2012年(平成24年)11月7日(水曜日}の朝日新聞に「速く安く誰でも」というタイトルで、「簡単に試作部品を製造できる3次元 (3D)プリンターなどを使えば、開発期間の短縮だけでなく、投資を抑えた効率的な多品種少量の生崖も可能になる。巨大な設備や多くの人材を抱えて大量 生 産を追求した製造業のあり方が、変革を迫られる可能性もある。」で始まる記事が載っていました。3Dプリンターは、私の大学での専門であった機械工作、 会 社での専門であったIT、そしてこのホームページのテーマベンチャーにもかかわる面白い製品ですので、一報まとめてみました。ベンチャビジネスの可能性 を広げていただければ幸いです。
この記事で紹介されている3Dプリンターの基本的な考え方は、昔私が大学を卒業してIT企業に入社したばかり(40年くらい前)の時、 SE論文として投稿した工作機械のアイデアとそっくりです。入社前、私が所属していた大学院の研究室で先輩が放電加工、粉末焼結の技術を使った精密加工 の研究を行っていました。これらの技術と、IT企業に入って私が学んだNC制御機の機能を組み合わせ図1に示したような機構を作れば、複雑な形状をした ものでも、設計図面通りに、自動的に加工できる画期的な加工法になると思ってSE論文にしたつもりでした。
しかしこの投稿論文は、見事に落選でした。最先端で独創的な考え方をまとめたはずなのになぜ落選と思ったのですが、周りの人の話と審 査 員の評価コメントを見て納得せざるを得ませんでした。当時そのIT会社の主力製品は汎用コンピュータの製造と販売で、その適用業務は勘定系業務システム でした。会社はNC制御を行うコンピュータを製造していないため、この論文に書かれたシステムが実現しても会社の収入にはほとんど貢献しません。ま た当時の高価なコンピュータと当時の安い人件費を考えると、NC制御機械を使って一品生産を行ってもとても利益が出そうもありません。したがって論文に書か れたようなことを実現し、システムが完成しても採用する会社は見つかりそうもありませんでした。また、採算を無視して製品化しても、当時の大量生産指向 の生産部門のエンジニアには個別・単発の製品を作るための時間はほとんどありませんでしたし、そのためのプログラム知識もありませんでした。製品の経済 性も、会社の販売能力も、支援ソフトも、顧客の設計人材も全く当時は備わっていなかったわけです。企業向けのSE論文としては全く的外れの落第論文で あったことは確かです。その上、工作機械の原理を十分に説明しない、独りよがりの提案機械の機能だけ述べたSE論文では、コンピュータの専門家ではある が、工作機械の専門家でない審査員は機能をを理解できるはずもありませんでした。
営業現場は大学の研究室とは違うことを痛感し、その後私がソフト中心の「経 済性と市場性のある適用業務の開発と顧客への提案」に向かうことになっ た転機ともいえる経験でした。
ただ、残念なことは朝日新聞を読んで、この落選論文のことを思い出し、確かどこかに保存しておいたはずだと探してみるが見つからない。 そのため今となっ ては、正確にはどのような論文を書いたのか検証できません。さきほどの図1はあくまでも私の記憶をもとに作ったものです。もし残っておれば、当時あと 何をして おけば良かったのかとか、ひょっとしたら、他にも今なら役に立つかも知れない何かについて書いていたのではないかと思うと、無くしたことが残念でなりません。 私のように、いくつかの組織を渡り歩いていると、どこで無くしたのか、今更会社に聞くこともできません。おそまきながら、自分固有の情報は自分で管理す る必要があることをしみじみ思い知らせてくれた新聞記事でした。この文をお読みの起業家志望の皆さんには、落選論文であっても失敗作であっても、一生懸 命作成したものもしくはその情報だけでもきちっと保管することをお勧めします。いつ役に立つかもしれませんから。
思い出話はこれくらいにして、現在の3Dプリンターは私の考えていたものと比べ格段の進歩を遂げています。朝日新聞の記事に載ってい た メーカー以外にもいろいろなところからいろいろな3プリンターが発売されています。ところが、その3Dプリンターの作動原理は、事務所や家庭で使わ れて いるインクジェットプリンターと大きな違いはありません。
