126.持続する「やる気」をいかに引き出すか

持続する「やる気」をいかに引き出すか


- モチベーション3.0 -

はじめに

 私が参加している「あ・そうかい」はアクティブシニアが自主的に参加している会です。参加者は自分の持つ強みを出し合いながら、楽しんでいます。会員約60名のうち約半数は、月1回の定例会に参加し、意見を取り交わしています。さらにメンバーの多くは約15個の分科会のいくつかに参加し、それぞれの好みに合ったことをやっています。どうしてこの人たちはどうしてこのようにやる気を持ち続けているのかと思っているとき、面白い本を見つけました。本のタイトルは、『モチベーション3.0持続する「やる気!」をいかに引き出すか』です。この本はモチベーションを引き出す原理の歴史の説明とともに、個人、社会人、組織の管理者、子供を育てる親 等その人の立場によってその使い方を説明しています。

 今回は個人の立場とで「モチベーション」を整理し、それにどのように対応するべきかの提案をまとめました。

1 モチベーションマンダラ

 『モチベーション3.0持続する「やる気!」の訳者大前研一氏のまえがきによると、原本のタイトルは 「Drive The Surprising Truth about What Motivates Us」,2009でDriveは「やる気」という意味だそうです。この本の訳されたころの日本の経済は1991年から2002年までの失われた10年が終わりさらに失われた20年といわれる時代に突入していた時代です。この時代はそれ以前の数十年と比べると、実質賃金は上がらないし、市場は伸びないといった会社の将来に不安が広がっていた時代でした。

 この本に書かれていることを、このシリーズの「魚眼マンダラの作り方」を参考に整理したのが図表1のモチベーションマンダラです。

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図表1 モチベーションマンダラ
出典 ダニエル・ピンク、『モチベーション3.0持続する 「やる気!」をいかに引き出すか』講談社、2010の目次を参照して作成

 この図の青枠部分は外部に関係する項目、黒枠は活動の時間的変化、赤枠は個人に関係する項目を表しています。

 以下この中のいくつかの項目について説明させていただきます。

2 モチベーションの3段階

 ダニエル・ピンクはモチベーションを、図表2のように時代とともに3段階に分類しています。

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図表2 モチベーションの3段階
出典 ダニエル・ピンク、『モチベーション3.0持続する 「やる気!」をいかに引き出すか』講談社、2010、p31を参照して作成

2.1 モチベーション1.0

 モチベーション1.0は農業を基本とする時代のモチベーションです。農業が始まったころ、自然災害や他の動物からの攻撃を避け、生き残るために周りの人と互いに(共同体として)協力し始めた時のモチベーション。基本は生物として生き残るためですから、それほど複雑ではなかったと思われます。

2.2 モチベーション2.0

 工業が始まり、複数の人間が集まって仕事が行う時代のモチベーションです。組織が大きくなるにつれて、複雑になってきた組織の統合に使われたのか「報酬と罰則」です。たとえば期限までに目標を達成した人には追加の報酬を与え、期限までに目標を達成できないことが続く人は他部門へ移動といった罰則を与えるようなルールです。「追加の報酬が得られれば人は喜びを感じて仕事に精を出し、目標を達成できない場合にはどうすれば良いかを工夫するだろう」と言うのが前提です。簡単に言えば「アメとムチによる外発的動機付」です。

2.3 モチベーション3.0

 ある活動に対して外的な報酬として金銭(外発的報酬)を与えると、人はその活動自体から興味(内発的報酬)を失うことが分かり、外発的報酬がない時は成果を下げてしまうことがわかりました。こうした、活動に興味を持つ必要がある場合には、外発的報酬より内発的報酬が重要であることがわかりました。このような動機付けをモチベーション3.0としています。プログラムを書いたり、芸術作品を作ったり、新製品の開発、お客様の興味をそそるサービスの提供といった活動では、モチベーション3.0が重要となります。

3 なぜ、アメとムチがうまくいかなくなったのか

 20世紀後半までの工業社会から21世紀の情報社会になるにつれて、それまでのモチベーション2.0が保てなくなる事態が発生してきました。

交換条件付き報酬は、自律性を失わせる
 アメとムチすなわち信賞必罰とは手柄のあった者には必ず賞を与え、あやまちを犯した者は必ず罰すること(デジタル大辞典、アクセス2019/09/10)です。こうして情実にとらわれず賞罰を厳正に行うことこれまで、楽しみでやっていたことが、お金を貰えることを体験すると(交換条件付きの報酬)、同じことを楽しみでやる動機付けが減ってしまうからです。(すなわち楽しみが減る,内なるモチベーショが減る)そのうえ給与の高い人に、高い成果に見合う報酬を払い続けると、費用が掛かるようになりペイしないようになる可能性もあります。高い報酬を減らすと動機付けが低下し、クリエィティビティが下がり、 先端的研究が進まなくなります。ということで、モチベーションに関する科学的な理解をしたうえで行動を起こすことが重要となります。

