7月20日朝日新聞を見てびっくり、1面のトップ記事は「自動車の街無一文」米デトロイト市の破産でした。デトロイト市と言えば日本では豊田市に相当、今から50年 ほど前アメリカの製造業のシンボルとも言われた自動車産業のメッカです。そういえば日本でも2007年の夕張市の破綻が大きなニュースになったこともありました。両者 に共通なことは、かって経済の中核と言われた自動車産業や石炭産業で栄えた都市が、時代の変化についていけず、再建団体に転落してしまったということです。
地域の中の企業が経営判断を間違えて経営破綻しても、それによって地域が破綻しないように地域を経営していく必要があることを改めて思いしらされたわけです。 時代が変わったのに過去の栄華を忘れられず、すでに得たはずの権益(たとえば地方公務員の雇用や年金)は団体が衰退しても続くべきだと考えることはできない時代に 入ったようです。
その上、破綻を隠ぺいし無理な政策を取れば取るほど、破綻したあとの再生に無理が発生することは「追跡・「夕張」問題(講談社文庫 北海道新聞取材班)」に 見る通りです。この本を読んでいて感じたことは破綻が予想される時に事前に対策をとるか、間に合わないと思った時はできるだけ早く破綻させ被害を最小限に とどめなくてはいけないということでした。この機会に破綻が予想される時の事前対策(破綻回避策)の一つエコノミックガーデニングの考え方を紹介させていただき ます。
今年の初めに拓殖大学の山本尚史教授から程度の差こそあれ、日本の地方中小企業の周りにも地域経済の破綻が発生しようとしている話をお聞きしました。
現在の日本の多くの地方都市では、高齢化社会の進展とともに自治体の福祉関係の支出が増大して財政赤字方向もしくは赤字拡大方向に向かっています。一方 日本国の財政赤字を減らすために、一部の地域を除いて国から地方自治体への補助金は削減傾向にあります。そのために多くの地方自治体の赤字は増大し、快適な生活を 確保する(地域厚生)ための投資は減少し、地域の魅力は減少し、若年層の流出が止まらなくなっています。ひいてはそれが地域事業の継続や継承する人の減少となり、 その地域の生産人員は減少し始めています。こうして地元企業は減益となり、借金が困難となり、設備投資も減少傾向です。この結果地元企業の生産品の需要減少は地元 のさらなる労働需要の減少へ繋がるという負のループに入って、抜け出すことができなっているとのことでした。ちなみに夕張市の場合は19560年のピーク時の人口 116,908人が2012年には10,390人へと11分の1位に減少しました。
その他日米欧の同時不況も発生しており、TPP交渉の進展とともに、企業に対する継続的な値下げ圧力となり、その下請け的な仕事の多い中小企業にもその値下げ 圧力がかかってきています。
同様な状況は過去に日本等海外からの輸入が急増した米国でも発生しました。その中で行われた対策の一つが1980年代から米国コロラド州リトルトン市において クリスチャン・ギボンズ商工業担当部長のリーダーシップの下で実践されたエコノミックガーデニングです。その後この手法はニューメキシコ州、ウイスコンシン州。 カリフォニア州、ワシントン州オレゴン州で実践されているそうです。注1)地方経済を救うエコノミックガーデニング 参照
山本氏が日本で進めているエコノミックガーデニングとは図1にあるように、「地元の中小企業を成長させることにより、地域経済を活性化させる政策」であり、 そのために「起業家精神があふれる地元中小企業が活躍できるビジネス環境を創出する」ことに注力する政策です。
この方法はこれまでの、日本の地域振興策のような大企業の生産拠点や販売拠点を誘致する補助金制度や、減税制度のような地域進出企業の保護や支援の仕組み ではありません。このような施策をとってもそこで得られた利益は大企業の本社のあるところに吸い上げられ、地元の利益とはなりません。また企業誘致のための固定 資産税等の減税は、地元の得る資金を少なくします。それなのに、海外でより安く安心して生産できる地域や見つかったり、製品消費国での地産地消が要求されるように なれば工場の海外移転が進み地域の雇用が減少するといったリスクを抱えています。また地元進出企業とともに活性化していた下請け的な企業もその影響を受け長期的 にはあてにできません。
一村一品や地元特有の商品づくりやお祭的な行事なども、一時的にはうまくいいているように見えても、そのための補助金が少なくなったり、マスコミの興味が次の テーマに移ればいつの間にかすたれてしまう運命にあります。