図2は、典型的な3Dプリンターの資料を見て、私が理解できた範囲でその動作原理(構造)を図にしたものです。これを見る限り、紙の 代 わりに粉末を敷き詰めた薄いシートを使うこと、インクジェットの代わりに粉末を繋ぎ固める溶剤を使うこと、紙送り機構の代わりに粉末シートを敷く台座を少 しずつ下げること、インクを噴射するかどうかはコンピュータから指示されることなど構成部品が違うだけでモジュール構成はほとんど同じことがお分かりいた だけると思 います。3Dプリンターの構造はこれまで長らく使われその実用性が実証されている構造です。機構的には正しく動くことは保障されています。その上、 そ こで使われている技術も、すべて20年以上 前から実用化されていた技術です。ソフトウエアの3D技術も3DCADとして相当昔から利用されていました。そして、3Dのデータを2Dに展開するこ とも工作機械や検査機械では十分普及していた技術です。これまでは競走上やすばやく市場に出すためには少々費用がかかっても仕方がない、と費用の負担が 出来る大企業の試作品作成、早く作ることが至上命令のイベント用の模型図作り、世間の注目を浴びる世に新規性を狙うデモンストレーションや宣伝に利用され てきたのが多かったようです。
そして最近は図2のヘッドの部分に図1に示したような溶接機能を取り込んだ3Dプリンターも現れています。まさに、私が昔夢を見てい た金属材料を扱う3D プリンターがでてきているのです。プラスチック材料に変えて金属材料を使う主な目的は、耐熱性や強度の向上ですから、私が落選論文で書こうとしていたよ う に、粉末材とインクジェット機構の代替(放電加工、レーザー加工、焼結、溶接)を工夫すれば利用可能なはずです。ただ、自由な形状を作成できるとなれ ば、金属部品に要求されていた局所的強度が発生しない形状設計を採用することができ、プラスチックで代用できる用途も広がります。強度設計の考え方 を変えれば金属部品をプラスチックで置き換えできる部品も出てくることも考えられます。すでに、自動車のボデイや窓ガラスを3Dプリンターで製作したエ コ カーの試作品(http://www.makepartsfast.com/2012/03/3254/could-you-be-driving-an -urbee-soon/?utm_source=feedburner&utm_medium=feed&utm_campaign =Feed%3A+MakePartsFast+%28Make+Parts+Fast+RSS+Feed%29)も発表されています。
そのうえ最近は、単体の3Dプリンター単体の機能向上以外に、3Dプリンターの用途を大きく変える要因がいくつか発生しています。先 ほど あげた強度設計の考えかたもそのひとつですが、図2の上部にあるようにPCとインターネットの普及により、ユーザーは自分自身でものづくりの設計を行い、 そのデータを3Dプリンターのあるところに送りものづくりができるようになりました。このため、利用率の低い3Dプリンターであっても、みんなで共用し て使 うことにより自分で所有することに比べれば格段に安いコストでものづくりが行えるようになりました。いわば情報システムで普及が始まっているクラウドコ ンピューティングと同じことがものづくりの世界でも始まっているようです。
これはベンチャーを志す人にとっては朗報です。生産機械を持っている人に少量の生産を依頼して高い加工費を取られることもありません し、製品情報の流出 やコピー商品の発生を恐れ、まだ売れるかどうかわからないうちに特許申請をするといった費用の発生を抑えることも可能です。製品製作要員の熟練の問題 (学習期間)もありません。出だしから量産に近い製造コストで製品を生産できる可能性が生まれてきたのです。そのため、同一用途に後から大企業が大量 生産の設備を武器に低コストで参入してきて市場を奪われることも少なくなっています。自前で生産設備を持たないわけですから、インターネット販売のよう な需要予測のやりにくいビジネスでも開始出来ます。売れるとなれば、インターネットを通じて、ほかの機械に製作指示をすれば言い訳です。現在のプリン タをお使いの方ならお分かりのように、白黒、カラー、高品質といった違いはあるものの、生産機械に比べれば、プリンターは印刷する内容に影響されることの 少 ない非常に汎用性が高い構造をしているので、このような使い方が期待できます。
またこれから、医療が発達し、社会保障が充実してくると人数が増えるシニア世代にとっても朗報です。退社と同時に長い会社勤 めから解放されるの は有りがたいが、それまでに磨いた技術やノウハウを生かす設備も、使う動機もなくなってしまいます。なんとなく生きがいを見つけられないアクティブシニ アのかたがたは「社会奉仕」といったことに生きがいを見つけているのが現状です。しかし今やこのような人たちは自分の思いをこめたものづくりや、企業で は諸般の事情により作ることの出来なかったものを作る手段を手に入れたことになります。それだけでも楽しいのに、うまくいけばそれを売り 何がしかの金銭を手に入れることも出来るように成ります。ものづくり の経験豊富な(現場で働いていた)アクティブシニアの人たちは楽しい人生を送れるよ うになることは請け合いです。
