145.起業の場所と設備

145.起業の場所と設備

―どこで起業するのー

はじめに

 ここまで「夢を実現する創業」を参考に、起業で実現したい夢をまとめ、それを実現する事業計画の書き方を説明してきました。
 「事業計画の作製」でも述べましたが、いまや「起業開始」の段階ですので、いかにやるかが重要です。今回は起業活動の6W2H(When、Where、Who、Whom、 What、 Why、 How、 How much)の中で大きな費用要素となりそうな、Where(どこで行うか)を決めます。

 細かいことを書いていくと、お読みになる方も大変かと思いますから、まずは起業活動に役立つ参考資料として、中小企業基盤整備機構のホームページにある「J-Nnet21起業マニュアル」を紹介します。このホームページには起業をしてみたいと思った時から、起業完了に至るまでの間に参考になる情報がぎっしり詰まっています。起業をしようと思っているが、やり方がよくわからない人が読むには役立つホームページです。

第1章 J-Net21 起業マニュアル

 起業活動についての説明が書かれている中小企業基盤整備機構の「起業マニュアル」の全体図を知っていただくために作成したのが 「図表1 J-Net21 起業マニュアル」です。

vbl-00401.jpg図表1 J-Net起業マニュアル

出典: https://j-net21.smrj.go.jp/startup/manual/index.html(アクセス 20210607)
  こちらをクリックすると、この詳細図を見ることができます。

 この図にあるように、起業マニュアルは
1.起業を知る
2.アイデアを形にする
3.人・物を準備する
4.お金を準備する
5.事業計画書をつくる
6.開業手続き
7.集客・販促のやり方
8.人事・会計の実務 8つのパートに分けて説明し、最後の
9.業種別開業のヒントでは、小売業、飲食業、サービス業における開業のヒントについて述べています。

 図表1の図面をクリックすると表示される詳細図には175個の詳細項目が書かれています。これをA3用紙に印刷すれば、全体像を1枚で見ることができます。

 またこの図の順序では事業計画書を作るのは 3.人・物を準備する、4.お金を準備する の後になっております。このシリーズとは順序が違います。これは従来のプロジェクト管理がPDCAサイクル(Plan, Do, Check, Action)であったのを今回はOODAループ(Observe, Orient, Decide, Act)もしくはアジャイル、と言われる開発手法に変えて説明しているためです。このシリーズの読者の方は起業が初めてという人も多いかと思いますので、起業活動を行いながら活動結果をよく観察して、その結果を次の活動サイクルに反映させながら実行するというアジャイル方式にしているためです。たとえば起業活動の現状が計画作成時と違っていると感じた時には、図表1の「5.事業計画を作る」の「事業計画の書き方」を参考にして、事業計画を現状に合うように直しながら進めるというやり方です。

第2章 製造業の場合

 総務省の日本標準産業分類によれば、製造業とは、主に次の2つの業務を行う事業所のことです。
新たな製品の製造加工を行う事業所であること。
新たな製品を主として卸売する事業所であること。

 このため、製造業の起業場所は、一般的には工場・作業所・倉庫と呼ばれるところです。これらをすべて購入すると費用が莫大となるため、起業当初は起業場所の一部はテナントとして借りることを考えた方がよいかもしれません。各地で貸倉庫・貸工場の案内を行っている会社もありますのでHP等で調べる、思いがけない施設が見つかるかもしれません。現在の日本のあちこちに元工場地帯というところが売り出されている場合がありますので意外といいところが見つかるかもしれません。

 また機械の購入費だけでも500万~2000万円くらいかかることが 多いので、まずは自社の競争力の源泉となるような部品の生産と商品の組み立てといったぐあいに重要業務から社内で行うようにしたらいかがでしょうか。汎用的な工作機械で生産不可能な自社特有の部品は自社で行うために、専用の工作機械を購入するか、3Dプリンター等で生産できないかを検討してみる価値はあります。
 ただ機械製品等の場合の工場建設の場合は、騒音等の問題が発生しがちであり、地域によっては許可されない場合もあります。十分注意して起業の場所を選ぶ必要があります。

 そのほかの汎用的な工作機械で作れる部品は、社外から部品として購入すれば、工場への初期投資は少なくて済みます。

 また宣伝の費用やモノづくりのための人件費もかなりかかりますから、生産物や生産プロセスもMVP(Minimum Value Product)を目指すのも良さそうです。
 このため第一に狙う具体的な顧客層を決めておかないと製品仕様もが決められず、いくらあれば資金が十分などと言えません。

 食品等の製造業の場合には、健康衛生等の安全管理にかかわる許可がいるものもあり、起業の手続きであげたように、届出が必要な業種の場合はその許可がおりやすい場所かどうかにも注意した方がよさそうです。

