154.ステークホルダー

154.ステークホルダー

― 必要な人材を集める ―

はじめに

 個人事業主として起業を始めようと考え、狙いや何をやるかを決めても、自分一人で事業をするのではありません。その事業に関係する人達人とともに仕事を進めるのです。例えば食料品の販売を行う時には、お客様や商品の仕入れ先さらにそれをお店まで運んでいただくための運送業業者等が必要です。このように始めたい事業に関係を持つ人たちと一緒に作業を行うことにより事業が成り立っているわけです。こうした事業を運営するうえで、直接的にまたは間接的に関係を持ち影響を受けあう利害関係者をステークホルダーといいます。

 今回はこのようなステークホルダーとはどんな人達で、事業目的にどのように絡むのかを整理し、その考慮点を起業主の立場で纏めました。

ステークホルダーの検討

vbl01301.jpg図表1 ステークホルダーの検討

 「153. 起業開始の-まずは開始-」の「図表4 目指すところは明確に」では個人事業主は「やりたいこと」と「できること」と「顧客に感謝されること」 の3つの重なったこと を目指すと書きました。すなわち顧客は自分のやりたいことができて有難いと思って感謝しているということです。お客の立場で考えると仕事をやってくれた事業主のおかげでお客のやりたかったことが実現したわけです。その結果お金を払ったとしてもお客様のできることが増えればお客様のお客様に感謝されることも増えれば、収入を増やすことができます。しかしながら事業主のために製品やサービスの価格が高くなり、事業主のやり方が不適切であったために納期を守れないとなるとお客様に迷惑をかけることになります。このような不備はモノやサービスの時だけではなく、契約時の説明不足や契約の不備、仕事に関係する法律や制定の変更や事業活動によっても発生する気候変動によっても発生します。

強みと弱み

 「図表1 ステークホルダーの検討」のもとになるのは、図表1の起業開始で検討した結果とそれを実行するにあたっての戦略の決定です。ここでは図表2の強み弱みにあるSWOT分析手法を使って戦略を決定します。

vbl01302.jpg図表2 強みと弱み

 図表2の縦軸は自分についての分析項目で自分の強みはリスクの少ない個人事業とする・まだ元気な学生である・起業に勤務している 社会人と違い自由に何かをやる時間がとりやすい・これまでの生活でICTを使うチャンスも多く経験は豊富であるということをあげています。 一方弱みについ ては事業やそこに至るまでの経験が少ないので失敗する可能性は高い・学業と起業活動を同時に行うために時間が多く取れない・このため若者の特権ともいえる遊 び時間が少なくなるといったことを感じています。

 一方機会としては高齢者が多くなるが若者が少なくなるので実質的な年金は減少するので、サラリーマンより起業者のチャンスは増える・ ICTの普及により自分の得意なICTを使った起業チャンスは増える。 脅威としてはICTの普及によりグローバルな競争社会となる・若者が減り子供の出生率が経ると将来のマーケットは縮小する・人口知能により現在人間のやっている定型的な仕事は少なくなる・一方起業家が増えるといろいろな起業支援活動との競合が発生する等があげられます。

 ということで、ここではで自分の「強みを活かす戦略」を採用することにします。

 自分の強み(たとえば自分の学校や自分の所属している学会等)での起業の機会があっても外部状況が脅威ある場合は起業せず、人口知能やICTを利用し、できるだけ手間のかからない範囲で参加するにとどめる。

 自分の弱味のある領域でも起業せず、起業後競合相手から依頼があれば相手のチーム員として活動し市場情報・技術情報等を学んだり、自分の強みを強化させるための学習のつもりで参加します。

