2015年7月15日 ヒューマンキャピタル2015とラーニングテクノロジー2015が日経BP社の主催で東京国際フォーラムで開かれました。
今回はその中の特別講演「これがIBM流働き方・オフィスに縛られないワークスタイルを支えるルールとツール」に参加して感じたことをまとめました。
講演者は日本アイ・ビー・エム株式会社IBMソーシャル事業部ブランド戦略担当 赤松 宏佳氏でした。ソーシャル事業部は今年の2月にできた事業部でそれまではIBM コラボレーション・ソリューションと呼ばれていたとのことでした。また今回入口で参加者に資料が渡されましたが、プレゼンテーション中は正面の画面に集中し、配布資料は 後ほど参照してくださいと言われました。このやり方はこのシリーズの「プレゼンテーションをビジュアルに」でご紹介したレイノルズの考え方と共通しています(注1)。 こうしてプレゼンテーション中は正面のパネルのみを使い参加者に理解しやすく興味を持っていただくことに専念し、ご興味を持たれた方は別途配布資料を見て確認していただく プレゼンテーション方法を聴衆として体験させていただくことにもなりました。
従ってこの報告は、赤松氏のお話の中で記憶に残ったことを、配布資料を参考にしながら作成したもので、私がどう感じたかということを書いたものです。赤松氏がどう 言われたかを書いたものではありませんのでその旨ご理解ください。
最初のお話はIBMの目指すワークスタイルで8つの基本概念をご説明頂きました。
以下はこの8つの基本概念を私がどう理解したかを纏めたものです。
1.個々のメンバーの顧客面談時間の大幅向上を目指す
これまで自社のオフィスで行っていた「報連相」と言われてきた各種の事務作業を自宅や移動中やサテライト・オフィスで可能にすることにより、顧客面談時間を増やす。
報告書や提案書等の書類の作成に必要で適切な参考資料を容易に参照できるようにする。
2.物理的な組織活動から論理的チームオペレーション
組織図に書かれている同僚や管理役割を持った組織の人だけでなく、実務的知識や知恵を持った人を探し出し、相談できる仕組みを構築する。
3.ブロードバンド時代のモバイルスタイルの可能性追求
電話やファックスだけでなく、大きなデータや動画のような高速な回線を必要とするモバイル機器の使用をできるようにする。
4.未成熟なプロフェッションのモバイルオペレーションへの配慮
使いやすいユーザーインターフェースを用意することにより、モバイル機器を使うために取り扱い説明書を作成し配布教育訓練するための作業を極力少なくする。
5.コーチング型マネジメントへの変貌
定型的でやるべきことが決まっている時に、管理者が次はこれをやりなさい、このようにやりなさい、こうしてテストしなさいといったことをいちいち指示しなくても、 実行者は自分からやるべきことを探し出し、分からない事を調べて、仕事を進めることができるようにする。
6.個人のビジネススタイル&ライフスタイルの可能性追求
子育て中の女性や体調を崩して出勤が難しい人には、自宅での勤務や自宅近くのサテライト・オフィスで普段会社でやっている仕事をできるようにする。また社員は出社時近所の 育児所にお子さんを預け、帰りに連れて帰るといったオフィスで働いている時も心配のないようにする。 また社内若しくは近所のスポーツジムと契約し社員の運動不足を補う (Wikipediaによれば、IBMの本社ビルの敷地にはIBM箱崎ビル内郵便局、ファミリーマートIBM箱崎ビル店、企業 内保育施設の「こがも保育園」などが入居していると記述されています)。
7.スペース費用削減へのチャレンジ
具体的にはフリー・アドレス・オフィスです。1990年代から多くの企業で実施されている方法で、営業部門やコンサルティング部門のように、自社オフィスで働く時間より 顧客のオフィスで働くことが多いところでは、 オフィススペース削減の方法として採用されてきました。
8.ペーパーレスへの可能性追求
これまで印刷して参照していた各種の文書類を、モバイル端末やパソコン、タブレットを使って参照可能にする。
等々となりました。
