先日、セミナーで自己紹介の資料を準備しているときに、ふと自分が過去に経験したことだけでなく、将来 やりたい夢についても説明したいと1枚のスライドを作成しました。ところがこの夢を実現する方法を考えているうちに、同じことを目指す人が複数いるときには誰かが夢の実現すると他の人の夢は壊れることもあることに 気づきました。たとえばお正月の箱根駅伝に出場する各チームは全て優勝したいとの夢をもって参加して いますが、どこかのチームが優勝するとその他のチームは夢を実現できない、すなわち失敗と言う悔しい思いを すること(悪夢)になります。そして来年こそは頑張ろうと、新たな1年の計を作る励みにせざるを得ないわけです。すなわち夢を見ることは同時に悪夢を見ることにもなります。そして駅伝の例のように多くの場合夢が実現する可能性より、悪夢が実現する可能性の方が高いのですから、今回は発生頻度が高い悪夢(失敗)から 学ぶ方法をまとめました。
図1左は私がセミナーで自己紹介時に使った夢と悪夢の2つのスライドです。今の環境問題は、石油や石炭のように使えば使うほど資源が枯渇し、その上地球環境まで汚染してしまうような資源消費型の産業が起こすもの であると考えました。この状況を解決するために今後は図1左にあるような情報、知識、知恵、心、更にはゴミ といった、使えば使うほど増えていくような資源蓄積型産業に貢献し、資源の有効利用を図り、志を共有できる チーム活動に貢献したいという夢を描きました。
ところが、情報・知識・知恵を蓄積し使いやすい情報ネットワークの構築を進めていくと、多くの人が 参加でき思い思いの意見を述べ合うことができるネットワーク社会となります。こうなると少数派であるはずの意見でも共振を起こすように急激に集まり、あたかも大勢のように見える炎上現象が発生することもあります。更に今まではモラルに反するとして表に出る機会が少なかった麻薬やそれに似た性質を持つ物質の作り方といった 反社会的情報も容易に集積し広がる可能性が出て来るといったように、混乱状況を引き起こす可能性もまた増えて しまいます。時には資源の有効利用を促すはずの活動が、その効率を極限まであげようと努力しているうちに いつの間にか資源の独占を目指すようになるかもしれません。そのために、チーム活動で得られた知的財産を独占し、他のチームの参加を難しくするような活動を推進するかもしれません。そうなると新しい方法を思いついたグループが一挙に力を持ち支配権を持つ、勝てば官軍といった現象が起きそうです。もしこのような ことが経済活動の中で起きれば貧富の差の拡大を促しそうです。
図1の右図はこういった左図を推進する時に発生するかも知れない悪夢を描いています。誰もが夢を追いかけ ていたはずですが、成功者側から見ると夢、敗者側から見ると悪夢となるわけです。 「原宿のイルミネーション」でご説明させていただいた「立ち位置で見えるものは変わる」例です。ただこの立ち位置は事が終わるまで わからないのが夢の面白いところです。
現代の日本が抱える経済的行き詰まりはこれと同様な悪夢と思いませんか。なんとか現状を打破したいと これまでイノベーションも論議されてきました。その対策の一つが産学官連携でした。こうして新しい技術・ 新しいアプローチ・新しい人たちを巻き込んだ行動を起こさなくてはと国をあげて取り組んできたわけです。
図2には、100年くらい前に同じように現状打破をめざしておこなわれた一連の活動をとりあげました。 この時の解決策は最終的には戦争にもちこまれ、世界は大混乱となりました。こうして戦争に勝った国は夢を 実現し、負けた国は悪夢に悩まされたわけです。私の誕生月の1942年2月頃の朝日新聞の保存版でも見られること ですが、日本は太平洋戦争の前半は勝利という形で夢の実現を報道していました。しかし後半には悪夢が待っていました。終戦以降は平和が続いており、いまや戦争体験のある日本人のは少なくなっていますが、世界的に見れば、今も戦争は無くなっているわけではありません。Wikipediaによれば"戦争とは、おもに内政問題 あるいは外交問題の武力解決であり、国家による政治の一手段である"とされているように、依然としてそのため の準備が行われています。戦争の教訓を国家のイノベーション実現の方法として考えるのは抵抗がありますが、少なくとも現状打破を計る活動を行うためのヒントは得ることができそうです。このあとは、太平洋戦争での悪夢の経験をどう活かすかについて話をすすめます。
