本シリーズの108回「変化する環境での働き方改革」ではサイボウズ株式会社(以後サイボウズと略す)主催のセミナーに関する報告を行いました(瀬領(2016))。また経営情報学会の「組織のダイナミズム研究委員会」のメンバーとして2017年3月の経営情報学会で「サイボウズに見る組織のダイナミズム」の報告を行いました。今回これまでの活動結果をまとめてAmazonから電子書籍「組織のダイナミズム-幸せな組織を求めて-」として出版し、私は第7章(ベンチャー企業の「成功マンダラ」)を担当しました。本報では、この電子書籍の概要と、第7章の起業の際に考える必要がある「成功のマンダラ」の概要について報告いたします。
「働き方改革」の目的は競争力のある商品を提供する能力を身に着け、その企業の職に就いて働いていくことに幸せを感じ未来に夢や希望を持てるようにすることです。人口減少社会にあって将来にわたって日本の労働力を確保するためのではないとの前提でこの本は書かれています。この本の概要は、経営情報学会のメルマガ『組織のダイナミズム』出版記念講演会(2017年11月22日開催)の案内に以下のように紹介されています。
働き方改革というと、週休3日制、残業時間の短縮、テレワーク、ワークライフバランス、副業などといった制度面の言葉がクローズアップされる。働き方改革への積極的な取り組みは企業のブランド力となり優秀な人材を集める効果もある。働き方を改革することで低いと言われている日本の企業の生産性向上にもつながると期待されてもいる。しかし、「働き方改革」は、そんな外面的は体裁を繕いさえすれば良いというだけのことなのか?人口減少社会にあって将来にわたって日本の労働力を確保するための「働き方改革」ではなく、その目指すゴールは、本来、競争力のある商品を提供する能力を身に着け、かつ、その企業の職に就いて働いていくことに幸せを感じ未来に夢や希望を持てるようにすることではないのか?そして、そうした取り組みこそが、雇用を増やし、デフレマインドの根底にある将来への不安を払拭して経済を再生させる効果的な手立てではないのか?組織のダイナミズムを研究する視点として、著者らは、「働き方改革」の先進事例として注目を集めているサイボウズ株式会社の社長室、開発部門、マーケティング部門、ブランディング部門、営業部門、パートナー企業等へのインタビューを行い、「働き方改革」の真実の姿をあぶりだした。サイボウズ株式会社は、多様性(100人100様であること)、公明正大、自立を基本思想とし、ウルトラ自由というコンセプトで選択型人事制度、育児・介護休業制度、副業、定年制の廃止、部活動支援制度、人事部感動課、市場性で決まる給与などの制度改革にいち早く取り組んでいる企業である。同社はまた、チームワークあふれる社会を作り、世界一のグループウェア企業になることを目指している。グループウェアはテレワークを実現するための情報基盤の一つでもあるが、同社は、事実と解釈を分けて考える組織文化を醸成し、問題解決メソッドを独自に開発して、グループウェアを効果的に活用するためのノウハウを顧客に提供している。以下の章構成が示すように、本書は、サイボウズ株式会社における「働き方改革」の現場の声をレポートしたものではない。同社の「働き方改革」への取り組みを多面的視点から分析して、『世界一』を目指す企業の強さの源泉を解き明かし、日本が目指すべき「働き方改革」とは何かを提言している。
組織のダイナミズムを研究する視点として、著者らは、「働き方改革」の先進事例として注目を集めているサイボウズの社長室、開発部門、マーケティング部門、ブランディング部門、営業部門、パートナー企業等へのインタビューを行い、「働き方改革」の真実の姿をあぶり出そうとしました。調査対象としたサイボウズは、多様性(100人100様であること)、公明正大、自立を基本思想とし、ウルトラ自由というコンセプトで選択型人事制度、育児・介護休業制度、副業、定年制の廃止、部活動支援制度、人事部感動課、市場性で決まる給与などの制度改革にいち早く取り組んでいる企業です。同社は今や、チームワークあふれる社会を作り、世界一のグループウェア企業になることを目指しています。グループウェアはテレワークを実現するための情報基盤の一つでもありますが、同社は、事実と解釈を分けて考える組織文化を醸成し、問題解決メソッドを独自に開発して、グループウェアを効果的に活用するためのノウハウを顧客に提供しています。
以下の章構成が示すように、『組織のダイナミズム』は、サイボウズにおける「働き方改革」の現場の声をレポートしたものではありません。同社の「働き方改革」への取り組みを多面的視点から分析して、『世界一』を目指す企業の強さの源泉を解き明かし、日本が目指すべき「働き方改革」とは何かを提言しています。
第1章 企業成長の軌跡
サイボウズの成長過程について、財務等データ分析や関連理論などから、その成長要因を探究する。
第2章 サイボウズの多様性とチームワーク
組織の多様性をどのように維持しながらチームワークを発揮できるのかを組織心理学の視点から検証する
第3章 多様化する組織における競争優位性の確立
競争優位性の確立について組織学習の視点から深堀する
第4章 社内SNSによる情報共有・知識創造
組織内の意思疎通、知識創造について深堀する
