これまで、「学生起業の廃業-廃業しても感謝されるために-」では、資金不足で企業活動を続けられなくなり、廃業せざるをえなくなった場合の、廃業のやり方、「学生起業の破産-個人事業破産処理の仕組み-」では、事業継続に必要な資金を自分の資産をすべて使い果たしても調達できなくなった場合の破産処理の進め方をまとめました。これらは、いかに事業をやめるかをまとめたものですが、今回は種々の要因で事業を続けられなくなった場合に、どのようにして事業を引き継ぐ(承継)かをまとめました。
今回参考したのは、現在の日本の事業の承継の方法を中小企業庁の立場でまとめた「事業承継ガイドライン」と、それを実現するときの活動を独立行政法人 中小企業基盤整備機構が事業者支援の立場からまとめた「中小企業経営者のための事業承継対策」の2つです。
個人事業主の学生起業家をめざして活動されている学生さんに、卒業後は現在挑戦している学生起業事業を継続しますか、と聞くと成功するかどうかもわからないので、
まだ考えていない とか
企業に就職します
兼業が許される企業に就職する予定です
就職決めた企業が兼業を許さない場合は、就職はあきらめます
という人が多いかと思います。
中には事業が成功するまで卒業時期を延長しますという人とか、両親もしくは親戚の事業を継いで個人事業主になりますという方もいらっしゃるかもしれません。
ということで、せっかく起業したのだから何とか続けて、大成功にもっていきたいと夢見ているのが本音かと思います。とはいえそれほど成功していないと感じた人は、廃業し学業に専心したいとおっしゃるかもしれません。
ちょうどこのようなことを考えているときに、中小企業庁のホームページで見付けたのが「図表1 事業承継ガイドライン第3版」です。
出典:2022 事業承継ガイドライン第3版(中小企業庁) https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/download/shoukei_guideline.pdf(アクセス 2023/09/16)を参照して作成
この記事の「はじめに」には次のようなことが書かれています。
2025年を目前に控え、事業承継はいよいよ待ったなしの状況です。また、事業承継の形態も、これまで中心であった親族内承継だけでなく、従業員承継や第三者承継 (M&A)も増加しつつあり、必ずしもこれまでの常識であった親族の間で事業承継の取組以外のケースも増えつつあると書いています。こうした状況を踏まえ、現経営者、後継者候補、そして支援機関の方が事業承継の取組を着実に進められるよう、事業承継に関する最新の実務慣行等を反映させ、より詳細な説明とするなどの改訂を行いました。
この改訂では、元のガイドラインの基本的な構想は変えず、
1.事業承継にむけた早期取組の重要性
2.事業承継に向けて踏むべき5つのステップ
3.地域における事業承継支援体制の強化の必要性
の3点を中心として、中小企業・小規模事業者との円滑な事業承継のため に必要な取組、活用すべきツール、注意すべきポイント等を紹介しています。
ということで、「図表1 事業承継ガイドライン」の目次を見ると
1.事業承継にむけた早期取組の重要性は
「第一章 事業承継の重要性」に
2.事業承継に向けて踏むべき5つのステップは
「第二章 事業承継に向けた準備の進め方」に
3.地域における事業承継支援体制の強化の必要性
「第六章 中小企業の事業承継をサポートする仕組み」に
述べられています。
「第三章 事業承継の類型ごとの課題と対応策」と「第四章 事業承継の円滑化に資する手法」は「第二章 事業承継のステップを実行するときに発生する課題について述べています。
ここまでの話は、会社として事業を行ってきた多くの中小企業事業者の承継活動を前提として、手続きを整理して説明されています。
しかし個人事業主の場合は、資産の責任のとり方が会社の場合と違うため、「第五章 個人事業主の事業承継」では会社の場合と違う、個人事業主のやり方を説明しており、必要な仕事だがやりかたが書かれていない事は会社の場合と同じですと書かれているため、会社の承継の進め方を読むこともあります。
お客様が個人相手のビジネスを行っている個人事業であっても、仕入先が会社になることはよくあることですから、会社のルールを知っておくことがすべて無駄になるわけではありません。ステークホルダー (利害関係者)のビジネスルールを学ぶいい機会だと思って会社の場合についても目を通してください。
最後の第六章は地域における事業承継支援体制強化に必要なことに対応したもので、学生起業家が学んでいる大学や住んでいる住所のビジネスの状況を知りたい時に必要とする情報も含まれることになります。