太平洋戦争での日本軍の戦い方を解説した本としては、戸部良一氏らの書かれた『失敗の本質 日本軍の 組織論的研究』が有名です。その本では日本軍が第2次世界大戦の一つ太平洋戦争をいかに戦いそして敗戦に至ったかを次のような失敗の事例研究を通して細かく分析しており、そこから得られる教訓についても述べて います。注1)
1939 ノモハン事件 ― 失敗の序曲
1942 ミッドウエイ作戦 ― 海戦のターニング・ポイント
1942 ガダルカナル作戦 ― 陸戦のターニング・ポイント
1944 インパール作戦 ― 賭の失敗
1944 レイテ海戦 ― 自己認識の失敗
1945 沖縄戦 ― 終局段階での失敗
その約20年後に、この本の解説書とも言える鈴木博毅氏の『「超」入門 失敗の本質 日本軍と現代日本に 共通する23の組織的ジレンマ』が出版されました。注2) この本では23の組織的ジレンマを次に示す 7つ視点で紐解きそれぞれを章に別けて説明しています。
第1章 戦略性
第2章 思考法
第3章 イノベーション
第4章 組織運営
第5章 型の伝承
第1章 組織運営
第6章 リーダーシップ
第7章 日本版メンタリティ
ほかにも敗因の一つに「単純な物量・技術力の差」を挙げてはいますが、この問題は現代の製造業で成功した 日本では既に解決されており、組織論的な失敗の本質そのものでもないとして説明は省略されています。
このあと、太平洋戦争の実態をほとんど知らない私としては、戸部氏の『「失敗の本質』よりも鈴木氏の 『「超」入門 失敗の本質』の方がわかりやすいので、こちらを使って話を進めます。
図3は「超」入門 失敗の本質で述べられている7つの視点と23のジレンマをマンダラ風に整理したものです。
例えば「01 戦略の失敗は戦術で補えない」では次のようなことが指摘されています。南洋諸島で日本軍が駐留していた島は25島あったが、米軍が占拠したのはそのうち8島であった、残りの17島は米軍が日本軍の戦力を無力化した後放置されました。それらの島を戦略上重要でないと考えた米軍はそれらを占拠しませんでした。このことは日本軍は日本を守るためには戦略上必要でない島の占拠も 続けていたことを示しています。このために戦略上重要な拠点(その後米軍が占拠した島)の守りがその分薄くなったことは否めません。こうなった理由を本書は太平洋戦争の戦略が曖昧であったため、ともかく戦争で 勝つことに集中(すなわち戦術に集中)したためと指摘しています。すなわち、目標達成につながる勝利を選ぶ戦略が無いなかで戦術に集中しても最終的な勝利に結びつかない例としてあげています。現在の日本の製造業が元気だった頃、競合企業が行っている多角化に負けじと各社が多角化を推進したために、今やそれがもたらした不良部門の整理に追われているいくつかの企業の悪夢が思い浮かびます。
「02 「指標」こそが勝敗を決める」では戦略とは追いかける指標のことであり戦略決定とは追いかける指標を決めることであると言っています。例えばドイツ留学時代に 第1次世界大戦でなぜドイツが敗れたかを研究した日本陸軍参謀の
石原莞爾の指標は「国家の国力、生産補給能力で勝敗が決まる」と考えたのに対し
日本軍の指標は「どこかで大勝利をすれば勝敗が決まる」
と考えていたようであり2つの指標は全く違っていると言っています。この指標という言葉は慣れていないため 説明は難しいのですが、ここでは"勝敗を決定づける評価項目"くらいのつもり話を進めますのでご了解 ください。現代日本企業が陥っているこのような指標として製品の性能、価格、売上が思い浮かびます。
といった具合に、日本軍の活動や現代の企業を例にとり、23の組織的ジレンマをわかりやすく解説して います。ご興味をお持ちになる方は、鈴木氏の「超」入門 失敗の本質を参考にしてください。注2)
さらに「08 新しい戦略の前では古い指標は引っくり返る」では指標の決定に当たり次の3ステップを踏むことを提案しています。
