2012/9/28と9/29に九州大学西新プラザにて全国の大学のVBL関係者、アントレプレナーシップ教育関係者を対象に平成24 年度(第9回)全国VBLフォーラムが開催されました。 フォーラムのテーマは「VBLの今後の展開-全国VBLの連携強化とアントレプレナーシップ教育へ の取組-」、フォーラムの主催は九州大学/ロバート・ファン/アントレプレナーシップ・センター(略称:QREC)後援は文部科学省、ベンチャー学会で した。
フォーラムでは昨年の全国VBLフォーラムで位置 づけられた今後のVBLの重 要な機能の一つ"アントレプレナーシップ教育"について、VBLの位置づけや、教育の内容、進め方などを中心に講演と参加者による討論がおこなわれました。 また、教育の過程や、教育の結果得られた経験 や情 報を共有するためのVBL間の連携のあり方について は、具体策を更に検討していくこととなりました。
プログラムのアジェンダは下表とおりです。
表1 フォーラム プログラム
No | 演題 | 担当者 |
1 | 主催者挨拶 | 谷川徹 九州大学教授/ロバート・ファン/アントレプレ担当者ナーシップ・センター(QREC)長 |
2 | 科学技術政 策の動向と産学官連携施策の方向性 | 木村直人 文部科学省産業連携・地域支援課地域支援企画官 |
3 | 大学のアン トレプレナーシップ教育への期待 | 諸藤周平 (株) エス・エム・エス代表取締役社長 |
4 | 私立大学に おけるアントレプレナーシップ教育について -慶応大学の事例から- | 廣川克也 慶応大学湘南藤沢インキュベーション・ビレッジ/マネージャー |
5 | アントレプ レナーシップ教育を取り巻くベンチャー学会等の動きについて | 各務茂夫 東京大学 教授/産学連携本部事業化推進部長 |
6 | 欧州のアン トレプレナーシップ教育について | 五十嵐伸吾 九州大学准教授/ロバート・ファン/アントレプレナーシップ・センター副センター長 |
7 | VBLの機 能発展とアントレプレナーシップ教育について -九州大学の事例から | 谷川徹 九州大学/ロバート・ファン/アントレプレナーシップ・センター長 |
8 | アントレプ レナーシップ教育WG活動成果報告 | 全国VBLアントレ プレナーシップ教育ワーキンググループ (三枝省三 広島大学教授/産学・地域連携センター新産業創出・教育部門長(座長)他、石塚辰美 横浜国立大学教授、林正浩 静岡大学教授、竹本拓治 福井大学准教 授) |
9 | 主催大学挨 拶 | 安浦寛人 九州大学理事・副学長(産学官連携担当) |
10 | 全国VBL の現状について | 兼松康男 大阪大学産学連携本部イノベーション部ベンチャーラボラトリー教授) |
11 | これからの VBL活性化に向けて -VBLの行うアントレプレナーシップ教育の在り方を中心に- | グループ討 議 |
12 | グループ討 議報告と総括 |
No.1からNo.10までは挨拶や講演スタイルで進められ、No11の「これからの VBL活性化に向けて -VBLの行うアントレプレナーシップ教育の在り方を中心に-」については、4つのグループに分かれてそれぞれ討議し、No12で発表というプログラムでした。 こ のあとは、これらの多くのプログラムの中から、No.3の 実際に 起業家となられたエス・エム・エスの取締役社長諸藤氏の「大学のアントレプレナーシップ教育への期待」を私のメモとHP等を参考にして纏めたものです。 それゆえ、私の感想も入り混じったモノとなっており、諸藤氏のお話されたことと若干違いあるかと思います。
そのあたりを御承知の上、起業を目指す学生さんにはど んなことが求められているのか、教育関係者にはどのような教育をするべきかなどを考える時に参考にしていただければ幸いです。
諸藤 周平氏は2000年3月九州大学経済学部経済工学科を卒業されました。在学中に起業を決意し、起業スキルの習得を目指し卒業後㈱キーエンスに入社、その 後経営経験を積むためにゴールドクレストに転職。同社の同僚と2002年8月、介護人材・医療支援人材斡旋のサイト運営を行う合資会社エス・エム・エス を 設立。翌2003年4月に株式会社に移行、代表取締役に就任して現在に至っているとのことです。設立5年目の2008年に東証マザーズ上場、2011 年12月に東証一部に上場を果たされました。
諸藤社長は、「大学でアントレ教育が必要との個人的考え方です」、と断りながらこれまでの会社運営で必要と考えた人材のタイプ、採用時の苦労、その結果などに ついて生々しいお話をいただきました。
