金沢大学先端科学・社会共創推進機構

VBL

115.難聴:聞こえると解るは違う

-入力情報があることの重要性-

はじめに

 人の話を誤って聞く、刑事・探偵ものドラマの犯人がわからないなど、話の内容がわからないことが起きていました。これは声や音がよく聞 こえていないせいだと思って、2018年2月に麻生老人福祉センターにて、下記のスケジュールで「補聴器とコミュニケーションの講座」が開かれるのを見つけ参加してきました。
第1回 2月9日 補聴器の基本的知識
第2回 2月16日 難聴者のコミュニケーションについて 難聴者とその家族の体験記、次いで読話、手話のお話でした。
第3回 2月23日 難聴者支援策 以下に補聴器講座で聞いたこと、学んだことをまとめました。

1.補聴器の基本的な知識 聞こえると解るの違い

 川崎市障害者更生相談所の言語聴覚士:真後理英子氏より補聴器の基本的な知識やその利点と欠点、利用目的にあった補聴器の選び方ならびに上手な使い方」の説明があった。 印象に残ったことは、話の内容が解るためには図1にあるような次のステップがあるということでした。

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図1 耳の構造と働き
 出典 水島豪 太 「ガングリオン」 わかさ3月号 わかさ出版、2018を参考に作成
 

1.音が外耳に到達する
2.内耳に伝わる   
 2.1外耳(耳たぶ、外耳道、鼓膜、耳小骨を経由して)   
 2.2中耳   
 2.3内耳
3.蝸牛で認識
4.聴神経で受け取る
5.意味を解釈する

そして難聴には次の3種類がある
1.感音性難聴(老人性難聴、メニエールなどで多くの難聴者はここ)
2.伝音性難聴(中耳炎、耳垢など)
3.混合性難聴【1+2】(慢性中耳炎+老人性難聴など)

その結果
1.音が聞こえなくなる
2.言葉と雑音の聞き分けが難しくなる
3.情報が入らなくなる
4.コミュニケーションができなくなる
ということでした。

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図2 ようかん食べよう
 出典 補聴器講座配布資料 より
 

 図2 では、難聴の人が「ようかん」の部分を「おうかん」と聞いてしまい何を言っているか理解できない様子を描いています。しかし赤ちゃんや乳幼児のような人生経験の少ない人は無理としても、ある程度の人生経験を積んだ正常な人は話をしている人の特徴や、話している場面、あとに続く「食べよう」と言葉との組み合わせなどを総合的に判断し、無意識に「ようかん食べようと」聞いている、との説明でした。

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図3 聞こえないということは
 出典 補聴器講座配布資料 より
 

 この説明を聞きながら、どうしてこのようなことになるかのフローを私ながらにまとめたのが「図3 聞こえないということは」です。この図から判ることは時と場合によってよく聞こえないときがあるが、よく聞こえないことは、認知症の原因になることもあるということです。認知症になると他人との付き合いを避けるよ うになり、ますます蓄積情報が少なくなり、病状が進み生活に差し支えることもあるという悪循環が始まるようです。「足をケガし歩きづらくなると急に老ける」と同じようなパターンです。 このような時には、難聴を補足するか代替手段を講じて認知症になるのを防ごうというのが正当な考え方であると思い至りました。注1)

 ということで、まずは難聴を補足する手段として音を大きくする機械が補聴器です。補聴器には形状や耳への取り付け方といった物理的特徴が違うだけでなく、高音部をより大きくするとか、雑音を除去するといった音声処理方法が違うものも販売されています。このような機能が無くて単に音声を大きくする音声拡大機能のみの補聴器機で高音部を増強しようとすると、雑音まで増強され、音は聞こえても話の内容を理解することはできません。したがって補聴器を購入する時は音声処理特性を個人の難聴の原因除去に合うように、調整する必要があるとのことでした。すなわち製品だけでなく、それを個人の事情に合わせて選ぶことが重要であるとのことです。ある程度製品の基本機能がそろってきた現在はモノからサービスへの転換の時期がきたのではと感じた次第です。

