大学は産学連携を行なうことにより、日本の企業の発展に少しでも役立とうと、いろいろな試みを行なっています。今回は、企業と大学が産学連携を通じてイノベーションを促進する時の考え方や契約時の条件や注意事項を、企業側・大学側の両方からまとめてみました。
最近の新聞やテレビを見ていても明るい話題は少ないようです。なんとか、明るい話題を提供しようとの気遣いからか、テレビを見ていても、いわゆる娯楽番組が花盛りです。韓流ドラマでは、愛情・主張・権力の奪い合いと言った若人を主人公にしたものが多いのに比べ、日本のドラマはお年を召した方々が仲良く楽しくといったホームドラマ風のものが増えてきているようにも見えます。
また、経済面に目を向けると、ものづくりのような繰り返し作業は新興国に移行すると覚悟はしていたものの、実際にGDPで新興国中国に2位の座を奪われ、国債の格下げが発表されると、経済成長をあきらめるような雰囲気が出てきているように感じます。
さらに、お国の経済成長をあきらめたのか、経済的弱者を救済するために、富の再分配(増えた富の再分配ならまだしも)と言う名の下に、実際は貧しさの再分配のような政策が始まりそうです。
年功序列が維持されている企業では、管理者に選ばれた高齢の従業員が、何とか頑張ろうとリーダーシップを発揮してこれまで蓄積してきた成功体験を若者に伝えようと必死です。これではイノベーションは起きるはずがありません。経営者の中には年功賃金を守りながら、全体の賃金を抑えようとしたため、本当にリーダーシップを発揮している人の才能に応 えることが出来ないような賃金体系を作りあげてしまった人もいるようです。それでいて、失敗に厳しい成果主義を導入した企業もあります。こうした有能な人のやる気をそぐ施策を実施している会社では、リスクをかけてまでイノベーションを行なう人が現れるはずがありません。こんな雰囲気を感ずるようになったら、その会社はしばらくだめです(少なくともトップが替わるまで)。有能と自覚している人は会社で身に付けた技量と人脈を使って早めに起業するか転職を検討した方がいい状況が始まったのかもしれません。
一方、先日MOTの授業で学生さんがいわれた言葉も思い出されます。「瀬領先生私たちは、生まれてこの方、日本衰退の現実しか知らないのです。成長とか、発展と言われてもピンときません。」は、まことに衝撃的でした。今の学生の中には自分の将来に絶望している人もいらっしゃるようです。考えてみれば今の若者は、私が学生時代に経験した成長路線と正反対の環境にいるわけです。こんな考え方の人が増えては、日本経済の再建など夢の叉夢です。
日本は、ここ20年ほど、過去の蓄積を食い潰しながら、こうした後処理に追われ前を見ない社会を構築して来ました。その間にも東南アジアを中心とした、新興国は猛烈な勢いで経済的成長を遂げています。もはや何か根本的なところを変えなくてはいけない時代が差し迫っていることは確かです。
この後は所謂イノベーションが、このような閉塞感を取り除く考え方の一つであると仮定して、話を進めたいと思います。私は、上に挙げたような状況は、「IT革命」がいよいよ姿を見せ、技術変革から実態経済や生活環境に影響を与え始めた結果起きている、過渡期の混乱を示す症状ではないかと思っています。 行き着く姿はまだ決まっていない(見えないだけかも知れませんが)わけですから、なんとかして、「夢を描ける人とともに、臨機応変に出来るところから手を打って行く」ことが重要と思っています。
経済の成長を取り返すための方策はいろいろ有りそうです。例えば『日本は世界第5位の農業大国』(浅川芳裕著、講談社)にあるように日本の食料の自給率はカロリーベース41%だが、生産高ベースでは66%である、したがって(輸入制限より) 高付加価値農業製品の輸出を増やす努力をしたほうがいいのかもしれません。2008年の農業・林業・漁業への就業人口が4.2%の日本に対して1.5%と少ない米国 (総務省統計局、政策統括官の統計専門サイトより)の食料自給率がカロリーベースでも生産高ベースでも100%を超えていることなどを見ると、アメリカに見習って規制緩和・貿易自由化・その他の社会政策の変更(統治体制も?)を先行した方がいいのかも知れません。貧しくても希望を持って生きていけるようにするには、ばら撒き政策より最低限の生活が可能な低コスト生活インフラ(経済の二重構造が発生します)を追加する方がいいのかもしれません。将来に向けての努力の源となる夢を持てる社会つくりのために勝者に報いる競争原理の強化(区別社会になります)等も有効かもしれません。もちろん生産性を上げる応用技術の開発やその普及(ものづくりイノベーション)による経済の底上げの可能性追求も重要です。
