経営情報学会の分科会で、サイバーマニュアルを作り効果的に運用している(株)三技協という企業があり、そこを訪問する計 画があるとの話を聞きしました。ちょうど、知識の共有に関心があったので、私も参加させて頂くことにしました。その事前準備の一つとして、 USTREAM「pflab_110922 」にアップされている慶應大学での講演、同社のホームページ、同社副社長の論文を見ておくこととなっていたので、さっそくアクセスしてみました。まさ に、同社は「 人 は変われるか? 」で考えていた知識共有の仕組みを使い、「情報化時代での生き残りと発展」を指向している企業のように感じられました。 以下は上記USTREAMを参考に、ベンチャー企業では、どのように情報共有を考えたらいいかをまとめたものです。
上記USTREAMで取り上げられている(株)三技協 様は、本社が神奈川県横浜市都筑区池辺町4509にある資本金2億9660万円、売上高74億円、社員数475名(2011年度5月期)の会社です (グループでは約1000名)。会社設立は1965(昭和40年4月1日)で移動体通信事業、ワイヤレスブロードバンド事業、 企業内通信事業、オプティマイゼーション事業の4つ事業を持つ会社です(同社ホームページ2月10日現在より)。
この講演で(株)三技協の代表取締役の仙石通泰社長が次のような内容をもとに
経営上の必要性、サイバーマニュアルの仕組み、そしてその使用実績まで、細かくお話をされています。同社の社員が、サイバーマニュア ルに仕事に必要な資料を登録し、互いにチェックしあい、仕事をスムーズにすすめ、更にサイバーマニュアルをどんどん有効なものに変えて行く様子を垣間見る ことができました。より詳しく御知りになりたい方は、是非上記USTREAMをご覧ください。
マニュアルの例は同社ホームページの「 サイバーマニュアル」の中で、見ることができます。そこで取り上げられている同社のサイバー マニュアルは、次のように会社の機能別に整理されていました。
これまでなら、マニュアルや資料はそのマニュアルを作成した部門や資料の提出先で保管するのが普通でしたが、インターネット時代の現 在、 マニュアルの所在はバーチャルなものとなり、どこにでも置くことができる用になったことを感じさせる情報保管庫の構造です。 同社は、機能別に保管することにより、 組織変更があっても再整理する必要が無い方法をとっていらっしゃいました。こうすることにより企業組織の変更から情報の保管庫を独立させることが出来、 システムが障害になって組織変更の自由度を損なうことは無くなったことを強調されていました。このあたりは、製造業の勘定系システムの集大成 として推進していた、「CIMアーキテクチャー」のリポジトリーに似た考え方だと、昔のことを思い出しながら見ていました(注1)。
このような取り組みの結果、図に示すようにサイバーマニュアルへの登録数はこの仕組みを導入し始めた2001年から、徐々に増加してい き2000件を超えたあたりから、急激に増え初め、現在は6万件くらいになったとお話をされていました(この時点を情報共有型企業への 変質を示す特異点と考えていいような気がし ます)。 確かに、すぐに検索でき、利用できるマニュアルがこんなに増加してくれば、社員の業務遂行力は格段に上がること は間違いありません。なお補足ながら、グラフの前でお話をされているのが、仙石通泰社長です。
USTREAMで質問も出され、気になったことは「エクスパティーズは重要だがエキスパートは不要だ(More Expertise, Less Experts)」という言葉です。 このシステムは、「ものの動きとその生産コストをとらえる勘定系データベース」が重要な企業にではなくて「サービス とその提供プロセスをとらえる情報系データベース」が必要な企業で役立つと思って聞いてきた私にとっては、とても異質な感じがしました。私は情報化社会 におけるキー・リソースはエキスパートと考えていました。しかし、「ポストヒューマン誕生」という本でレイ・カーツワイルが述べているような、コン ピュータで強化された人間が仕事をするという考え方であれば、人間だけ で達成できる程度のエキスパートはもう不要になりますと言われたのかも知れません。 しかし、情報伝達のための飛脚も、人を運ぶための駕籠屋も、畑を耕すための農民も、刀を振りまわす武士も、ほとんど不要になってしまった現代のその次 に、知識を持っているだけのエキスパートは不要の時代が来るのかも知れないことを感じさせるお話でした。
