2013年11月19日(火)東京コンファレンスセンター品川 大ホールにてS3FIRE(Service Science, Solutions and Foundation Integrated REsearch Program 以下 S3FIREと略)フォーラムが開かれました。昨年の第3回のフォーラムのテーマ「サービス科学を社会へ―産業・学術・行政をつなぐ―」この時は製造業に対するサービス と言う考え方で論議されていたような気がしますが、第4回のフォーラムは「サービス現場に焦点を当て、現場を起点とした問題解決、科学の構築、イノベーション について議論する」でした。
主催者のお話によれば、今回のフォーラム参加者の中心は産業界のかたとのことでした。この様子は、休憩時のポスターセッションの雰囲気にも表れており、左図の ように会場のあちらこちらに固まりが出来ていました。ポスター展示者(研究者?)は一生懸命参加者にたいして研究内容について説明(売り込み?)をされていました。
このレポートではフォーラムプログラムの中からサービス企業の事例と、これまでの研究を体系的に説明できるサービス価値共創モデルを中心に報告させて いただきます。
S3FIRE第4回フォーラム(問題解決型サービス科学研究フォーラム)は科学技術研究センターの社会技術研究開発の 二の柱の一つ、問題解決型研究の進捗状況の報告です。同事業では問題解決型研究のほかにも横断型研究も行っています。推進事業に御興味のある方は、上記 ホームページをご参照ください。
「問題解決型サービス科学研究開発」の目的はホームページ(http://www.ristex.jp/servicescience/program/)によると次の2つです。
1.社会における様々なサービスを対象に、その質・効率の向上と新しい価値の創出・拡大のために、具体的あるいは潜在的な問題ニーズを把握し、実データや事例を 利用し、自然科学と人文・社会科学等の融合的なアプローチで、「問題解決のための技術・方法論等を開発する」こと
2.サービスに係わる科学的な概念・理論・技術・方法論を構築する学問的活動を進め、その蓄積が将来的にさまざまな分野のサービスで応用可能となるよう 「サービス科学としての研究基盤を構築する」こと
第4回のフォーラムプログラムの次第は以下の通りでした。
まずはサービスビジネスの現場はどうなっているかと言うことで、講演①では株式会社ハッピー(http://www.kyoto-happy.co.jp/)の代表取締役 橋本英夫氏より 「成熟産業のサービスイノベーション~ITで人の能力を最大化し高付加価値を生む~」と題して同社の新しい事業への取り組みをお聞きしました。橋本氏は大型プラント で使用するバルブや弁のメーカーでエンジニアとして活躍され、1979年に京都産業を設立され「ハッピークリーニング」の名称でクリーニング店の経営に乗り出し取次店 を50店舗まで拡大させるほど成長させた方です。
ご講演の内容はクリーニング店を閉鎖してから後のことで、産業規模が減少している中でも起業は可能であるとの典型的な事例でした。その概略は図2 のようなもの でした。
クリーニング産業の市場規模は、図2の過去の経緯にあるように1992年の約8200億円から 2012年には3900億円と半分以下に減っています。なんとかしなくては と考えて村上氏は折角拡大してきたクリーニング店を閉店されました。この頃それまでの開発途上国の製品品質は今一つとの考え方を覆し、デザインや生産方法は日本で 開発し生産は開発途上国で行いそれなりの品質の製品を国産では考えられないような低価格で販売する業態(SPA)が衣料分野で普及しだしました。こうして ものによってはクリーニング代相当のお金を払えば同じ機能を持った新しい衣服が買えるものまで出てきました。このため、水洗いで済む時は自分で洗濯し、 クリ―ニングが必要な汚れを発見した時には新しい衣服に買い買える客様が増えたこととも関係がありそうです。
ここまでは、新しい業種の企業が参入してきて他の産業の売り上げが減る時に見られる極普通の話です。ところがこのあとのお話がすごいのです。 年収1000~1500万円のユーザーの意識調査によれば約半数の人はクリーニングで服の寿命が短くなることを知っており、クリーニングするより新製品を答えると同時に、 一方で服がきれいになり、服の寿命が延びる方法があるなら、品質のよい高級な服を買う人が30%、品質や価格にこだわらす、気に入ったモノを買う人が25%、 数多く買うようになるが25%と「合計80%もの人が上質・高級衣服を買いたい」と答えているところに注目したことです。
こうして2002年、次のような事業をめざして
1.年収1000~1500万円の人を対象に
2.服の寿命が延びる方法を開発し
3.服を大切に使えるサービスを提供する
現在の㈱ハッピーを設立。従来のクリーニングの常識を覆し、衣服を"再現"する『ケアメンテ®』という新業態を創造されました。
この事業モデルを実現するために、橋本氏は図2の右表にあるような次に示す二つの課題を解決する対策を実施されました。
1.技術的課題の解決:服を傷めないでクリ―にングするためのコア技術的の開発
2.仕組的課題の解決: 『ケアメンテ®』を実現するためのサービスの仕組みづくり
技術的課題の具体的な解決策の例として次の3つの説明を頂きました。
1.基本的洗浄技術「水油系・アクアドライ®」:「水と油」と言われるように水と油は溶け合うことはありません。このため水溶性の汚れの除去と油溶性の 汚れの除去は別工程で行うのが常識と考えられていました。部分的に汚れを取る手間を加えない限り、このため両者の汚れが付いた衣類はどちらを先にしても他方の 汚れはきれいに除去できないためクリーニング後シミや黄バミが出てきてしまうとの悩みを抱えていました。この悩みを解決するノウハウが「アクアドライ®」です。
