人と地域のWEBマガジン ISHIKAWA DRAWER

Makoto IigaiHeadmaster of cramming school "Tabito Gakusha"

飯貝誠タビト學舎代表

その扉の向こうに、社会と世界と加賀がある。

Person

#10

2019.06.13

塾舎の一角。世界旅行中に手に入れた民芸品などが飾られています。建物も含め、聞いてみたいことがどんどん出てきます。

 

塾、そして塾。

帰国後は石川に戻りましたが、地元にあまり良いイメージがなかったので、人づてに教えてもらいながらここではないどこかよその移住先を探していました。中でも福井県大野市※は同世代くらいの人たちがまちづくりをしていて面白そうだったので、実際に見学に行って移住するつもりでいたのですが、たまたま加賀市にある名物学習塾※の塾長からの依頼で塾の生徒たちに旅の話をしに行ったら、高校生を教えてみないかと誘われまして。子どもが生まれたばかりだったこともあり、期間限定のアルバイトという気持ちで始めました。最初はやはり、苦戦しましたね。「また今日も授業の出来が良くなかった…」って落ち込みながら帰って来る日ばかり。サラリーマン時代とは異なり、単純に隅々まで伝えるのではダメで、面白く話すとか、人を引き込む力が必要で。

でも、塾長はどちらかというと口出しせずに、何でも好きなことをやっていいよというタイプの人。失敗しても信頼して任せてくれたので、思う存分失敗した感じです(笑)。失敗はするんですが、この仕事は毎回が本番。嫌でも打席にめっちゃ立てるので、立ち続けているうちにちょっとずつ上手になり、面白さも感じてきました。塾のアルバイトは地元を離れるまでの修行期間ととらえていたのですが、「そういえば、加賀を離れる前に地元のことを知ろうともしていなかった」と思うように。ちょうどそのタイミングで出会ったのが、まちづくり学校「かがやき塾」。この怪しい名前の塾が立ち上がる時期でした。

※福井県大野市:福井県東部にある、県内で最も面積が大きい自治体。天空の城こと越前大野城や九頭竜ダムなど名所のほか、名水を生かしたそば、上庄里芋などで知られています。ちなみに石川県で最も面積が大きいのは白山市、次いで金沢市、輪島市の順です。加賀市は6位でした。
※名物学習塾:山代温泉にある「進学塾SIPS」。まさに「人生を謳歌する」を体現している塾長のブログ(http://blog.livedoor.jp/schoolsips/?p=2)は一読の価値あり。

 

キラキラとメラメラ。

かがやき塾※は起業塾とは違い、地域で何かしたいと考えている人が集う場所です。主宰者に会ってみようと足を運ぶと、ちょうど自分と同世代くらいの農業や教育、飲食店の経営者や、起業したい、コミュニティをつくりたいといった熱い思いを持った人がいっぱいいて、参加するうちに「何だか地元面白そうだな」と。大野市はすでに新しい担い手の人たちがコミュニティを作って始まっている感じがありましたが、加賀はまだこれから何かが始まっていくワクワク感があっていいなって、加賀の見方が変わりました。

かがやき塾ではビジネスモデルを作るのではなく、自分が何をしたいのかを見つめながらプランを練り上げていきます。始めは学習塾で働きながら、ゲストハウスやインバウンドツーリズムなど昼に起業するダブルワークが面白いのかなと思ってました。それがどんどん変わっていき、塾を生業にして、塾+αの場所を設けたら面白いことができるかなという思いが芽生えてきました。また、もっと高校生とどっしり関わりたいという気持ちも強まってきていて。かがやき塾が終わる直前の2016年の2月、まだゲストハウスをするか塾をするか迷っていた頃だったのですが、加賀市の空き家バンクに訪ねて行ったところ、この建物※をその場で紹介されてビビッと来ました。それまでは市役所に関わったこともなかったのであまり期待はしていなかったのですが、「補助金を取れるかもしれない」と後押ししてくれました。地元には閉鎖的なイメージがありましたが、いざやるとなると応援してくれる人がたくさんいましたね。

※かがやき塾:全国で地域づくり塾に携わるエコカレッジ(島根県)・尾野寛明さんをアドバイザーに迎えています。
※この建物:タビト学舎の建物は、かつて診療所として使われていた場所でした。今でもその名残がそこかしこにあります。

 

石橋を渡る勇気。

塾長から社員登用の話もいただいたのですが、サラリーマンを辞めた時に今後は自分で何かチャレンジしてやっていきたい気持ちがありました。また、かがやき塾で地域で活動している方々の話を聞く機会があり、グッときたことがあって。高校を中退して現在は車屋さんを経営している方から「僕は死ぬこと以外はリスクととらえていないから何でもチャレンジできます。あなたにとって何がリスクなんですか」と問われ、自分も仕事を辞めて海外に行くなど十分リスクを取ってきたのに、起業するところだけリスクを考えすぎなんじゃないかと。塾の仕事も最初は向いていないんじゃないかと思うくらい挫折していたんですけど、少しずつ改善してきたから、やれば何とかなるのかな、少しでもやってみないと分からないなというマインドに変わっていきました。そこに至るまでは結構大変だったんですけど、物件が見つかったあたりで腹が決まって。独立志向だったわけではなく、たまたま物件も初日で見つかったし、雇っていただいていた塾長からも独立をOKしてもらえたのが大きかったですね。

