても考察を進める必要があります。このような立場で見解を書くためには、論文や特許のみならず、その技術を実用化に持っていくための技術ロードマップの検討が必要になります。すでに技術ロードマップの討論方式についてのディスカッションマニュアルもアップされていますので、参考にしていただければ幸いです。上図を見てお分かりのように、研究の実施方法や研究費の使われ方が適切かどうかについては申請者の技量・見識に任され、コーディネータの立場としては、目標設定の検証データとして利用することになっています。
これではちょっと不安だと、研究の実施の方法についてまとめたのが下図です。ここでは研究テーマの妥当性については、技術ロードマップやその元となる社会環境の変化については、シナリオプランニングの技法に任せ、研究者・発明者の素質はトリアージ(後にもう一度出てきます)に任せるとして、研究計画をを成功裏に進めることができる条件がそろっているかを、プロジェクト管理の成功要因として整理してあります。
ここでは「シーズ発掘試験研究」を「実用化を目指すシーズを発掘するための開発型プロジェクト」と考えています。大学で普通おこなわれている「研究プロジェクト」とは異なる考え方です。そのかわり企業で普通に使われている「開発型プロジェクトの成功要因」がそのまま当てはまるとの前提で考えています。
ここでのポイントは、次の3つ(通称ODSC:Objective,Deliverable,SuccessCriteria)です。
目的(Objective) プロジェクトの目的を記述する部分であり、研究の技術的背景(機能や性能)や、時代的背景(文化、流行、経済性)にマッチした内容を記述するところです。
成果物(Deliverable) プロジェクトの完了とともに完成する報告書、論文、ノウハウ、育成人材、検証の方法論とその基準データ等であり、具体的に他の人に見せその説明に使えるもの。
成功基準(SuccessCriteria) どのような結果が出たらプロジェクトが成功したとみなせるかを製品の機能、達成すべき性能、完成すべき構造、達成コスト、達成応答時間、収率、納期、必要人員、コスト等について記述したもの。これらの成功基準は、第3者が誤解無く理解できるよう、できるだけ定量的な表現で行う必要があります。
ODSCを設定したうえで、実験の実施者の立場に立って、試験項目と試験内容と成果物の関係、数値目標と成功基準の整合性といった具合に実施計画を見直せば、より説得性のある記入が可能になりそうな気もします。
研究プロジェクトが予定通り完了し、予定通りの成果が出たとしても、それらがすべて実用化に繋がるわけではない。開発プロジェクトは研究プロジェクトより一桁くらい多くかかりそうであるし、さらに実用化にかかる費用は、開発より一桁位多くかかるかも知れませんりそうである。とすればいやがおうでも、実用化に進む研究は絞らざるを得ないことになります。
そこで、参考になるのがトリアージです。トリアージは(Triage)「2007年4月23日のNHKスペシャルのJR福知山線の脱線事故」の報道で多くの人に知られることになったように、"一般的に人材・資源の制約の著しい災害医療において、最善の救命効果を得るために、多数の傷病者を重症度と緊急性によって分別し、治療の優先度を決定する方法"として知られています。またその基準に基づいて判定するのが治療する人でないところも忙しい専門家の手を煩わすことを防ぎ都合の良い考え方です。
これを、シーズ型プロジェクトに適用する方法を教育していたのが科学技術振興機構の行っていた「技術移転にともなう目利き人材育成教育」のA課程でした。これを踏襲し私なりの解釈で作ってまとめたのが上記の図です。主に次の4つの観点から評価を行います。
人:発明者・研究者のプロファイル
開発プロジェクトに積極的に参加できるかとかこれまでの業績から見て開発プロジェクトに貢献しそうな実績は期待できるだろうかといった側面を評価します。
物:研究成果・技術的特長
これまでの技術に対して、有用性や独創性が十分で、将来においてもその地位を保てそうか。
金:資金・商品化の見込み
その製品のユーザーが定義されており、事業を成功させるに十分な規模をもっているか。さらには、出来上がった商品には、研究開発費や製品原価をまかなうだけの価格をつける価値があるか。
情報:特許等保護可能性
商品が特許・ノウハウ・生産設備・研究スタッフなどにより保護され、競争相手に簡単に模倣されないような仕掛けはあるか。
上記、くもの巣グラフを作成し、その内部面積が一定の大きさ以上のものが成功の確率が高いとの報告が、上記「技術移転にともなう目利き人材育成教育」のA課程で報告されていました。
以上シーズ発掘試験研究の申請書を題材にして、申請者、コーディネータ、研究管理者、実用化企業の視点から見た図を比較してきました。申請書の記述内容は背景に沈み、それぞれの立場の人がどこに注目しているか、またそれがどんなに違って見えるかお分かりになったと思います。このような立場の違った、視点の異なった人々の共同作業として産学官連携が進んでいくわけです。これらの視点の異なる人を取りまとめるコーディネータの役割とそれらを繋ぎ一元化して見る仕組みがますます重要になっていくのは当然です。さらには企業内ベンチャーにしろ、新たに起業するにせよ、上記のステップと踏んで、収益にある程度のめどをつけて上で実際の事業化となるわけです。こちらについては、「革新的ベンチャー活用開発」として、同じくJSTより公募の受付が行われています。すでに、起業の準備が整っているとお感じの方はこちらに応募してください。かなり突っ込んで具体的な準備が必要とはなりますが、起業を考えられている方には参考になることが多いかと思います。いずれにしても、金沢大学もイノベーション創成センター を中心として、このような活動の有機的な統合が図られることを期待しています。
それにしても、象の本当の姿はどんな形をしているのでしょうか?シーズ発掘試験のスポンサーの視点を知りたいものです。
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文責 瀬領浩一