1997年から1998年大学3年生のころ、企業の合併や倒産が続くなか、大学には自分より優秀な学生がいっぱいおり、大学をこのまま卒業して企業に入社し ても、終身雇用で定年まで逃げ切れる自信もなく、会社勤めに不安を覚え起業の道を選んだそうです。
2000年に大学を卒業するころ、すでに高齢者社会が来ることは良く知られており(起きてしまった未来)、この新分野であれば、学生に も起業家のチャンスがあると考えた。ただ設備等費用のかかる看護ビジネ スに入るのではなく、高齢化社会に適した情報インフラを構築し、社会に貢献することにしたそうです。しかも、コアバリューは情報インフラ施設ではなく、介護 経験のある 人の知識とした。
現在は 「介護」、「医療」、「アクティブシニ」アの3つ」エリアで展開しており。そのサービスが毎日使われるものを日常サービスと、月1回とか特別な時に利用す るものを非日常サービスとに分け相互にリンクが取れるような形で提供しています。たとえば介護コミュニティでは26万人が参加しており、介護の悩み、e- ラーニング、通販、請求シス テムなどが提供されている。こうして、車の販売等で見られるような同じものを提供するサービスタイプではなく、個人個人にあったサービスを提供してい ます。
当時こうしたビジネスは事業機会に満ち溢れており、いくらでも周辺技術が立ちあげられると考えられていました。こうして国内で立ち上げたビジネスは、今では海外ビジネスとして、中日、韓国、インドネシア、マレーシアで展開するまでになっています。
現在の会社規模は売上高約100億円、利益約20億円、従業員約500名位、事業エリアは23となっています。事業エリアについては、2020年くらい を目標に160の 候補が上がっていますが、現実にはそれを実現する人(SMSではそのような人をBP:Business producerと呼んでいる)がいないため、23事業に留まっているとのことです。BPのミッションは、会社の戦略を理解して、最初に事業を作りあ げ、熱意と誠実を持って進めていくことであり、そこにプロフェッショナルを配置します。こうしてBPは答えが見えない中で「先を考えなが ら」、行動していくことが求められるアントレプレナーそのものです。そのためBPには高い地頭、ヒューマンスキル、業務運営スキル、基礎機能スキルと マ インドが必要で、それらを元に戦略を立て戦術を指揮していくことが期待されています。
諸藤社長自身は、このような知恵をビジネススクールや大学で学んだのではなく、起業してから学んだそうです。
2003年~2005年の事業立ち上げの頃は、マインドのある人、やる気のある人、同窓生等を集めてスタートした。こうして15エリアを開始した がなかなか事業と言えるほどには育たなかったそうです。社長自身もこのころは、全体の戦略を示すことなく、BPに任せる形で事業を行っていた。このころは 売り上 げが上がれば事業は良くなるが、売り上げが下がるとたちまち、事業は成り立たなくなるといった状況でした。すなわち事業責任者に必要なスキルが無いと環 境が変わると事業継続が難しいことを体験しました。
そこで、2008年ころから地頭があり、複雑な思考ができ、ビジネススキルがある起業家的な人材が大切ということで、ビジネススクール(BS)を出て 戦略的コンサルティングの出来る人や起業もしくはそれに類する経験を持つ人を探しました。そのため人材紹介会社に申し込んだが、なかなか適切な人を集め られませんでし た。それでも1500人くらいと面接をし、60人くらいの採用は出来たそうです。
ところが、BSを出たり、戦略コンサルティングを目指す人なら、将来自分で起業したいと思っているはずと思ったのに、あまり役に立なかったのです。むし ろ企業で失 敗した経験を持っているような人の中に役立つ人がいることが分かりました。コンサルや大企業で、上からの監督が行き届かない中で仕事をまかされ、自分なりに勝手にトライでき、思ったことを行動に変える経験をした人のほうが良かっ たのです。単に頭が良くて、理性的だけの人は、ペーパーを作ることは出来るが、実際には相手とうまく仕事ができず、イノベーションを興すことができな いことが分かりました。
このあたりのお話をお聞きしている時、ハーバード・ビジネス・レビュー2012 SEP.最強チームを作るp106に掲載されているケビン・ライアンの「優れたチーム作りは人材採用がすべて」に書かれていたことを思いだしていま した。 一般的な雇用プロセスでは、履歴書、面接、経歴照会という三つの要素を使ってその人を評価しています。多くのマネージャーは履歴書と面接を過大評価し、 経 歴照会を過小評価しているが、実は、この経歴照会が最も重要であるというのがこの記事の主張です。