このように考えると、このガイドラインはまさに学生起業家にとって必読の記事です。ということで、今回はこのガイドラインをもとに個人事業の承継を中心にまとめました。
2.1 中小企業の事業承継を取り巻く現状
(1)中小企業の重要性
中小企業が我が国経済・社会の基盤を支える存在であることは、改めて指摘するまでもありません。中小企業は我が国企業数の約 99%(小規模事業者は約85%)、従業員数の約69%(小規模事業者は約22%)を占めており、地域経済・社会を支える存在として、また雇用の受け皿として極めて重要な役割を担っています。
(2)経営者の高齢化
1990年代前半に平均4.7%であった経営者交代率は長期にわたって低下傾向にあり、本ガイドラインが前回改訂された2016 年以降も大きな変動はなく、足下5年間の平均では3.8%となっている。これに伴い全国の経営者の平均年齢も、1990年の54.0 歳から一貫して上昇を続け、2020年には初めて60歳を超えました。
(3)中小企業における事業承継の現状
①後継者確保の困難
日本政策金融公庫総合研究所が2020年に公表した調査によれば、調査回答企業4,759社のうち経営者の半数以上が廃業を予定していると回答している。そのうち廃業を予定している企業に廃業理由を聞いたところ、「そもそも誰かに継いでもらいたいと思っていない」(43.2%)、「事業に将来性がない」(24.4%)に続いて、「子供がいない」「子供に継ぐ意思がない」「適当な後継者が見つからない」といった後継者難を挙げる経営者が合計で29.0%に達した。この背景には、近年の息子・娘の職業選択の自由をより尊重する考え方の広が りや、足下の業績から予測される自社の将来性が不透明であること等、事業承継に伴うリスクに対する不安の増大等の事情があると指摘されています。
②親族以外承継の増加
(4)早期取組の重要性
(5)企業の更なる成長・発展の機会としての事業承継
経営者の交代があった中小企業においては、交代のなかった中小企業よりも売上高や利益の成長率が高いとの報告もあり、事業承継を円滑に行うことができれば事業の成長の契機となるようです。さらに、事業承継時の年齢が若いほど成長率が高い傾向にあることも報告されている。中小企業経営者や後継者は、事業承継が単なる経営者交代の機会ではなく、企業の更なる成長・発展の機会であることを認識した上で、事業承継に向けた準備や承継後の経営に臨むことも重要です。
(6)地域や業種等によって異なる事業承継の取組の進捗
2.2 事業承継とはどのようなものか
(1) 事業承継の類型
事業の類型としては、「図表2 事業承継の類型に」あげたように、「親族内承継」「従業員集計」、「社外への承継」(M&A)の3つに分けています。
出典:事業承継ガイドライン第3版(中小企業庁) https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/download/shoukei_guideline.pdf(アクセス 2023/09/16)を参照して作成
これまでの中小企業の承継は、主に親族内承継でした、しかしながら事業主の高齢化と事業に関する技術等が高度になると、親族内だけでは、適切な人材を選ぶことができなくなると、身近な従業員への承継や社外への承継も増えてきています。「図表2 事業承継の類型」はこれらを、「主な特質」、「近年の傾向」、「おもな留意点」に分類してまとめた一覧表です。
これを見ていると今後は、親族・従業員以外の社外への承継が増えることが期待できます。ただこれまでは対象となる中小企業事業者は、高齢の会社営業者ですから、学生起業家はほとんど対象となりませんでした。むしろ、後継者として、事業を承継する起業家として参加することで、承継当事者となる可能性が多いかもしれません。
同様なことが「図表3 中小企業経営者のための事業承継対策」にも書かれています。
図表3 中小企業経営者のための事業承継対策に計画的に取り組むことの重要性
出典:中小企業経営者のための事業承継対策(中小機構)
https: //www.smrj.go.jp/tool/supporter/succession1/frr94k0000000vbi-att/2023_zigyosyokeitaisaku.pdf(アクセス 2023/09/18)
このデータの掲載元の中小機構は、中小企業庁の管理のもとにある「独立行政法人中小企業基盤機構」のことです。
中小機構は、国の中小企業政策の中核的な実施機関として、起業・創業期から成長期、成熟期に至るまで、企業の成長ステージに合わせた幅広い支援メニューを提供しています。地域の自治体や支援機関、国内外の他の政府系機関と連携しながら中小企業の成長をサポートしている組織です。
