以前「群盲像を撫でる」 で取り上げたように、「シーズ発掘試験」(正式名称は重点地域研究開発推進プログラム(シーズ発掘試験))の目的の一つは、「新規性や、独創性に優れ、実用化の期待度が高い研究テーマに関する成果の蓄積を支援し、以後の各種制度への展開や、実用化を指向したPR,共同研究などを促進する」 となっています。さらにJSTのホームページにおいても、「シーズ発掘試験」はコーディネータ等の活動を支援するプログラムとされています。
「群盲像を撫でる」では、シーズ発掘試験の申請用紙を例に取り上げ、実用化への研究申請者が考える視点として次の4つを取り上げました。
今回は、申請は無事承認され、「シーズ発掘試験」ははじまったとして、研究者やコーディネータがどのようにシーズ発掘プロジェクトとかかわっていけばよいかを見ます。このときの視点として、シーズ発掘試験の試験完了時のコーディネータの立場を想定して、何をやればよかったのかをまとめてあります。
シーズ発掘プロジェクトが成功裏に完了したとき、理想的にはどうなっていればいいのかを、簡単なダイヤグラム(説明を簡単にし、図を見やすくするために厳密には表現してありません)であらわしたのが下図です。
このダイヤグラムの見方は次の通りです。
1.企業が企業化の判断をし、実施するためには、コーディネータによって、企業化計画が出来上がっており、なおかつその提案が儲かる可能性がることを提案できるようになっていること。
2.企業化計画が出来、企業に提案できるためには、その提案が社会的規制をクリアしており、実施可能であり、かつ生産可能企業が見つかっているか(販売企業に提案する時)商品販売企業が見つかっていること(生産企業に提案する時)
3.生産可能企業を見つけるためには、商品のイメージがかたまっていること
4.儲かる可能性を提案するためには、商機が明確になっており、知的財産として提案のもととなるものがノウハウや特許等で担保されていること。
5.商品販売の企業が見つかるためには、商機が明確になっていること
6.商機が明確になるためには、商品イメージがはっきりしており、見込み客のニーズと整合性がとれていること。
7.商品のイメージが固まるためには、研究者とコーディネータにより、見込み客のニーズを満足させる商品イメージができていおり、研究の成果により、技術的問題が明確になり、当試験研究で解決が付いているか、当試験研究により、解決の目安が付いていること。
8.解決もしくは解決の目途のついたノウハウは、特許もしくはノウハウとして認知され権利として確保されていること。
要は、四角であらわされた作業がすべて完了しており、→に表されるように相互に矛盾無く繋がっておればいいわけです。
なお、同図では、主に企業の仕事とは赤い枠で、主にコーディネータの仕事は緑の枠で、主に研究者の仕事は黒の枠で囲んであります。四角の枠が重なっている部分は、両者で共同で行う必要があります。
この図から、企業と研究者を結ぶ要としてのコーデネータの必要性と、コーディネータとして活躍するために、プロフェッショナルとしての広い範囲のノウハウが必要となることがお分かりになるかと思います(そんなこと分かっているよ、余計なお世話だよかな?)。
研究成果を企業化に結びつけるためには、少なくとも当初計画した研究が実行され、その結果が当初の目標性能をクリアしていることが必要です。(これらの研究項目と目標性能は、応募時に研究者が宣言し、研究プロジェクトに採用された時に承認を得たものと考えることが出来ます。)
この意味で、研究目的に影響するような計画変更は約束違反(広い意味での契約違反)です。本来なら研究資金の利用を辞退する必要があるかもしれません。したがって正当な理由が無ければ、研究計画を実施しなっかったということでの研究成果の達成度は無いことになります。(仮にこれを試験研究達成度の評価レベル1とします)左図参照。
研究計画の変更は無いか、変更があっても妥当なものであれば(研究に新規性があり画期的であればあるほど、細かい点で研究計画の進展とともに計画変更は必要になるかと思います)計画した試験をすべて実施することになります。この結果いくつかの項目は目標性能に達しないかもしれません。(仮にこれを試験研究達成度の評価レベル2とします)。
また研究を続けてい行くにつれ、目的の達成を阻害する新たな課題が見つかることも多いかと思います。すべてが解決できなくてもそれを記録しておきましょう。それなりに評価してくれる企業や、すでに解決策を持っている企業が見つかるかもしれません。事後に対策をとることを忘れないようとしておけばいいかと思います。うっかり課題が残っていることを知らず実用化交渉を始め、検討が進んでからそれが見つかり問題になるようなことになれば、それまでの苦労は無駄になります。時には信用を失墜し、将来のビジネスチャンスすら失いかねません。残された課題は他人に分かるようにきちっと記録しておきましょう。
すべての目標性能を満たしたり、ある特定の試験結果が目標性能をはるかに超えるようなこともあるかと思います。このような場合は、その成果をもとに当初の目的を超えた新たの実用化の種(シーズ)を見つけることができるかもしれません。コーディネータたるもの、このような情報は見落とすことなく特記すべき成果として記録しておくのがよさそうです(仮のこの状況を試験研究達成度の評価レベル3としておきます)。