 こうして、「強みを生す戦略」に即した起業活動であることを確認出来たら、図表2にあるステークホルダーの役割の検討です。

ステークホルダーとは

 利害関係者というと、金銭的な関係のある顧客や従業員、株主が思い浮かびますが、ステークホルダーという場合には事業活動によって影響を受けるすべての人に対して使う言葉です。例えば「図表3 ステークホルダー曼荼羅」にその例をあげました。

vbl01303.jpg図表3 ステークホルダー 曼荼羅

出典 フレマガ、2020「ステークホルダーとは?ビジネス 用語の正しい意味と使い方」等を参考に作製

 「図表3 ステークホルダー曼荼羅では」曼荼羅の中心に事業主を置き、その周りの8つのマスにはステークホルダーの種類とその事例を書き込んだ記入用紙 (Framework By Example)です。左下から右上への楕円部分に囲まれる枠には仕事の依頼を考えている人が顧客になるまでの時間すなわち経緯を、右下の従業員から左上の地域社会への楕円部分には事業の行われる空間を記入しています。さらに中左の債権者、金融期間は事業の内容には関与しないがお金の面倒を見る人、中右の株主は事業のために金を投資してくれた人で、すなわちこの横楕円は金融を表しています。中上の行政機関・政府は仕事行う上での基本的条件もしくは規約を決定し、中下の取引先はそこで行われる取引をおこなう仕掛けの部分を示しています。すなわちこの曼荼羅は時間、空間、金融、仕掛の4次元でまとめています。

 例えば顧客とは商業や経済学において人種や年齢を問わず、物、商品、サービス、アイデア等を販売する対象となる人もしくは法人を意味します。この枠内に今回起業の対象となる顧客に事業で提供するサービスを購入する日本国にいる人と法人に加え事業で提供するソフトウエアを購入する法人といった具合に具体的に記入します。

 ただし、今回のフリーランスによる個人事業を始めるときは、当初は従業員や株主は存在しないため空白となります。しかしアルバイト等を雇うとことになれば個人事業であっても従業員として対象となります。また将来起業が成功して、規模拡大し会社とすることになると、従業員だけではな く株主も必要になりますので当初は空白のまま使ってください。

 このようにステークホルダーは変化に富みいろいろなケースが考えられますので、この段階ではどれがいいという価値判断はできませんのでとりあえず現状に合わせて作り、今後の事業の方法が変わった時には柔軟に変更していきます。

 ということで、現状に合わせ各々のステークホルダーと、どれくらい価値をどのように交換するかを検討し記入してください。

 たとえば顧客については、どのようなケースでそのサービスや物を使うのかを十分考えておく必要があります。この利用ケースによって顧客が得られる利益が、商品やサービスの価格より大きいことが、依頼人から顧客への移動の条件です。

 ただこの利益を顧客ごとに計算するのは容易ではありません。以前に同じものを使っていたものを置き換えるような場合は別としてその人にとって初めての商品の場合には同じものを使ってもその時顧客の置かれた立場やタイミングによって顧客ごとに得られる利益もしくは利益感覚は違うのが普通です。多くの場合顧客に物やサービスを売るのは営業の仕事ですが価値観を知ってもらうのはマーケティングの仕事です。

 この時考慮すべき事業範囲は「152. 起業の準備-狙いを決めるー」の「7.どのように起業するか」に書かれている「図表7 プロダクトライフサイクルチャート」に描かれているようなかなり広い範囲です。

このほかにもいろいろな考慮点がありますので詳細は「140. 未来から現在を考えるーステークホルダーの立場でパーパスをー」をご参照ください。

パーパス

 そこにはパーパスの話も出ていますのでご参照ください。パーパスは事業者がステークホルダーに伝える事業の狙いのことです。こちらはステークホルダーごとに決めるのではなく、事業者がすべてのステークホルダーに納得していただけるような共通の目的を設定するものです。このために作成するのが「図表4 学生 起業準備情報~ブランド人格曼荼羅」です。図表4を記入参考用紙(FBE)にして今回の事業の項目を記入してください。

vbl01304.jpg図表4 学生起業準備情報~ブランド人格曼荼羅

 次に「153. 開業開始」で前提としていた起業準備で用意した起業イメージをもとにステークホルダーに訴える事業の持つべき性格を図表5のように纏めます。ここでは、当初は個人事業を対象に考えていますが、必要に応じて法人事業も考慮に入れるため両者に共通する言葉としてブランド人格と表現しています。

vbl01305.jpg図表5 ブランド人格曼荼羅

出典 「あなたの会社のブランド・コアを見つける方法」(グレィザー、2019)p78を参照して作成

 図表5も記入用のフレームワーク(FBE)です。図表5のブランドとは個人事業であれば屋号、会社であれば会社名を意味し、ブランド人格にはステークホルダーに知っていただきたい中心的な考え方を描きます。いわば特定の個人もしくは法人の人格と考えてください。 