さらに(株)三技協様では「営業担当者の受注活動の総体的な一瞥視認」ならびに「成約にこぎつけるための週単位のPDCAサイクルの実 践」を支援する仕組みを活用されていらっしゃいます。その仕組みはTimed-PDCAと呼ばれていて、同社代表取締役副社長丸田力男の論文「 Transforming Knowledge Workers into Innovation Workers to Improve Corporate Productivity」にその事例まで含めて解説されています。ご興味のある方はそちらもご参照ください。同様な仕組みを 使って知識 共有のためのデータベースを管理し、その中に活動成果物を蓄積し、顧客サービスの成果物(提出書類)の共有と継続的改善が可能にすれば、手順や成果 物事例をどんどん成長させていく仕組み作りが出来そうです。
以上、サイバーマニュアルは、 情報共有の仕組みを企業でも使い始め、効果が上げている事例です。レイ・カーツワイルの予言した1945年に向けて、すでに、特異点への 準備が始まっているのかもしれません。それはともかく、この事例を私なりにお聞きし、理解できたことを情報の処理と保管場所を中心に、まとめたのが次の 図です。
結果 的に出来上がった図は、本シリーズの前回のテーマ「経験の記録づくり」で作成した「古総湯での思い出」とほとんど同じ構造です。ちなみに同図で ハートマークは心に浮かんだ事、四角のマークは実際に体験したこと、ディスクマークは資料やネットワークある外部情報を示しています。大きな違いは、 「経験の記録づくり」では個人が必要に応じて、記録を取っておくと、みんなで使える過去の記録が出来上がるという事でしたが、今回は、組織として必要な情 報をまとめて記録し、共有できるようにすると、組織の能力を高めるマニュアルができるというものです。図の上では、この2つは記録作りとマニュアル作り は立ち位置と、情報がどこに記録されるかが違うだけです。ただ、会社等の組織を法人と考えると、これもまた、法人という仮想人間の記録と考えてい いのでしょうか?それとも法人はすでにポストヒューマンと考えた方がいいのでしょうか(冗談です)?
USTREAM での「エクスパティーズは重要だがエキスパートは不要だ」という言葉も、これで整理ができるような気がします。組織としての仕事は、人はサイバーマニュアルをベースに行う。しかし自分のエ キスパートとしての活動は、自分の記録の中に蓄積することにすればいかがでしょうか?いわば、組織による人材育成と個人の自己啓発の立場との違いだと。 このような仕事の対象となる人は、ほとんどスマートフォンかパソコンを持っていると考えれば、なんとか両立しそうな気がします。
ところでこのHPが対象としている、ベンチャー企業や企業内ベンチャーを考えている人にとって、どのようなマニュアルが必要となりそう かを、とりあえず思いつくだけあげてみました。大分類は、三技協様の工房を参考にさせて頂き4つの機能と一つの付録(その他)としました。
大分類(主要機能) | 分類(マニュ アル・情報) |
経営 | 経営方針、 執行体制、 経営情報、取締訳。株主総会書式、 事業計画書(基本戦略、有望市場、競合との比較、技術的強み、販売計画、組織・人事、財務予想) 品 質・環境方針、企業の社会的責任CS、ブランド |
市場 | 顧客情報、商談事例(成功、失敗、進行中)、競合他社情報、起業趣意書、営業商取引書式、土地建物管理書式、売掛管理書式 |
技術 | 会社の得意 技(ケーパビリティ)とその市場、技術パートナー情報、課題発見とその評価法、特許情報管理書式 |