この記事に書かれていることは、
1.事業承継の現状と、計画的に取り組むことの重要性
2.計画的な取り組方法
3.中小企業に対する支援施策の紹介となっており
事業承継ガイドラインとほぼ同じ構造です。
その違いは、事業承継を支援する人たちの立場で書かれていることです。
個人事業の事業承継は「図表4 事業承継のステップ」の手順で行います。
出典 2022事業承継ガイドライン第3版(中小企業庁)
https: //www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/download/shoukei_guideline.pdf(アクセス 2023/09/16)を参照して作成
個人事業主の場合は、経営者は「屋号」の代表者として事業を経営し、取引先や顧客と契約関係をもち、事業用資産も「個人事業主」自身が所有しております。したがって、経営の承継をおこなうためには、単に「廃業届」を提出するだけでは不十分で、それら契約関係・所有関係の承継が不可欠となります。この意味で個人事業主においては「人(経営)の承継」と「資産の承継」は表裏の一体の関係にあるといえます。
たとえば事業承継とは、 "現経営者から後継者へバトンタッチ" をおこなうことですが、事業主がこれまで培ってきたさまざまの財産(人・物・知的資産)を上手に引継ぎ、承継後の経営を安定させるために重要です と書いて「図表5 事業承継3つの項目」のような図で説明しています。
出典:中小企業経営者のための事業承継対策(中小機構)p10
htps: //www.smrj.go.jp/tool/supporter/succession1/frr94k0000000vbi-att/2023_zigyosyokeitaisaku.pdf (アクセス 2023/09/18)
この「図表5 事業承継3つの項目」は承継活動全体を1枚の図として見やすく書いています。このため忙しい学生起業家の皆さんには「図表5 事業承継3つの項目」 がこの後に書いている定量的に細かく説明する記事より、記憶に残りやすくなります。そのうえ人・物・金・情報(知的資産)を一緒に見られる(一枚ベスト)ことにより、バランスの取れた意思決 定に役立ちます。とはいえ、その一言が信頼できるのことであるかを確認する情報も同時に提供する必要があります。それが次に示すような説明です。
「人(経営)の承継」
中小企業庁の2019年 版では、個人事業主と先代経営者の関係について、個人事業主が先代経営者の子であるとの回答が75.3%であったものが、いまや個人事業者の次世代への承継先が親族である割合は44.7%と減少してきている と書かれています。また事業主の内部昇格が64%他社経験は54%という数字も書かれています。
すなわち、以前の事業承継では先代の考え方を次の世代に伝えることが多かったのが、時代の変化に対応して徐々に他社経験がある人材に引 き継がれることも増えて来ていると言っています。
経営的には事業承継者に引き継ぐものは、経営権・経営資源・物的資産の3つに分けていますが、個人事業では経営権と経営資源は「人の継 承」としてまとまっているということです。「139 .みんなで世界を良くしよう-企業か意識で組織を変える-」に書いた丁稚奉公の考えかたです。
「資産の承継」
① 個人事業主の保有する事業用の資産
経営者個人が賃借してきましたが、事業の継続に必要な資産について、個々に現在の所有者から切り離して後継者へ承継する必要があります。個人事業主が保有する事業用資産の構成は土地・ 建物の不動産で6割超を占めています。この土地・建物については、例えば店舗兼住宅といった形で経営者個人の用途と事業用という二つの用途に用いられている資産もあるため、事業用資産の承継のみならず、現経営者の個人資産の承継についても同時に準備しなければならないことが多いわけです。
もの以外にも事業用資産には経営理念をはじめ、会社が持つ信用力やブランド、ノウハウや技術、顧客・従業員・取引先などが該当します。
個人事業は、事業主が培った技術や信頼関係を軸に運営していることが多いため、計画的に後継者の育成に取り組む必要があります。
② 税負担への対応・分散の防止
事業用資産の承継に当 たっては、これまでは親族内承継が大半を占めていること から、相続・贈与による場合が多いものと考えられる。したがって、相続税・贈与税の負担への配慮が重要であり、対応策としては会社形態の場合と同様です。 特に、個人事業主の所有する事業用資産のうち土地が大きな比重を占めていることから、小規模宅地等の特例が多く活用されています。