望まないことを実行するようになる
 新聞記事に見るように報酬を多くもらいたいばかりに、与えられた目標を達成したことにする倫理に反する行動を助長することもあるし、報酬をもらうことになれると報酬がない時は何もしないことも発生します。
 さらに短絡的にものを見ることになり長期的視野がおろそかになりがちになります。

 このように「アメとムチ」には図表3のような欠陥があるとのことです。

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図表3アメとムチの欠陥
出典 ダニエル・ピンク、『モチベーション3.0持続する「やる気!」をいかに引き出すか』講談社、2010、93を参照して作成)

 ただ、アメとムチに欠点があるとはいえ、完全にお払い箱にすべきだというわけではありません。
たとえば型どおりの決まった仕事に対する取り組みの場合は、その作業が必要だという論理的な根拠を示し、その作業が退屈であることを認めたうえで、参加 者がやることができる場合は有効です。
非ルーチンで創造的仕事への報酬を、称賛やポジティブなフィードバックの付いた具体的でない報酬とか、フィードバック情報や可能性を与える動機付けとする交換条件付きでない予期せぬ報酬に制限するといった場合も有効です。

4 タイプI(IX理論)

 ダニエル・ピンクはマグレガーのXY理論に対してIY理論を提唱しています。マグレガーのX理論は「人間は本来なまけたがる生き物で、 責任をとりたがらず、放っておくと仕事をしなくなる」という考え方です。この場合、命令や強制で管理し、目標が達成できなければ懲罰といった、「アメとムチ」による経営手法となります。これに対してY理論は「人間は本来進んで働きたがる生き物で、自己実現のために自ら行動し、進んで問題解決をする」という考え方です。 この場合、労働者の自主性を尊重する経営手法となり、労働者が高次元欲求を持っている場合有効である。と主張しています(Wikipediaアクセス  2019)。ピンクはこのYの部分をIに置き換えIX理論として展開しています。

 タイプIにとって主な動機付けは、活動における自主性、やりが い、目的で、タイプXにとっての主な報酬は外的報酬なります。こうしてタイプXが外発的(extrinsic)動機付けで、モチベーション2.0のOSで あるのにたいして、タイプⅠは以下に示すような内発的(intrinsic) 動機付けと位置付けられます。

タイプIの特徴は生まれながら備わっているのでなく、後天的に作ることができます。
タイプIは長期的には、ほとんどの場合タイプXをしのぐ成果を上げるが、短期的にはそうではありません。
タイプIは、金銭や他者からの評価を軽視しているわけではないが、どちらも「基本的ラインを超えている」必要があります。
タイプIの行動は、容易に補充でき、無償でもその資源を使える再生可能な資源です。
タイプIの行動は、肉体的にも精神的にも大いに満足できる状態をもたらします。

 最近は、ファイアーフォックス、リナックス、アパッチのように、大勢のプログラマーが作り、無償で改正し、優秀な従業員が開発したソフトウエアが主流を占めることも始まりました。このようなプロジェクトに参加すればその人の評判が上がるというのも内発的動機付であり、タイプIです。

 こうして、ユーザーの満足感を向上させることを第一目標とした仕組みや商品は喜ばれ、無償で行うことを基本としているため、コストも安く提供される可能性があります。こうして従来の利益第一主義で作られた商品より、ユーザーに好まれる状況が発生してきたわけです。

 現在の事業形態には外発的に動機付けられた利益だけを最大化しようとしているわけでなく、内発的動機付けられた目的も最大化しようとするものがで てきました。我々は経済ロボットのように、利益だけが最大となる選択をしていません。事業の将来に不安を感じておれば、儲けが少々大きくても投資しないのが普通となりました。こうして、他人に指示され型にはまった方法でこなせる仕事はこれからAIやネットワークにつながったロボットに移行していく時代が始まりました(小品種多量生産は徐々に自動化もしくはロボット化していくわけです)。