結局、他人は余りあてにできないということです。従ってそこに住む人が、自分で自分に必要なものを作り使う自給自足性の強い地域経済(里山)にするしか ありません。そのための仕組み作りをもっと考えようというのが、エコノミックガーデニングの基本にあるように思えました。
現在の日本の厳しい経済環境で、地域の経済を活性化させるのは、これまでの施策では不十分であるとしても、今後どうすればいいかを考えるのは、そう簡単な ことではありません。
イノベーションの考え方にならい「これまで未だ十分に活用出来ていなかった何かを組み合わせ有効利用すること」と、「地域は土地であり地域経済は農園と考え、 地域にどのような企業が育つかは、農園にどのような植物を育てるかに相当する」と言うアイデアを進めていくと次の二つを軸が出てきます。
1:用途開発の可能性の高く再利用コストがほとんどかからない新技術である情報の徹底的利用。
2:これまであまり焦点の当たってこなかった地元地域人材による支援活動
情報はエコノミックガーデンの栄養素(肥料)であり、地元人材による支援活動は企業を育てるエネルギー(太陽)に相当します。 土地が有り、太の光陽が降り 注ぐ土地に、種(企業)を植えれば植物は育つはずです。どれくらいうまく育つかどれくらい継続して大きく育つかを決める肥料のやり方と太陽の照り方次第というの は、農園も経済も同じです。
情報の徹底低利用策については、インフラ基盤が整備されクラウドの活用が普及したため、現在ならば次のような情報ネットワークツールを使いこなせるように環境 整備を進めていけばよいとのことでした(ツールの導入と利用方法の指導)。
情報把握力と情報運用力を強化するツール
地理情報システム(GIS)
ソーシャルメディアの活用
データベース
インターネットマーケテイングツール
検索エンジン
新規メディア
ただ情報技術はこれからもどんどん進歩していきますから、これらのツールには今後とも新しいものが追加されたり削除されたりすると思いますので、技術情報は 時代に合わせて取捨選択していくことが必要かもしれません。このツールを入れる設備は、自社で導入するより、クラウドを利用したほうが設備の運用・維持 メンテナンスの費用が少なくて済みそうです。
一方支援活動の重点は、事業の戦略判断に資するとともに、顔の見える地域内連携を行うことです。主な支援項目は次のようなものです。
定常活動の支援:売り上げの増大、人材登用
戦略的判断の支援:事業継承、異業種参入、新製品開発、新規投資
環境整備で準備した支援ツールを使って、このような支援活動を行う人として、公営図書館や大学図書館の書司や公的機関の教育者や研究者、営利団体に所属して いる教育者やコンサルタント、コーディネータ等の地域に属する知恵者が想定されています。地域に所属する人が地域外の経験者から このような支援の方法を学ぶことはあるにしてもが、具体的な支援活動はこれらを学んだ地域の人(チーム員)が行うという考え方のようです。このような人材が期待 されていることからして、私はエコノミックガーデニングは名前から来るイメージとは違い、小さな限界集落と言われる過疎地域ではなくてまだ人材の残っている地方 都市向きと感じました。いったん限界集落と言われる過疎地域になってしまうと、「 自分の地域のために活動できる人」すらがいなくなって いる可能性が高いからです。
こうして、支援技術はつねに最先端の技術を利用することになります。このような活動を続けるためには、地域に対する愛着・情熱が必要なことは当然ですが、 それでも何ともならない現実もあります。これらの表の活動に隠れ、エコノミックガーデニングの実践の判断を行うためにる図2のような基盤的な理論があると説明され ました。
1から4までの項目は、活動の考え方や方法論の選択に関する基盤となる理論ですので必要に応じて学んでいけばいいかもしれません。ただ5のレジリアンス (resilience)とは物理学では「スレス(stress)で出来た歪みを跳ね返す力」のことですが、社会原理的な意味では福利厚生のレベルが一度有る程度以下になると (ストレス)それを元に戻すための力(レジリアンス)は急激に増大すると言う時に使われています。ある程度以下に下がると元に戻すのは大変だ。時にはあきらめる しかないといった意味です(たとえば限界以下の人口になると全員が集落を離れる)。 山本氏のお話を聞きながら、学生時代に「材料力学」の研究を行っていた頃に 学んだ「座屈」を思い出しました。 図2にあるように、建物や機械に使われる構造材料(部品)にある程度の力がかかっても、その力が無くなれば元に戻るが、程度を 越すと材料は座屈現象を起こし壊れ元には戻らないという現象とです。このようなことが構造物の重要な部品で起きると、使用不可能となり、その構造物は廃棄するか、 使用を中止し再設計を含めた大幅な改修が必要になってしまいます。
