金沢大学先端科学・社会共創推進機構

VBL

34.大きな夢を見ませんか

- 「大型プロジェクト」の候補を用意しよう -

全体図

 文部科学省の平成20年度科学技術振興調整費「先端融合領域イノベーション創出拠点の形成プログラム」は10年で最高60億円の国家資金が投入される大型プロジェクトであることは、前に報告しました。このようなチームを結成して応募するような大型プロジェクトに採択されるには、アカデミックな実績に加え、普段からチャンスをものにする「夢}と「支援の輪」も出来ていなければ、とても間に合いません。

 研究機関としては、大型プロジェクトの候補となりそうなチームをつくり、適切なコーチをつけ、常々方向付けや動機付けを行っておく必要があります。コーチの必要性は先日終了したオリンピックの結果を見てもよく分かります。多くの候補選手の中から、競技参加の資格のありそうな選手を選び、徹底的に強化する体制をとれるかどうかが、金メダルをいくつ取れるかの勝敗を決するであろうことは、中国のメダル数と日本のメダル数を見れば分かります。

 必ず日本人の誰かに賞が渡る国内試合とは異なり、オリンピックのような、国際試合では1人の日本人も賞がもらえない種目もあるわけです。ゴルフやマラソンの世界でも同じです。多額の賞金がかかっているものに限って国際試合です。このような国際プロスポーツでは、日本で開催されスポンサーが日本の企業であっても賞金は外国の選手に行ってしまうことは、珍しいことではありません。国際的な競争の中で戦っている企業からの研究開発資金についても同じことが起きています。世界一でなければ企業の存続が危なくなる状況におかれた企業が、産学連携においての国際競争力を持った研究機関と手を組むのは当然です。その結果、大学等に対する研究資金の額は1990年には国内外同じくらいだったのが、2900年には海外の大学への研究資金の供給が国内の大学の2倍くらいになっているとの調査結果もあります(通商白書2002 産学連携に向けた取組み)。それならそれで、日本の大学も政府の交付金や政府の研究資金だけに頼ることなく、世界中から資金を集めればいいわけです(奈良先端科学技術大学院大学の例)。学生から授業料を集める教育は、学生が必要する専門知識を一通り揃える必要があるでしょうが、企業や政府から資金を集める産学連携型の研究(研究には他にもいろいろなタイプがあるとの前提で)は、世界一を目指して、集中していけばよいわけです。まさにオリンピックです。どうもがいても金メダルは各種目世界に一つということだけは変わらないのですから。

 今や、百貨店もその名前の由来にとらわれことなく得意顧客に特化した品揃えを始めました。総合電気メーカー等も選択と集中へと商品を絞り始めました。大学だけが総花的に研究を行っていて良いはずがありません。コアコンピタンスとなるような研究分野を確立する必要が出てきています。今回「先端融合領域イノベーション創出拠点の形成プログラム」の応募要領を参考に、研究拠点つくりのアイデアを纏める方法を検討したのが上記の図です。とりあえずお一人で上記の図を埋めてみませんかというのがこのホームページの提案です。記入項目は①現状の変化の兆し、②これまでの業績、③どうやって変えるのか、④何を変えるのか、⑤何にけるのかの5つです。いったん纏めてみると何が不足か、どんな人の支援がいるかなどなど問題点が見えてきます。そうなればしめたものです。⑥他人に期待するところは支援としてまとめ、同好の志を探しその人と手を組んでいけばよいわけです。ぜひきがるにご自身のケースで試してみてください。大型プロジェクトは「先端融合領域イノベーション創出拠点の形成プログラム」だけではありません。他のプログラマムでも、ここで創った夢が役立つはずです。

 この後はこれら7個のマスの記入方法の説明です。7枚の紙を用意し、読みながら1枚に一マス分の内容を思いつくだけ記入していってみてください。ここでは必要にして十分な文書を作ることではなく、大きな夢を作る楽しみを感じていただければ十分です。

