53.研究開発者はアントレプレナー

53.研究開発者はアントレプレナー

-MOTの人材活用術の講義より-

研究開発者はアントレプレナー?

本年6月6日のMOTの人材活用術では、IHI計測の 佐藤順一社長から、「研究開発者のリーダーシップ」について御講演をいただきま した。

講義をされる佐藤社長
図1 講義をされる佐藤社長

佐藤社長は 東京大学大学院を終了後 1976年に石川島播磨重工に入社され、同社の開発本部長管理部長、執行役員技術開発本部長を歴任された後、2008年より現職 のIHI計測代表取締役社長に就任されたいわゆる技術系のキャリアをお持ちの社長さんです。更に2011年4月より一般財団法人の日本機械学会の会長も されており産学連携にも深い関心を持たれているかたです。 

科学と技術の役割やその仲介を行う工学の役割、更にそれを活用する産業の役割について、次のようなお話を頂きました。 

  • 三次元レーダー技術の踏切への応用を例に、製品開発のステップとそのポイント並びに研究開発とビジネスモデル構築の関係。
  • 研究を進めていくにあたっての、組織内外の情報共有の仕組みつくり。
  • 研究開発における技術リーダーの役割。

今回は、佐藤社長のご講義の中からアントレプレナー的開発者に関係すると考えられるポイントを報告いたします。

あなたはどういう研究開発者、技術者?

 講義の冒頭は、「あなたはどういう研究開発者、技術者」ですかということで、聴講者に次のような質問をされました。

  • ○○ の 研究・開発が趣味です。
  • ○○の研究・開発が好きです。
  • 仕事だから、研究・開発をしています。
  • プロとして研究・開発をしています。
  • 私の努力を認めてください。
  • 私の成果を認めてください。

たぶん、普段このような質問を受けたことがないのか、教室の中は"深"としてしまいました。 院生さんが誰も手を上げないので、当 日佐 藤社長のお知 り合いということで特別に参加されていた理工研究域 機械工学系の榎本先生にお鉢が回りました。 さすがに気の合ったお二人です。 学生さんの参考になる ようにと、解説までつけてのお答えでした。

お答えは「趣味だから気の向いたときに研究・開発をやっているのですといった遊び心だけではだめです。 また仕事だからと言われた こと について研 究・開発をこなし、言われたことについてはちゃんと努力し、結果を出しましたといった態度でもだめです。 好きなのだから徹底的に研究・開発に打ち込み、 言われなくてもプロとしてやるべきことをきちんとこなし、成果を出してそれは認めて頂くといった態度の研究・開発者になるべ き」とのお答えでした。 いわ ゆる会社人間とか気楽なサラリーマンといわれるような研究・開発者にならないでくださいとおっしゃっているように聞こえました。 この質問の「研究・開発」を「ビジネス」に代えると次のような質問になります。

  • ○○のビジネスが趣味です。
  • ○○のビジネスが好きです。
  • 仕事だから、ビジネスをして いま す。
  • プロとしてビジネスをしてい ま す。
  • 私の努力を認めてください。
  • 私の成果を認めてください。

新しい企業を設立、もしくは 企業内で新しいことを始めるアントレプレナーを志す人にもそのまま当てはまりそうな質問です。 いいかえれば、研究開発のリーダーは技術担当アントレプレナーと 考えても大きな誤りはないと感じた次第です。


