インターネットの普及、通信網の高速化、情報サービスの高度化、さらには情報端末の普及で、情報で代替出来る商品ビジネスは様変わりです。たとえば、今や携帯型音楽プレーヤーはほとんどiPodに代表されるデジタル製品となり、往年のウオークマン、カセットテープはおろかCDすらその存在基盤が揺るがされています。
雑誌についても、ヨーロッパで読んだ「Wall Street Journal」で、Newsweek ドイツ版の廃止の記事を読んだばかりです。米週刊誌Newsweekは、2012年12月31日発行号で終了し、2013年以降は「Newsweek Global」という全世界版をデジタルで発行しています。そこでは、有料サブスクリプション方式でタブレットや電子書籍端末に配信するということです。日本で発行されている太平洋版も同じく12月31日発行号で終了し表紙のサブタイトルは「#Last Print Issue」となっていました。ただし日本語版はまだ紙媒体を続けるようです。慶應義塾大学教授の国領二郎氏は「匿名経済の終焉」という記事の中で、「大学で使用する教科書や資料などは、近い将来、講義に登録した学生数を出版社に伝えて、講義に使用する部分を1年に限り使用する契約にして使用料を払い、学生には電子書籍で一斉配信するというやり方になるのではないかと思います」注1)と述べています。
どうも紙の本はどんどん減っていき、音楽と同じように、電子媒体が主流となる時代が始まっているようです。今回は、このあたりをベースに、新規ビジネスの芽を考えてみたいと思います。
従来からの紙の本とこれから増えそうな電子の本の違いを、購入時、見やすさ、表現に使える手段について、読者の立場からの比較を表1のように纏めました。
表1紙の本と電子書籍の比較
項目 |
本 |
電子書籍 |
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購入 |
本の購入 | インターネットで購入しても配達されるまで時間がかかる。 書店では内容を見てから即時購入できる。 |
インターネットで購入、ほぼ即時に読書可能。
買う前に、中身を全部見れない。 |
本を読むために | 明かりがあればよい。 |
電子書籍リーダーが必要。 |
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本の原価 |
原稿作成費用の他に紙代、印刷代、配送代、書店費用がかかる。 |
PCで原稿作成後、オンライン配信のため本より安くなる。 |
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見易さ |
本全体を見る |
容易(パラパラめくり)。 |
全体イメージをつかむのは難しい。 |
読みやすさ |
読んでいて疲れない。 小さな文字は読めない。 |
読んでいると疲れる。 小さな文字は拡大できる。 |
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1ページの大きさ |
A4までが普通。 書画カメラとプロジェクターでスクリーンに拡大可能。 |
ポータブル版は B6~A4。 プロジェクターでスクリーンに拡大可能。 |
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持ち運び |
1冊であれば容易。 冊数が増えると重くなり、持ち運びは面倒になる。 |
1冊でもリーダーが必要 冊数が増えても変わらない。設備があればUSB等で持ち運び可能。 |
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内容 |
コンテンツの要素 |
文字、図、表 音声、動画には他の機器が必要。 |
文字、図、表、音声、動画が利用可能。 |
内容の更新 |
次の版を購入。 |
オンライン更新可能。 |
この表で赤字は他方に対する、自分の弱みを表しています。結果を見る限り、従来の本も電子書籍も赤字の項目数は大きく違うわけではありません。