これまでの業績

これまでの業績

 まずは、自分の業績を取りまとめます。大学や研究機関に属する方であれば、何回か何かの研究プロジェクトに参加された経験があるでしょう。それをどんどん書き出していきます。書き出すポイントは誰にどのようなテーマでどれくらいの金銭的価値 を提供したかです。金銭的というところに嫌悪を感ずる研究者も多いこととは思いますが、ここで議論しているのは産学連携にかかわる研究です。せっかくの夢も金銭的価値をともなわなければ、営利企業は原則として興味を持たないであろうとの前提で話を進めています。金銭的価値の源には顧客(基本はユーザー)の満足度があるということは、次の項目(現状と変化の兆し)で考慮します。

 長らく、研究活動を行ってこられた方は、研究成果が多すぎて纏めきれないかもしれません。そのような時には、研究資金の提供元や研究テーマを軸としてその成果を纏めて見るのはいかがでしょうか。研究資金の提供を受けたくらいですから、だれかがそれを評価していることは確かです。研究以外にも、研究成果をもとに開発した商品(用途や有用性は考える重要なヒントになります)や、人間関係(相互の助け合いや支援関係のベースとなります)も業績と考えて纏めておきましょう。

 このような硬いもののみならず、趣味としての文化活動やスポーツなども、どこかで強みになる可能性があります。忘れないように一つくらい纏めておきましょう。

 こうして、資料を集めていくと情報はどんどん増えてしまい、とても一枚の紙の一マスに記入できるものではありません。そのような事になった時はどんどんグループ化し単純な構造にしていきましょう。必要なら「KJ法」や「マインドマップ」に使われる階層構造に情報を纏める方法ツール、「フラットファイル(テキストファイル)」にして、検索ソフトで見出す方法などを使って、整理すると手間が省けます。厳密に分析するのが目的ではありません。自分もしくは自分のチームの強みを数個見出すのが目的です。せっかく探し出したり集めた情報はいつ又必要になるかも知れません。この段階では捨てずに保存し、今はテーマに取り上げてみたいと思っているところを中心に、ざっと纏めておけば十分です(心や気持ちが入らない夢など書きたくも無い:このあたりは非常に恣意的で、感覚的決定です)。

現状と変化のきざし

現状と変化の兆し

 ここまでに纏めた自分の業績に関係がある現状と時代の大きな変化を思いつく限り列挙してみましょう(研究環境の機会と脅威)。

 現状としては、これから夢を実現するに当たり、変わって欲しくない前提条件を記述します。たとえば、これからもしばらくはアインシュタインの相対性原理の理論は覆らない、エネルギー保存の法則も概ね正しいと考えられる、産学官連携の機運はなくならないとか資本主義の儲けを基盤にした社会は続くといったことでも結構です。夢を担保する基盤で変わって欲しくない事を、気楽に書いておきます。

 一方、変化の兆しのところには、夢を実現するために現状から変わって欲しいことのうち自分では出来ないことを書きます。自分が頑張れば変化を実現出来る部分は、後ほど「何を変えるか」のマスに記入します。変わって欲しいことをどんどん思いつけばそれを、紙に書き込んでいきましょう。ある程度の数になり、思いつくスピードが遅くなってきたら、無理をすることなく、それまでに出てきたものをグループにまとめ、すっきりさせます。たとえば、産業界の動きや地域経済の動向、消費者動向、国際環境、大学の動き、技術の発展動向等々いろんなグループが出来ることかと思います。 そのなかから、将来自分が目指すことに大きなインパクトを与えると予想されるものを中心にまとめます。