 その周りの8つの枠内は、どのような思いでステークホルダーとつながりたいかを記入します。例えば価値提案の枠内には、ステークホルダーとの関係を保つために個人事業主の事業の主力製品やサービスは何で、それをどのようにしてお伝えしていくかを記入します。これによりステークホルダーは何を見れば関係を続けることができるかわかります。事業のパーソナリティ(人格)の部分にはどのような性格を持った人によるブランド人格かを記入します。といった具合にブランドの基本的な性格が形成される情報をお伝えするものです。

 こうして自分のやりたい事業をあらわす人格が決まれば、それを元に事業のパーパスを決めます。パーパス(purpose)とは、一般的には「目的、意図」という意味ですが、ここではブランド(屋号、会社名)の活動の狙いを示す言葉として使っています。こうして事業は図表5の左下にあるような事業のパーソナリティ(人格)を持った人がパーパスを目指して行動するわけです。ということで図表4のようにパーパスはまた学生準備情報モデルとも整合性が取れている必要があります。

 パーパスの事例としては、ネスレ社が有名です。ネスレ社は1866年に設立され、スイスのヴェヴェーに本社を置く世界最大の食品・飲料会社です。ミネラルウォーターやベビーフード、コーヒー、乳製品、アイスクリームなど多くの製品を取り扱っている会社で、日本法人はネスレ日本株式会社で す。

 DIAMONDハーバード・ビジネスレビュー、2019「会社は何のために存在するのか」p23に、世界最大の食品会社ネスレは、 創業150周年を迎えたことを契機に「生活の質を高め、さらに健康な未来づくりに貢献します」というパーパスを掲げ、社内外に積極的に発信している」と書かれています。

 ネスレ日本のコーポレートアフェアーズ統括本部の阿倍純一氏は、「ネスレのPurpose(存在意義)-CSV(共有価値の創造の実践))」HPに」、ステークホルダーとともにネスレのパーパスを、3つの社会領域(個人と家族、コミュニティ、地球)の 2030年までの長期目標にし、社会問題の中期コミットメントとしてCSV(共通価値創造)を通じて問題解決に取り組み、SDGsの達成に貢献すると書いています。

SDGs

 ここで挙げられているSDGsについては「153. 起業開始」の第2章の終わりの「137. 心豊かに 暮らせる社会―SDGs-」に書かれてかれているSDGs(Sustainable Development Goals)を紹介しています。しかしまだそのSDGsへの対応ができていない方は、ぜひ検討して下さい。その理由はSDGsに対応することは世界的にはすでに常識に近い状況になりつつあるからです。ところが日本の自動車産業においてすら、SDGsはもはや世界の最先端を走っているとは言えませんし、電気業界においてはすでに先進国とは言えない状況になっております。このためか、いまや市場から撤退する企業も出始めています。

 しかしこのような時だからこそ起業のチャンスです。起業家は既存企業のように過去の縛りにとらわれるものがなく、新しいアイデアと組み合わせて鍛えあげることができるからです。皆さんの起業ではSDGsを考慮してパーパスに組み込むことで成功確率が上がります。しかしまだこの段階では実現可能かどうかはわかっていません。いずれにしても、こうして作られるパーパスは、「153. 起業開始」の「図表2 起業開始図」の左下枠の「起業準備」の右上にある「なんのためにやるのか、狙い (Why)は」と整合性が取れているかをチェックし、違っていれば整合性が取れるように図表4の右上の内容を修正します。