加えて、2019年度税制改正により、個人版事業承継税制が10年限定の措置として創設されました。さらに認定を受けるためには、2019年(平成31年)4月1日から2024年(令和6年)3月31日までに、認定経営革新等支援機関の指導及び助言を受けた旨を記載した個人事業承継計画の提出が必要です。このため、認定を受けるまでの期限を考えると、これから検討を始める人達には利用できない制度になりつつあると考えたほうがよさそうです。
事業用資産が分散してしまった場合の影響は、会社形態の中小企業において株式が分散してしまった場合よりも表面化しやすい特徴がありま す。例えば、先代経営者の死亡等により事業用資産である土地や建物、器具備品等が相続人の間で共有状態に陥ってしまった場合、後継者は当該資産の処分を伴う設備の更新 や業態転換等を自由に行うことが困難となります。このような事態を回避するため、遺留分に配慮した生前贈与による早期の承継や、遺言等の適切な活用を検討すべきです。
なお、近年は個人事業主においても社外の第三者へ事業承継を行うケースが増えてきているとの指摘があります。その際は、事業譲渡の手法としてはM&Aを活用することができます。
「知的資産の承継」
個人事業主においても、事業の強みの源泉である知的資産を承継することは、事業承継の成否を決する極めて重要な取組です。特筆すべきは、会社形態で様式を承継する場合のように事業承継前後で法人格が維持されるわけではないため、事業遂行に必要な許認可等を後継者が取得し直し たり、取引先等との契約関係を引き継いだりする必要がある点です。事業承継の準備段階から、支援機関の助言を得て、後継者による許認可等の取得に向けた準備を行っておくことが、円滑な事業承継の観点からも有益です。
これまでの日本の中小企業のなかでも小さめの小規模事業者の場合には、親戚・社員に事業を承継するのが普通で、さもなければ廃業と思われて来たかと思いますが、「図表6 中小M&Aガイドライン 目次」の考え方にもとづいた社外への承継を増やそうという考える方も増えてきています。
出典:中小M&Aガイドライン(中小機構)
https: //www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/download/m_and_a_guideline.pdf(アクセス 2023/09/20)
① M&A支援機関
従来、マッチングのために支援機関に相当額の手数料等を支払う資力のない個人事業主は、M&Aによる引継ぎが困難でし た。しかしながら、近年、個人事業主も対象に、安価に支援を行う民間のM&A支援機関が登場し始めており、近い将来に廃業することを検討している個人事業主であって も、廃業以外の選択肢が現実的にあり得るとの認識のもとで、M&Aによる引継ぎを積極的に検討することが望まれています。
特に近年、オンラインのM&Aプラットフォームが急速に普及しつつあり、インターネット上のシステムを活用し、オンラインで譲渡側と譲受側とがマッチングできる場が提供されています。こうしたM&Aプラットフォームの中には、特に譲渡側については無料で登録できるものも相当数存在しています。
② 後継者人材バンク
事業承継・引継ぎ支援センターにおいては、個人事業主を含め、後継者不在の中小企業である譲渡側と譲受側のマッチングを支援しています。特に個人事業主が営む事業の第三者への承継を支援するため「後継者人材バンク」事業が行われています。これは個人事業主の後継者問題の解決と同時に創業の促進を図るものです。
出典:後継者人材バンクとは?利用手順やメリット、課題を徹底解説
https://the-owner.jp/archives/2907(アクセス 2023/09/23)
「図表7 後継者人材バンクスキーム」は、後継者不在の小規模事業者(主として個人事業主)と創業を志す個人起業家をマッチングし、店舗や機械装置等を引き継ぐものです。マッチング後の一定期間は起業家と先代経営者が共同経営を行うことによって、経営理念や蓄積されたノウハウ・技術等を引き継ぐとともに、地域の顧客仕入先、取引金融機関等との顔つなぎも併せて行うこととしています。後継者人材バンクは、スキルはあるが経験の少ない学生起業家の欠点を補うすばらしい承継方法です。有形・無形の経営資源を引き継ぐため、ゼロから起業する場合に比べ、大幅に創業リスクを低減させることができるという特徴を有しています。
これまで述べてきたように、概ね60歳以上の経営者に対して事業承継に向けた早期・計画的な承継準備を促し、円滑な事業承継を実現することが喫緊の課題となっています。
