さる2008年8月20日に、文部科学省の平成20年度科学技術振興調整費「先端融合領域イノベーション創出拠点の形成プログラム」のシンポジューム・ポスター展示が、東京 津田ホールにて、おこなわれました。同プログラムは大学等が企業と初期段階から共同してイノベーンョンを創出するための研究拠点の形成 を目指すものであり、最長で10年にわたって国からの支援が60億円規模となる科学技術振興調整費の中でも最も大型のプログラムです。
主催者によると、基礎研究から応用研究にいたる研究プロセスを一貫して支援することにより、新しい産業領域を開拓する、世界でも例の無い取り組みです。このプログラムの成功が「新しいイノベーションを起こすパターンとして認められる」ことを期待しているとのプログラムへの意気込みが伝えられました。
基調講演はDirectorate of Engineering National Science FoundationのAssistant Director Dr.Richard Buckius氏が行いました。
氏は米国政府等が近年いかに科学技術の振興に力を入れてきたかを、多くの機関の活動やその報告をベースに説明されました。報告書の多くは、パルミザールレポートのように既に日本にも紹介されており、その道の専門家の間では、既知の情報のようです。参加者の多くがその説明にうなづいていました。余談ですが、このセッションは同時通訳が入っていましたが、ほとんどのの聴衆はレシーバーを使っていないのには驚きました。このような会議に出られている方々は、ほとんど通訳無しで英語でのお話が通ずるようです。日本の研究界の国際化もかなり進んできていることを感じました。いくつかの先端的な大学で行われているように世界中から学生を招くような、世界レベルを狙う大学院教育は、英語で行うという方法を、その他の大学でも実施できるだけのコミュニケーション能力(特に語学能力)を持った教員や職員の用意も整ってきたのだなあと感じさせられたしだいです。
ついで、氏は最近の研究はチームで行うが多くなっている。その証拠として、研究論文のチーム数や特許申請者のチーム数の変遷をグラフで説明されました。そのグラフによると科学や工学の分野の論文では1960年の平均約2チームから2000年の平均約3.5チームへと増加していました、社会科学や特許についてもそれほど数字は大きくは無いがそれでも増加の傾向があるようです。ただ例外は芸術の世界で、こちらは依然として平均1チームとなっているとのグラフでした。工学の世界でのチーム活動の効果は表彰にもあらわれており、チームが受け取った表彰数の割合は1984年の十数パーセントから2008年には五十数パーセントに増加しているとのことでした。少なくともアメリカの工学の世界では、個人プレーの時代は終わり始めたようです。
基調講演に続き、2006年に採択されたテーマについての中間発表が行われました。写真は東京大学の「ナノ量子情報エレクトロニクス連携研究拠点」についての説明です。私がわずかに内容が理解できたのはこれだけでした。その他のテーマは下記のテーマ一覧にあるように、連携の少なくとも一方がバイオもしくは医学関係であるため、知識不足の私には理解が難しいものでした。
9つのプロジェクトのうち8つがバイオもしくは医療関係であるということは、日本の将来を支える産業はバイオもしくは医療関係であるという、このプログラムの審査委員からのメッセージと読み取れます。現在は、それほど大きくないバイオ産業が将来の日本の主要産業になると言う予測が元になっているのかも知れません。未だ世界制覇なしていないように見えるバイオ産業や制度的制約が大きく日本の医療機器メーカーが海外でベンチャー的に起業を行っているなどとの話を聞くとき、これを成功させるためには、厚生省を中心とした徹底的な制度改革を進めていく必要がありそうです。かなりハードルの高い産業育成政策と考えざるを得ません。
一方現在の日本を支えている、自動車、電気、機械工業、建設業等には未来は無いのでしょうか。このプログラムの目的が研究機関と産業界が協力して、未来(10年から15年後)の産業基盤を作り出すことを目的としているとしても、現在の巨大産業に再び光を当てるような研究は不要なのでしょうか、なんとなく不安を感じさせられました。募集要項には、①申請当初のプロジェクト目標を達成していること、②産業化後採算性の取れるプロジェクトであることや③世界中から人材を集め育成するプロジェクトであることが中間審査やその後の審査を通過する条件であるようにかかれています。バイオ系だけでは①や③の条件はともかく②の条件をクリアするのは大変難しいように思えた発表でした。
もう一つ、気になったところは、現在非常に重要な問題と考えられているエネルギー・食料・環境問題に対応するプロジェクトが見当たらないことです。これらの問題は、これくらいのプロジェクト費用では到底解決できないとはじめからあきらめていたのかもしれません。もしくは3年前のプロジェクト採択の審査を行っている時にはこんなにエネルギーコストが上がり、環境問題が叫ばれるようになるとは考えられ無かったのかもしれません。いづれにしても、採択後わずか3年後の重要課題にも十分対応できないような採択プロジェトが10年後に役立つと考えるのは論理的矛盾です。つくづく将来を見据えたプロジェクトを作り出すことの難しさを感じさせられました。(ひょっとしたら、1000に1つ位が産業化で成功するといわれている基礎研究の世界で、9個くらいの少ないプロジェクト数で成功を論ずることが確率的に無意味なのかも知れません)
<h5>実施課題の報告に続いて、(独)科学技術振興機構 科学技術振興調整費運営統括の阿部 博之氏をコーディネータとしてパネルディスカッションが行われました。出席されたパネラーは下記の通りです。
まず最初に企業と大学に所属する、「先端融合領域イノベーション抄出拠点の形成」プログラムに関連された方々から、今回のプログラムについての感想や実績と課題についてのご報告がありました。その後会場の参加者も含めた討議がおこなわれました。最後に公の立場から岩瀬、中村氏からのコメントがありました。そこで討議された議題・要望事項・問題は以下の通りでした。
2番目3番目の指摘は、私が課題の発表を聞きながら感じた不安を、パネラーも感じているのではないかと想像させる問題提起のように見えます。大学のような、研究と教育の両者の機能を持っている機関では特に人材育成に留意した運用が重要となるとのことでしょうか?パネリストの皆さんは基礎研究の歩留まり(成功確率)が低いことはご存知のはずです。となれば、このプログラムの最大の目的は採算の取れる産業をつくりだすことを表の目的(たてまえ)としてはいるが、本当の目的は未来の産業人材の育成と位置づけたほうがよさそうです。これなら文部科学省のプログラムらしい試みとして評価できると感じました。たてまえと本音がが乖離しているとすれば、私には中間評価を厳密のやればやるほど、結果は本音とは乖離していくのではないかと暗に指摘されていたパネルディスカッションのように感じました。
セミナー会場での講演、報告会やパネルディスカッションの間にロビーでは2006年と2007年に採択された課題のパネル展示が行われていました。各ブースには、研究機関の関係者のみならず、企業の担当者も出席されていたようです。企業からの参加者はかなりの資金を負担しているので、どうしてもこのプロジェクトを成功させ、その成果を儲けとして企業もしくは社会に還元できた時が成功の時と捕らえているはずです。その面から、プロジェクトの成果が出るのかどうかを心配されている会社もありました。
以下は、2007年に採択された課題です。さすが、協働領域の片方が医学・バイオといわれる課題数は以前8件から5件と以前に比べれば少なくなっています。
同じプログラムも2年目に入ると、どんどん変わっていくようです。チームによる開発というプログラムの考え方は本質を突いた正しい方法と思います。これからもこのプログラムが続き、いたずらにたてまえを追いかけることなく柔軟に変化し・運用させていくことにより、人材育成だけではなく、いつの日か新しい産業の創出を実現して欲しいものです。
文責 瀬領浩一