第5章 サイボウズにおける組織的意思決定と組織学習
コミュニティ・オブ・プラックティスの意思決定を深堀する
第6章 CoPから観たサイボウズ流組織文化の醸成
コミュニティ・オブ・プラックティスの組織文化醸成を深堀する
第7章 ベンチャー企業の「成功マンダラ」
パートナー企業との協業の成功モデルについて深堀する
第7章で筆者が報告した企業は、kintoneを有効に使っているNKアグリ株式会社(以下NKアグリと略す)です。NKアグリはノーリツ鋼機株式会社(以下ノーリツ鋼機と略す)が100%出資のコーポレートベンチャーとして2009年に社員7人で設立した会社です(ノーリツ鋼機、2016)。親会社のノーリツ鋼機は1965年に写真現像機を発明した製造会社として設立され、世界のトップレベルにまで発展してきたが、その後のカメラのデジタル化の流れの中で、アナログ写真の印刷処理の需要が少なくなってきたため、新しい事業分野として選ばれた5つの事業分野の一つ「食」の分野を担当する会社です。本業であった写真印刷分野はNKワークス株式会社として運営されてきたが2016年にノーリツプレシジョンに改名され2016年に分離されライフスタイル・ジャパン投資組合に売却されました。こうしてノーリツ鋼機は新事業中心の会社として運営され、終身雇用時代の終わり告げるイノベーション時代の典型的事業運営が行われています。
NKアグリの目指すところは安全で安心して食べられる野菜を食べたい人に対して、研究開発といった知財戦略や産地連合による他社との差別化に加え、クループ内の迅速な情報交換やオープンで柔軟な対応を可能とするプロセスによる差別化を図りながら、人々が健やかな暮らしを育むための食を提供することです。これはこれまで働いていた親会社でやってきた写真現像機とは全く違った業種であり、過去に蓄積してきた業種固有の専門知識は役にたちません。会社設立時に選ばれた社員は、これからの時代変化に対応して新しい仕組みを作りながらそれに挑戦出来る人です(変化対応のためのIT 利用は常識の世代)。現在のNKアグリは、図表1の中程にあるように植物工場を抱える生産部、それを販売する営業部、研究開発を司る開発部の4部門からなっています。
NKアグリの従業員は12名の社員に加え植物工場でパートとして働く60名です(2016年4月のインタビュー時点)。直営の植物工場ではサラダ「AQUA Leafシリーズ」(主にレタス)を生産し、「AQUA Garden シリーズ」のほうれん草・水菜を1法人が生産しており、「カラダが恋する野菜シリーズ」の「こいくれない」人参は約50人の生産者が提携生産しています(窪田、2017)。
植物工場で生産されたものと連携企業で生産されたものの売上比率はほぼ半々となっています。図表1の上部2つの枠の間が示すように、こうして生産された「AQUAシリーズ」は量販店を経由してユーザーの手に渡ります(NKアグリホームページ)。
図表1中程にあるようにNKアグリの組織構造は、「PTC Forum Japan 2016」の基調講演でポーターが「新しい組織形態」に追加されるべき機能として提案している「統合型データ部門、開発運用部門、顧客成約管理部門」とよく似ています(ポーター、ヘプルマン、2015)。ただしベンチャー企業であるが故に既存組織部分はほとんど有りません。さらに、ポーターがソフトウェア業界で効果のあった5つの取り組みとして取り上げている「①製品開発サイクルを短縮する、②製品をサービス化する、③解析を競争優位の源泉にする、④顧客の成功を重視する、⑤製品をシステムの一部と位置づける」といった活動を行っている会社です (ポーター、ヘプルマン、2015) 。まさにくるべき社会に適応出来る組織宝蔵となっていると言えます。
同社の、食を提供するための基本設備は植物工場と連携企業ですが、それらを有効に活用するためにkintoneという「コミュニケーションツール」を採用しました。そして2014年に図表2にあるようなシステムを専門家ではない業務担当者がICTの自分たちの使うアプリ(報告画面)を3ヶ月で開発しました。
KintoneはICTの専門家がいなくてもユーザー部門の担当者でも適用業務開発や変更が可能なツールであり、今でも社内にはICT 部門は無くICTの 専門家もいません。その上kintoneによって開発された業務はベンチャー企業のビジネスモデルとして推奨されている9セグメント(価値提案、顧客セグメント、問題点、人脈・生産・流通チャネル、主要 指標、他社との差別化、主な活動、コスト構造、収益の流れ)の全てに渡って使われていることもわかります。
NKアグリおよびのそこでのkintone導入についての情報はNKアグリ・サイボウズのホームページやNKアグリの三原社長発表の資料(三原、2015)等を調査し、その後三原社長にインタビューの機会を得て、調査結果の確認と不明部分の質問を行って整理したものです。
親会社で旧分野からの撤退と新分野への進出を経験したNKアグリの従業員はマルチステージライフ(グラットン(2016))の「移行期間」と「インデペンデント・プロデューサ」の2つのステージを体験することとなった人達です。このような人達にとっては新しい業務のありかたを検討・決定し、システムを開発する経験はご自身の生産性資産・変身資産・活力資産(グラットン(2016))を蓄積する絶好の機会となります。その結果、今後の働きかたの新しい可能性を増やすこととなり、大いに「やる気を誘う」ことになりました。