しかしプロジェクターで拡大可能であるとは言え、長時間にわたりじっくり見る時は、眼も疲れないのでこれまでの本の方が有利です。ましてや何冊も同時に開き、比較しながら読むような資料整理をする時には、紙の本の方が断然使いやすく、使いやすさの点では紙の本がよさそうです。
しかし出歩くことが多く、出先でも時間が有れば本を読みたいと思っている人や、読みたい本が出てきたときにすぐ手に入れることができ、しかも本代が安いとなれば、経済的理由から、電子書籍を選ぶ人も多そうです。更に、新聞や週刊誌、雑誌のように、その時々にタイムリーな情報を入手したい人も、電子書籍を好みそうです。ただ、マルチメディアを使えること、電子書籍を読む機器がまだまだ進歩する可能性があること、素人でも書籍発行の可能性が出てきたことなどを考えると、Newsweek紙に見るように日本のように特殊な事情を抱えた国を除いて、これから電子書籍が急速に主流になりそうです。
とはいえ、暫くは本と電子書籍が共存する時代が続きます。その間は図1に示すように、これまでの出版の仕組と電子書籍の流通の仕組みが共存するはずです。図1に有るように現在の本の流通は、返本を別にすれば、読者の要求に沿うように努力しているとはいえ、著者や出版社から一方向に本が流れる、供給サイドが主導権を持った仕組みとなっています。
図 1 本と電子書籍の流通のしくみ
ところが電子書籍では、ネットワークの特徴を最大限に生かし、物理的な書店は不要となります。そして配送と書店の機能はインターネットを利用する電子流通会社に吸収されてしまいます。電子出版会社はもっぱら電子書籍情報の作成支援と著作権の管理そしてマーケティングを行う情報処理会社となります。こうして音楽流通で起きたと同じ事が、本の流通でも起きることになります。
書籍の宣伝を行う場の書店も減り、新聞や雑誌もオンライン化が進んでいくと、電子書籍の実質的なマーケティングは、電子書籍の内容に興味のある人が見る情報メディアとなりそうです。同好の会や知り合いが作るSNSのネットワークで電子書籍の概要やお勧めが流れることにより、購買動機が喚起されるようになりそうです。流通というより、著者と関係者のコラボレーションの結果が、そのまま読者に届けられるので、あたかも(ライブ)放送のような形態となっていきそうです。
すでに、いろいろな電子書籍の販売会社が立ち上っていますし、この記事をお読みの皆さんの中には、すでに電子書籍を購入された経験をお持ちの方も多いと思いますので、簡単に電子書籍購入の基本的な手順だけを挙げておきます。
電子書籍端末によっては、特定の電子書店に読書用のブックアプリが前もって組み込まれている場合もありますので、その場合は③の専用アプリのダウンロードは不要になります。会員制のホームページで本を買うのと大きな違いはありません。
思いつくままに、これまで私が本を買った動機を図2にあげました。
図 2 本の購入目的
図2の左側には癒し系、言いかえれば心の不安を解消したり、満足感を得るための読書、右側には健康を維持したり仕事に役立てるための知識の獲得を目的とした本の購入動機をあげました。他にも、いろいろ本を購入する動機は有るかと思いますが、従来型の本の書籍を電子媒体に置き換えるような電子書籍のお話は、ここではこれくらいにしておきます。
これからベンチャー企業が狙うには、電子書籍でしかできない機能をうまく取り込み、これまでの本では出来な無いようなところ(強み)に特徴を出す(参入機会)必要があります。いい例が、iBooksAuthorで作りiPadで読む、音声や動画を取り込んだ問題集付き教科書です。(注2参照)理論や計算式は、文章や数式を使って表現し、その解説は文章または音声で、理論の応用事例は動画で、理解したかどうかは問題集で検証することができる教科書です。将来は、目標とする理解度を達成していると判断されたら、次の章へ進むといった教科書も作れそうです。こうなれば、自習書としても使えますし、講義の補助資料としても使えるはずです。講義では、教科書で前提条件をみたした参加資格者を中心に、事前学習で作られた各人のレポートや回答を発表しあい、なぜそうなったかとか何故そう考えるのかといった意見の交換やディベートを行えばいいわけです。これなら、講義時間を教育の場から学習の場へと変えることが出来そうです。準備不足も少なくなり、代返も、居眠りも少なくなり、学習効果が上がることは請け合いです。電子書籍の教科書は知識の伝達手段ではなく、知識を使うことに慣れさせる手段とて使えそうです。これなら、前回の「若者の力を生かす仕組み」で取り上げた「教授みしゅらん」の強み作りにも使えそうです。