このような状況を踏まえ、国における支援制度の整備と歩調を合わせるように、各支援機関において、中小企業の事業承継を支援しようとする取組が浸透してきています。商工会議所・商工会の経営指導員、金融機関等の身近な支援機関をはじめ、 税理士・弁護士・公認会計士等の士業等専門家や、事業承継・引継ぎ支援センター等の公的・専門的な支援機関が、それぞれの立場から支援業務に関与し、その役割を担っています。
M&Aの譲渡側と譲受側のマッチング等については、仲介者や FA(フィナンシャル・アドバイザー)、M&Aフォーマーも支援業務を行っています。このように、中小企業経営者の周囲には、身近な支援機関から専門的な支援 機関まで、多様な支援機関が存在しています。小企業経営者としては、まずは金融機関や商工会・商工会議所の経営指導員をはじめ、顧問税理士・顧問弁護士など、身近な支援機関に声を掛けてみることが、事業承継に向けた準備の第一歩となり、事業承継を希望する現経営者や、承継後間もない経営者に対して、支援機関が伴走支援を行うことで、事業承継の準備に早期に着手すべき必要性や、後継者候補を確保するために取り組むべき課題、 承継後の事業・組織改革等について、気付きを提供し、円滑な事業承継の実現 につなげること等が考えられます。このような支援に当たっては、「経営力再構築伴走支援モデル」が有効と考えられることから、これも一つの参考に支援機関による支援が行われることが期待されます。
また、各々の支援機関は自らの専門分野に責任をもって取り組むだけでなく、支援機関相互の連携を図りつつ、より良い事業承継の実現に向けたステップ毎の支援を切れ目無く行う体制が、あらゆる類型の事業承 継に対する支援をワンストップで行う事業承継・引継ぎ支援センターを中心に構築されつつあります。具体的には、全都道府県に、商工会・商工会議所、金融機関等の身近な支援機関から構成される事業承継ネットワークが構築され、直近では年間16万件超のプッシュ型の事業承継診断により、課題やニーズの早期の掘り起こしが行われています。各道府県に設置されたネットワークにおいては、今後の事業承継支援の方向性や参画する関係機関との連携体制などを事業方針として策定し、重点的な支援を行っており、各地方における円滑な事業承継支援を進めるに当たって、地方公共団体による率先した取組みも重要です。また、事業承継・引継ぎ支援センターでは、診断結果に基づき、事業承継計画の策定支援を行っています。
また、全国47都道府県に設置されている事業承継・引継ぎ支援センターは、後継者不在の中小企業のM&Aにおける譲渡側と譲受側のマッチングについても、①中小企業者等からの相談対応(一次対応)、②M&A候補案件の登録機関への橋渡し(二次対応)、③登録機関で対応できない案件等の引継ぎ支援(三次対応)を実施しています。その相談件数・成約件数ともに増加傾向で、2020年度には相談件数が11,686件、成約件数が1,379件に達しています。
なお、事業承継支援を行うに当たって、中小企業に顧問の税理士、弁護士、公認会計士等がいる場合、これらの士業等専門家は専門的な知識を持つだけでなく、中小企業の経営実態や沿革、社内・親族間の人間関係等にも精通しているため、事業承継に向けた準備を実効的・効率的に進めるに当たって貴重な存在となり得ます。したがって、顧問である士業等専門家等と協力し、その支援を得ながら支援を提供することは、円滑な事業承継を実現する上で有益なプロセスであると言えます。なお、事業承継支援を行う中小企業に顧問の税理士、弁護士、公認会計士等がいる場合、これらの士業等専門家は専門的な知識を持つだけでなく、中小企業の経営実態や沿革、社内・親族間の人間関係等にも精通しているため、事業承継に向けた準備を実効的・効率的に進めるに当たって貴重な存在となります。したがって、顧問である士業等専門家等と協力し、その支援を得ながら支援を提供することは、円滑な事業承継を実現する上で有益なプロセスと言えます。
5.1 事業承継診断の実施
多くの中小企業経営者が、事業承継や後継者問題について相談する予定がない、相談相手がいないと考えていることを踏まえると、潜在的な事業承継ニー ズの掘り起こしのためには、支援機関からの積極的なアプローチが不可欠です。他方で、支援機関においても、現経営者のプライベートな領域に踏み込むといった難しさがあることは既述のとおりです。