タビト學舎の外観。和と洋、両方の雰囲気が漂うすてきな建物。

 

出会いというものは、あるべくしてあるもので。

タビト學舎がオープンしたのは2016年4月です。帰国して1年半くらいですかね。塾の名前は妻がつけました。「學舎」という言葉がいいと思っていて、あとは旅人なのかバックパッカーなのか、自分たちのアイデンティティに近いものからつけたいねと話していて、旅と人で「タビト」になりました。

建物は、以前診療所として使われていた場所をリノベーションしたものです。大野市への移住を考えていた当時、大野市役所の方から「趣味が合いそう」と紹介されて仲良くなった長谷川さん※というデザイナーがいるんですが、彼に「大野じゃなくて加賀で起業することになったんだけど、一度見に来ない?」と誘ったところ、彼が車でこっちに来る途中で通りかかった工事現場にすっごくおしゃれな工事幕がかかっていて、「リノベーションを頼むならそこがいいのでは」と教えてくれて。すぐ見に行ったら確かに普通の建築会社じゃなさそう。その場で建築士さん※と話すと同世代だと判明し、しかもリノベーションが好きと言っていて。声をかけると、早速建物を見に来てくれました。塾のロゴは長谷川さんのデザインです。リュックなど旅を連想させるロゴを…とお願いすると出来上がってきた最初の図案が、バックパッカーが勉強しながら歩いている現代版二宮金次郎のような今のロゴが送られてきて。「そう来たかー!!」と感動しました。

※長谷川さん:大野市在住の映像作家・デザイナーで「ホオズキ舎」の長谷川和俊さん。大野のまちづくりにも携わっています。
※建築士さん:小松と金沢に事務所を置く建築設計事務所・SWAY DESIGN/スウェイデザインの永井菜緒さん。

 

高校生に必要なもの。

塾の仕事自体は面白くて、でも高校生に教えるのはハードルが高いと当初思っていたのですが、自分が適当に進路を決めてしまったり、旅の途中で「大学で法律学んで何でシステム会社なんだ」と言われたりしたこともあり、若いうちに将来にきちんと向き合うことの大切さを考えるようになりました。また、前の塾で高校1年生を教えていたら、彼らがすごく忙しくて社会や世界と接する機会がないと感じ、これって問題だなと。かがやき塾の活動をしていると面白い人がたくさんいるし、何か場所を持てたら、高校生と大人の接点ができるんじゃないかと構想していました。

それと、自分が大人になって車を持ってから見る加賀市って結構楽しくって。高校生の時って自転車しかないので、小松の方が詳しくて。温泉が3つ※あることすらも知らず、行ったことがなかったんです。自分の地元をよく分かっていなかったんですけど、海外を周って帰ってきてからは、加賀市には日本の良いところがぎゅっと詰まっていて、その魅力も知らずに出ていくのも勿体無いなぁと感じるようになりまして。自分もたまたま加賀に帰ってきただけだし、加賀を出る若い人に帰って来いよと言う気はさらさらないんですが、まちの魅力を知り、体験してから出てもいいんじゃないかって。

※温泉が3つ:片山津、山代、山中の3つ。これに小松の粟津温泉を加えて「加賀温泉郷」と称するそうです。加賀市は3つの温泉に加えて3つのJR駅があり、海も山も工芸もおいしいお店もあります。

教室にて。数学も英語も、きちんと勉強すればさぞ面白かったのだろうと今更ながら思います。しかも大人になってから意外と使うし。

 

生徒のみなさんがうらやましい。

学習塾としてのコンセプトは、今は学力向上や受験勉強も入っていますが、「大人になることがワクワクする塾」をメインに掲げています。建物のコンセプトは、大人も来られる場所というのを念頭に置きました。もともとまちづくりやコミュニティに興味があったので、そういった活動の拠点にしたいと思っていて。大人と高校生がごちゃまぜに座ってて、たとえば建築士さんがパソコンに向かってカタカタ図面を描いてたら高校生がちらちら見て、「建築面白そうだな」「あの人かっこいい」って感じてもらえるようになればいいなと。

タビト学舎に通う生徒には、ただ勉強して大学に入ってからやりたいことを考えるのではなく、社会に対する情報やインプットがあって、自分もこうなりたいという将来への憧れをもって勉強してほしいという思いがあります。チラシにも「高校生に社会を届けます」とうたってまして、定期テストが終わった直後の授業では、大人や大学生に来てもらって生徒たちに話をしてもらうことも度々あります。彼らにとってはそれほどありがたくないかもしれませんが、いつ、どの人の、どんな話や経験が誰にヒットするか分からない。ある時は公認会計士の先輩が来て、経歴とキャリアについて語ってくれるのかなと予想していたら、「費用とは投資だ」っていう高校生には一見難しいような話をしだして、お金を使う費用というのは裏を返すと投資という意味なんだ、というのを大学の講義のようなパワポで紹介していました。20人中18人くらいはぽかーんと口が開いてたんですけど、「先生、ちょっと面白いかもしれないです」って言い出した子がいて。実際経営学部に進みましたし、誰に刺さるか分からないですよね。

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