第3章 共同研究の場合は

 第2章は、ビジネスモデルがはっきりしているケースですが、大学いうこともありますので、共同研究の場合はどのように起業するかを想定してみましよう。

 このシリーズの2010年12月の「50.共同研究の提案準備モデル」でMOTのケーススタディについて報告したものを参考にします。これはケーススタディであり、 事例ではありませんが、この時作られた取引モデルは以下の通りでした。

vbl-00402.jpg図表2 共同 研究の提案準備モデル(産学官連携モデル)

 図表2共同研究の提案準備モデル(産学官連携モデル)では企業から見た共同研究モデルを書いています。現状の金属加工技術をベースとした商品開発に、CAD技術を導入して、設計部門の充実を図りお客様への提案力の強化を可能にする仕組みの開発を提案しています。

 大学側は過去にCAD技術を使った商品開発についての特許とソフトウェアを研究しその試作品を持っています。今回はその実用化に向けての共同研究を提案しています。企業側はその特許を利用して、顧客への提案力を強化する共同研究となっています。新しい企業を作る起業提案ではありませんが、新しい事業システムを作るコーポレートベンチャーです。

vbl-00403.jpg図表3 共同研究の提案準備 取引モデル

 図表3はこの時作られた取引モデルです。この図では「人形マーク」は人、「〇」マークはモノ、「¥」マークは金、四角枠は組織、矢印は取引関係を示しています。共同研究先企業は、「大学研究室」であり、その成果物は「販売代理店」「NET販売店」との取引を通じて「顧客に」届けられます。 企業側から見ると技術開発センターの一部が、大学の研究室の中に設置されたような形です。今では当たり前のことになっていますが、この提案作製は2010 年ころでしたが、ネット販売の機能も追加の予定でした。ただこの時はまだ、自社の中に通販機能を設立することは考えていませんでした。   

 2021年7月10日の朝日新聞朝刊の『通販サイト自社独自で 開設サービス利用 大手へ出店より割安』によるとこれまでは通販サイトを作り宣伝するために手間がかかりました。ということでこれまでは大手の「モール型」と呼ばれる通販サイトが個々の企業に出店するのが普通でした。大手のモールであり、大手モールからの支援も受けられ、 信頼性も高く、集客力があるのが特徴です。ところが最近はそれほど手間や金をかけなくても、通販サービスの利用ができるようになってきました。

 ということで自社のブランド力のある会社は、自社モールを作ることが可能になり、自社の特徴を活かしたモールサイトをプラットフォームにしたビジネスが展開できるようになりました。

 最近はこうした相談やサービスを行うインターネットサービスが出てきていますので、通信販売の拠点については場所の制約は少なくなって来ました。そのうえ社員もコロナ対策のための、リモート勤務に慣れてきました。この結果これまで世界の動向に後れを取っていたインターネットを使ったDX(Digital Transformation)と呼ばれるビジネスが普及しつつあります。

第4章 出店地域の選び方 

 事業を始める人の立場からどこで起業するかを考えれば、自宅近くが最もありがたいわけですが、「事業計画の作製」で取り上げた夢野さくらの「起業モデル」のような物流業務の場合は、客様の都合に合わせて商品を提供できる地域を選ぶことになります。また第2章で述べた製造業にしても、第3章で述べた共同研究についても、図表3のような取引モデルを通じて最終的には顧客へ自分の商品が届かない限り、自分の事業は続けられなくなります。製造会社が、販売会社が売り上げを達成できなかったから、わが社の経営がおかしくなったなどとは言っていられないわけです。すなわち直接的にしろ、間接的にしろ、出店・店舗モデルと考慮に入れて対策がとれるような、対策(Plan B)を考慮しておく必要があるわけです。ということで、出店モデルについてもどのようにやったらいいかを販売先とともに検討することになります。

 今回のテーマである、事業を行う場所と設備について調べるために図表1のJ-Net 起業マニュアルの「3.人・物を準備する」の「物を準備する」を選ぶと以下のような項目が出てきます。

事務所を借りる
事務所の形態
出店地域の選び方
店舗物件の選び方
店舗内装工事とは
リース調達とは
仕入先の探し方
仕入のポイント
仕入れるときに決めること
仕入品を管理するには
店舗マニュアル作成のポイント

 ということで「夢を実現する創業」に出てくる「夢野さくら」のような場合はこの中の「出店地域の選び方」から選ぶと次のようなことが出てきます。

商圏の考え方:商圏とは出店地に来る顧客のいる範囲のことです。
商圏の人口や世帯数、事業所数を調べる
商圏の市場規模を推計する
競合店の調査については次の3つが書かれています。
1.競合店のチェックポイント
2.競合店とのシェア配分の計算事例
3.競合店との差別化

