以前営情報学会の分科会の特別研究会で、株式会社三技協様を訪問し、サイバーマニュアル のお話をお聞きしました。その時の様子は情報共有の仕組みつくり をご参照ください。今回はその続きとして、Timed PDCAのお話をお聞ききしました。お話しをお聞きしながら、最近の日本の経済危機の根本は、PDCAで対象としているような「現場力の不足」が原因だろうかというかねてからの疑問を思い出しました。たとえば、iPhone、Google検 索、Amazon、Facebook、液晶テレビなどに対する苦境は現場力というより「経営力や企画力」の問題と思っていました。それなら日本の現場 の強みの基礎となった機械化と同時に採用した、PDCAのようなスキルや考え方を、経営力や企画力に適用する方法を考えてみてもいいのではないかと質問をしました。 その時結論は出ず、その後の打ち合わせで、私が「少人数ベンチャー企業などの経営者に適用する方法の創案」をするという宿題を頂くこととなりましたの で、急遽アイデアまとめました。
当初の品質管理は製造部門や技術部門といった生産に関係のある部門で使われていましたが、これだけでは買い手の満足を十分に得ることは 出来ないと、 最近は全部門が参加して品質管理を実施するTQM(総合的品質管理)が提案されています。TQMでは、市場の調査、研究開発、製品の企画、設計、生産 準備、購買・外注、製造、検査、販売およびアフターサービス、さらに財務、人事、教育など企業活動の全部門全段階にわたる、品質管理活動を対象としていま す。TQMでは、改善だけではなく、改革(イノベーションの一部)も対象範疇としています。
図1 一般的なPDCAのイメージ
TQMでは、作業(活動)の進め方を改善し続け必要な品質を確保する手順をPDCAサイクル言っています。 PDCAは、サイクルを構成するPlan、Do、CheckそしてActの4段階の頭文字をつなげたものです。 Planは従来の実績や将来の予測などをもと にして業務計画を作成すること、Doは計画にしたがって活動を行うこと、Checkは実施が計画に沿っているかどうかを確認すること、Actは実施が計画が合わない活動部分を調べて処置をすることです。 この4段階を順次行って1周したら、最後のActを次のPDCAサイクルにつなげ、図1に示したように、螺旋を描くように1周ごとに サイクルを向上させる(Spiral up)ことにより、継続的に品質や業務の改善を行うという考え方です。
この生産現場で生まれ引き継がれてきたPDCAの考え方を、TQMで言っているようにオフイスにまで広げ、知識労働者の支援をしようと いうのが今回 訪問した株式会社三 技協様の提案されているTimedPDCAです。その目的は、 知識労働者のPDCA管理を支援し、知的労働者に工夫をする習慣を付させ、不足であれば管理者のアドバイスを受けられるようにし、知的活動の効率化を達成するこ とです。こうして管理者の知識を継承し、そこで新たに生まれた知恵を知識として蓄積し、他の人に継承できるようにします。
図2 Timed PDCA の見える化
図2はTimed PDCAを実装したアプリケーション セールス・パネルの機能イメージ図です。 実際 の画面でも、図2に示された情報が、使用者の画面一枚に表示されています。 もっとも、宝石箱、ゴミ箱、 ハートマーク等は、私が機能をイメージとして表現するために入れた絵です。この後は、説明頂いただいた機能の概要です。
営業の活動報告機能
営業活動を報告するに当たり、最初に商談の定型情報と商談情報の初期値(業務案件名、業務の概要、達成すべき目標内容&金額、目標達成期限、顧客名、現在 の進捗状況、担当者名、所属組織名、その他)を入力します。
チェック入力の日には、その時の商談の情報を次のような手順で入力します。
まずこの期間中(PDCAの1サイクル)に「案件の遂行に従事したか」と聞かれ、「はい」を選ぶと「業務の進捗状況が聞かれ」、ここ で「進展した」を選ぶと 内部 的にケース#1がセットさ れ、「変化なし」を選ぶとケース#2が、「後退した」を選ぶとケース#3がセットされます。 最初に「案件に従事しなかった」を選ぶとケース#4がセット されます。
チェックの入力が済むと、次はアクションを考えるステップになります、この時のガイド画面はケース#毎に異なり、次のように表示され ます。
このように質問は、前の解答を反映して、上のように何を分析し報告すべきかを指示してくれるわけです。いやでもそれなりの理由を考 えざるを得ません。次に計画作りのために下記のような質問が表示されます。