こうした、状況を把握し研究プロジェクトが当初の計画通り進んでいることを確認するためには、コーディネータと研究者は時々顔をあわせ、ODSC「研究の目的、成果物、目標数値」について語り合い、得られた試験データが目標数値に対してどの程度達成されているかを話し合っておけば、最後になってあわてることもありません。
研究成果の達成度がレベル1であったり、まったく企業化のレベルに達しないと思われた場合は、費用と労力削減のために知的財産の検討はやめましょう(知的財産の確保活動の評価レベル1とします)。後ほど、すごい発明だと分かった時には、目利き能力が不足だったと、あきらめるしかありません。
研究成果の達成度の評価レベルが2以上と予想される時は、ぜひ知財確保の検討を開始しましょう。まずは、研究成果に基づいた特許を申請するのか、研究成果を公開し、既に持っている特許で知的財産権を守るのか、それともまったく情報をださずに、ノウハウとして独占するのかを検討しておきましょう。そのためには、次のことを行うことです。
1.研究論文発表のためのメモを書いてみる
2.出願特許の原稿を書いてみる。
3.特許のキーワード検索を行う。
4.それらをもとに特許マップを作成する。
(これら一連の作業を知的財産確保の検討呼ぶことにします)。
(ここまで進めば、知的財産の確保活動に対する評価レベルは2以上です)。
なかには、特許の申請より、研究論文の発表を優先したい研究者もいるかと思います。そのあたりの調整をとり、検討の結果知的財産の確保が必要となったら、出願計画を立てることです。具体的には、
1.担当者
2.出願のタイトル
3.出願費用(予算)
4.出願日(目標、納期)
を決定もしくは見積もりすることです(この段階はあくまでもアンです)。出願により期待できる効果(企業化の可能性×期待できる収入+α)出願にかかる費用(出願費用+人件費等の間接費)よりかなり大きければ、特許出願になるわけです。
試験研究の達成度と知的財産権確保の活動の評価がともに2以上の案件であることが分かった場合、コーディネータ(プロデューサ)は事情が許す限りはやく、積極的な事業化支援を始めたほうがよさそうです。
最初のステップは企業化の標的(ターゲット)を決めることです。製造部門にアプローチする場合は、商品のイメージを明確にすることです。商品には物としての製品と利便としてのサービスの両方が考えられます。 販売やサービス部門にアプローチする時には、商機 を明確にすることです。商機とは、競合企業に勝つことが出来、儲かる商品がある状況のことです(商品化イメージも商機も文書化できない段階は企業化支援活動の評価レベルを1とします)。
このときキーとなるのは、見込み客です。現存商品の改良に使われるような要素技術の場合は、現在の顧客にどのようにアプローチするかが重要ですが、シーズ発掘で対象とするイノベーション型のマーケットでは、まだ顧客は存在しないのだとの前提で考えたほうが市場は広がります。新しい趣向を持った消費者。地球温暖化等の環境問題にかかわる商品、人間の力で動く自動車(自転車?)、海中で生活するための商品など、見込み客を探し出せれば、まだまだ面白いイノベーションが期待できるはずです。 企業化の標的が決まれば、いくつかの候補企業に対して、概略のアプローチ計画表(シーズ名、いつまでに、誰が、何を、どのように、優先順位)をつくります(企業化支援活動の評価レベル2)。何を売るかについては、1.コンサルティング、2.人材の育成、3.可能性の検証、4.研究開発、5.新製品の開発、6.市場開発のコンサルティングといったタイプがあり、どのように売るかの中には、1.技術アドバイス・コンサルティング、2.寄付金、3.受託研究、4.共同研究、5.特許の買取もしくは使用料、6.ベンチャ設立、等の形態が考えられます。
概略のアプローチ計画が出来たら、それらの中からもっとも可能性が高いと思われるところから順次実際のアプローチを開始します(企業化支援活動の評価レベル3)ここでは、個別の企業の特性を調べ、何を売り込めば最も喜ばれるのかについて十分検討しながら進める必要があります(ケースバイケースのアプローチ)。だめと分かったら、出来るだけ速く撤退するのがこのビジネスのポイント化と思います。成功の可能性が低いと思われるものをいつまでも追いかけても成果は上がらないでしょう。 多くの企業の購買担当者は、社会的評判や他の企業との関係を重要と考え、本当に欲しい時は「欲しいと」いっても、どうでもいい時やいらない時は「必要」といっても「いらない」とは言わないものです。
以上、シーズの活用方法について、思いつくままに書いてきましたが、まずは研究成果の達成度です。コーディネータの皆さんが、担当した案件についてここに書いたような簡単なメモを書き記し、常々研究者の皆様との話し合いを出来るようにしておけば、企業化への道の検討はやりやすくなり、他の人のアドバイスも受けやすく、何よりも仕事の優先順位を決めやすくなりそうです。こうしてシーズの活用方法が確立され、成功の確率が上がれば研究者の皆様にもより多くの産学官連携によるイノベーションへの参加のチャンスが期待できます。
2008/06/08
文責 瀬領浩一