科学と技術

続いて工学関係の研究機関においては、科学と技術をどう融合させることが重要 との お話でした。佐藤社長は、科学と技術に関して次のように説明されていました。科学と は『一定の対象を独自の目的・方法で体系的に研究する学問である。雑然たる知識の集大成ではなく、同じ条件を満足するいくつかの例から帰納した普遍妥当 的な知識の積み重ねから成る。」ということ、技術と は「科学を実地に応用して自然の事物を改変・加工し、人間生活に役立てるわざ。」ということでした。それを担う人も科学を担う人とは違うように感じ ました。
参 考までに、平成10年5月8日の「8大学工学部を中心とした工学における教育プログラムに関する検討」(http: //www.eng.titech.ac.jp/~jeep/08-10/pdf/pamph01.pdf)では、工学とは「数学と自然科学を基礎とし、 ときには人文社会科学の知見を用いて、公共の安全、健康、福祉のために有用な事物や快適な環境を構築することを目的とする学問である。工学は、その目的 を達成するために、新知識を求め、統合し、応用するばかりでなく、対象の広がりに応じてその領域を拡大し、周辺分野の学問と連携を保ちながら発展する。 また、工学は地球規模での人間の福祉に対する寄与によってその価値が判断される。」であり、工学教育と は「技術者・研究者に必要な工学におけるスキルと知識を与えることである。ここでいうスキルと は「物事を正しく行うことの出来る能力」であり、また「問題と解答との間のスペースを埋めることのできるプロセスを構成する能力」である。工学に関する スキルによって技術者・研究者は専門分野の知識を駆使し、関連分野の知識を関連付け、統合し、また、その後の学習の習慣を身に付けることができるようにな る。技術とは「自然や人工の事物・システ ムを改変・保全・操作して公共の安全、健康、および福祉に有用な事物や快適な環境を作り出す手段である。それらの人間の行為に知識体系を与える学問が工 学である。」技術者とは「工学を駆使し、 技術にかかわる仕事をする職業人である。」と定義されています。
こ れらを組み合わせれば、若干の重複があるにしろ、科学・技術・工学・工学教育・スキル・技術・技術者についてのイメージが固まりそうです。ところで今回 のMOT講義の対象者のほとんどが属している大学院博士課程前期(修士)は研究機関と分類されるのでしょうか?それとも教育機関と考えたほうがいいので しょうか?聴講生の皆さんはどのような気持ちで所属されているのでしょうか?気になることこでした。

企業における研究開発

一方企業に おいて、これら科学技術と市場のつなぐのが研究開発であるとして、研究と は「商品開発に必要な技術をよく調べ考えて、その真偽をきわめ、利用できるように整備すること。」であり、開発とは「発明を商品への具現化すること、新技術を商品への 適用すること、要求仕様を商品として具体化すること、従来技術を用いて商品を改良すること。」との説明をいただきました。
さ らに技術開発を事業戦略に生かすためには、自社の経験やスキルの優れたところを整理することと、顧客情報の収集や、競合情報の収集、協調企業の情報の収集 といった情報収集能力の向上が重要であるとして、今回の講義では情報共有の方法について次のようなお話をされていました。

  • たとえばホームページなどの利用による技術公開により社外の人とのコミュニケーションを強化することのように、人と人とのコ ミュ ニケーションを図ることが技術開発とそれに基づく経営には重要である。
  • 人同士が会って話をすることが大切であり、たとえば部門が違っても別会社の属する技術者であっても同じ部屋で働けるようにす ると いったような、物理的な手段を整えることがリーダーの役割である。

以 上の議論は、すでにある程度の事業規模に達した企業おいても重要でしょうが、本シリーズのテーマであるベンチャー企業等で働く、アントレプレナーは、 これまで実績のない商品を開発しそれをベースに事業を継続させるのが仕事です。言い換えれば、これまで売れると信じられてきた商品やこれまで最適と考え られてきた製造方法を否定して、これまでなら間違っていると言われていることを実現しようとしているようなものです。アントレプレナーの考え方を信じ協 力してく れる人が少ないのは当たり前です。まずは周りの人に成功の可能性を信じていただくのが大仕事です。今回のご提案は、企 業の研究開発の結果を使って試作品を作成し、先行的顧客に提供し、その評価を得ることでした。そしてその試作 品も 一回だけでは なく、何度も行い先行的顧客の評価をいただき改良を行う必要があり、そのための仕事との進め方と注意点等について、具体的事例を通じてご説明をいただきま した。

お話に聴きいる聴講生
図2 お話に聞き入る受講生

研究活動に参加したばかりの聴講生の皆さんは図2の 写真にあるように真剣に聞き入っていました。金沢大学のMOTに はこの他にも面白い講義がいっぱいあります。幸いにもこのMOTは 金沢大学の 院生のみならず学外の方も聴講が可能です。以下は金沢大学のMOTに 関するホームページhttp://www.t.kanazawa-u.ac.jp/mot/に 載っているものです。どんなことをやっているのかご興味がおありの方はホームページを訪問していただければ幸いです。

MOTとは...
MOTは"Management of Technology"の略称で,通常は「技術経営」と訳されています。「財務諸表を熟知したエンジニア」「知的財産権に精通 した技術開発者」を目指す本 学大学院生(工学系だけでなく,理学・薬学・法学・経済学系も含む。)の受講を広く推奨します。
また,本学大学院生に限らず社会人技術者の方,経営・管理職に就かれる技術職の方,キャリアアップをねらう方は,是非受講 な さってはいかがでしょうか?

2011/08/30
文責 瀬領浩一