2015年2月26日ベンチャー日本経済新聞主催の「起業と大学教育」というテーマで東京イイノホールにてシンポジュームが開かれました
シンポジュームのプログラムは南場智子氏による基礎講演と池上彰氏をモデレータとするパネル討論の2部構成でした。
今回お話をお聞きした南場氏は下表の経歴の持ち主で、株式会社ディー・エヌ・エー(以降DeNAと略す)の創立者です。
DeNAと聞くとゲームの好きな人はMobage、野球の好きな人は横浜DeNAベイスターズを思い浮かべると思いますが、DeNAはそのほかにもeコマース、エンターテインメント、 キュレーションプラットフォーム、その他と実に多彩な事業を営む新時代の会社であり、従業員数は連結で2198名、資本金は103億97百万円(2014年3月末時点 同社ホームページより) の企業です。そして創立は1999年3月4日の比較的若い会社ですが、2014年3月決算は売上1813億円、営業利益532億円、当期利益317億円(億円未満4捨5入)の堂々たる会社となっています。
南場氏は「日本企業の現状」を次のように認識していらっしゃるようです。
1.80年代のようなどんどん市場が成長する時代は過ぎた。どちらかというと右肩下がりである。
2.日本の力をもってすれば、創造力をもって世界各国に向かって展開エリアはあるはずと思うが、
3.実態としてはその面でもそれも難しくなってきている。
4.1に戻る
そのあと、多くの事業例をご説明をいただきました。その中からいくつかは以下のようなものです。
Airbnb
2008年8月創業。Airbnb(本社・カリフォルニア州サンフランシスコ)は、世界中の人がユニークな宿泊施設をネットや携帯で掲載・発見・予約できるコミュニティー・マーケット プレイス。全世界190か国につながる。自分の空家を登録し利用者向けサービスが出来ると同時に、すでに登録されている空家に泊まることが出来る。
23andme
DNAを検査し、それがどのようなものであるかをメンバーに調べるサービス。メンバーはそのDNAの持つ潜在的な問題点を知ったうえで、生き方を考えることが出来る。
Gopro
アクションカメラを販売
Tesla Motors
いまはハードウエア中心の車開発が行われているがTeslaはソフトウエアを中心とした車開発を行っている。ソフトウエアで考えソフトウエアをもって車開発を行っている。 例えばバッテリーは数百個もの電池をソフトで制御しながら電気モーターの電源として使っている。
Telematics Insurance
自動車の運行情報をセンサーで測定し、その内容によって保険料金を決めるサービス。安全運転を行っていると事故そのものが減り、同時に安い保険料が適用されるシステム。
どれもソフト、IT、インターネットを使った製品やサービスを提供している外国企業で、ビジネスのあり方を根本的に変えてしまった企業です。
こうしたITを活用した企業が日本の伝統的な企業の顧客を奪い始め、伝統的な企業の存在基盤が脅かされ始めていることが分かります。しかしそれ自体は悪いことではなく、 顧客により良いサービスを提供する企業への世代交代と考えればいいわけです。
ただ伝統的企業に代わって、新時代の顧客を奪う日本発の企業が多く生まれていないために、世界の最先端を走っていた日本の携帯電話の市場が外国企業に奪われたように、 日本の製造業やサービス業の衰退となり、 国内で働く従業員には厳しい状況が起き始めていることです。
日本発の起業が海外の国々と比べて少ないことは Global Entrepreneurship Monitor 2014にはっきり 見てとれます。下表にあるように、起業に対する社会的価値や個人属性の多くの指標が世界70か国の中で最下位に近い状況になっいるのです。
そして、唯一上位を占めているのはFear to filure(失敗の恐怖)ですと皮肉をおっしゃっていました。
この原因として南場氏以下の3つを上げられました。
原因1.「間違えない達人」を量産する教育が中心
こうなったのは大量生産を狙った、「間違えない達人」を量産する教育を行ってきたためである。これまでは、答えが一つだけあるとの前提で教育が行われてきた。 そして成績を決めるための試験では選択式もしくは記入式を使ってきた。これからはDisruptive(破壊的)であることが重要であるとの前提で、新たな業を起こすために必要な問題を 解決出来る人材を育てる教育が必要である。
原因2.感動や情熱(passion)を伝える力が不足
これはShow and telの教育が不足している為です。この教育は主に北米で行われる教育科目の一つで、聴衆に対して何事かを示す能力であり、たとえば一番尊敬している人、 一番良い学校のケース、家にあるもの等を課題として示し、なぜそれを選んだのか、どうやって手に入れたか等関連することについて話すことにより、皆に伝える能力を育てる教育です。 小学校低学年で行われているそうです。
原因3.文化的な背景が異なる人たちが共同する力が不足
Causations:Best Personを世界中から集め問題を分析し事業を行う能力。この能力があれば問題をあらゆる角度から検討がすることが容易になる。
この状況を解決するために南場氏は全員に「プログラミング教育」を実施する案を提案されました。
こうした「ITで何ができるかを発見する力」を教える教育が一般的になれば、これからは何かを作る人とそれを実現させ売るためのIT技術に長けた人が協力しないとアイデア出しを 出来ないというようなことはなくなります。すなわち何かを作りたい人自身でITを使ったアイデア出しが出来るようになります。
そのような教育の例として佐賀県武雄市で小学1年生に対してタブレットを使ってプログラミング教育の実証実験を行ったとのお話をいただきました。小学生でもできるIT教育を 大学生になってからやるのでは遅すぎるという、基礎教育に対する問題提起のようです。なおこのプログラムについては、小学1年生にこのような教育をやって何になるのだ、 単なる遊びにすぎないなどという反論もあるようです。