1.競合店のチェックポイントでは競合店について次のようなことについて調べます。

客数(曜日別、時間帯別、男女別、年齢層別など) 
売場面積
商品・価格構成
店舗レイアウト
販売員の人数・男女比
接客態度
営業日数(年中無休、定休日、不定休)
営業時間
商品の陳列状態
照明の明るさ
BGM(選曲、音量)
エレベーター、エスカレーター
トイレなどの付帯設備
駐車場(台数、駐めやすさ)
空調
広告、店頭POP
タイムサービス
ポイントカード

と書かれています。

2.こうした競合店の実態を知ったうえで、競合店とどのようなシェア配分なるかを試算するための計算の事例が掲載されています。それを 参考にして計算すればよいわけです。

3.この結果を考慮して計算した配分を実現するための差別化の案をまとめます。

4.1 商圏を歩いて調査する

 商圏候補が決まりましたので、次に商圏をさらに細かく調査します。まずは商圏を探すために「一戸建て、マンション、社員寮、公営住宅、社宅など、どんな住宅が多いのか確認しましょう。また、事業所や学校の人の流れ、街の雰囲気を自分の目で確認しましょう。競合店に限らず商圏内の他の商店を見ることで、さまざまなヒントを得ることができます。検討中に見逃がしていた客層や、 営業上の工夫を発見できるはずです。他にも交通網の変化や新しい施設の建設など、顧客の動きに影響を与える事象には注意しましょう。」といったことが書かれています。これはこのシリーズの事業計画の作製の「図表4 夢野さくらの起業モデル」の顧客セグメントを決めるときの参考にも使えます。自分の目で現場を見考え方をまとめることは営業の場合だけではなく、それ以外の場合でも物事を決定するための重要な行動原則です。十分注意して再検討しましょう。

 営業という立場から考えると、お客様に近いところに営業拠点を持つのが良さそうですが、売る物を作る製造拠点を考えるのであれば、工場の設置場所が最も重要でしょうし、農業を営むためには天候や気温が重要だし、コンサルティングのようなサービスを行うのであれば、高度技量を持った人材の集まりやすい場所やこれまでの自分とお付き合いのあった人のいる場所などを中心に考えることになります。自分の夢に合わせて起業地域を考える必要があります。最近はテレワークとテイクアウトやネットビジネスなどITを使う技術が進んでいるので、年令が低い人を顧客にするお店の場合は、ネットビジネスも併用することにすれば、物理的な商圏がすべてを決めることにならないかもしれません。

 時には、地方自治体や地方公共団体の起業支援センターや融資も行われている場合もありますので、それらの支援をうけられる地域を含めて起業地域を選ぶ方法もありますので、その支援を受けられるように起業地域を変えることもあります。

 これらの支援情報を知るためには、インターネットでその地域でどのような支援が行われているかを調べるとか、自分の起業に関係することについてお付き合いのある人たちに相談することになります。

 この結果を、「142.アイデアとコンセプトの整理」の図表4でとりあげた起業家思考図の、「狙い」図の左中にある「外部資源」のリストにも反映させます。新しいお付き合い先が見つかったら、新しい外部資源を追加しておきましょう。この際、今回の起業活動には関係ないと思われる外部資源は削除し整理しておけば、見やすくなります。

 さらに、この外部資源は他の場合に使える汎用的な資源だと思ったときには、「142.アイデアとコンセプトの整理」の図表3でとりあげた起業家思考図の「自己紹介」図の左中の「外部資源」にも追加しておきましょう。このように起業家思考図を、必要に応じて更新しほかの図との整合性を取るようにしておけば、「全体最適」と「部分最適」を図ることが可能となり、起業家思考図はますます役に立つものになります(着眼大局着手小局)。

4.2 地域が先に決まっているケース

 このように、やりたいことが決まっていて、起業したい場合とは逆に、自分の住んでいる地域が、すでに他とは違った特徴を持っており、それを有効に利用したいと考えている場合もあります。たとえは「138.ボランティア活動の危機」でご報告したように、東京都心から1時間くらいの距離にありながら、山間の里山の中にある「よこみね緑地」の場合は、その山間という場所の斜面の林にある樹木、草花、昆虫、野鳥、動物、また 湧水が出る水辺であることで育つ魚、昆虫、 動物、水草、鳥、さらには草が広がる広場に生える草花、昆虫、野鳥といった豊富な資源と接することができますので、自然と触れ合いながら、これからの人生を楽しむ方法を学ぶとか心の癒しを育てるとか、さらに都心から離れた場所であっても開拓するノウハウを身に着けるといった場として使うことができます。すなわち都心に住んでいる人がこれからSDGs(注)のような、環境にやさしい仕事のやり方を学びあう場を作れるわけです。