このように入力した情報と蓄積されている情報をもとにケースが設定され、必要なActやDoを入力する対話型のシステムとなっていま す。このやり方ならの入力説明書をつくって、教育するより手間もかかりませんし、情報の抜けもなくなりそうです。 また、報告者が手に負えないケース に ついてはその むね入力すると、上司からそれに対しての回答する仕組みです。このような対話がオープンな場所で行われ仕組みでは上司も手抜きをできません。
営業活動の活動管理機能
営業の活動管理を見るのは、普通は担当者の上司です。上司は複数の担当者が入力した情報を見て、瞬間的に判断できるよう様々な工夫がなされています。例えば
全体のイメージや過去の情報を参考にしながら個々の案件に対処できる、利用者のことを考えた効果的なシステムです。 Timed PDCAの基 本的考え方とこのシステムについてもう少し細かい情報は、"Transforming Knowledge Workers into Innovation Workers to Improve Corporate Productivity (http://dx.doi.org/10.1016/j.knosys.2011.06.017)"に掲載されていますのでご興味のあるかたは、ご参照 ください。
以上、知的作業者としての、営業担当者を対象としたTimed PDCAの適用事例を、機能を中心に纏めました。他にも、売上債権 の 回収作業の事例では、1日単位債権回収計画を立て、その計画と回収実績を毎日比較する方法を取ったら、システム無しでも債権が減少した例もお話も頂きまし た。すなわち自分で立てた回収計画を提出し、それをチェックする体制を作るだけで、担当者の仕事のやり方やお客様への接し方が変わり、債権が減ったとのお話でし た。 基本はコンピュータシステムにあるのではなく計画を立て(見える化)その実施状況を把握し、他人とともに定期的にレビューする仕組みを作れば仕事のやり方が改善されるということのようです。 ただ、人数が増えたり、距離が離れたりして、物理的にCheck ,Actの時間管理が難しくなってきたときには、これまで見てきたようなシステムを利用したほうがやりやすいということのようです。
図3 Timed PDCA 適用方法
PDCAの意味が変わる
ところで、定期的にチェックするために、"見える化"するには、"視点・視界・視高"を定めて共通のパターンを見つけなくてはいけません。図 3では5W2H をベースにケースを比較しました。 図3の左半分は、いぜんはPDCAの対象として暗黙の了解であったものづくり現場と、今回知的活動の例として取り上げ営業活動を、右半分にはここで考えようとしている管理者を取り上げました。 これら4つケースの違いを、誰が、対 象、工程、場面、目的、成功基準、共通機能の面から纏めたものです。
生産(ものづくり): この列にあるように、これまでPDCAが主に使われてきた生産管理では、作業手順や標準化は社内のスペシャリストが行い、実際に製品を作る担当者は、彼らの指導 のもとで工夫を行うといったものでした。意思決定に必要な主要な制約条件は社内にあり、部品や原料の供給を別とすれば、標準化・製造法はほとんど自社の都合で決定できます。
営業(ことづくり): ところが、営業担当者の場合は、対象は製品やサービスの売上であり、成功基準は顧客満足度です。ただ、その評価の尺度に売上金額もしくは収入金額を 使っていると考えた方がよさそうです。更に、作業の進め方は営業 担当者に任されており、スペシャリストはいないか、いてもアドバイスするにすぎません。外部の顧客の意思決定に対応する手順も生産工程のように、前もっ て明 確 になっていないことが多く、標準化もあまりすすんでいません。上級の先輩等の支援も、作業の助人というよりアドバイスに留まる事が多いようです。
監理(ひとづくり):今 回 対象とする企業は規模が小さいので、マネージャーの部分は説明省略
経営(こころづくり): 経営者もしくはリーダーは、企業を成長させ続けるか少なくとも生かし続けることが最低の条件となります。 経営者は、イノベーションもしくは変革を興 し、その組織に属している人々に希望を与えるように活動する必要があります。 その ためには、組織の目的(ビジョン)を適切に設定し、そこから外れないように進めることが必要です。 利益は、ステークホルダーの希望を反映した 評価変数と考えます。
どうでしょう、PDCAはものづくりの中から生まれた考え方を、「も のづくり」から「づくり」のノウハウと考えると、工場労働者だけではなく知的労働者にも、経営者にも使えるノウハウになるような気がしませんか? 英語で言えば「Creativity」のKnowhowとなるのですがいかがでしょうか?