ただ、 ギルト・グループCEOであるケビン・ライアンは、候補者が挙げた人物だけによる経歴照会に頼ってはならな いとも言っています。すなわ ち採用者自身の人脈を活用して、率直なフィードバックができる共通の知人を見つけるべきであるとしています。 また、経歴照会をする際は斡旋業者だけに頼らずに、何人かの人には自分自身で電話すべきであるともいっています。そして、ライアンは正直に話してくれそ うな人を見つけ、以 下の質問をするようにガイドしています。
●この人をもう一度雇いたいと思うか。雇いたいと思う理由と、どのような役職で雇いたいのか。または雇いたくない理由は何か。
●イノベーション、マネジメント、リーダーシップ、多面的な間題への対応、実行力、周囲への影響力などについて、その候補者はどのような資質を持っている か。
●この人がこれまで達成した最高の実績には、どのようなものがあるか。やや期待外れだったことには、どのようなものがあるか。
●どのような企業文化、環境、役割といったものがあればその人は能力を発揮するのか。またはその人が成功する見込みのない企業内での役割とはどのような ものか。
●その候補者はリーダー、戦略家、実行者、協力者、思想家、またはそれ以外、のようにどのような特徴を持っているのか。そう思う根拠となる事例をいくつ か教えてほしい。
●周囲の社員はこの人とともに働くことを楽しんでいるか。過去の同僚はこの入とまた一緒に働きたいと思っているか。
今 回の諸藤社長のお話をお聞きしていても、アントレプレナーとして会社を立ち上げる時には、即戦力となる、すでにどこかに勤めていてなにがしかの実績を上げ てきた人や・ 実務が出来る人が必要なわけです。その上、辞めたいと思っている人や、最近辞めた人の中から選ばざるを得ない訳ですから上記チェックリストが参考になる はずです。とはいえ、これも大変なことです。採用したい人とのことを良く知っていて、このようなプライベートなことを話せる人脈が有るなんてことは普 通 の人には出来ることではありません。普段からの幅広いお付き合いが必要です。
諸藤社長の場合は、事業立ち上げの時期は終わ り、事業拡張を考えるステージに入ってきた今は、会社の名前も知られ、いろいろな人を採用出来るようになってきたそうです。そして最近は、固定観念にと らわれない大学の卒業生を採用し育てたほうがいいのではと考えて実行していらっしゃるそ うです。
社会人になってから、アントレプレナーシップを高めスムーズに起業出来るかというとかなり難しく、むしろ大学時代 や、もしくはその直後起業機会に触れたほうが、アントレプレナーシップを多く持つことができ、社会は活性化するのではないかとおっしゃていました。そのために、大学にはアントレプレナー精神を持った学生を量産していただきたいとおっしゃっていました。
そして提案されたのは、次の2つのタイプの教育でした。
タイプ1. まずは、思っているほど大企業は安心で きないと考えている学生(90%の学生はここに入ると思う)向けに、アントレプレナーシップの重要性を理解さ せる教育を行ってほしい。 説明すれば今の学生は理解できる程度の状況にはあるはずだ。
目的: アントレプレナーシップの重要性を理解。
対象: 幅広い学生。
内容: アントレプレナーシップの必要性を理解させる。 アントレプレナーシップの普遍性を説く。
方法: 実際にアントレプレナーシップを発揮している人を見てもらい、実施に事業を持つことの意味を疑似経験する。
タイプ2. もうひとつは、うまくいくかどうか分からないが、新しいこ とをやってみたいと考えている学生向けに、少人数で長期(複数年)の実践的育成を行う。 教育と はいえ、成功した時その成果は起業を目指した学生が得るのであるから、失敗した時の結果責任も当人は負担する仕組とする。 教育の役割としては、このよう な失敗が少なくなるようなアドバイスの仕組は必要である。 したがって、この人たちは、自分のキャリアも十分考えて対応してもらわなくてはならない、
目的: 変化に対応できる若いうちに不確実な環境で事業経験をする。
対象: 起業を志している学生。(20~50名位)
内容: 複雑性の理解と思考と行動のサイクルをなるべくひろい範囲でやる。
方法: 実際にやっている人を見せる。 実際にやらせる(リスクは学生が取る)。
こうして社会に出てしまうとなかなかできない起業家としてのマインドを、若いうちに、養成してもらいたい。 ただ、単に儲かると分かっていることを やるのは起業家教育とは言えないので対象外である。 このコースでは、失敗しないためには常に工夫が必要であることを学んでいただきたいというのが本音のようです。
この講演については多くの質問が出されました、そのうちのいくつかを挙げておきます。
Q: 失敗の経験を本人はどう考えているか?
