59.熱意をもって相手が聞きたいことを話す
- アントレプレナーコンテストから -
第13回アントレプレナーコンテストは、2011年12月5日 金沢大学自然科学系図書館棟G15会議室にて行われました。 この日は、7月のプログラム発表に始まり、約5か月のにわたる準備期間をかけた参加者と主催者の努力の結晶を問う日でした。
図1 アントレプレナーコンテスト
技術移転型からの脱却
本年7月に入ると、コーディネータの方々は、コンテストの案内を掲示板やホームページに載せるだけでなく、 学生向けのアントレプレナー学入門や、博士前期課程のMOTの授業に出かけ、 興味のありそうな学生さんに語りかけるといった活動を行いました。 その結果、自然科学系のみならず、医学系や社会科学系の方々も混えた、 次に示す10チームの皆さんのご参加をいただきました。 自然科学系の技術シーズを基にした起業計画作りといった従来の 技 術移転型の起業とは一味違った、全学参加のコンテスト になってきているようです。
テーマ | チーム |
次世代型ビニールハウス ~農業と太陽電池の融合~ |
物質化学類応用化学コース4年 大村佳弘 (西沢 文吾、矢野勝寛、玉井千春) |
長期型レンタサイクルサービス | 機械工学類4年 太田寿英(市橋浩平) |
藻の可能性 熱意をもって相手が聞きたいことを話す ―陸棲シアノバクテリアを利用した事業展開- |
自然科学研究科 生物科学専攻1年 山場 みなみ(辻 智栄理) |
カメラーん ―学習支援サービス・カメラでとってlearning- | 自然科学研究科人間・機械科学専攻1年 千保友里江 |
Orthrosが守る!プレス品質 | 人間・機械工学専攻1年 奥川 裕理恵 |
電子工作を始めよう! -国内外の初心者をターゲットとした電子工作ビジネスの展開- | 電子情報学類4年 川上 隼斗 |
一人二役で揺れを止める! | 人間・機械科学専攻1年 山下 剛 |
地域のトータルヘルスケアプロバイダー育成事業 | 医学系研究科創薬科学専攻1年 後町 陽子 |
BMXライダーのためのソーシャルネットワーキングサービス | 機械工学類 4年 若林郁也 |
世界を視野に入れた問題意識を育てるSNS | 経済学類1年 張雪昂 |
案内開始に続く5カ月間の準備期間中には、以下に示すような説明会やセミナーが行われました。 そこで得た知識や個別相談を反映させて、参加者は、ご自身のアイデアを起業に向けて整理し、 発表の準備をおこないました。
アントレプレナーコンテストの説明会
説明者: 林 欽也 イノベーション創成センター
2011年8月23日 第1回説明会
2011年9月16日 第2回説明会
アイデアブラッシュアップセミナー
講師: 高田 敬輔 ワイズ福祉情報研究所 代表
2011年8月22日 商品開発の考え方
2011年9月13日 商品名の付け方、商品説明の仕方
基礎セミナー
知財(特許)セミナー
講師: 福沢 勝義 一般財団法人石川県発明協会 特許情報活用アドバイザー
2011年10月18日 特許調査の実践的演習
プレゼンテーションセミナー
講師: 中林 秀仁 ピアズ・マネジメント株式会社
2011年10月2日 プレゼンテーションの基礎
2011年11月8日 個別指導
ビジネスプランセミナー
講師: 平野 武嗣 金沢大学TLO 代表取締役社長
2011年11月14日 ビジネスプラン作成方向
2011年11月21日 ビジネスプラン個別指導
2011年11月24日 ビジネスプラン個別指導
リラックスムードで真剣に聞き入る
図2は、プレゼンの様子です。 前の方に座っているのが、審査委員やコーディネータ。 そのほかの方は、 発表者やコンテストの様子を見に来られた人々です。 今回のコンテストは、知的財産権の関係でしょうか、発表者のプレゼン資料は学外秘となっており、 学外からの参加者には資料は配布されませんでした。 このような状況ですので、このレポートでも、具体的な発表内容や内容についてのコメントは、避けています。 発表テーマと発表者の立ち位置を見てご興味を持たれた方は、 個別にアントレプレナーコンテストの主催者に連絡を取って内容を確認してください。
連絡先は、金沢大学ベンチャー・ビジネス・ラボラトリー 林、塚林
〒920-1192 金沢市角間町
T E L :076-234-6874
F A X : 076-234-6875
E-mail:kvbl@adm.kanazawa-u.ac.jp
です。
しかしながら、ほとんどの方々のプレゼン資料は字も大きく、大変見やすいものと なっており、コンテストを見に来られた人は資料なしでも十分理解できたはずです。 事前のプレゼンテーションセミナーとビジネスプランセミナーの講義とその後の個別指導で、よほど資料の作り方 や発表方法を叩き込まれた の ではないかと思います。