赤松氏は、その後スライドや自分の体験談を交えながら、IBM社員の働く場所(Where)のお話をされました。
最初に営業部門を中心としたオフィスの写真を見せていただきフリー・アドレスと個人キャビネットについてお話を、次いでサテライト・オフィス、在宅勤務・モバイルと どこにいてもお仕事が可能になっているとのことでした。
社員は何をするべきか、何をしていけないか(What)を明確にするものが「ルール」です。会社の仕事をすすめる上での心遣いや必要な考え方を 纏めたものです。IBMでは目的に応じて各種のルールが決められているようですが、今回ご紹介いただいたのはIBMビジネス・コンダクト・ガイドライン(注2)とIBM ソーシャル・コンピューティング・ガイドライン(注3)の2つです。
IBMビジネス・コンダクト・ガイドラインは、お客様をはじめ社会のIBMに対する信頼と期待にお応えするために、社員一人ひとりが遵守すべき行動基準をまとめたものです。 今から約半世紀ほど前にIBM BCGとして作成されたそうです。全世界のIBM社員が誠実にこの基準を守ることが要求されて今に至っています。左の図は1992年ごろ印刷物として各社員に 配られたもので、配布と同時に内容を確認しその旨起報告することを指示されました。その後も改定がおこなわれてきましたが、2007年頃よりお客様やメディアからのお問い合わせや ご要望にお応えするためIBMのWebサイトに掲載するようになったとのことです。 最新版の目次は「会長からのメッセージ、報告、職場、市場での行為、私的な活動とIBM社員としての立場、その他の指針」となっています。 ロメティ(IBM 会長、社長兼CEO)は会長からのメッセージの中で「ビジネス・コンダクト・ガイドラインを上位下達のルールではなく、私たちが行動する際、関係を構築する際に 責任を持つべき最高の信頼水準について、生きた手本になるものと考えています」と述べています。 内容の詳細や、英文版にご興味の有る方は注2で補足されているURLをご参照ください。
一方IBMソーシャル・コンピューティング・ガイドラインはIBMがPC事業から撤退しハードの販売からサービスの販売に重点を移した2005年に、ブログを使用する全ての IBM社員向けたガイドラインとして作成されました。このガイドラインは、実用的なアドバイスを提供し、IBMのブロガーとIBMを保護することを目的としたものです。 その後も見直しを続け、テクノロジーやオンライン・ソーシャル・ツールの進化に合わせた修正が行われているとのことです。
この2つのガイドラインは、ネット上に公開されていますので、起業家を目指す人やたまたま自社に同様なガイドラインを作成したい人は、内容を読み替えて自分/自社の ガイドラインとして使うこともできます。 そのような方は是非一度は注2・注3に示したURL等にアクセスし、自分の仕事の「ルール」づくりに反映されたらどうかと思います。
仕事の「ルール」で何をやるか(What)の輪郭ができたら、次はそれをどのようにやるか(How)です。 講演では「ツール」としてHowを支援 するソフトウエアサービスIBMのクラウド・サービス(SaaS)である「IBM Connections」(注4)があるとのご紹介をいただきました。 その中で今回のテーマに関係の深いメールやアクティビティ、プロフィール、ファイル、チャット、ミーティング、DOCS、モバイルアプリケーションを管理するサービスが IBM Vers(注5)です。メールの宛先・タイトルやそこで扱われているデータに加えて、メールの宛先を使った人脈まで整理し、相談すべき人のリコメンデーションもくれる 優れものだそうです。これらの機能を使えば、チーム内の関係者のタスクの進捗や、人に依頼したタスクの完了状況、さらに自分が今開始可能なタスク等も分かります。更に働く場所は どこでも可能ということですから、まさに定形業務が機械化されたりアウトソーシングされた後も残る、その企業の中核的なチーム活動を支援 するために必要なツールです。詳細機能ついては、注4や注5に記したURLを参考してください。