2.難聴者のコミュニケーション

2.1 難聴者とその家族の体験記

 W氏とその奥様のお話でした。
 補聴器が無いと何も聞こえないという日常の悩みの事例をお話いただきました。

2.2 口話と読話

 口語とは書かれる言葉に対し、話に用いられる言葉(音声言語)です。 ここでは普通に声を出して話すこととしています。そして読話とは聴覚障害者が,相手の 口の動きや表情から音声言語を読みとり理解することで、話す時は口話(音声言語)を用いて意思伝達を行うことになります。

 ということで、本当にそんなことができるのかを試すために、講師は声を出さずに事前に渡されていた紙に記されている「おはよう・こんにちは」等12個の挨拶言葉の中のどれ かを声を出さずに読み、参加者はその口元の動きを見て何を言ったかを答えました。次には、「バナナ・パイナップル」等の12個の果物や「ズボン・ワイシャツ」等の12個の着る物についても同じことを行いました。

 その結果は、時には間違ったこともあったが、おおむね正しく答えることができま した。すなわち限定された言葉であれば、ある程度当てることができることを体験したわけです。さらにどこにも書いてない言葉を口を動かすが声を出さないで 行って、参加者は口元の動きを見て何を言ったかを答えることもやりました。それについても出席者はどうにかそれらしい答えを返しました。こうして、はっき りした口ぶりで大きく口をあけて話せば、耳が聞こえなくても音声言語を伝えることができるという「読話」を体験しました。ということで聴覚障害者の場合も,相手の音声言語を読話によって理解し,自らは口話により音声言語を用いてある程度意思伝達を行うことができるのです。

2.3 手話

 手話とは下図のような挨拶のように、音声言語を手指の形・動き・位置、眉や目・口の動き や顔の表情によって表す方法です。すなわち手話とはジェスチャーやサイン・アクションで話すということです。難聴者でなくても人は言いたいことを強調するときに、ジェスチャー使って言葉を補足してきました。これを標準化して手話としている感じです。

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図4 手話でのあいさつ
 出典 感音性難聴の概要と代表的な6つの難聴の改善方法 注2

 

 これを聞きながら、最初に合ったときにこのような挨拶をされれば、手話を学んだことのない人でもその雰囲気から言わんとすることは分かりそうと感じた次第です。少々うるさい会場でも「今日は」と言いながらこの動作をすれば、「今日は」の趣旨は伝わりそうです。今回、約40 個の動作パターンの絵と、50音(あいうえお)の文字パターンを描いた絵にコメントのついた資料をいただき、意外と分かりやすいなと感じました。難聴者向けだけでなく一般の説明会でも、必要に応じてこれらのジェスチャー中から理解しやすいものを取り込めば、参加者の理解度が上げることができそうです。ただ手話はあくまでも言語であり、言語と同じくその国の言葉にあわせた動きするため、国際的なコミュニケーションでは日本の手話とは異なった国際手話や英語手話が使われているようです。手話を学べば、外国語を学ばなくてもいいかなと、期待したが少し甘かったようです(笑い)。

2.4 その他

 中途失聴・難聴者のコミュニケーションの方法としては他にも次のような方法があるとの説明が ありました。
筆談(ひつだん)・・文字で書いて意思を伝えること 。要件を互いに文字に記して通じ合うこと書いて意思を伝えること(広辞苑 第3版)。
空書(くうしょ)・・空中に文字を書くこと 聴能(ちょうのう)・聞く力の子で、残存聴力や補聴器などを利用する
スマートフォンやパソコンのメール   
 手動入力   
 音声認識ソフトで文字に変えて入力

