金沢大学先端科学・社会共創推進機構

VBL

.共同研究の提案準備モデル

-MOTのケーススタディより-

共同研究の提案を考えてください

図 1 レポート課題
レポート課題

    以前このシリーズの、訪問企業の情報整理で紹介した、MOT用ケーススタディ資料を使った講義を行う機会がありましたので、その結果を報告させていただきます。講義では事前準備の宿題(自分への備え)で、これまでの履歴を整理し経験に、経験を強みに、強みを今後の計画にへと変えていく方法を説明させていただきました。そのあと、訪問企業の情報整理で紹介した企業の状況をケーススタディ資料として紹介し、その企業もしくは、自分で選んだ企業に対して図1のような課題を出しました。企業の状況を考えた上で共同研究の提案をしていただくものです。ただし、提案の根拠をできるだけ明確にして提出していただくために次のステップでレポートの記述をお願い致しました。
     1.自分の強みを明確にする。
     2.提案するものを決める。
     3.顧客企業の状況に対応した、メリットを明確にしていただき、魅力ある提案を作成する

    と言うのが宿題です。
    以下は、こうして皆さんから提出いただいたレポートの内容を、取りまとめたものです。

      強みはなにか

      図2 強みはなにか  

      自分の強み

      皆様のレポート読みながら、強みについて記述された内容を、そのタイプごとにまとめたのが図2です。

      実際の記述は、具体的でしたが、整理の都合上一般的な言葉で代表しまとめてあります。例えば、人脈については、金沢の21世紀美 術館に勤めている人を知っているので、共同研究先がこれからアーティストと新しい商品を開発した場合、ここでの展示を仲介することでお役に立てるとか、有名なアーティストに対する人脈を持っていると言ったように記述されていました。このように、強みの根拠は皆さん非常に具体的でした。このあたりは、事前準備で自分の経験を整理してあった結果ではないかと思いました。

      さらに、大学の教育機関としての人材育成を考えている人もいらっしゃいました。共同研究を通じて、直接の研究成果以外にプロジェクト管理や、専門知識の育成も可能であるといったものです。このような強みを挙げられた受講生は大学院に入って研究とは何か、何をやるべきかといったことを、日頃から考えていらっしゃったのではないかと思います。こうしたことを振り返りながら、自分の実力向上を意識され、こうした体験を知識以外の強みとして共同研究の一部として提供していきたいと考えていらっしゃたのかもしれません。こうした、シーズや研究成果と言った直接的な強み以外のでも貢献できると考えた人がいらっしゃいました。

      しかし、ほとんどの人が強みと考え、種類も多かったのは研究実績でした。例えば、

      1. 溶接や曲げのような加工技術の研究。
      2. 過去、生産 管理の研究で効果を上げた。
      3. 金属材料やプラスチック材料の研究を行い、強度を上げたり材料コストを下げた。
      4. 材料の調査方法についての研究を行っている。
      5. シュミレーション技法や調査の研究を行っている。

      といったものでした。さすが大学の研究室です。いろいろな研究実績が強みとして挙げられていました。ただ現実の提案の場合は、単に研究室で研究を行っているから強みであると考えるのは短絡的かもしれません。相手企業も事業を行っている以上相当の技術レベルを持っていると考えなくてはいけません。企業に対して、実用面からみて本当に強みをもっているか?さらには、他の研究機関の同様な研究成果に対して優位性を持っているかも考慮することも必要です。このあたりは、学会だけではなく、実業界向けの発表や情報提供でどのような評判を取っているかを考慮して強みを選び、その根拠を説明しないと納得していただけないかもしれません。

      他にも面白かったのは、研究そのものではなく、研究室にある研究施設自体が強みというものです。共同研究先がそれらの施設を利用可能であるとか、研究室に所属する研究者が持つ知恵や情報自体が強みであるといったと言った、蓄積された研究施設や知識資源を強みとされていました。

      ここから、共同研究を目指すための強みの多くは、意外に大学の教育研究そのものの強みであり、これまでの研究実績の蓄積といった当たり前のことと考えていらっしゃることが分かりました。


      提案内容

      図3 提案内容

      提案の内容

      提案の部分には、提案する技術(What)だけではなく、図3のような5W2Hが、記入されていました。

      Who & Whom は、大学からの共同研究の提案ですから、御社とXX大学XX研究室と言うことになります。

      Whenについては、どなたも記入されてませんでした。まだ、どうなるか分からない提案の第1回目でもあり、決められなかったのかもしれません。ここでは取り合えず、来春としておきました。

      注目の提案技術・ノウハウであるWhatには

      1. 強化プラスチックの採用
      2. 3D CADやその他の新設計技術を使い、性能向上のための共同研究
      3. 商品に新しい機能を追加する設計手法の共同研究
      4. 新しい人脈を使った新しいデザインの研究
      5. 加工品質の向上や納期短縮、社内人材の有効活用

      と言った共同研究が挙げられていました。

      Where(共同研究狙い目)について、ネットワークビジネスの強化のための、シュミレーションや調査についての共同研究の提案のように、適用局面のはっきりしたものが多かったのですが、中には共同研究の成果がどんな局面で使われるかが明確になっていないものも有りました。このあたりを明らかにするために、共同研究相手企業との取引モデルを描いてみるのも面白く役にたちそうと感じました(課題説明時に補足しておけばよかったかもしれません)。

      図4 共同研究で変るのは?