ということで、支援機関において事業承継診断を活用し、経営者に対して積極的なアプローチが行われています。事業承継診断とは、主に金融機関の営業担当者や商工会・商工会議所等の担当者が顧客企業等を訪問する際、診断票に基づく対話を通じ、経営者に対して 事業承継に向けた準備のきっかけを提供する取組です。なお、事業承継診断の実施に当たっては、経営者の潜在ニーズを拾い上げるために行われることから、対象となる経営者は膨大な数にのぼると見込まれること、診断のために時間を割くのではなく、日頃の支援活動の中で実施することなどから、可能な限り簡潔に、短時間で実施できる方法がとられています。例えば、経営者にとって身近な支援機関においては、日常の経営者との関わりの中で、経営者に対し、事業承継診断票(相対用)に基づいて、対面で診断を実施することが基本とされています(所要10分程度)。診断票を収録した支援機関は、診断結果を踏まえ、経営者が次の支援ステップ(見える化、磨き上げ、事業承継計画の策定、M&A等)に進むことができるよう、最適な士業等専門家の相談窓口や、支援施策等の紹介を行うことが望ましい。 また、よろず支援拠点においては、経営相談等に来訪した概ね60歳以上の124業者に対して診断を行うこととし、適切な支援サービスの提供や支援機関の紹介を行います。
5.2 創業・事業再生との連携
これまで事業承継のあり方、手法等について論じてきたが、企業のライフサイクルである創業、事業再生、事業承継の各ステージは、互いに密接に連関しており、これらを一体として支援することで、より大きな効果が得られるものと期待されます。中小企業・小規模事業者数の減少に歯止めをかけ、我が国の経済・社会基盤を 将来にわたって強固なものにするため、従前の事業承継支援に加え、事業承継と 創業、事業承継と事業再生の連携強化を推進していくことが必要となっています。
(1)創業との連携
現在、多くの市区町村が雇用の拡大や地域経済の活性化・成長・発展等を目的 として積極的に創業支援に取り組んでいます。一方、必ずしも業況が悪くないにも関わらず、後継者不在により廃業を余儀な くされる小規模事業者が多数存在しています。このため、創業希望者と後継者不在の小規模事業者をマッチングさせることによって、経営資源の有効活用に加え、地域の創業率を向上させ、中小企業の減 少に歯止めをかけることが可能となります。具体的には、先に述べた「後継者人材バンク」を活用して、起業家情報を有する市区町村及び創業支援機関と各地の事業承継・引継ぎ支援センターが連携を深めることで、地域経済の活性化に大きく貢献することが期待されます。
(2)事業再生との連携
一般的に債務超過に陥っている中小企業は、後継者候補がいる場合であっても過剰債務への不安等から敬遠され、事業承継が進まない状態になっている場合が多い。他方、こうした中小企業の中にも、突出した技術力や特許・ノウハウ 等を有し、ニッチなマーケットで相当なシェアを有している等の魅力を有する中小企業が一定程度存在します。こういった中小企業については、資金繰りをはじめ個別の事情を踏まえて事業再生の方針等を検討する必要があるところ、事案によっては、M&Aによりその事業を引き継いだ譲受側(スポンサー)のもとでの事業継続を実現すること (いわゆるスポンサー型事業再生)が可能なケースもあります・この際には、中小企業再生支援協議会(※)を利用した私的整理手続(「④業績が悪化した中小企業における事業承継」についてと並行して事業 承継・引継ぎ支援センターを利用したスポンサー選定手続を進める手法等もあり得ることから、両機関は、支援対象となる中小企業の秘密情報の取扱い等に留意しつつ、更に相互の連携を強化していく必要があります。
※ 中小企業再生支援協議会と経営改善支援センターを統合し、令和4年4 月1日から中小企業の収益力改善・事業再生・再チャレンジを一元的に支援する「中小企業活性化協議会」を設置しています。
5.3 事業承継のサポート機関
おもな事業承継サポート機関としては以下のような資格や組織があります。
(1)主な士業等専門家
①公認会計士
②司法書土
③税理士
④中小企業診断士
⑤弁護士
(2)金融機関
(3)商工会議所・商工会
(4)中小企業団体中央会
(5)認定経営革新等支援機関
(6)登録M&A支援機関
(7)公的機関
①事業承継・引継ぎ支援センター
②中小企業再生支援協議会
③よろず支援拠点
④独立行政法人中小企業基盤整備機構
⑤中小企業庁・経済産業局
上記にあげた人たちとネットワークを組み支援を行っている例として取り上げられている公的機関のひとつが独立行政法人中小企業基盤整備機構です。その役割は「図表6 中小機構と支援のネットワーク」のようになっています。
出典:中小企業のそばに、いつも_パンフ(中小機構)
https://www.smrj.go.jp/org/about/services/frr94k000000109s-att/20221227_kikoupamplet.pdf (アクセス2023/09/18)