経営者の役割:中小企業では、経営革新の方向性は経営者が決める
中小企業白書(2005)には、 中小企業経営者の役割について、中小企業金融公庫『経営情報実態調査(2004年11月)』の結果が記載されています。 代表者が、役員を除く正社員の顔 と名前を把握している割合について尋ねたところ、企業規模が50名以下までは、従業員の80%以上把握している企業が9割以上を占めているが、50名を超 えてから急速に低下する。 この辺りは運転手と車掌が決まればバスは走る で報告させていただいたバス理論(1チームは目が行き届くバス1台分の乗客数以下にする)と相通じるところがあります。 つまり、当初は経営者が創造性を 発揮し、自ら行動を起こす企業も、企業規模が50名を超えた辺りから企業は組織化され、経営者は直接自ら業務に携わることが少なくなることから、従業員に権限委譲するマネジメントに変化するなどと報告しています。 なおこの調査では、経営実権を 握っている人物を「経営者」としています。一方で、規模が大きくなると、経営者は、権限委譲できる(1)幹部の育成に時間を割かざるを得なくなる。従業員側からの提案がある 企業は、経営革新の目的を達成できやすいことも報告されているように、(2)社内の雰囲気作りもおろそかにできない。この二つの要因のために、経営革新 により事業が拡大するなかで、経営者は個別の業務にかかわる時間を減らさざるを得ないと報告しています。
この調査では、ベンチャー企業のような小企業の経営者は、一度(世界一の)スペシャリティを確立したら、その後はそれを活かして、ひと づくりと 雰囲気(ここ ろづくり)に励まなくてはいけないと言っているようにも聞こえます。個別の業務量が増える中で、個別業務にかける時間を減らさなければいけない。これ が、 ある規模を超えた企業において先の例に示したよう なTimed PDCAが必要になる理由のようです。
PDCAのサイクル
こうして、個別の業務作業に×時間が少なくなる経営者は、業務作業を部下の管理者や担当者に任せ、自分は管理者・もしくは担当者のプ ロジェクトレビューや、月例報告会・緊 急の対策会議に出席することで代行せざるをえません。更に経営者は、社内だけでなく社外に対しても成約のお礼や新たな提案のための顧客訪問や、クレーム処理や技術支援のための関 係先訪問、 お金の工面のための金融機関訪問等といった打ち合わせの、重要局面を中心に出席することになります。すなわち、PDCA のサイクルで言えば担当者のチェックの会議や関係者との打ち合わせといった相手のCheck活動が経営者のDO活動になります。これをPDCAのスパイラ ルとして表現す ると、図4のようになります。 経営者のDoは管理者・担当者・関係者の、Check段階での会議や打ち合わせに参加することが大切です。 というより、それが経営者の基本的なDo活動と考えた方がよさそうです
図4 経営者と担当者のPDCA
担当者がTimed PDCAのユーザの場合は、必要情報の多くはセールスパネルから取り出すことができるはずです。そうでない場合は、改めて、入力しなくてはいけま せん。図4はPDCAのサイクルも経営者・管理者・担当者のサイクルタイムは1週間単位としても、経営者とこのチームとの会議については月に1回となる かもしれないことを示しています。外部関係者との打ち合わせなどはもっと不定期となります。
何を管理するか?