3.難聴者支援策

 今回の参加者は①難聴者本人がほとんどで、②知識を学びたい人➂難聴者の家族は少数でした。したがって補聴器をお付けの方も多くいらっしゃいました。
 補聴器の利用状況は①利用しているは半分②常に利用しているはそのまた半分➂時々というのは数人でした。
 またマイクの音声を無線で伝える補聴器の貸し出しも行われていました。しかし、同時に要約筆記者により、講演者の話も質問者の質問内容も全面のプロジェク ターのスクリーンにもそのまま表記されていたため、不要とされた方も多かったと思われます。それくらい要約筆記が有用であることを体験した次第です。今回の講話では全てのプレゼンテーションが5人位の人が交互による要約筆記でプロジェクターに表示され、非常に理解しやすいものになっていました。ただし大変な労力が必要のようでした。難聴者でなくても注意力が下がった時にキーワードを聞き逃し、理解不能になることもあります。ということはセミナー用に「音声認識してスクリーンに表示するシステムを開発しサービスを提供する」ビジネスにもチャンスがありそうです。

3.1 聞こえを助ける機器の紹介

 講演者の片桐宏文氏は、全国補聴器販売店リストで川崎市の店舗として登録されている6社の1つ「耳の友」の店長です。注3)今 回「聞こえを助ける機器」として紹介されたのは、補聴器だけでなく多種多様の音声機器で、例えばテレビの音声拡大機・筆談機・アラームロック・呼び出しコール・電話機用音声拡大機・火災報知器等といった色々な機器です。これらをお持ちになり見せていただくとともにその特徴や使い方をご説明いただきました。
 その内のいくつかは、会場の参加者に回覧され、使い心地を体験することもできました。近所のめがねショップで、補聴器を買った私としては、こんなにいろいろなものがあるのかと驚くばかりでした。この時配られたパンフレットには、ほかにもいろいろな機器が載っていました。
 補聴器の価格は、以前は15万円から35万円くらいでしたが、最近は5万円から100万円と価格範囲が広がっているとのことです。さらに雑音の中に必要な音があるから聞こえるので、雑音を全部取り除くと何も聞こえなくなってしまうそうです。したがって、その人の耳の聞こえ具合と、用途(使う場面)によって補 聴器に必要な機能やその必要能力が違ってきます。また補聴器の部品の一部で外耳に直接触れる部品は立体カメラで計測し、3Dプリンターで作ることにより、ユーザーの耳に柔軟に対応するものも出来ているとのことでした。それにしても高機能製品の値段があまりにも高いのには驚きです。サービスが中心となる製品 となるのであれば、AIのような機能による機械化を考える時代が来ているようです。
 さらに、補聴器を買うときにはまず耳鼻科の医者に行くのが大前提で、そこで診断を受けてから自分の症状に合った補聴器を買うようにしてください、とのアドバイスを頂きました。  
 補聴器だけでもこんなに、考慮すべきことがあるのであれば、上記のその他の機器についてもいろいろ考慮しないといけないことがあるに違いありません。これらをサービスとして人手で行うと、機器の価格はどんどん高価になります。これらを避けるための、コンサルティングサービスを自動的に行うオンラインサービスも新しいビジネスのエリアではないかと感じた次第です。

3.2 特定非営利活動法人 川崎市中途失聴・難聴者協会注4)

 川崎市中途失聴・難聴者協会の伊藤實理事長からご挨拶を頂き、協会の設立経緯、設立の目的をお聞きした。 HPによればこの法人の設立の目的は以下の通りです。 主に川崎市に在住する中途失聴者・難聴者(以下「難聴者等」という)をはじめ広く聴覚障害者及び地域住民に対し、福祉・生活・文化・教育の諸事業を行い、難聴者等のコミュニケーション手段について理解を広めると共に、障害者の社会的地位の向上と福祉の増進及び社会参加の促進を図り、文化教養を高め、また、難聴者等と地域住民との親睦を深めることで、地域社会の発展に寄与することを目的とする。