5 モチベーション3.0 の要素

 こうして、今後人がやる仕事は徐々にモチベーション3.0を持った人間を前提としたものになりそうです。
基準を超えた動機付けを持った人になるためには、パフォーマンスと達成感得るために図表4.に示す「自律性」、「熟達」、「目的」の3要素に焦点を当てた活動が重要となります。

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図表4 モチベーション3.0の3つの要素
出典 ダニエル・ピンク、『モチベーション3.0持続する 「やる気!」をいかに引き出すか』講談社、2010、123を参照し作成

5-1 自律性

 21世紀は、「優れたマネジメント」など求めていません。マネジメントするのではなく、子どもの頃にはあった人間の先天的な能力、すな わち「自己決定」の復活が必要となります。 すなわち自由に好きなように仕事をするということです。

 このような時代に、社員が辞めないためには、既定時間までに目標を達成する必要はあるが、好きな時間に出社し自分のなすべき仕事をすればよい。ただし基本的な報酬ライン(家族を養い生活できる程度)を超えていることは必要条件です。このようなことができる人がプレーヤーであり、言われた通りやっている人は駒 となります。また、従来の権限移譲は組織に権利があってその一部を、授業員に分けてあげるという考え方で、自律ではありません。

以下にはこのような自律性を持つべき4つの行動の基本要素が挙げます。

課題(Task)は、自分のやることであり、自分でやりたいことを決められる自由があることである。例えば20%ルール。 

時間(Time)についても毎日のスケジュールを決めるすなわち。これまでの請負型のプログラム開発や弁護士の場合はその時間によって価格が決まるため、自 由に時間を割り当てられない。今後は自分が必要と考えることに自分のすきな割合で時間を使うことができることです。このようなやり方は小説家が小説を書く 時の行動や、陶芸家の作品を作る時の様子、スポーツマンの練習を思い浮かべれば容易に理解できます。

手法(Technique)は仕事での やり方や質問に答えるときには使う資料のように決まっていることが多いが、時には自分で決めた納得できる資料のでもよい(ただし間違えた答えを出すと事 件になりかねないので普段から注意し、自分で決められる能力をつけておく必要がある)。

チーム(Team) は、普段ともに仕事をする人を自分で決れるということです。

5-2 熟達(マスタリー)

 熟達とは何か価値のあることを上達させたいという欲求です。職場や学校では過剰に従順な態度を求められ、エンゲージメントはほとんど求められてきませんでした。注1)前者の従順な態度でも、その日一日をかろうじて乗り切れるかもしれないが、後者エンゲージメントがなければ翌日も頑張るという気力は沸かないだろう。すなわち熟達の狙いは次のことを達成することです。

もっとよい生き方を求めて
従順から積極的な関与へ
フローは魂にとって酸素である。注2)

 熟達の3原則は次の3つです。

熟達はマインドセット(心の持ち方)である:熟達を獲得するには、フローが大切である 自己目的的経験では活動自体が報酬である。フローとは人生最高の経験のことです。フロー体験は1瞬の体験ですが、熟達はそれが積み重なった学習目標です。
熟達は苦痛である:長期目標を達成するための忍耐力と情熱である。それゆえにさらに上へと目標を上げ苦痛をもたらします。
熟達は漸近線である:決してそれに到達できません。どこかでその目標値が上がらなくなる漸近線目標です。

5-3 目的 

 図表4の右下の部分は熟達する目的です。

 人生の意義が問われる時代の目的の追求は人間の本質です。その本質が人口統計上例のない規模で、そして最近までほとんど想像できなかった規模で、姿を現しているところです。その結果、企業が活性化され、世界が再編される可能性があります。 今や人生の意義が問われる時代であり。下記のように目的も明確にしておく必要があります。

目標(Goals) 従来のように利益を最大にすることだけを目的にするのではなく、社会的利益(例えば慈善事業)も目的とする。すなわち顧客を慈善家に変えるといった目標も ある。

言葉(Words) 目的を表現するのに、利益、価値のようなものだけでなく、名誉や美しい、おいしいといった人間味あふれる言葉を追加することにより、行動を自然と変える。

指針(Policies) 企業が語る言葉と企業が求める目標のあいだには、前者を後者に変換するための指針が存在する必要がある。 この時に、従来のようにほから文句の言われないために使用する表現を使ってはいけない。

 こうして自律性と目的を自分達で決めて、各人がそれぞれ納得できる、熟達(マスタリー)を達成するごとが重要です。

6 タイプIのツールキット

 モチベーション3.0の概要が理解できたら、それを利用する方法をまとめたのがツールキットです。個人用ツールキット、組織用ツールキット、報酬の禅的技法、保護者や教育者向けツールキット等いろいろなことが書かれていますので、これまでにまとめた部分も含めて図表5のモチベーションマンダラ詳細にまとめました。これは図表1モチベーションマンダラをさらに詳細にしたもので、今回の総まとめに近い図です(1枚ベストA3ベターの図です)。