図2 参加者を前にプレゼン
後ろに、座っている人は、寝ているわけではありません。 興味を持って参加された方やこれからの発表者もしくはその関係者です。 体をリラックスさせ、目と耳に注意を集中している姿です。 その証拠に発表の後の、質問の時間に、審査員以外の参加者からの質問も多くあり、どうしても予定より時間がかりました。 これは主催者やそれを支援して会場の整備や 受付のお手伝い等にイノベーション創成センターの皆さんのご協力を頂いた結果実現したものです。 コンテストの企画としてはなかなか、気のきいた試みと感じ入りました。
時には実物を持ちこんで
更に、プレゼンタ―の中には、パワーポイントでの説明だけでなく、 図3の写真にあるように実物を持って来られた方もいました(優秀賞を受賞された山下 剛さんです)。 説明だけでは十分に伝えられない材料の触感を、手で触ることによってアピールしようとしているところです。 審査員はこの材料を触ることにより、説明内容を確認していました。 まだ、実際に使えるかどうかを検証するだけの、装置を作るまでの準備が出来ていない事は明らかで、 材料の物性の変化を示すだけのものですが、それでも説得性は十分です。 ただ、起業に至るまでには相当時間が必要であることもはっきりしてしまいました。 審査員からも、そんなに大げさな免震装置作りにこだわることなく、 もっと身近なところで、開発した材料の使えるところを探してみたらとのコメントがでました。 審査員の頭の中では、提出された事業化の損益計算書はあまり説得性を感じられなかったのかも知れません。
図3 サンプルを持って説明
皆さんそれぞれに工夫をされていました
研究室での研究成果を発展させて、世の中に役立ちたいという提案をされた方も何人かいらっしゃいました。 根拠となる研究成果やバックアップデータがしっかりしているのだが、ついつい学会での発表のようになり、 どうしても説明が難しくなりがちです。参加されている方々や審査委員は、 必ずしもその道の専門家でない人がほとんどということで、 日常性のある事例を説明に使い、言葉では難しいところには映像を取り入れて説明すような工夫をされていました。
また、プレゼンタ―の中には、自分のBMXライダーの経験を通じて得られた経験から、 好ましいコンテストのありたい姿を描き、その実現のための具体的なアイデアを提案された方。 日本と中国の両方の国に育った経験から、「当り前」と思っていることが国によって違っているところに注目して、 問題意識を育てグローバルに通用する人材育成を狙い、 学校と企業を結びつけるビジネスをSNSで実現させる方法を提案された方。 現行のように4年生まで知識ばかり学び、薬剤師になるまでに必要なOJTの機会を5年6年になるまで待つのではなく、 4年生までの間でもOJTを可能とする会社を設立したい。 大学の専門科目の授業に関わるようなマイナーな資格を取ろうとすると、市販の問題集がなく、 資格取得が難しい、ノートを写真に撮って自習用の教材を作りたいといった自分の体験を基にした、 切実な提案もありました。 このような体験型の提案は、 その必要性を伝えるためのデータや情報(時には映像)には共感を呼ぶものが多く、 体験をベースとしたアピールポイントを工夫されたものが多くありました。
さらに、プレゼンテーションツールとして、PowerPointの代わりPreziを利用された方もいらっしゃいました。 Preziはズーミング (一つの画面の一部を拡大縮小してプレゼンテーションを行う方法)を実現する面白いプレゼンテーション用のパッケージです。 ご興味のある方はYouTube(http://www.youtube.com/watch? v=n0QLAuMSuVs)に代表されるホームページをご覧ください。 Preziの概要が分かります。 今回このソフトを使い、縦横無尽のプレゼンテーションを行った千保友里江さんは、 プレゼンテーションセミナーの講師のピアズ・マネジメント株式会社の中林秀仁氏から教わった通り、 やっただけですと謙遜されていました。
表彰
皆さんの発表のあと、しばらく休憩を取りました。 その間に審査員は「商品・サービス」、 「戦略・戦術」、「プレゼンテーションの内容」3点をベースに評価が行いました。 その結果は以下のとおりです。
最優秀賞
カメラーん ―学習支援サービス・カメラでとってlearning-
自然科学研究科人間・機械科学専攻1年 千保友里江
優秀賞
Orthrosが守る! プレス品質
人間・機械工学専攻1年 奥川 裕理恵
一人二役で揺れを止める!