3.3川崎市聴覚障害者情報センター注5)

 ホームページによれば川崎市聴覚障害情報センター設立目的は次のようになっています。
 「川崎市聴覚障害者情報文化センターは、聴覚障害者にとって必要な情報を提供するとともに、聴覚障害者の文化活動や社会活動等を支援し、聴覚障害者の福祉 の増進を図ることを目的として平成12年(2000年)1月4日オープンされました。
 聴覚障害者情報文化センターは、身体障害者福祉法第34条に定められた法定施設で、全国では51ヶ所(川崎市含む)、政令指定都市では5番目の設置で・・・・」となっています。 事業内容は次の通りとなっています。 
1 聴覚障害者にとって必要な情報を提供する事業   
 (1) 字幕(手話)入りビデオカセットの製作及び貸出
2 聴覚障害者の情報伝達を支援する事業   
 (1)聴覚障害者の求めに応じ、手話通訳者や要約筆記者を派遣する   
 (2)手話通訳者及び要約筆記者を養成する   
 (3)OHP,携帯用磁気ループなど情報機器の貸出
3 聴覚障害者に対する相談事業
4 聴覚障害者の文化、学習、レクリエーション活動の支援事業

 今回は参加者がその効果を体験した要約筆記者の活動とその効果と、聴覚障害者に対する相談事業についても、細かくお話をいただきました。

おわりに

 今回「補聴器とコミュニケーションの講座」に出席し学んだことは、難聴を放置しておくと音を 認知する機能も低下し、ますます難聴になるだけでなく、コミュニケーションという人間の社会生活を豊かにする機能も低下し、認知症まで引き起こすというこ とでした。 と同時に、さらにこんなに充実した支援サービスがあったのかと驚くと同時に、もっと皆さんにお知らせする必要性を感じた次第です。

 今回学んだ難聴対策の効果は次の4つです
コミュニケーション能力強化の仕組みを充実することになり、高齢者の社会復帰の可能性が増え、高齢化社会の対策になること
健常者も手話のようなジェスチャーを取り込むことにより、コミュニケーション能力の強化をできること
音声認知の機械の開発と調整の自動化というビジネスチャンスがあること
テレビを見たり、楽しい会話に参加するといった、情報を解釈する活動を増やすことは、難聴や認知症対策なる。
特に④などは、入力情報を増やすことが情報解釈力を強化し楽しい人生を送るのに役立つと言っているわけです。老人だけでなく、若者の引きこもり対策、会社 のイノベーションにも共通したお話です。 それにしても高機能補聴器の値段があまりにも高いのには驚きです。サービスが中心となる製品ゆえに高価になるのであれば、IOTやAIを利用することで、 人件費を削減する機械化を考える時代が来ているのかもしれません。


注1) この話を、シニアな方とテニスの後のシャワーを浴びた後の雑談の時にしたら、その話は耳だけの問題ではないよ「眼も同じですよ。眼もよく見えない部分を補 足して見ているよ。」と言われました。その時、初期治療が重要ということは難聴だけでなく、多くの病気で言えることを改めて思い知らされました。
注2) 出典 手話サークル「四季の会」 http://www7a.biglobe.ne.jp/~siki/kihonn.html (最終アクセス2018/03/10)
注3) 今回、平成29年7月1日 社団法人 日本補聴器販売店協会 属している 全国販売店リストをいただきました。 神奈川県川崎市の販売店は6社でした
注4) 特定非営利活動法人 川崎市中途失聴・難聴者協会 https://www.npo-homepage.go.jp/npoportal/detail/106000461 最終アクセス 2018/02/25)
注5) 川崎市聴覚障害者情報文化センターhttp: //kawasaki.genki365.net/gnkk09/mypage/mypage_group_info.php?gid=G0001310  (最終アクセス2018/02/25)  

2018/05/16
文責 瀬領 浩一