アントレ的な人を優遇し、日本を立て直すという立場で南部氏の話を纏めると次のようになります。
1.企業の立場からは創造性のある人を採用する。
2.意欲ある高校生は海外の大学に行く。
3.基礎教育を見直す。
4.大学がリカバーする(独創性のある人を育成する工夫をする)。
1の企業の採用については、南場さん自身が積極的に人材発掘にかかわっているとのお話をされていました。面白かったのは、南場さんがこれはと思った学生さんには、 自分から学生さんはもとより、大学の就活担当者や担当教員までアプローチしてきたというお話です。なかなか出来るものではありません。ただ最近は就活支援なるものが大学生の間に 浸透し、面接のどのような質問をされたらどのように答えなさいとまで教わりそれを記憶していてその通りに答える学生が多くなっている。仕事の時には、本当にやりたいことを 持っているかを知るために2泊3日の合宿をやっているが、南場さんは何をどう思っているかを察知してそれに合わせた行動を取ろうとする人もいるくらいです。従って上手に本音を 見つけ出すことが必要ですとおっしゃっていました。
2は今の高校生に語るべき話であり、大学生には今更どうにもならない話ですが、以前このコラムで取り上げた 「日本企業の飛躍に向けて」でお伝えした、大前研一氏の2020年日本企業 飛躍のカギで提案された④外国を訪問するとも相通じるものを感じました。
3の基礎教育を見直す話は、政府や文部科学省に頑張ってもらうお話です。
4は、大学関係者が中心となっての考えることであり、次のパネル討論の課題です。
モデレータはテレビでよくお見かけする池上彰氏です。パネリストの南場氏は「産」、永田氏は「学」、松坂氏は「官」と産学官のそれぞれを代表されてお話をされていましたが、 例えば松坂氏は金沢大学の総務課長も務められたなどと、これまでに産学官と性格の異なった複数の組織を経験された方もおられます。
討議された内容は、以下にあげるようなもので(順不同)大学教育だけでなくそれ以前の人間力、基礎教育、受験システムと多岐にわたることが話し合われました。日本の大学の 殆どの試験は、穴埋め式もしくは選択方式であるが海外では、世の中のある情報を自分の立場(見方)に基づいて整理再構築し、相手の状況に合わせて説明するといった試験もある しかしこれだと評価が大変だという意見も出ました。
・自分で選ぶ力を付ける教育も必要である。
・地方の状況に合わせた教育を行っているところもある。このような場合なら自治体も教育投資を行ってくれるかもといったアイデアも出された。 ただし大学側は投資に値する価値があることを自治体に説明することを惜しんではいけない。
・MOOC(大規模公開オンライン授業)のようなインターネットを通じた教育もあるが、これなどは本を読んでそれについて宿題を出すのと あまり変わらない。 問題は大学側からの情報提供というより、学生がきちんと宿題をやってくるかにかかっている。
・さらにはMOOCや放送大学がある中で、大学の存在意義を考えなくてはいけない。
・企業は利益を上げないと存続できないが、大学でも利益を上げることの重要性を学生に伝えた方がいい。
・最近はアクティブラーニング手法を取り入れている授業もある。
・筑波大学には学内だけでなく市民にも開放されている「筑波 クリエイテブ・キャンプ」があるとその簡単な説明。
・起業での失敗をつきものだがその対策には「個人保証」をしないで済ませることだ。そのための仕組みはいろいろある。そのような仕組みに 挑戦してみる価値はある。ただし人間力がないと、誰も信用して金を貸してくれなくなるので、普段から人間力を付ける努力をしておくこと。
・自分の周りに自分より優れたことを出来る人を集める努力を。
・起業を教えることなど無理、自分で学べ。
今回のセミナーは最初に南場氏の体験に基づいた生々しいお話があり、それを思い浮かべながらのパネル討議でした。
南場氏のお話は昨年の「世界で勝てるチームの一員になろう」注2)やそれを基にしたホームページにも同じような 考え方が載せられていますのでもう少し細かいことをお知りなりたい方は、そちらをご参照ください。南場氏の行動についてもっと詳しいことをお知りになりたい方は 「不恰好経営-チームDeNAの挑戦」という本がありますのでこちらをご参照下さい。大学時代からDeNAを設立し、その代表を辞めるまでの経緯が書かれています。注3)
パネル討議を聞いて大学生に対するる最も大切な提案は、前節の最後「起業を教えることなど無理、自分で学べ」のよ うに思いました。どうも「起業は学ぶものなんです」。となると現在大学に入っている学生が取れる対策は、大学に入ったら 「自分からやってみる」こととなります。大学並びにそこで働く人たちは、このような人の意見を参考に新しいやり方を見つけ出し、 新時代の「大学運営のあり方を学んでいく」こととかもしれません。顧客の価値を最大にする改革です。
IT革命が進行している現在、従来型の、ハードウエア中心の日本企業は徐々に市場から撤退していかざるを得ません。それとともに起業家精神を持たない個人は従来型日本企業ととも に市場から消えていくことになります。これから労働市場で元気に生きて行くためには起業型活動を続けざるを得ないようです。このような個人が多くなれば、元気な日本を取り戻せそう ですし、起業型活動を続ける人が少なければ江戸時代のような静かな経済が日本に戻っていくことになりそうです。 となると多くの学生にとって、今は「新時代の起業家を選ぶか、江戸時代型経済の小作人になるか」の選択の時期かもしれません。これって言い過ぎならいいのですが。
注1) Global Entrepreneurship Monitor 2014 Global Report p29-33
注2) 世界で勝てるチームの一員になろう ベンチャー通信 2014July p6-9
注3) 不格好経営 チームDeNAの挑戦 南場智子 日本経済新聞出版社
2015/3/9
文責 瀬領浩一