アクティブシニアの皆さんが経験するようなことは、ほかの人々にもありそうです。自分の工房をもてない芸術家もしくは芸術を趣味とす る皆さん。家庭で 家事をこなしてちょっとした家庭用具の工夫を思いついた主婦の方々。スポーツをやっていて自分の体にあわせたスポーツ用品(バット、ラケット、グロー ブ、運動靴)を欲しい人。実習で設計したものを製作してその性能を検証したいと思っている学生。自分が着る独創的衣料作り(昔のお裁縫の現代版)を やってみたいアイデアウーマン。自分でデザインした模型飛行機や模型品を作りたいオタク。自分好みのものだけがぴったり納まるコンパクトな鞄を欲しい 人。お絵かきの代わりに何かを作ってみたいお子様。・・・いくらでも思い付きます。
身の回りにあるものや欲しいものを何でも思い浮かべてください。それを今まで以上に簡単に作ることが出来るようになるのです。その うち汎用性がある小型の 3Dプリンターは、現在のパソコンのプリンターと同じように家庭にまで普及しそうです。そうなると、ちょっとしたものは買うのではなく自作することもで きる ようになります。当然そのようなことが苦手な人は、ほしいものに似たモデルをどこかのサイトから買ってもしくは無料でダウンロードして、少しだけ自分用 に変更して自分の家で製作することができるようになります。このようなことは、2Dプリンターを使って年賀状作成時にすでに多くの人たちがやっていることです。 これからの家庭用3Dプリンターには、すでに多くの2Dプリンターには装備され始めているスキャナーもプロッターそして無線LANのようなものも普通に 装備 されることと思います。したがって、家のどこにでも持っていくことが出来、どこからでも使えるようになるはずです。そうなれば用途はもっともと広がり、 思いがけない使い方が生まれてきそうです。
そうは言っても、大量生産・大量消費できるものは、今までどおりの生産方法のほうが、3Dプリンターより低コストに なることは確かです。したがって、すべてのものづくりが3Dプリンターになるとは想像できません。最近のようにコンピュータがドンドン安くなり、プロ グ ラム作成は容易になり(Tool)、インターフェースの標準化が進み、サプライチェーンが使いやすくなり、CAD等のソフトが普及するようになり、少量の マーケットも開拓できるようになってくると、ものづくり関連産業のいくつかの分野で図3のような住みわけが進むというのが現実のような気がします。
そこで図3を前提として、3Dプリンターがもたらす社会的影響をまとめると次のようになります。
その結果たとえば次のような分野ではビジネスチャンスは減少する可能性もあります。
そろそろこれらの産業、もしくはこれらの産業と同じような生産販売形態を採っている業界に属する人たちは、どのように業態を変えていくかを考えておいたほ うがよさそうです。 このような仕事を行っている方々にも、今ならまだ十分な時間があります。 すでに十分な業務知識や顧客を持っているわけですから、自 分の専門を生かして次に示すような需要が増加する要素を取り入れていけば、新たな展開で主導権が取れるはずです。(自分のすぐそばにあるチャンスに向け て、自分の能力を活かせる業態に変えていく のが最も成功の可能性が高いといわれています。)
新しく需要が増加する仕事をいくつか思いつくままにあげると
昔、思い描いていた夢がいつのまにか実現してきているようです。これまでは、もの不足を効率的に解消するために、大量生産、大量消 費が正しいという前 提で製造コストできるだけ安くするために製造業の大規模化とグローバル化が推進されてきました。ところがある程度ものが行き渡り、資源不足も予想される 中で、情報の共有が低コストでできるようになりました。その結果少量生産、共同生産、共有というものづくりもあり得ることが分かってきました。もの不 足の時代には不可能と思ってあきらめていたものづくり(生産方式)のいくつかは、ICTの進歩で命を吹き込まれ、さらに発展する可能性がでてきたのです。 今回取り上げた3Dプリンターにご興味を感じたものづくりタイプのベンチャー志望の方で「MAKERS-21世紀の産業革命が始まるクリス・アンダーセン NHK出版」を未だお読みで無い方は、ぜひ参考にして事業化を検討されることをお勧めいたします。ここには書いてないいろいろなベンチャービジネスのアイデアを発見できるか と思います。
2012/11/15
文責 瀬領浩一