人間・機械科学専攻1年 山下 剛
入賞
その他の参加者
図4 表彰式
図4は表彰式の様子です。賞状を手に持っている方が、最優秀賞を獲得された千保友里江さんです。 受賞の写真でもその元気はつらつとした様子が見て取れます。その右の賞状をお渡ししている方が、 審査委員長を務めていただいた(株)アイ・オー・データ機器代表取締役社長の細野 昭雄氏、 その右の方がアントレプレナーコンテストの実質的コーディネータでまとめ役の林 欽也氏、 一番左の方が優秀賞を受賞された奥川 裕理恵さんです。
ちなみに審査員並びにコーディネーターは以下の通りでした。
審査員 | ||
|
氏名 | 所属・役職 |
細野 昭雄 | (株)アイ・オー・データ機器 代表取締役社長 | |
西田 謙二 | コマツ産機(株)開発本部 開発本部長 | |
丹野 博 | 株式会社キュービクス 代表取締役社長 | |
高田 敬輔 | ワイズ福祉情報研究所 代表 | |
瀬領 浩一 | イノベーション創成センター客員教授 | |
分部 博 | イノベーション創成センター知的財産部門長 | |
コーディネータ | ||
|
氏名 | 所属・役職 |
高橋 光信 | イノベーション創成センター 起業部門長 | |
林 欽也 | イノベーション創成センター | |
粟 正治 | イノベーション創成センター |
個人の熱意と差別化
今回は、アントレプレナーコンテストの目的の一つ、学 生・院生に 対する教育が色濃く反映していたように感じさせられました。 その観点から見れば、参加者の熱意が最低限の条件です。そも そも熱意が無ければ、 計算高い現代の学生さんや院生さんが、単 位にもならないコンテストに参加するはずがありません。その熱意が大きいいと認められた発表者の間で、 競合相手とどのように差別化し、その優位性がどれくらいあるかが問われていたように見えました。 ただ、今回は内容に至る前にそれを審査員にどのようにうまく伝える事が出来たかによって、評価が決まった部分もあります。 何しろプレゼンテーションがうまくいかないと自分の思いを正しく十分に伝える事も出来なくて、「商品・サービス」、「戦 略・戦術」、といった起業の可能性やビジネスの真価を伝える事すらできないわけです。 ただ発表者の方々から見れば、発表時間と質疑応答の時間があまりにも短くて十分出来なかったとの思いもあるかと思います。 予選をやった方がいいのか、出来るだけ多くの人に参加して頂いた方がいいのか、難しい問題です。
例えば、事業立ち上げ時の参加者を募り、起業資金を集めるコンテストであれば、投資家の立場から、ビジネスケースが成り立つかに重点が置かれて評価が行われる はずです。 そのような場合はプレゼンテーションや資料の整理といった技術的な要素は徹底的に磨いたひとが集まり、 あるレベルに達しているはずで、事業内容や採算性そのものが評価のされるはずです。 基礎セミナーの最後のビジネスプランセミナーで、そのあたりを狙った講義と指導が行われたのですが、 この部分についてのこなれた説明や質疑応答までには至りませんでした。 そのような面から考えると、今回優秀賞を逃した人たちの中からも、内容とプレゼンテーション方法を見直すことにより、 ベンチャーキャピタル獲得のチャンスがあったかも知れません。 今回の結果を思い出し、5年 くらい実務経験を積んだ後で、今一度起業化の計画を練ってみるのも面白いかもしれません。
現在のように、社会情勢、経済情勢が激しく変化している時代は、人によっては会社人間(サラリーマン)として生きる事だけを考えるのは、必ずしも 得策ではないと思います。それから、今回参加されなかった人への提案。来年ベンチャーコンテストが行われるとなったら、 参加してみませんか?少なくとも、自分の生きざまを考えるいい機会にはなると思います。
2011/12/13
文責 瀬領浩一