このようなワークスタイル支援システムを、これまでに自社で独自のシステムを開発されている会社は少なさそうです。そのためその道の専門家が作成したパッケージで、 自分もしくは自社に合った使いやすい機能を持った「ツール」を見つけることができれば、そのツールを採用しそれを機会に仕事のやり方を変えれば、新しい「ルール」の実践も 意外と容易かもしれません。今回参加したヒューマンキャピタル2015では多くのツールが展示されていました。各自/各社の目的に合ったにツールを選ぶことも可能な時代です。
上記のような「ツール」を有効に利用できるようになると、会社でのホワイトワーカーの仕事は格段に向上いたします。ただそのために重要な情報が、集中管理され、色々な 働き場所でアクセス可能になるわけですから、情報が競争相手や、悪意の人に漏れないようセキュリティの管理をきちんとやらなくてはなりません。
このためには個人所有デバイス(BYOD:Bring Your Own Device)については業務使用の許可さらには マネジメントの許可を取る。使用するデータベースを登録する。 会社のセキュリティ要件を実装する。暗号化ソフトを導入する。仕事に必要でないソフトは削除することです。
在宅勤務では盗難・紛失などを報告する。家族等・身内の人と会社の間に利害関係がある場合は機密情報、会話、書類の閲覧をできなくする。複写を残さないといったことも 実施しなくてはいけません。
出張・外出時には携帯記憶媒体へファイルを保存する時は暗号化する。モバイル機器や携帯記憶媒体を電車の棚とかタクシー内に置き忘れをしないようにすると同時に、 乗り換え・休憩時には置き引きに注意する。車から離れる時にはPC等は必ず持ち出し車の中に残さない。PC等は電源を切って携行する。一般には禁止されていることですが、 空港で預ける荷物の中にPCを入れない。 機密情報やお客様情報は会社のオフィスで破棄し、携帯情報機器には残さない。ホテル等宿泊先のプリンターは使用しない。
といったような細かい注意点をご指摘いただきました。時には記憶媒体をどこに置いたか探し回っている自分としても大変耳の痛いお話でした。
以上お聞きしたことを基に、モバイル・オフィス構築に必要なこと(What)を私なりに一般論として纏めたもの(フレームワーク)が下図です。 この図はこのシリーズの「魚眼マンダラの作り方」(注6)に従って作成しました。
モバイル・オフィスの構築(フレームワーク)
上図をクリックするとPDFで見れます
上図の夢の枠内の赤文字が「目指すもの」、働き方の枠内の赤文字部分が「働く場所」、システムの枠内の赤文字が 「ルール」・ 「ツール」・「セキュリティ」」となります。上図を見ると今回のご講演は モバイル・オフィス化の狙いとそれを実現するための「ルール」つくりとそのための「ツール」の説明であり、モバイル・オフィスの実現には他にもいろいろな立場から検討 しなければいけないことが解ります。
この図にあるように、社員は上図の赤枠部分(右下)の方から全体を見た自分のワークスタイルを設計する必要がありますし、 ワークスタイルを企画する人は個人としての赤枠部分の現状を確認するだけでなく上図の青枠部分(左上)について情報を集めながら 黒枠部分(左下から右上へ)を設計し実行に移す役割を果すことになります。ただ上図はあくまでもフレームワーク図です。お使いになる方はこの図を参考に (詳細はこの図をクリックすればPDFで見れます)、自分と自社の魚眼マンダラ図を作成して、自分や自社にとって働き甲斐のある最適の会社生活を計画していただければと 思います。
こうして、モバイル・オフィスを構築すると、会社情報や個人情報のみならず関連した人々とのつながり情報まで、いつのまにかシステムに蓄積され始めます。その結果、 いったんこれらの情報が悪意ある誰かの手に渡ると自分になり替わった第三者が自分自身のみならず自分の知り合いに被害を与えるだけでなく次々と知り合いの知り合いにまで、 悪影響が伝わっていくことになります。