      共同研究で変わるのは?

      図4には、取引モデルの表現方法として立ち位置のビジュアル化で説明したビジュアル思考法を使った例を示しました。

      この図を見れば、既存材料を使った新しい使い方を共同研究する場合は、この企業だけでも出来るかもしれないが、新材料を使った商品開発を行う場合には、資材 メーカーも含めた共同研究を提案する必要があることが分かります。シュミレーションや調査研究を通じて、インターネット販売を強化する場合には、現在行っているネット販売方法との関係の調整等が必要となるこも分かります。

      また生産技術の改善などは、共同研究先の工場を中心とした技術改善で目標を達成することが出来るかもしれませんが、納期問題まで 含めるとなると納入元との仕事の進め方も調べらなくてはならないことが分かります。

      このように取引モデルの作成を通じて考慮点を探り出す方法は、産学連携の仕事に慣れたコーディネータや研究者では無意識に行っていることでしょうが、今回の受講生のような初めての方や、まだ産学連携に慣れていらっしゃらない研究者には役立ちそうです。こうして想定共同研究先との取引モデルを作成出来れば、共同研究で影響を受ける範囲を明確にすることができ、共同研究提案を実施時に発生しそうな技術以外の問題を或る程度予測出来ます。時には当初考えた共同研究先が適切なのか、共同研究テーマの目標の修正が必要か、共同研 究の採否決定の容易さ・難しさまでもある程度知ることが出来ます。と同時に、図3のWhyやHowやHow muchの前提条件を明らかにすることにも繋がるかと思います。この図からビジネスとしての冷酷な真実を読み取ることが出来そうです。共同研究提案に慣れないうちは、相手先企業毎に一度は作ってみるのがよさそうです。

      出来上がったのは

      図5 提案内容の纏め
      こちらをクリックすれば拡大図が 見れます
      提案の内容

      こうして出来上がったレポート結果を纏め、MOT用ケーススタディ用資料に重ね合わせたのが図5です(図5の拡大図はこちらをクリックすれば見れます)。この図で は、共同研究の動機や考慮点を吹き出しに記入してあります。この図の「あなたの強み」と「何を提案するか」の部分には、多くの受講生の提案を抽象化して複数記入してあるため内容はばらばらですが、個々の共同研究の提案ケースでは整理され分かりやすく記入されていました。

      また、この図の世の中の動きに対応する共同研究では、成果が出るまで比較的時間がかかっても許されるかもしれません。ここを狙う大学の研究者には、物事の本質に近いテーマを選び楽しみな共同研究を提案出来るチャンスがありそうです。一方顧客の現状や問題に対応する提案を行う場合には、出来るだけ早く成果の上がる共同研究を提案すると同時に納期は厳しく守る必要があることも分かります。こうして、顧客の状況を整理しておけば今回のレポートでは誰も設定しなかった、適切な時期(When)を設定して提案することも出来るようになるはずです。

      さらに今回のレポートから思いがけない、面白い事実も分かりました。提案者の研究テーマの性格や強みを生かすために、このケース以外の企業への提案でもいいということにしていました。このため、このケースで用意した事例を使わず、かなりの方は独自でケースを設定してレポートを書かれていました。こうして、自分の強みを生かした面白い提案を出そうといろいろ工夫をされたわけです。しかし、中には自分の強みを生かそうとするあまり、共同研究先の企業もしくは 業界の設定が出来ていないものもありました。そのような場合、提案先の問題点、課題が明確になっておらず、提案内容に説得力がないという結果になりがちでした。このような場合、自分の研究テーマに価値があり、当然共同研究を受け入れてくれると想定している企業について、図5のケース企業で示されているような企業状況を整理し、想定企業の問題または課題を明確にしてから提案内容を書けば、読んでいる人にはもっと訴えるものがあり、高い評価が得られただろうにと感じました。

      こうしてみると、図5の枠組みは共同研究提案準備モデル(フレーム ワークにサンプルを入れたもの)として使えそうです。実際に共同研究を開始する前には、更に詳しく共同研究先企業の状況を調べ、具体的な要求に答えて行くことが必要でしょうが、少なくと も最初の提案を行う前にこのフレームワークを利用して簡単な調査を行うのには使えそうです。強みの部分は一度作れば、その後は若干修正で再利用可能です。共同研究候補先情報も 初めてその企業さんとお付き合いを始める時に一度作っておけば、これもまた若干修正すれば、その後同じ企業さんとのお付き合いを検討するときには使えそうです。後は、何を提案するかですが、これも 提案の成功事例を蓄積していけば、成功パターンが見えてくるかもしれません。こうして最初のいくつかをこなしてしまえば、その後はそれほど手間をかけずにこのシートを作成出来、検討ができそうな気がします(リピート潜在顧客はいらっしゃるとの前提の考え方です)。 今回、大学院生を相手としたMOTのレポートの纏めでしたが、この方法は提案型サービス産業志向のベンチャー設立時のマーケティング企画にも 展開出来そうな気がします。

      2010/12/21
      文責 瀬領浩一