このような考え方に立てば、図3のように電子書籍の応用例はいくらでも考えられます。
図 3 読者の行動を反映する電子書籍
例えば、成人病の一つ高血圧についての本も同じです。今でも一般の人(医者を志す人を除く)が本を読むのは、高血圧に対処する方法もしくは治療方法についての知識を得るためだけでは有りません。本当の目的は高血圧の症状や副作用を減らし、出来れば高血圧を治したいのです。となれば、電子書籍は、高血圧についての基本的な知識を解説したあと、血圧計の使い方を解説し実際に血圧計で血圧を測り、その結果と測定時間や気温等を参考に、そのケースに応じた対処法をいくつか解説してくれればいいわけです。2度目以降の血圧測定の時にはこれまでの記録とその時の測定値を参考に、改めてそのケースに応じた対処法をいくつか解説してくれればいいわけです。個人で対処するのが危険もしくは電子書籍の作者が手に負えないと判断した時は、医者を紹介するとかそれが難しくても、医者に相談することを勧めればいいわけです。これが実現すれば、役に立つ電子書籍であれば血圧は下がるであろうし、役に立たない電子書籍であればその効果は上がらないということになります。その結果を、出版社や著者に報告するようにしておけば、電子書籍の効能ランキングが作れます。出版社はそれをプロモーションに使えますし、著者は電子書籍の改善を行い修正するのに使えます。効能ランキング会社ができれば、どの電子書籍が最も役立つのかを見て、電子書籍を選べるようになります。ようは効能の高い書籍が多く売れ、著者の収入はふえるわけです。幸せなことに、電子書籍であれば、販売後であっても改善点修正は可能ですから、電子書籍著者同士の競争が始まり、書籍の効能はどんどん向上するはずです。このようないい電子書籍に紹介される病院や医師、もしくは血圧計のメーカーも収入が増えるわけですから、著者とサービス提供会社のコラボレーションも増え、効能向上のスピードも上がるはずです。これもビジネスチャンスです。
図3に上げたような仕組みは、これ以外にもいくらでも考えられそうです。何しろユーザーの立場で、どんな具合にニーズを解決すればいいかを纏めればいいわけですから。「ファブラボ」注3)では、このようなものの転用の仕方をハックするというようです。
電子書籍を単なる情報提供のツールとしてではなく、著者が考える問題解決手法のサービスユニット(知恵の提供)の核として販売していくのはいかがでしょうか。まさしく「性能と効能」で論じたように、ものの(電子書籍)の効能を売るビジネスです。現状の電子書籍はまだ、ハードウエア的にも外部機器とのインターフェースは十分ではありませんし、ソフトウエア的にもロジックを組み込むのは簡単ではありません。したがって、今ならものづくりの知識も持つアントレプレナーが核となり、一流の知識を持つ人、ソフトハードの専門家、ターゲットとする電子書籍の購入者の代表と連絡を取り、知恵を纏めその状況をSNS等で発信(マーケティング)しながら電子書籍化することで、ビジネスを促進できるように思うのですが、いかがでしょう。
この文を書いているとき、芥川賞の発表がありました。受賞されたのは黒田夏子さん受賞作品は「abさんご」でした。受賞作は全文横書きと言うことです。インターネットでは横書きが常識でしたが、日本の多くの本は縦書きでした。素人の皆さんが電子書籍を作成する時に、多くの電子書籍ツール(特にePUB2レベルのフリーツール)が縦書きに対応していないために電子書籍化の障害になっていたのは間違いありません。芥川賞受賞作品が横書きと言うのは横書き派には勇気付けられるニュースです。その作者が75歳と言うのも面白い話です。改革は若者からと言う常識も変わりそうです。今後は皆さん遠慮なく横書きで行きましょう。グローバル時代、その方が便利です。外国語を使ってもそのままスムーズに読むことが出来るようになるのですから。(世界標準は横書きです。)
2012/12/07
文責 瀬領浩一