経営者の活動はバライエティに富んでいて、管理対象物を明確に決めることはできないと考える方が多いかもしれません。しかしながら、 前項で考えたよ うに、担当者・管理者・関係者のCheckもしくはActに付き合うのだと考えると、どんな複雑な仕事も「同行」もしくは「参加」という非常に単純な種類 の 行動に帰結します。そして経営者のPlanはほとんどどのような「スケジュール」を組めば効率が良いかを考えることに尽きるのではないでしょう か。当然のことながら不慮の事態が起きて、その「スケジュール」は修正されるかもしれません。そのような時には「スケジュール」の影響が最小限で済 む ように若干の余裕も必要でしょうし、そのようなことは今も行われているはずです。しかし、Timed PDCAの最大の管理対象はスケジュールでしょうから、何らかのリンクを取れるようにし ないと入力データが重複してしまうことは確かです。
次の管理対象は個々の会議や打ち合わせの議事録で す。日付と顧客名議事録タイトル位を入れて、どんどんスキャンし、ため込んでおくのはいかがでしょうか。こうしておけば、少なくともス ケジュールデータを索引として必要な時に情報を引き出すことは出来るようになります。これは社内の担当部門と情報の共有ができれば、ほとんど追加の手間 はかか りません。ただし、これらに加え、経営者自身の感じたこと、個人的に記録しておきたいこともあるはずです。自社の、知識データベースもしくはスケ ジュール仮システムにそのような仕組みが組み込まれていない場合にはコーディネーターのための文書管理で考えたような機能を簡略化して追加し、経営者自身もメ モの活用で書いたようなことを自分で実行することになります。
そしてうまくいっているときに得られるわずかな余裕時間に、会 社の希望につながるアイデア(ビジョン)づくりも続けなくてはいけません。一番重要な活動なのに余裕時間では無理と、オフイ スアワーより少し早く出社され、時間を確保されている経営者がいらっしゃるのも、うなづける話です。少ない時間を有効に使うために、何をこなすかその重要度分析なども必要です。自社のイノベーションに役立ち、会社の成長や健全性 の維持に役立つようなアイデアから処理していくのがいいでしょう。いろいろな経営書に、いろいろな項目が書かれています。会社によって状況が違う(重要度決 定の前提条件が違う)のですからどれがいいとも言えません。今回は、ベンチャー企業用のサンプルとして、小林正博氏の『ちいさな会社の社長学』 PHP文庫を使います。この本の中には次のような事が書かれています。
1章 から 5章まで各々20項目、計100項目について、経営者の教訓になりそうな話が書かれています。
図5 何をチェックポイントに
図5は、その"第2章チェックポイント"について書かれた 20項 目から、キーワード・もしくはキーセンテンスを抜き出したものです。(目次通りではありません)
図6 社長の構想
図6は、上記の本の章タイトルを真中と右にならべ、左側には自社に関係の深い世界の動き、自社の取引先との関係、自社の現状をまとめる枠を配置したマンダラ図です。マンダラ図の作り方につき ましては「魚眼マンダラで一枚に」 をご参照下さい。各枠の中は図5に上げたような項目やそれをイメージとする絵をいれておけばよいかと思います。またマンダラ手法とリンクを使って図面 間のリンクを取る方法の一つをアイデアのモジュール化で説明させて 頂きました。ここでは、PowerPointの リンク機能を使ってアイデアがまとまったところ(形式化)から順次まとめて行く方法をまとめてあります。使用するツールはなんでもいいのです。要 は、全巻完了しないうちに、出来たところから順次発表する小説を描くのと同じことをやりたいのです。会社の夢の基となる情報はインターネットや本屋さん に行けばいろいろ見つかるだろうし、各所のセミナーで 配られたものも利用できると思います。こうして分割してしまえば、忙しくて、まとまった時間が取れない立場の経営者であっても少しずつ資を纏める事が出 来 ます。考え方が 変わった時には、その都度、以前作成したところを直していけばいいわけです。メンツより朝礼暮改で行きましょう。学会の論文はちょっと違うよう ですが、パソコンのOSソフトのバージョンアップやそのアップデートを見ていると、事業活動の知的生産物 は理想形に至らなくても、未完成であっても出し続けるのが普通のようです。
このようにして作成・集められた各種の情報の保管を続けて行くうちに、ドンドン情報が増え、自社の事例をベースとした、新しい形の経営の知識が生まれてくるよう な気がします。新しい知識は、知識データベース例えば三技協様のサイバーマニュアル のようなシステムに登録しておけば、社長語録として他の管理者の皆様や担当者に伝わると思います。
ここまで、経営者のTimed PDCAで管理するものとして、スケジュール、会議や打ち合わせの議事録、ビジョンをあげました。 他にも重要プ ロジェクトの情報のように企業特有の管理項目が有れば追加していったらいかがでしょうか。ところで、経営者の活動についてのPDCAの チェックをする人 は、誰がいいのでしょうか。私は、社員ではないかと思います。この 決心ができるかどうかが、成功の鍵のように思えます。会社戦略や顧客情報の機密保護・・・等々、いろいろ出来ない理由を並べる経営者もいらっしゃるかも しれません。機密保護は当然です。それ以外の部分をオープンにし、社員の目からみたチェックができるような仕組みをどう作り上げるか。機械化 より、そちらの方が重要な気がします。何しろ、Timed PDCAによる管理のポイントは「計画を立て(見える化)その実施状況を把握し、他人とともに定期的にレビューする仕組み」と 学んだばかりです。
2012/09/26/
文責 瀬領浩一