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図5 モチベーションまんだらマンダラ詳細 
出典 ダニエル・ピンク、『モチベーション3.0持続する 「やる気!」をいかに引き出すか』講談社、2010を参照して作成

図面をクリックすると拡大図が見られます。

6-1現状から未来に向けて

 図表5の左下から右上に向かっている楕円の部分がモチベーション1.0から3.0に至る道です。図表5の左下がモチベーション1.0からモチベーション2.0に至るまでの現状です。これから右上のモチベ―ション3.0の未来に向かっていく わけです。今やるべきことは、真ん中の熟達のための活動です。熟達は良い生き方を求めて、これまでの従順な活動から積極的に社会と交わっていくこ とが必要です。この作業はマインドセット(心の持ち方)を構築することであり、簡単ではありません。時には周りの人との合意を得るための苦痛を伴うこともあります。さらに最初は順調にいっているように見えても後半に至ると徐々に漸近線に近づき進み具合が遅くなる傾向があります。

6-2 個人用ツールキット

 用途に合わせて、モチベーション3.0の3つの要素に挙げたことを実現するために用意した活動手法がツールキットです。いくつも種類が ありますが、図表5右中の枠にあるモチベーションを目覚めさせるための個人用ツールキットの例を以下にまとめました。

「フローテスト」を受けてみる
  今までにどんな時にフローを生み出していたか、1日のなかでフローを生み出しやすい時間帯はあるか、あるとすればその時に合わせた1日の予定 は作れる。最適経験をもっと増やすにはどうすればいいか、仕事やキャリアは内発的動機付けと整合しているかを調べる。
そのためにまず大きな問いかけをする
  大きな質問:自分を一言で表す文章で表現する
次に、小さな質問を問い続ける
 昨日より今日は進歩したことがわかることは何か
 毎月自分自身の勤務評定を行う
 小さな目標の成果は大きな目標の成果に関連しているか、率直に評価する。
1年位の長期休暇を取る
  ザグマイスターは7年ごとに1年間の長期休暇を取り、この期間を利用して、旅に出たり、新しい土地で生活したり、新しい企画を試みることを薦めています。
月自分自身の勤務評定を行う
オブリーク・ストラテジーズで行き詰まりから抜け出す
  オブリークの作成し販売している100個の質問に答える
熟達へ近づく次の5つのステップ
  意図的な訓練には、実力を上げるという1つの目的しかない
  ともかく反復する
  批判的なフィードバックを絶えず求める
  改善すべき点に焦点を合わせる
  精神的疲労を覚悟して訓練を実施する
ウェバーに倣い、カードを使う
  「毎朝自分を目覚めさせるものは何だろうか?」の質問の答えを書く
  その裏に「夜、自分を眠れなくさせるものは何だろうか?」の答えを書く
  これを自分が受け入れられる答えができるまで取り組む
  この答えが、自分にとってまだ真実かどうか、時折確認し、もし片方もしくは両方の答えがいらなくなったら今後どうするか、新たな問いを投げかける時だ。  Rules of Thumb 『魂を売らずに成功する』英治出版参照
自分用のモチペーショナルーポスターを作る

 このツールキットにはよく意味が分からないものもありますが、これらはあくまでも例として参考にし、自分用は自分の立場に合ったものを 組み合わせて作成します。

 ここまで、ダニエル・ピンク、『モチベーション3.0持続する「やる気!」をいかに引き出すか』講談社、2010を読んで感じたことをまとめました。その中心は、モチベーション3.0の3要素、自律性、熟達、目的です。この3つは、どのようなケースにも応用できる汎用的な要素です。

7 今の日本にこのような考え方が適用できるか

 この本の原本は、アメリカで書かれたもので、これがそのまま、日本で適用できるかをチェックしました。戦後の高度成長時代に築かれた日本は大陸諸国に比べると国際的な人の移動は限られていました。

 太田肇氏は『「個人を幸福にしない日本の組織」、新潮社、2016』 において、日本の成長の阻害要因は、企業組織や政治組織にあると しており、それを変える必要があると述べています。