そのようなことを考えていた時、2015年7月29日の朝日新聞に慶応義塾大学の土屋大洋教授の「果てしないサイバー攻撃」という記事の中に次のようなことが記されていました。 サイバー攻撃の目的は大きく変化した「インターネットが普及した当初、サイバー攻撃といえばホームページの書き換えやコンピューターウイルスの作成など、示威行動や愉快犯的 なものが中心でした。それが変わるのは2007年、エストニアへの攻撃からです。」と世界各地のサーバーの乗っ取り・遠隔操 作が行われ、密かに情報を盗み出すための攻撃が 主流になってきたこと。さらにこのような事を仕掛ける「第1のグループはネット技術に長けた若者たち。第2のグループ経済的な利益を狙うグループ・・・第3のグループは 各国の軍事組織・・・第4のグループは各国のスパイです。」との記述がありました。このような状況では世界的なサイバー攻撃禁止の「ルール化」も困難だとしています。 そして「国家間の交渉が進まないからこそ、技術者たちの交流で信頼情勢の土台を築くことが必要で はないでしょうか」と言っていますが、どうなることでしょう。軍事目的の 場合を除いても、小さなチームでもシステムを立ち上げられるネットワーク社会です。いつなんどき誰がセキュリティの破壊行為をやるかもわかりません。結局絶対的なセキュリティの 確保は無理と考えるしかなさそうです。すべてのIT開発を監視しIT開発の自由を制限することができないとすれば、悲しいことですが、緊急時には自動的に機密事項とか人の安全に 関わる情報はネットワークシステムから切り離す仕組みを組み込まなくてはいけません。この機能が働いた時にはモバイルオフィスは機能しなくなりますが停電と同じように あきらめるしかありません。それでも一度漏れてしまった情報は、取り戻すことはできないでしょうから、漏れた情報の種類によってはかなりの人の生命が危機に見舞われることは 覚悟しなくてはいけません。マイナンバー制度の導入などはこのような人達が活躍するための大きな動機づけになるはずです。それだけにアントレプレ ナーのビジネスチャンスでも あります。
その上、個々人の住居環境と同じように、個々人のデジタル環境では、ネットワーク・利用しているクラウドサービス・使用機器等の組み合わせはそれぞれ違い、標準化若しくは 規格化はできそうにありません。もしそれができれば攻撃するグループのターゲットは明確になり破壊者の生産性はあがってしまいます。これからは、会社等の組織から素晴らしい 「ルール」や「ツール」が提供されるとしても、不足部分は自分自身の「ルール」や「ツール」に従って(自分の責任で)、自分のための 「データや情報」を守れるように準備し、自分自身のデジタル資産を守る時代になっているのを感じました。
注1)「プレゼンテーションをビジュアルに」については http://www.o-fsi.kanazawa- u.ac.jp/about/vbl/information/seryou%27s-support/post-93/) をご参照ください。
注2)IBMビジネス・コンダクト・ガイドラインについてはhttp://www.ibm.com/jp/ibm/bcg/をご参照ください。英文は ttp://www.ibm.com/investor/att/pdf/BCG2014.pdf
注3)IBM ソーシャル・コンピューティング・ガイドラインについてはhttp: //www.ibm.com/ibm/jp/company/social/scg.htmlをご参照ください。その他のIBM Policiesについてはhttp: //www.ibm.com/ibm/responsibility/ibm_policies.shtml#diversityをご参照ください。
注4)IBM Connectionsについてはhttp://www-03.ibm.com/software/products/ja/connをご参照ください。
注5)IBM Versについてはhttp://www.ibm.com/social-business/jp/ja/newway/をご参照下さい。
注6)「魚眼マンダラの作り方」については(http://www.o-fsi.kanazawa- u.ac.jp/about/vbl/information/seryou%27s-support/post-46/をご参照ください。
2015/8/3
文責 瀬領浩一