 こうしてまとまった「変わって欲しくない現状」や「現状から変わって欲しい事」が妥当性を持っており、それを裏付ける根拠もあれば、このマスは完了ですが、どう考えても無理がある場合は、もう一度見直し、妥当と信ずることが出来るものに変更してください。 何とか努力すれば実現できる、変わって欲しくないものや変わって欲しい変革があればその項目は「何を変えるか」にのマスに転記しておきます。業績と変化の兆しを纏めたことにより、自分の研究に関する、SWOT分析の4つの要素(強み、弱み、機会、脅威)のうち3つは記入する準備ができたことになります。今までに自分の研究に関するSWOT分析を行ったことのある人であれば、それほど苦労することなくここまでは記入できると思います。

何に変えるのか

何に変えるのか

 ここまでで、現状分析(現状と変化の兆しの整理)はおおむね完了です。この後は、いよいよ将来どのようにしたいか、もしくはなりたいかといった、夢の部分をまとめていくことになります。ここがこの用紙を記入するにあたり最も難しいところです。自分の現在の実力を何十倍にも拡大し、得られる成果も極限まで広げる夢を描く作業です。それだけに、そのぶん作業は面白いはずです。

 最初にやることは大きなプロジェクトに仕立て上げたい夢を描く段階です。そろそろ夢に名前をつけ「タイトル」のマスも記入しておきます。そうすれば、何度でも同じ夢を見ることが出来、見直すたびにどんどんとアイデアを付加し、中身を吟味していくことが出来ます。日常の研究生活の制約を取り外し、自由に思いつくままに、目指す姿をイメージとして書き出します。描いた夢は必ずしも実現するとは限りませんが、描いたことが無い夢は決して実現しない(スポーツにおけるイメージトレーニングの原理)と、前向きの考えましょう。

 プロジェクトテーマが決まったら、そこに達成するまでのプロジェクトの基本的要素であるODSC(目的、成果物、成功基準)を明確にします。それによってどんないいことがあるのかを表現することです。ここでも評価は、自分中心でなく、社会や顧客や他人にどんな価値を提供できるかを記述します。成果物は、プロジェクトの完了とともに完成する商品(製品もしくはサービス)と情報(報告書、論文、ノウハウ、育成人材、検証の方法論とその基準データ等)であり、具体的に他の人に見せその説明に使えるものです。成功基準はそれらの成果物がどのようなものになったらプロジェクトが成功したとみなせるかを製品の機能、達成すべき性能、完成すべき構造、達成コスト、達成応答時間、収率、納期、必要人員、コストを記述したものです。これらの成功基準は、第3者が誤解無く理解できるよう、できるだけ定量的な表現で行う必要があります

 大きなプロジェクトにはそれを実施するためにそれなりの大きさの先行投資が必要です。収益を上げるまでの必要費用を試算し、その現在価値や商品の寿命がくるまでの間の投資回収計画も大雑把に見積もっておくことが必要です。10年後の商品化を目指す場合は基礎研究のリスクファクタも見込むと、夢の大きさによっては、売上高の合計が1兆円を超えるような企業もしくは企業群との連携をも視野に入れる必要があるかもしれません。この場合は想定する協働企業を前もって考えておく必要があります。

何を変えるのか

何を変えるのか

 何に変えるかを決めると、現状とのギャップが明確になります。これに現状と変化の兆しから転記された「何とか努力すれば実現できる、変わって欲しくないものや変わって欲しい変革」を加えたものが、これから替えていかなくてはならない、これまで隠れていた現状の弱みです。

 これらの課題はそれほど単純ではありません、表面上の課題は研究・開発に係わる新しい発見をすることでしょうが、これを直接解決する方法は用意できるはずがありません(それはこれからプロジェクトで実施する内容そのものです)。プロジェクトの成功確率を上げるために、実際に手の打てることは、力のある研究者を採用する、研究者のスキルを上げる、そしてそれを担保する研究者の採用方法の改善や、研究機材を購入するための資金を集めることかもしれません。さらに研究資金を集めるためには、共同研究のやりやすい契約方式を作ったり、産学連携に係わる技術者の人事評価方式を変更するといった制度の変更も必要かも知れません。課題や問題を明らかにすることはそう簡単ではありません。何度も何度もなぜを繰り返し、根源まで追求し、障害となっている問題点を洗い出す必要があります。時には、研究者の考え方や人生観まで変える必要があるかもしれません。