ここにあるように中小企業庁は経済産業省の下部組織です。さらに「中小機構」は中小企業庁の方針を図表6の中間に書かれているようなさまざまな業務連携・提携機関(https://www.smrj.go.jp/org/about/partnership/index.html)と提携して中小企業 や・小規模事業者に伝えています。中小企業や小規模事業者は、自分の地域に近いところにあるこれらの機関を探し出し、自分の問題に役立ちそうな機関と連携をとるようにしたらよいかと思います。
ここまで、中小企業における事業承継の円滑化に向けて、早期・計画的な取組の重要性や、課題に対応するためのツール、支援体制のあり方など、多岐にわたる課題や方策を紹介いたしました。これらは現在事業を行っている中小企業経営者の方のためです。このガイドラインが、事業承継に関する課題を認識し、各社の事情に応じて必要な準備・対応に着手するための「道しるべ」となることを期待しています。また中小企業支援機関の方には、「事業承継ガイドライン」に書かれている内容を事業承継支援の「スタンダード」として、中小企 業経営者のための事業承継対策の強化に役立てていただいている様子も見せていただきました。
最も重要なのは、中小企業は雇用や地域経済を支える大切な公器であり、その事業承継は、経営者のみならず、支援機関を含むすべての関係者にとっての 「共通課題」であると認識することです。そのためにも、「事業承継診断」の実施などを通じ、経営者と支援機関、現経営者と後継者の間での対話を促進することで、各当事者の意識を喚起し、具体的な取組に繋げていかなければなりません。さらに4.②「 後継者人材バンク」で述べた、起業家に引き継ぐシステムに、次世代の経営システムや、実現技術を身に着けた学生起業家も参加することにより、企業の廃業・ 閉鎖対策のイメージになりがちな承継という言葉に新しい企業のチャンスをもたらすというプラスのイメージを持たせることが可能なります。このアプローチは 5.2 創業・事業再生との連携でも述べているように、これからのビジネスチャンスとして、推進していける可能性があります。
本ガイドラインが、全国の中小企業で事業承継に向けた準備を始めるきっかけとなること、また、地域の支援体制の強化につながることを強く期待しています。
参考文献
事業承継 3つの項目
https: //www.smrj.go.jp/tool/supporter/succession1/frr94k0000000vbi-att/2023_zigyosyokeitaisaku.pdf(アクセス 2023/09/18)
事業承継ガイドライン第3版(中小企業庁)
https: //www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/download/shoukei_guideline.pdf(アクセス 2023/09/16)
瀬領 浩一「学生起業の廃業-廃業しても感謝されるために-」
https://o-fsi.w3.kanazawa-u.ac.jp/about/vbl2/vbl6/post/164.html(アクセス 2023/09/23)
瀬領 浩一「学生起業の破産-個人事業破産処理の仕組み-」
https://o-fsi.w3.kanazawa- u.ac.jp/about/vbl2/vbl6/post/165.html(アクセス 2023/09/30)
瀬領 浩一「みんなで世界をよくしよう-起業家意識で組織を変える-」
https://o- fsi.w3.kanazawa-u.ac.jp/about/vbl2/vbl6/post/139.html(アクセス 2023/10/30)
中小企業のそばに、いつも_パンフ(中小機構)
https: //www.smrj.go.jp/org/about/services/frr94k000000109s-att/20221227_kikoupamplet.pdf(アクセス 2023/09/18)
中小M&Aガイドライン(中小企業庁)
https: //www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/download/m_and_a_guideline.pdf(アクセス 2023/09/20)
中小企業経営者のための事業承継対策(中小機構)
https: //www.smrj.go.jp/tool/supporter/succession1/frr94k0000000vbi-att/2023_zigyosyokeitaisaku.pdf(アクセス 2023/09/18)
2023/09/25
文責 瀬領 浩一