Step1 「既存の指標」を発見
Step2 敵の指標の無効化
Step3 「新指標」で戦う
ここで例として挙げらているのは、戦闘に強い日本軍の零戦に対する米軍の戦い方の変更です。
Step1 零戦が強いのは「旋回性能」米軍が強いのは「数の多さ」
Step2 「旋回性能」の効果を発揮させないために 2機1組で戦う
Step3 「連携性」と言う指標で戦う
これを開発途上国の製造業と戦う日本家電製造業の再興戦略に適用すると、次の3ステップになるかも しれません。
Step1 競争相手のこれまでの指標は「大量生産・普通性能・低価格」 日本の指標は「高機能・高性能」
Step2 消費者の要求にあわせる「スマートデザイン・個別サービス」
Step3 機能のソフト化・プラットフーム戦略等で後続参入を阻止する
これらは既に、アップル等の欧米の先進IT機器の会社が実施している方法であり、日本の家電製造業の再興戦略に使えるかどうかは個別に調査してみなくてはわかりません。すなわち、日本企業の再興といった 一般論的な解決策は作れないので、新指標の決定はあくまでも個別の問題として考えざるを得ないということを意味します。
それならばと、この図3をシコンバレーに学ぶ人材活用術で課題とした仮想プロジェクト(保有する技術をもとにMOT方式で日本企業の再興を目指す)での「今の自分」図 (自分は仮想プロジェクトにどのように取り組むかを表した図)に重ねたのが図4です。
図4で環境の枠組み以外の全てに、図3のジレンマを全て当てはめることができました。環境は、自分が 変えることはできないものを記述するわけですから、ジレンマの対象にはなりようがありません、自分が認識したことをそのまま受け入れざるを得ません。ただ環境を正しく認識できていないといった組織的問題の可能性はあります。これを23の組織論的ジレンマでは現場を正しく理解できない思考法の問題として取り込んでいます。
このようにして「今の自分」図の上に23の組織論的ジレンマを載ることができるので、「今の自分」図を 作りその結果を23の組織論的ジレンマで見直せば、失敗の本質で指摘された日本軍の貴重な経験を自分のプロジェクトもしくは仕事の反面教師として使うことができます。
注意:図4の仮想プロジェクト図はシリコンバレーに学ぶ人材活用術の説明用に作成したフレームワークで、具体的なチームや・企業は想定されていません。そのため、MOT活動における活動や指標が書かれていません。いわば新しい戦略と指標を作るためのチーム情報や企業情報がない状態でのフレームワークです。太平洋戦争での現地と参謀本部の間のダブルループ(相互コミュニケーション)が作れていない状況と同じです。このままでは太平洋戦争の時と同じでほぼ失敗することは間違いのない図となっていますので、ご注意ください(失敗の本質に学ぶ図です)。
今回は23の組織的ジレンマのうち戦略と指標に絡む3つのジレンマを例に取り上げ説明しました。自己紹介図 作成時に感じた「夢と悪夢」の関係は戦争での「勝者と敗者」であり、戦略構築における「新指標と既存の指標」です。さらに「失敗の本質の23のジレンマ」を「今の自分」図に重ね合わすことにより、現在の状況を改善できることも分かりました。所詮夢と悪夢は表裏一体(紙一重)です。「新しい指標」を見付けられたかどうかの違いです。
そこで提案、現在各自が抱えているプロジェクトもしくは所属している企業での仕事をシリコンバレーに学ぶ人材活用術で説明した方法で「今の自分」図として描き、その図で最も問題になっている事、もしくは最も効果的と思われる ことから、検討・実施していただければと思います。こうして、問題の原因を外部環境のせいにすることなく、自分から問題解決にアプローチするアントレプレナー精神を磨くのに役立てていただければ幸いです。
注1)「戦争の本質 日本軍の組織論的研究」戸 部良一、寺本義也、鎌田伸一、杉之尾孝生、村井友秀、 野中郁次郎 中央公論社 1991年8月10日 初版発行
注2)『「超」入門 失敗の本質 日本軍と現代日本に共通する23の組織的ジレンマ』 鈴木博毅 ダイヤモンド社 2012年 4月5日 第1版発行
2016/01/12
文責 瀬領浩一