 「仕事そのものは明治時代の産業革命以来、100年以上続いた工業社会(高品質、低コスト、迅速さを求める)では大成功を収めた。そのモデルは欧米の先進的な 知識を取り入れ、それを日本風にアレンジすればよかった。このため個人には「読み書きそろばん」と知識の量、記憶力、静観のある問題を素早く説く能力。ま た集団の輪を乱さず組織と上司に忠実で、勤勉な人物が求められた。これらの能力や資質は、学歴や資格である程度判断でき、試験や面接でかなり正確に評価できた。・・・・が 1970年代に登場した産業用技術革新、そして90年代からのIT革命、更には近年の人口頭脳といった技術の発達は、それまで人間の行ってきた仕事を次々と奪っていくことになった」

 1980年から規制緩和、規制改革が唱えられ、さまざまな企業や業界団体による「官から民へ」「国は口を出すな」という掛け声とともに「小さな政府」つくりが進められてきた。規制緩和で自由になった企業は、金融、電気通信、電力、農業など 様々な分野に進出し、新しいビジネスモデルに沿ってユニークな経営を行うようになった。しかし規制緩和の恩恵を受け自由を謳歌するようになったのは企業であり、個々の社員にとって恩恵は少ないばかりか、逆に不利益をこうむることも多くなっている。

 たとえば、給与制度をはじめ退職金や年金など、転職すると不利な制度は昔のままだし、フレックスタイムや裁量労働、年金・在宅勤務といった自由な働き方それほどど普及していません。またトップから 事業部長や支店長などへの権限移譲は進む一方一般社員への権限移譲は進まず、彼らに与えられた裁量権や影響力は海外の企業に比べるとまだ小さい。このため顧客 や市場と 接する担当者レベルでは何も決められないと言っています。しかし、これらは組織や政治の課題であり、個人のモチベーションの問題ではないのでここでは細かい検討は致しませんが、図表5の左上の「組織用ツールキット」を考える時には、考慮すべき問題です。

7-1 日本の終身雇用について

 例えば、終身雇用については、この本が対象としているアメリカでは雇用に対する規制が緩く、雇用主が自由に採用、レイオフも容易である ため、イノベーション3.0に適合できない社員は解雇も可能ですが、日本では難しい状況です。 


 最近日本でも、柔軟な雇用が行えるように非正規雇用という方策をとることも可能になってきました。こうして今や会社の従業員の約4割弱が非正規雇用となっています(労働力調査―総務局統計局雇用形態別雇用者数、p21より)。

 同様な非正規雇用は、EU諸国ででも行われていますが、フランスは1981年、ドイツは1985年にフルタイム社員とパートタイム社員の均等待遇、つまり同 一労働同一賃金を法制化しています。欧州連合 (EU) では、1997年にパートタイム労働指令が発令されています(Wikipedia 2019/08/26アクセス)。
 このため個人の考え方に合わないとなれば退職し、自分の資質にあった企業の同一労働に再就職し実力の発揮が可能な仕組みとなっております。こうして国の全体の生産性は上がりやすい状況になっております。したがって、企業としてはそのような優秀な人材を生かせるような仕組みを考えざるを得ません。

 しかし、日本での非正規雇用は、モチベーションが重要となるプレーヤー業務ではなく、言われた仕事をひたすらこなす、駒的な仕事に集中しているように見受けられます。この人たちは、熟達からほど遠い仕事をしているようです。

 むしろ、これから必要なことは、非正規社員の正規化だけではなく、基本賃金は確保されるという前提で「非正規社員」に近いルールで「正規社員」を採用できることかもしれません。
 いずれにしてもこれらは図表5の左上の「組織用ツールキット」で取り扱う問題です。

7-2 家制度の崩壊

 これまでの家制度が崩れ、西欧風の夫婦1家族時代になりました。こうして家族の規模が小さくなるとともに住むところも離れてくると、自分で問題を解決できない場合は、ボランティア・近所の人・公共 団体・国に頼るようになって来そうです。これらは図表5の左中の「保護者や教育者用ツールキット」で取り扱う問題です。

7-3 名誉の分かち合い

 このような現状を反映して、太田肇氏は「お金より名誉のモチベーション論、東洋経済新報社、2007、p279」で次のように述べてい ます。

 わが国では組織の中で突出した成果をあげたり、卓越した能力を発揮したりすることによる<表の承認>より、序列を守り調和を保つことで消極的に認められる <裏の承認> が優勢です。
 そこで考えられたのが、「名誉の分かち合い」(承認の多元化)です。これにより、人々はだれでも、<表の承認>を得るチャンス が生まれました。その事例もいくつかあげられています。ただ、この方法はこれまで日本の自営業では自然と行われていました。このような伝統はこれからの世界で主張してよいかもしれません。図表5の左上の「組織用ツールキット」で取り扱う問題です。