 大学の運用制度を変えたり、教員や職員の評価制度を変更することも、そう簡単ではありません。しかし、これからやらなくてはいけないことは世界一になることです。今までの習慣にとらわれていては、とても達成できません。世の中を変えるような大型プロジェクトを狙う以上、その前提条件を作るために破壊的な改革が必要であるとの前提で必要な手を打つのだとの信念で企画しましょう。

どうやって変えるのか

どうやって変えるのか

 これまでで、どこに向かうのか、そのために何が問題かは明確になったと思います。次のステップは、それを実施するための活動をきちんと計画することです。

 大きな目標の達成にいたるまでをいくつかのステップに分解し、評価可能なように記述しておきましょう(マイルストーン)。その一つ一つのステップのについて、もう一度目的、成果物、成功基準を明確にし、ステップ間の抜けが無いか、矛盾が無いかを検証することが実行可能な計画を立てる秘訣です。

 研究型プロジェクトでは、結果の予測を立てることはほとんど意味がありません。新しいことが発見できるかどうかは研究者の努力と意思の力です、おのおのの作業については研究者みずからが納得しの目設標定を重要視して進めるより他にいい方法はありません。たとえば、目標達成の時期や仕事の完了時期は、予測するのではなく、あくまでも担当者の約束をベースに設定します。ただプロジェクトを管理し支援する立場からは、当然発生する将来の不確定性に対応する必要もあります。そのために、どんな成果が出たら、どのような方向に進むかを前もって想定しておくのもいいかもしれません。そうすれば、少々予定と異なった結果が出てもあわてることなく、前もって考えておいた代替案に変更することで、対応できます。このように計画の柔軟性を上げる秘訣は、目的設定と目標設定を明確に分けておくことです。目標は達成できなくても、目的が達成できればいいと割り切って、柔軟なプロジェクト運用を実行できる体制や考え方を組織内に徹底しておくことです。

やっぱり一人では出来ない

必要とする支援

 今回とりあげたようなプロジェクトの企画を研究者がすべて行うことが出来ればそれはそれで幸せなことです。しかし、多くの場合、新しいアイデアや法則の発見に最大の精力を費やしている研究者の片手間で行える作業量ではありません。大まかな計画を作成したら、力不足と思われる部分は徹底的に支援を受けることです。この場合、このような支援を行う専門家(目利き、コーディネータ、プロデュサ、コーチ、コンサルタントといわれる人々)に支援を仰ぐ(単なる相談ではない)ことになります。ここで取り上げた支援の専門職の役割はおのおの少しづつ違っているでしょうが、共通なのは時にはコンサルティングの技術、時にはコーチィング、時にはファシリテーションの技能等を必要に応じて各種の技術を使いこなす人です。決して当事者として行動することはないが、当事者の気持ちを理解し、目的達成のためのアイデアを纏めるお手伝いをしたり、その後の実行についても当事者のお役に立てる支援を行います。

 企画作成のステップについて、支援の形態の一つを現したのが左の図です。たぶん、この場合は支援の専門職の人たちは「組織の意思決定を支援とチーム作業のアイデアの取りまとめ等の支援」を行うこととなります。

 これで大きな夢の下書きが完了しました。興味を感じ、もうすこし正確にやってみたいと感じた方は、今一度テーマを見直して中身の整合性を再検討し、結果をA3一枚に転記し図を完成させてください。どうにか気に入った一枚の紙が出来上がれば、お友達に話したり、大きなプロジェクトの立ち上げに役立てることに使っていただければ幸いです。お時間が取れるかたは、いくつも夢を描いておき、それを組み合わせることにより、成功のシナリオを書いてみる(シナリオプラニング)のも面白いかと思います。


文責 瀬領浩一