上に赤文字で示したどれもがイノベーションの候補になると思いますが、何がイノベーションであるかとか、なぜそれが大切なことなのかについては論じないことにします。どれをどう選んでも反論は可能であり、正解は無いと思うからです。その上、イノベーションはこれら全ての融合となるかも知れません。図2は欧米のMBAの教科書で使われている『Managing Innovation』(Joe Tidd著 第4版) の第2章に述べられているイノベーションプロセス図に私がPDCAのサイクルを加えたものです。第4版では同書の第2版(邦訳イノベーションの経営学)にあったイノベーション論議は影を潜めています。いまや イノベーションは企業の中核プロセス(Core Business Process)でありこれに対処できない企業は存続が難しいとの前提に変わってきたようです。その結果、教育の世界ではどうやってイノベーションを行なっていくかを教えることに焦点が移ってきたことを感じます。
この本では次に示す4ステップでイノベーションを行なうとしています。
1 探 索 どんなことが可能か、その可能性のあるところを探します。
2 選 択 集めたイノベーションのシーズの中から、自社に最も適した事業を選びます。
3 実 行 製品やサービスをつくり、顧客に提供します。
4 獲 得 こうして、イノベーション事業が始まったら、それを見直し、当初予定の成果があがったのか、成果があがらなかったのかなどを検討し、学んだことは更に強化し、将来に向けての政策を検討し、新たな探索に戻るとの4ステップです。
このレベルではTQMにいうPDCAと ほとんど同じように見えます。TQMでは、すでに生産が行なわれており、その中で、変化を起こす(いわゆる改善運動)のですから、第1ステップは計画となっています。一方イノベー ションは未だ仕組みが出来ていないころから始めるために、まずは探索から手を着ける他ありません。したがって両者は開始の地点が違うに過ぎないとも言えます。これなら、TQM(改善活動)になれた日本人なら誰でも、すぐにイノベーション活動に入る準備が出来る要にも見えます。大変なことかもしれませんがPDCAに最初の探索(気づき)の方法を追加すればいいわけです。PDCAより螺旋階段は少し急かも知れませんが、イノベーションでも一通りステップをこなしたら、いいとこ取りをしながらサイクルをまわすことを推奨していることには同じです。(これをルーチン化と呼ぶのだそうです。)
図2に描いてあることが、イノベーションのステップであるとすれば、イノベーションの主体は企業と考えざるをえません。
したがって、産学連携を含むイノベーションプロジェクトでもそのリーダーは企業側にあり、産学連携のメンバーはイノベーションプロジェクトのリーダーの方針に従わなくてはなりません。
一方、リーダーである企業は、産学連携の相手のことを十分理解し、その技術的才能だけではなく、研究者の行動パターンについても十分理解しコントロールする力を持つ必要があります。
産学連携の研究内容についても全面的に大学に任せることなく、将来の企業化も考えて共にテーマを考え、一貫してイノベーションの4ステップを進めて行かなくてはなりません。何しろ、産学連携のスポンサーですから、遠慮は無用です。どんどん提案したほうが良さそうです。一時的に、軋轢が発生しても最後にいい結果が出れば、産学連携に携わる両者の満足が高まり、更に発展が期待できるはずです。その代わりうまくいかなかったら、企業の責任とあきらめることです。何しろそうさせた責任は企業のほうにあるはずです。
まだ産学連携に不慣れだったり、学会への参加もままならず、プロジェクト失敗のリスクが読めないと感じている方は、イノベーション人材の育成に力を入れており、必要な技法が学内に浸透している大学の研究者と交渉するのもいいかもしれません。そのような大学には、初めての人への相談窓口や何か不都合が発生した時の相談窓口もあるはずです。産学連携テーマと関係の有りそうな研究者をインターネットで検索し所属する大学が分かれば、その大学のホームページから相談窓口を見つけることです。
産学連携に踏み切る前に、技術内容だけではなく、共同研究 のやり方や管理 手法、技法についても合意をとっておくことは重要です。現在は、このような時に使う技法や支援ツールはいくつか開発されており、それらの教育も行なわれています。そのような教育に参加するか、そのような余裕が無い場合は大学の産学連携のプロ(例えばコーディネータ)を探すことです。そして、産学連携の契約時にコーディネータも決めておけばいいわけです。