7-4 閉鎖的会社からの脱出

 会社勤務時代に、リスクの高い新事業を始めるための準備期間は、成功確率を上げるために自部門の優秀な従業員を集めたいと考えましたが、その従業員が行って いた既存プロジェクトはどうしても運用能力が下がってしまいます。場合によってはそのプロジェクトを中止にせざるを得なくなるかもしれないというケースが よく発生しました。この時感じたことは、何をやるかを決めることも大切だが、普段から何をやめるかを考えておく方がもっと必要と感じました。

 現在なら新事業が成功したら、正規雇用にするという条件で非正規雇用も可能な時代です。こうして整理を予定している組織や部門から優秀もしくはやる気のある人材を集めることができます。ということは、現在の仕事に不満がある人は現在の仕事の合間に、世の中に役立ち(目的)自律性のある能力を獲得 (熟達)すれば、現在の状況から脱出できる可能があるということです。図表5の左上の「組織用ツールキット」で取り扱う問題ですが、その前提となる熟達の 確保は、基本は個人のツールキットで得るものです。言い換えれば現在の日本は閉鎖的というのは、駒の言うことであり、プレーヤーの言うことではないという ことになります。
 さらに駒の仕事は今後AI、ロボット、非正規雇用の社員に移行する恐れがあります。そんな状況を避けるためにはモチベーション3.0への対応を取った方がよさそうです。

おわりに

 以上、個人のモチベーションを中心にあげて、ダニエル・ピンク、『モチベーション3.0持続する「やる気!」をいかに引き出すか』と 太田肇、『個人を幸福にしない日本の組織』に書かれた情報をもとにモチベーション3.0が日本でも適用可能かをまとめました。
 その結果、企業、社会、政治、法律の問題があり、簡単に成果がでるとは思えませんが、少なくともダニエル・ピンクの言っている、モチベーション3.0の3つの要素(自律性、熟達、目的) は実行可能であることは分かりました。

 日本においては、終身雇用、定期昇給、年功序列、上位下達、国の法律といった環境条件を理由にモチベーション3.0を実行できない理由を上げるのではなく、まずはこの3つの要素(自律性、熟達、目的)を徹底的に活用して個 人のツールキット」を参考に、できることをできる形で実行し「自分のモチベーション3.0」を立ちあげるところから始めたらいかがでしょうか。この3つの要素(自律性、熟達、目的)は個人のモチベーションを上げるだけでなく、ベンチャー企業の基本要件も含んでいます。ベンチャー企業を狙う人もまずは、3つの要素(自律性、熟達、目的)を会得する活動をはじめ、その後自分の立場を 超えた外発的要因が追加になれば「組織のツールキット」や「保護者や教育者のツールキット」も適宜利用して、さらに高いグローバル・ネットワークやAIの 時代 にも対応できるモチベーション3.0のもとで作業をすればよさそうです。

 「あ・そうかい」の分科会も、ベンチャーになるかどうかは分かりませんが、いくつかは「あ・そうかい」以外の人にまで活動範囲を広げ始めています。

参考文献
ダニエル・ピンク、『Drive モチベーション3.0持続する「やる気!」をいかに引き出すか』講談社、2010
松尾豊「人口知能と倫理」_「人口知能学会・情報処理学会共同企画―第3部「技術紹介」-」、2016、p635
太田肇、「個人を幸福にしない日本の組織」、新潮社、2016
太田肇、ポスト工業社会の企業論:個人を組織から分離せよ_HBR2017、2017、p46
太田肇、お金より名誉のモチベーション論、東洋経済新報社、2007


注1) エンゲージメント(関与、絆)とは企業自体や商品やブランドなどに対する消費者の深い関係性のこと。 対象の消費者が各種のメディアを通して触れるコンテンツや広告メッセージにより、特定の企業(コンテンツ・商品・ブランド)に対して、高いロイヤルティー や好感度を感じ、消費者の積極的な関与や行動が伴うなど、強い絆で結びついている状態の事をいう。
注2)フロー(英: Flow)とは、人間がそのときしていることに、完全に浸り、精力的に集中している感覚に特徴づけられ、完全にのめり込んでいて、その過程が活発さにおい て成功しているような活動における、精神的な状態をいう。(Wikipedia アクセス20190910)

2019/09/17
文責 瀬領 浩一