 この方法は、その地域の特徴を生かすわけですから、そのもととなるものは自然環境だけではなく、生物の起源もしくは繁殖地点、歴史的遺物や習慣、過去に栄えた食料生産、地元の名産物等も検討の対象となります。さらに自分のやりたいと思っていることがこれらの状況とマッチしておればビジネスチャンスを拡大してくれます。
(注)SDGsは2015年9月の国連サミットで採択されたもので、国連加盟193か国が2016年から2030年の15年間で達成するために掲げた目標です。

 適切な出店地域が決まれば、次は店舗となる物件を選びます。「J-net21 起業マニュアル」の「3.人・物を整備する」の「店舗物件の選び方」 https://j-net21.smrj.go.jp/startup/manual/list3/3-2-4.html、(アクセス  2021/06/07)には次のようなことが書かれています。

4.3 店舗コンセプトの明確化

<店舗探しのポイント>
1.面積
売店であれば品揃えや在庫量、飲食店であれば座席数や厨房の面積を考えます。店舗面積が広ければ売上は上がりますが、賃料は高く、従業員数も必要になります。

2.立地 お客様が来てくれそうな度合いの条件
最寄駅からの距離
大通りに面しているか
駐車場の広さ
平日、休日、ギルや夜の通行量
階数(1階や2階は地下に比べて有利)
間口や入口の広さ
通行人から見やすい大きい看板が出せるか
周辺環境
競合店の出席状況

3. 賃料
管理費に含まれる主な項目は次の通りです。
共用設備の点検費、営繕費(空調設備や照明、エレベーターなど)
建物全体に対する警備員費
植栽などの管理費
駐車場の維持費
上記に関する人件費、業務委託費、事務費
敷金・保証金
これらを見積もる必要があります。

4. 設備
トイレ、水回り、電気、空調、照明、ガス、エレベーターなどの確認
視認性の高い看板がだせるか
スケルトン(建物の骨組)だけの場合は内装工事費

その他注意事項として次のようなことも書かれています。
1. 定期借家契約
2.アスベスト調査と耐震検査
3.チャレンジショップ
起業家向けの安い賃料で店舗を貸し出す制度。行政や中小企業支援機関が募集している。

おわりに

 以上、起業の場所と設備について、考慮するポイントをまとめました。今回参照資料として取り込んだ「J-Net20 起業マニュアル」を読んでいくと、起業についての細かい手続きや、起業のポイントを知るためには「J-Net21 起業のマニュアル」を参考にして起業を始めれば十分ではないかと感じた次第です。

 ただ、新しい時代の動きや、変わりつつ社会に対応するには、「J-Net21 起業マニュアル」に書かれているように、「現地」「現場」を訪れ、最近の技術・経済・社会の動きに取り残されないように起業を進める必要があることを知らされました。
 その上でアジャイルな活動をされることです。


参照資料
瀬領浩一「50.共同研究の提案準備モデル
https://o-fsi.w3.kanazawa- u.ac.jp/about/vbl/vbl6/post/050.html、(アクセス 2021/06/10)

瀬領浩一、2021「142.アイデアとコンセプトの整理
https://o-fsi.w3.kanazawa- u.ac.jp/about/vbl/vbl6/post/142.html(アクセス 2021/06/11)

瀬領浩一、2021「138.ボランティア活動の危機
https://o-fsi.w3.kanazawa- u.ac.jp/about/vbl/vbl6/post/138.html(アクセス 2021/06/11)

総務省、「日本標準産業分類」
https: //www.soumu.go.jp/toukei_toukatsu/index/seido/sangyo/index.htm、(アクセス  2021/07/14)

中小企業庁、2018「平成30年 夢を実現する創業」
https: //www.chusho.meti.go.jp/keiei/sogyo/pamphlet/2016/download/h30Sogyo.pdf、 (アクセス 2021/06/10) 

中小企業基盤整備機構「J-Net21 起業マニュアル」
https://j- net21.smrj.go.jp/startup/manual/index.html(アクセス 20210607)(アクセス  2021/06/07)

中小企業基盤整備機構「J-net21 起業マニュアル」の「店舗物件の選び方」
https://j- net21.smrj.go.jp/startup/manual/list3/3-2-4.html、(アクセス 2021/06/07)


益田暢子、2021『通販サイト自社独自で 開設サービス利用 大手へ出店より割安』、2021年7月10日、朝日新聞 


2021/07/16
文責 瀬領 浩一