イノベーション志向で、真剣に大学との連携を考えるようにな企業とお付き合いをするには、大学の方もそれなりの覚悟が必要 です。普段から、アカデミックな研究に注力して、世界最新・最強の研究成果が必要です。そのためには、科研費その他の基礎研究で実力をつけておくことになるかと思います。叉、海外の研究発表にも参加し、世界的な情報や状況を知っておく必要もあります。市場のグローバル化が進んでくると、折角研究しても、すでに他国で研究が進んでおり、その不足しているところを補足する程度の研究となってしまうと知財の請求も出来ません。したがって、企業からの声も限定的なものとなるでしょうし、大学から声をかけても実施に至らないことは明白です。こうした新規性に加え、企業が欲している実用化に耐える研究成果が出ていることも必要です。ほとんどの企業では、研究をしたいのではなく商品やサービスの開発をしたいのです。したがって提携候補企業に実用化のメリットをはっきり説明できなければ見向きもしてもらえません。このあたりは、科学技術振興機構が募集している研究成果最適展開支援事業A-STEPの審査の観点と似たところがあります。
参考までにA-STEP探索の公募要綱に記されている審査の観点を、以下にあげておきますので産学連携計画時のチェックリストとして利用されたらいかがでしょうか。ちなみにこの公募は、探索フェーズ完了後に産学連携に進むことを期待している補助金です。
「1.課題の独創性(新規性)および優位性
申請に新規性かつ優位性があること、または複数の技術を組み合わせることで新展開が期待されること。
2.目標設定の妥当性
技術移転を目指す分野、製品についてその応用可能性が見出されるような目標が明確に示されていること、また研究開発期間内に到達すべき適切な目標が設定されていること。
3.イノベーション創出の可能性
技術成果の蓄積により、技術移転を目指す産学共同等の研究開発ステップとして、技術移転につながる可能性があること。また、研究成果が応用展開された際に、社会還元に導かれることが期待できること。
4.申請内容の実行可能性
目標達成のために克服すべき問題点あるいは技術的な課題等的確に把握し、その解決策が具体的に申請されており、かつ適切な研究開発計画であること。」
研究室のスタッフに対する人材育成や教育・訓練も十分に行なっておかないと、企業からの要求に柔軟に応えることができません。たとえば、MOTやMBA教育を通じて企業の研究者とともに、シナリオプラニング、テクノロジーロードマッピングやプロジェクト管理方法の研修を受け、産学連携 計画作成に協力するとか、環境変化に対して柔軟に商品サービス戦略を変えていく企業戦略の作成に協力するといった、具体的な企業のイノベーション戦略構築活動に参加を経験しておくこともいいかもしれません。これからは、産学連携を企業と大学のイノベーション共創の場と考えることです。
このような技能は、手法の研究だけではなく、実用化実験に参加することによっても得られますが、大学発ベンチャーの立ち上げを企画 し、その中で育てて行くのが最も近道であり、身につきそうです。それまで、産学連携によるイノベーションは他人の話と思っていたことが、自分の資産や将来を掛けた仕事となるのですから、力の入れ具合も異なってきます。
同様に、研究成果を利用して、社会改革に対する具体的提案を行ないながら、公的政策への協力を通じて、実用化に対するセンスを磨いておくことも面白そうです。こうして、実力をつけておいて、日ごろから企業のニーズに答えたり、大学のシーズの利用によるイノベーションの提案できるようにしておけばいいわけです。企業ニーズにこたえる計画立案には本シリーズの「ビジネスチャンスはどこにシーズとニーズのマトリックス分析」 でご紹介したマトリックス分析手法が有効です。この手法を使えば、大学のシーズの特徴を分析し、その性能や機能が企業のニーズにどのように対応するか、そしてそれがどのような効果をもたらすのかを分析し、不足する研究の優先順位をつけていくこと(このあたりの産学連携の課題になる可能性が高い)が出来ます。
こうしてみると、企業のイノベーション活動に対して、大学が貢献出来ることは、次の4つのようです。
1項目と2項目はもともと大学の本業の話です。このあたりを徹底して企業にアプローチすることは、少子化時代を生き抜く大学の基本戦略の一つであってもおかしくないはずです。3項目や4項目を実施することによって得られる副産物は1項目と2項目のための 現場から生の素材となり教材作りの貴重な情報源としても使えそうです。
他にも、大学を定年退職された先生による、産学連携やそのための仕組み作りも面白いかもしれません。大学の先生には限らないようですが定年退職者が集まって作っている「定年社」と言う組織があるくらいですから。
補足今回は組織・情報・人とイノベーション研究部会(I&OHI研究部会)で、同名の発表を行なうために収集した資料と、発表時に頂いた質問をもとに作成しました。研究部会を通じて企業サイドから見た産学連携について考えるいい機会をいだきました。ありがとうございました。
2011/01/27
文責 瀬領浩一