2.再現技術「リブロン®」:酸化黄変を元に戻す技術ノウハウ
3.無重力バランス洗浄技法®:正絹の衣類も丸洗いできる洗浄方法とそのための機械装置
1と2は模倣されても、それを実証し裁判をするのが難しいので、金をかけて技術を公開しても得るものはなく、模倣をしやすくしているにすぎないとノウハウとして 秘匿し、トレードマークの登録にとどめているとの子です。一方3は機械装置もあるため模倣されていることは実証可能と考え特許化していることのことでした。 したがってこちらの方は海外からも評価され、企業のイメージアップにも貢献しているようです。
このあたりは知的財産戦略のうまい使い方の例となりそうです。
一方仕組み的課題の解決の例としても次の3つのテーマをお聞きしました。
1. フロントオフィスシステム:付加価値の向上をめざし新市場の創出を図るシステム(カウンセリングシステム、ラポートシステム)
2. バックオフィスシステム:コスト削減で効率の向上をめざすシステム(ナレッジ混流生産管理システム、洗浄仕分けシステム、検品・教育システム)
3. 基幹システム:収入と支出の予測と実績をつかみ金銭的面からの会社の問題を解決する情報システム(会計システム・電子カルテシステム)
さらにこれらの仕組み的問題解決にはは情報システムの開発が重要ですが、それが効果を上減るためには情報システムを使いこなす人材が重要であるということも ご説明いただきました。
お聞きした改革のプロセスを整理すると「利用者減少→顧客期待調査→ 新価値を求める顧客セグメントの特定→事業化の課題整理→対策の立案と開発→ 人材の育成」となりました。
ところでこのようなサービスビジネスの現場をサービス科学にたずさわる科学者達はどうとらえているかについて、講演②「サービス科学研究開発の進展とS3FIRE サービス価値共創構造モデルというテーマで産業戦略研究所 代表/プログラムアドバイザー 村上輝康氏からお聞きしました。村上氏は野村総合研究所に入社され 2002年には同社理事長、2008年にはシニアフェローとなられ2012年より現職に着かれました。そのほかにもサービス産業生産性協議会副代表理事等多くのお仕事を されています。
講演の内容は次の通りでした。
1. 日本におけるサービスイノベーションへの取り組みの展開
2. サービス科学研究開発のはじまり
3. S3FIREの進展とS3FIREサービス価値共創構造モデルの生成
4. S3FIREサービス価値共創構造モデル
提案された2013年の6月時点での3FIREサービス価値共創構造モデルは図3の通りです。
それまでのサービスの価値提供共創構造モデルは図2の部分集合です。たとえば当初モデルは Service Dominant Logicで使われた送り手(Provider)と受けて (Customer)、Good Dominant Logic ではそこにValue in とUserが追加されて使われていました。平成22年に採択されたプロジェクトはこの図で説明され、その後 プロジェクトの採択が増えるとともにモデル図に要素が追加され、図2のように変わってきたとのことで、村上氏は、これら図を使って平成22年度から平成25年度までに 採択された各プロジェクトの研究領域の位置付けの説明をいただきました。定めし日本における日本におけるサービス科学研究発展の様子を分かりやすく表すことが 出来るしている大変面白い図と感じました。
出来上がった図はシンプルですが、それでも元のモデルに比べれば要素は相当増えています。サプライヤーのサプライヤーといったビジネスネットワーク、 さらには所有者と利用者の分離といった資源と価値の分離等話題を広げていけばモデルはどんどう複雑化してしまいます。しかしモデルとしての汎用性を考えると 図2のように仕組みのループが一回りしたところでサービス科学としての要素の追加は一休みし、これからは実務を考える人がビジネス上の必要性に応じて要素の変更や 追加削除を行うような形で利用させていただけrばとしていただければ幸いです。これ以上要素が増えては使う方も大変ですから。
このモデルに、ハッピー社のケースをあてはめた例もお話頂いたので、業務内容の概略を補足し作成したものが、次の図4です。
この図によればハッピー社の仕組み改善のための取り組みは、共創構造モデルのほとんどすべてのプロセスにわたっています。これは、最初は重点指向で 始めていても、努力が報われ問題・課題が一つ解決すると、プロセスのボトルネックは他に移動し、あらたな解決策を作成実行していくうちにボトルネックプロセスが 次々と他に移っていったためかもしれません。いずれにしてもこの図はビジネスの価値創造の構造(結果としての企業の特徴)を1枚に表現するために使えそうです。 起業時には、これから挑戦するシステムに加えすでに持っている自社の強みも記入して整理していくのにも使えそうです。
新しい会社を計画する時には、コア技術の開発と共に、その技術を提供するための仕組み(情報システム)が重要であることがわかりました。仕組みを検討するには 図4のようなサービスの価値提供共創構造モデルを作成し、従来の方法とどこが違うかを明確にすれば、サービス価値提供の競争力の源泉を知ることが出来ることも 分かりました。ハッピー社の場合は、すべての情報システムを自社で作成したために未だそのコストを未だ回収できていないとのことでした。場合によっては、すべての 要素を自社開発するのではなく、まずもっとも顧客価値の向上に役立ちそうなシステムの開発から始めることになるかもしれません。来年3月にはサービス科学の研究成果 の発表もあるとのことですから、成果発表に参加できればその成果も参考にどのように価値提供共創構造モデルを利用すればいいかを検討してみたいものです。
2013/12/12
文責 瀬領浩一