エコノミックガーデニングは、地域経済の再生と言う難しい事業ですので、レジリアンスはいつあきらめるかの判断基準として、常々考慮しなければいけない重要 な考え方と感じた次第です。ここを間違え見通しの立たない対策や支援策をとっていると夕張市のような厳しい状況になってしまいます。
エコノミックガーデニングはこのように、リスクも含まれる地域興しの手法です。補助金が得られたらその時だけでもやってみようといった気持ではなかなか成功は 難しいかも知れません。そのための準備も含めた、山本氏の説明された実施手順を図3に示しました。
手順の最初が誰かがエコノミックガーデニングをやると宣言するとなっています。エコノミックガーデニングは、地元の経済を反映させる方策です。だれか責任を 持てる人が、宣言せざるをえませんし、地域の関係者にそれなりの影響力を持つリーダーシップのある人がやらざるをえません。そのような人のリーダーシップの元、 1年の現状調査を行い、出来上がった構想に従い必要なメンバーを集め半年かけてチーム員に手法や仕組みの訓練を行い、ようやくパイロットプロジェクトです。この プロジェクトの実施母体にはNPO法人や営利企業が考えられます。最初の成果が出るまでにあっと言う間に時間がたってしまいます。なかなかハードルの高いプロジェクト です。
そして無事パイロットプロジェクトを終了したチームが本格的な導入に入るわけです。山本氏もこのやり方(日本式)では時間がかかりすぎることを認めておられ、 アメリカ式の時間のかからない方法も模索されているようです。
ここで日本式とは、地域企業の事業継続や事業継承の促進をテーマとするもののようですが、アメリカ式はすでにある企業の成長促進と地域の持続可能性を追求する ようです。起業家精神の強いアメリカであれば、すでに起業を果たした企業が多くあるので、その中から成長の見込みの高い企業を選び重点的に支援をすることで地域の 発展やその持続性を追求できその成果も早く出てきます。日本のように、起業家の少ない国では、勢い事業継続や事業継承が話題となり、新規性や意外性の可能性のある 起業家(通常は新参者)を支援することは少なくなります。 こうなると個々の企業の既得権益の確保競争になり地域としての最適施策は実行できません。これでは、 地域の既存の権益に余り左右されなく、事業間調整がやりやすくグループとしての最適化に邁進できる中央集権的大企業の地域展開事業に勝つことはできません。
したがって、日本では地域発の起業家が多い地域からエコノミックガーデニングを展開するか、起業家支援を行っているグループとの共同プロジェクトとしたほうが 成功確率は上がるような気がします。
エコノミックガーデニングによる、地域活性化の可能性とその制約は明らかになったような気がします。図4にはその結果得られる地域活性化の姿をあげておきます。
地域活性化後の姿は、現在の先の見えない日本の現状に明るい展望を示してくれそうです。日本全体としては「グローバル化」を推進しながら、地域では「里山」 共同体を作り上げていく。まるで夢のような世界です。こうなれば高齢化社会も恐ろしくありません。
その効果を上げる元となる主要な方策が図4の中央下段に示されている市場情報・人材情報・技術情報の充実です。これまでの 「人・物・金」といった使えば消耗する物理的経営資源とは違い、使えい場使うほど利用価値が蓄積され消耗することのない情報の活用を利用して投資の増加を狙う わけです。そのための仕組みづくりに「ITの有効利用を提案できる支援者」と「地域住民の起業家精神」の普及が 強くかかわっていることを実感した次第です。この時のリーダーやメンバーの育成と彼らが必要とする情報の供給者として期待されるのは、地域をリードする意識を 持った大学かもしれません。なにしろ人材育成の能力(教育)、新しい知識を作りだす能力(研究)、図書館の書司(社会貢献)と、地域興しに必要 な能力の多くを持っているのですから。
注1)参考資料に「山本尚史 地方経済を救う エコノミックガーデニング 新建新聞社」が有ります。より詳しくお知りになりたい方はこの本をご参考にして ください。
注2)エコノミックガーデニングHP http://www.economic-gardeners.jp/
地元企業を育成して地域位活性化ということで山本尚史教授が主宰するホームページ です。さらにここではエコノミックガーデニングを導入されている日本の都市の例も紹介されています。
2013/08/06
文責 瀬領浩一