 こうして必要なステークホルダーもしくはそのタイプが決まったら、必要とされるステークホルダーの募集です。

 起業開始で仮想現実の中で始めた起業を行うために想定した目的を果たすために、現在お付き合いしている人たちの中からステークホルダー候補を選んでください。まだ仮想現実の段階で実際に相談できない時には自分のこれまでのお付き合いの状況を思い出し、可能性のある人達を選んでください。それでも適切なス テークホルダーを見つけられない場合は誰に相談するかを決めておきます。いろいろやっても無理となった場合は、そのステークホルダー無しで起業する方法すなわちビジネスモデルの変更が必要ということです。早々に手を打ちましょう。

 いずれにしてもこのような活動が受け入れられるためには、その事業に関連する可能性のある人達にこの起業家(あなた)は信用できるということを知っておいていただく必要があります。このためには普段から地域のやりたい事業に関連するセミナーに出席して名前を売っておくとか、出来れば積極的に発表者となって皆さんの意見を聞くといった活動を続けておくことです。余談ですが最近は各種のSNSがありますので、興味あるSNSで起業に関連のあるテーマテーマを書き、いいねを稼ぐことでも良いかと思います。

 こうしてパーパスやSDGsについて同意をいただいたもしくは同意をいただけそうなステークホルダーさんであれば、パーパス(目的)の整合性が取れているわけですから、何か変化があった場合の対策立案でも合意を取りやすくなります。

おわりに

 こうしたステークホルダーを見つけることができれば、起業の可能性は上がりますので次は現在考えている事業で将来を生き残ることができるかどうかを考えることになります。この時世の中のデジタル化が進んでくると「図表6 タスクから見た働きかたの変化」にあるように、タスクによっては平均賃金が増えるもの減るもの、 将来もその業務が増えるもの減るものといった傾向があります。

vbl01306.jpg図表6 タスクから見た働き方の変化

出典 デジタル化時代の「人間の条件」 2021/11/15、加藤晋(筑摩書店)p120

 このシリーズで個人事業のフリーランスを1番目に取り上げているのは、フリーランスこそが非定型業を行うのに適しており、平均賃金も高く、機械化されても業務は増えていくからです。2番目の営業活動は、これからのデジタル化を前提としたネットワーク営業です。この営業は現在多く配置されている現物を置いて売る営業の仕事をネットワークで吸い上げる営業です。現行業者の業務チャンスは少なくなりますが、手元に置かれた商品のみにこだわることなく顧客の要求にこたえることができるので、この新しい営業スタイル は増加することが期待されています。

 次回はここにあるように、このような時代にどのように生き残っていくための必要条件の一つお金の話です。


参考資料
阿倍純一「ネスレのPurpose(存在意義)ーCSV(共有価値の創造)の実践」
https: //www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/c_bd/sympo_bd/detail/attach/pdf/SDGs_bd_sympo -9.pdf(アクセス 2022/03/18)
インタビュー高岡浩三、2019「ステークホルダーとともに共通価値を創造する 経営者の仕事はパーパスを提唱し、実現すること」DIAMONDハー バード・ビジネスレビュー20193月号、2019/2/9,p23
加藤晋、2021「デジタル化時代の『人間の条件』」2021/11/15、筑摩書店
瀬領浩一、2019「137.心豊かに暮らせる社会―SDGsの利用―
https://o-fsi.w3.kanazawa-u.ac.jp/about/vbl/vbl6/post/137.html(アクセス  2022/03/19)
瀬領浩一、2021「140. 未来から現在を考える―ステークホルダーの立場でパーパスをー
https://o-fsi.w3.kanazawa- u.ac.jp/about/vbl/vbl6/post/140.html(アクセス  2022/03/29)
瀬領浩一、2021「148. 人材の確保 ーどんな人材をどうやってー
https://o-fsi.w3.kanazawa- u.ac.jp/about/vbl/vbl6/post/148.html(アクセス  2022/03/19)
瀬領浩一、2022「153. 起業開始-まずは始めるー
https://o-fsi.w3.kanazawa- u.ac.jp/about/vbl/vbl6/post/153.html(アクセス  2022/03/19)
フレマガ、2020「ステークホルダーとは?ビジネス用語の正しい意味と使い方」2020/03/31
https://www.smbc- card.com/nyukai/magazine/fremaga/career/stakeholder.jsp(アクセス  2022/03/22)

2022/04/05
  文責 瀬領 浩一