同社を辞めた人20人位に聞いてみたが、当人達は自分の責任と認識していない。(世の中が変わったやめうまくいかなかったのだと考えており、原因は自分ではないと考えている。)
Q: なぜ日本で起業がうまくいかないと思いますか?
過去の勝ちパターンから抜けきれないためと思っています。 年功序列、製造業、労働組合等 しかしこれから変わるのではないかと思う。
Q: マインドセットは重要ですか?
アントレプレナーに必要な方法論をいくらやっても、マインドセットが出来ていなければ、当人は実行に移すことは無い。 まずはマインドセットを作り、その 後スキルアップしたほうがよいのではと考えます。
図2に、私がお世話になっている金沢大学のアントレプレナー教育の概要を示しました。この図は「金沢 大学イノベーションレポート」 2012/03P43の図を若干修正したものです。九州大学のQRECが実施しているアントレプレナー関係の教育29コースに比べるとまだまだ十分ではあり ま せんが、少なくとも諸藤社長の主張する、アントレプレナーシップの重要性を理解していただくタイプ1のコース(ベンチャービジネス論とアントレプレナー学入 門)は用意 されています。タイプ2の、変化に対応できる若いうちに不確実な環境で事業経験をするためのコースの一部として、ベンチャービジネス基礎セミナーやMOTの ニュービジ ネス創造論は準備されています。更にアントレプレナーコンテストも行われていますが、実際に起業まで行って、実際の社会で、試行錯誤を繰り返しなが ら、 複雑性の理解と思考と行動のサイクルをなるべくひろい範囲でやると言った、タイプ2全体がカバーできているわけではありません。
今回ご報告したフォーラムプログラムのNo.11やNo.12で、各大学のアントレプレナー教育の現状が話合われましたが、いくつかの大学を除 けば、タイプ2まで十分に行っているところはほとんどありませんでした。
もうひとつ今回の討議の中で出てきた話題で面白いと感じたことは、「アントレプレナー教育を大学に 入ってからやるのでは遅い」のではないかという意見でした。小学校・中学校・高校性の生徒さんにも、アントレプレナーの重要性を何か伝えておくべきではない かという主張です。すでにいくつかの大学では、行政と組んだり、NPOと組んでそのようなコースに貢献しているとの報告もありました。
アメリカのア ントレプレナー関係の本で大学のアントレプレナー教育や支援体制には大きな違いがある(All Campuses Are Not Created Equal)という記事を見つけたこともあります。アントレプレナーを目指す人は、大学のホームページや、各種サポート機関の情報を調べて大学を選ぶことを勧めています。 すなわちアントレプレナー育成への取り組みが、大学選択の条件の一つになっていることです。ご興味ある方は National Entrepreneurship.rankings(http://colleges.usnews.rankingsandreviews.com/best- colleges/rankings/business-entrepreneurship)等を覗いてみてください。
今回の主催大学である九州大学と同じようなアントレプレナー教育の体制を、日本の他の大学においても充実させる必要性を感じた次第です。学生さんもドンドン参加し学習していただくとともに、同時にコースの改善を行い起業家教育を実りあ るものにしていかなくてはいけないことを感じさせられた2日でした。
来年のVBLフォーラムは、福井大学で行われる予定です。ご興味のある方はぜひご 参加ください。
2012/10/06
文責 瀬領浩一