図表3はこのシリーズの105回の主体的に未来を築くでも述べた、グラットンが提案しているの「Work Shift」と「Life Shift」の考え方を私なりにマンダラ風にならべ直し、これからの時代に必要な、環境変化に対応する方法をまとめたものです。この図の赤枠の部分がこれまでの日本の企業があまり対応してこなかった部分ですが、ベンチャー企業に参加することによって重要性を経験できました。このような貴重な体験をできたことが、新しい時代を生きていく自信につながるはずです(我々は新しい時代の変化への対応ができた)。
こうした「場の提供」、「ツールを用意」と「やる気を誘う」の3つが揃ったことが、
1. 2015年1月の植物工場の販売ロス 0.04%
2. 社内コミュニケーションのルーチン化
3. 製品品質の向上
4. 販売期間の延長
5. ビジネスプロセスの即時変更と品質向上
といった「成果」を生んだものと考えられます。詳細はこの電子書籍の7章に述べていますが、これらを纏めたのが図表4の「成功のマンダラ」です。
そして、この図表4の9要素(9つの枠の内容)はこれまで自業家思考図もしくは起業家思考図の「狙い(What)」の記入例として使ってきたモノづくりとココロづくりのマンダラの9要素とも同じです。違いは図表4の成功のマンダラで記入されていた「場の提供・ツールの用意・やる気を起こす・成果が上がる」の4つの検討軸(思考軸)がそれぞれ「空間・仕組み・仕掛・時間」と変わっていることです。
本報告で調査したNK アグリは、テクノロジーの進化により従来の事業からの転身を図ったコーポレートベンチャー企業です。このような企業では新しいビジネス目標を設定し、常に実施結果を評価し、柔軟に方向転換を図る必要があります。
同様なことは過去にもありました。図表5にあるように、「農業革命」から「日本の戦後の復興期」に至るまでの間でも、活動の場作り、ツールを用意する、やる気を誘うことによって成果を上げてきたわけです。
これからの時代は、テクノロジーの進化・長寿化・グローバル化・環境問題・政治社会といった企業環境の変化が予想される時代であり、今はこのような時代に対応する何らかの対策が必要です。この時には、組織形態にかかわらず「成功マンダラ」のフレームワークで、環境との整合性がとれるように自分の新しいやり方をえらび、実行すること(着眼大局着小局)を検討するのに役立つのではと考え報告しました。
またこの事例はコーポレートベンチャーの例であるから成功したのかもしれません。たまたま今回は元の会社に残った多くの人達のいる組織の方が売却されたが、往々にして元の会社に残る方を選ぶ人も多そうです。そのためこれが一般の分社の場合には、新しいことに挑戦出来る人材を集めることが出来るのかどうかも疑わしい。それでも、新しいことをやるには少々リスクはあっても、少数精鋭で始めたなくてはいけないという事例のように見えます。
さらにインタビューの中でNK アグリの三原社長の「私は何も現行システムにこだわるつもりはない、いいものがあればどんどん取り入れる」といっています。この言葉から、三原社長の起業家としての挑戦する意気込みを感じ、更なる会社の変容と発展を感じさせられ、リーダーのアントレプレナー意識の重要性を感じた次第です。そのような忙しい中、私どものインタビューにご出席頂き貴重なお話をいただきありがとうございました。
最後に、今回出版した電子書籍『組織のダイナミズム:幸せな組織を求めて』では「人生100年時代」の経営者が考慮すべき組織上の問題とそれ についてのいろいろな考察が述べられています。ご興味ある方はご一読して頂ければ幸いです。
NKアグリ,http://www.nk-agri.co.jp/,(2017.2.11 アクセス).
ノーリツ鋼機,http://www.noritsu.co.jp/,(最終アクセス2016.12.27).
ポーター(M.E.Porter),ヘプルマン(J.E.Heppelmann),有賀裕子訳,「IoT時代の製造業」,『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』2016年1月号.
グラットン(L. Gratton),アンドリュー(S.Andrew),池村千秋訳,『LIFE SHIIFT』,東洋経済新聞社,2016.
窪田新之助,「IoTが可能にした「フランチャイズ型」農業」,『Wedge』第29巻第11号,2017年11月号.
瀬領浩一,「変化する環境での働き方改革」,https://o-fsi.w3.kanazawa- u.ac.jp/about/vbl/vbl6/post/108.html, (2017.8.16 アクセス).
瀬領浩一,「主体的に未来を開く」,https://o-fsi.w3.kanazawa- u.ac.jp/about/vbl/vbl6/post/105.html, (2017.8.16 アクセス).
三原洋一,「農業分野でのICT利用について」, http://www.soumu.go.jp/main_content/000343784.pdf ,(2017.5.29 アクセス).