生産 | 設備、清算作業手順、 製品、サービスの方法 |
共通機能 | 情報の探索 法、各種技法、ツール(物と情報加工の)(社員のスキル・知識・人脈・実績)、人事総務書式、基本ビジネス文書書式 |
その他 | サイバーマ ニュアルの使い方 ユーザーマニュアル |
このようなマニュアルはいくらでも出てきますし、重複しているものもあります。簡単な検索システムがついていれば、Googleや Yahoo等の検索システムに慣れた最近の若い人にとっては、自分が初めての仕事で文書を作る必要があると指定されていれば、手間を省くために誰かが登 録し た類似のものを検索することに、抵抗感があるはずがありません。マニュアルのコンテンツさえ蓄積できれば、割と簡単に普及する時代になってきているよう です。
少なくとも新しいタイプの仕事や機能が必要と分かった時には、口頭で仕事の要領を伝えるだけでなく、たとえ不完全であったとしても、そ の仕事の手順書とともに、必要な書類のフォーマットや記入事例を登録しておく(Framework by Exampleの考え方です)必要はあります。本事例で見たようにサイバーマニュアル化して、登録することです。実際に仕事を 行った場合は顧客への提 案書、顧客への報告書といったもろもろの仕事の成果を、このシステムの使用事例としてドンドン報告していけばいいわけです。特に、これから増えると思 われる、プロジェクトタイプの仕事であれば、そのプロジェクトで参考にしたサイバーマニュアルや作成した資料にプロジェクト番号を付けて登録しておき、プ ロジェクトの成果が出たときに、何らかのポイント追加するようにすれば、登録したマニュアルの有用度がわかるように出来ます。こうして集まった報告書や マニュアル を定期的に見直せば、業務改善の参考にも使えそうです。最近の検索システムでよく行われている、この情報は役に立ちましたかというアンケートを取ってい るのと同じような考え方です。またこのあたりは同社の「Timed-PDCA」も参考になりそうです。
下図は筑波大学の大学発ベンチャーについての調査研究で得られた、大学発ベンチャーの課題についてのグラフです。
これをみると、大 学発ベンチャーの最大の課題は、人材確保、資金確保、販路開拓となっています。これらは同図にあるように、ベンチャー設立の時から発生しており、その後 もあまり変わりはないということも分かります。とすれ ば、サイバーマニュアルが一番必要なのは、ベンチャー設立の準備段階です。個人もしくは検討チームの間で、サイバーマニュアルの考え方を導入して、少な くともマニュアル化すれば解決できるようなことについては悩む必要が無いようにしておくことです。資金確保や販路開拓についての、情報の整理もしっ かりまとめておき、説得性のある資料作りに役立てていけばいいような気がします。特にベ ンチャー設立の計画段階やその種を見つける「イ ノベーション の探索」述べた段階では、有効ではないでしょうか。
こうした方法で準備を進めていけば、ベンチャー企業が設立されるときに新たに参加されるメンバーは、最小限の努力でこれまでの設立の経 過や何が期待されているかを理解できるようになり、組織の一体感も得やすく、成果を上げやすくなるのではないでしょうか。またこのような早い時に新しい 方法を確 立しておけば、従来企業の改革の障害となる文化や習慣の変更への抵抗も少ない人を集めることが出来るはずです。
ところでそんなベンチャー向けサイバーマニュアルってどこにあるの?まずはパーソナルなサイバーマニュアルを作りそれを拡張していく (前回の個人の記録の組織への拡張です)ことだと思いますが、おいおい考えて行きましょう(言いわけです)。しかし、私には、同じような種類の事業を始 める人が多いベンチャーの世界では、方法は何でもいいから出来るだけ早くからサイバーマニュアル作りを始めたほうが有利なように思えるのですが、皆さんい かが思われます?
注1: 「IBM CIMアーキテクチャー」瀬領 浩一 IBM REVIEW No.109 1990 参照2012/02/20
文責 瀬領浩一