66.大学はやめないぞ
-アントレプレナー学入門のレポートより-
このたび、金沢大学アントレプレナー学入門で一こまを担当し、学生さんから面白いレポートを頂きましたので、 そのご報告です。
アントレプレナー学入門は共通教育科目で、主に大学に入ったばかり学生さんを中心におよそ百数十人の方が参加される授業です。 大学のシラバスによると授業の目的は"産学官連携の中核である「先端科学・イノベーション推進機構」の教員や企業の方々による講義を通して,イノベー ションから始めて, 産学官連携とは,知的財産と特許とは,さらにベンチャー育成と企業化とは までを理解し, 大学におけるアントレプレナー精神の育成を目的とする"ものです。
その中で私が担当したのは 第7回「ベンチャービジネス」でした。 すでにそれまでに
第1回「イノベーションとアントレプレナー」
第2回「イノベーションを実現するマネジメント」
第3回「イノベーション創成」
第4回「産学官連携と人材育成(1)」
第5回「知的財産からみたアントレプレナー学(1)」
第6回「シーズ探索と共同研究(1)」
といったお話を大学教授や、実際に創業経験のある社長様から頂いているとのことです。 これならイノベーションとアントレプレナーについて基本的な事はすでに学んでいるはずです。 そこで今回は学生さんに、アントレプレナーのような自分で生きて行かなくてはならない 条件におかれたらどのように対処したらよいかを考えて頂くことにしました。 使った配布資料は、「自分へ備え」と「起業までどうやって」のA3プリント2枚です。
自分は何をやりたいのか
私の子供のころは、タクシーの運転手になりたいとか、親の後を継いで呉服店をやりたいとか、バスガイドになりたいとかを、 看護婦になりたいとか、友達同士で話し合ったものです。 更に大学に入ると、学校の先生になりたいとか、医者になりたいと言ったことを話し合いました。 今の学生さんは、自分の将来についてどのように考えていらっしゃるのかよく分りかません。 新聞等で就活のために、50社以上に応募したなどというニュースをみると、 就職できればどこでもいいと思っているのではないかと気になってきます。
そこで、講義では配布資料「自分への備え」 の記入事例を参考に、次のような人生計画作成ステップを紹介しました。
1. 自分の子供の頃から今に至るまでの出来事(経歴)で、印象に残っていることを整理し書き出し、
2. それを重要イベントして、その意味を個人としての特性か組織人としての特性という軸と専門能力の特性か実践力の特性かの2軸で整理 し、
3. そのマトリックスから自分の強みと弱みを見つけ出し、
4. 自分強みを生かす仕事のやり方(得意パターン)を作りだし、
5. その得意パターンを活かす仕事・もしくは職場を考えて個人と仕事のWin-Winの関係を考える。
6. 長期の人生計画を立て、資金の枯渇を招かないようにする。
7. 足りない能力や資源が何かを整理し、
8. それを獲得するための短期実行計画を立てる。
という方法です。 いったんこの資料が出来上がれば、その後は、何か将来について考える時に時々このサイクルを見直していけばよいわけです。
図1 自分への備え
こうした作業ステップの結果は、図1に示した用紙をホームページからダウンロードしに記入て頂くようお願いいたしました。 ただこの資料は、あまりにもプライバシーにかかわる事が多いので、 ご自身の、将来イメージを描くために利用していただき、レポートの提出は不要としました。
起業計画のつくりかた
今回は、TOCの「制約条件の理論」 を参考にして、図2に示すようなどのようなステップで起業計画を立てる方法を説明させていただきま した。
図2 起業までどうやって
まず、
1. 参入したいマーケットの隙間を探す。
利益目標追求型経済、私企業中心の運用、経営者中心のリーダーシップの産業社会から、生物としての基本行動・種族保存の本能、 生き残り競争、自分の都合・幸福追求の知恵社会へといったように、変わりつつある市場を自分が認識している言葉で明らかにします。 ついで、「自分への備え」で見つけた得意技を参考に、たとえば自分の生産に関する知識の豊富さ、最近のインターネットに関するエキスパートレベルのスキ ルや、絶え間ない学習努力といった自分の持ち札を活かし、 どのような産業でどのような変化を興すことを目指し起業するのかを明らかにします。
2. ビジネスモデルの作成
自分が現在属している組織の強みをつかって、参入しようとしている産業や市場で発生している問題点や課題を明らかにし、 どのように改善するのかを明らかにする。 例えば大学であれば、研究課題や研究者のネットワークの強みを生かし、 どのようなビジネスを立ち上げるのかを明確にしてそれを活かせるようなビジネスモデルを考える。 更に会社名や会社のスローガン、組織図等も決定する。
3. 起業計画の作成
財務会計、税務会計、資金計画といった金銭面からの計画と人材面からの協力者等を明確したうえで、 起業に至るまでの活動計画を作成する。
方法です。
プランBを考える
そして最後は自分自身の将来について考える宿題です。 学生さんの中には学生生活を次のように考えているかたもいるかもしれません(ジョーク)。
1年 受験勉強の疲れを癒す。
2年 就職活動の準備。
3年 就職活動。
4年 大学生活を楽しむ。
これはこれでいいのですが、この方法の問題は、自分の才能に磨きをかけるべき大学時代に、何を学ぶべきかを明確に出来ないことです。 いまどき何かに集中しない限り、他人から尊敬されるようなエキスパートレベルに達することはできません。今回の講義資料は、このような風潮の中で、自 分自身を見直し、将来どうあるべきかを見直していくツールに使って頂きたいとの願いがあります。 5そこで、この将来を考えるトリガーとして不遜ながら「何らかの理由でご両親や親戚からの仕送りまたは金銭的援助」が無くなるという 緊急事態を想定し、自分の将来計画を見直し、どのようにすれば生活や学業を続けられるかを考えてみようというのが、今回の宿題です。 このプランBを新事業の一つの形態と考えておけば、まさかの時にもあわてることなく、対処する考え方についての準備ができるはずです。
まずは自分の人生を、自分の事業の一つと考えることにします。 トリガーはその事業の環境変化と考えることができ、生活資金確保のために必要になるアルバイトは新規事業もしくは新規事業の準備であると 考え対処することができます。 奨学金はこれからの人生を送るための事業資金の確保の一つの形態と考えて、先ほどの起業までどうやっての考え方を取りれて レポートを作成して頂くようお願いいたしました。
ちなみに、この講義の参加者は厳しい入試を乗り越えてこられた人々です。 更に今後のグローバル時代(グローバルルールでの生存競争)をリードしていくことが期待されている貴重な候補人材です。 そこで、折角鍛えた英語を忘れないようにと、配布資料と記入用紙は英語表記としました。 ただし、講義は講師の英語力を考慮して、日本語で行いました。 ちなみに、レポートは特に指定しませんでしたが、ほとんどの方は日本語で書かれていました。
レポートをまとめると
中には現在ご両親からに仕送りを受けていないと報告された方もいらいしゃいましたが、 ほとんどの方は、ご両親からの仕送りを受けていらっしゃるようでした。 このためご両親からの仕送りがとまれば、生活に変化が発生することはよくわかました。
図3 プランB
学生さんが提出されたプランBにはいろいろな意見がありましたが、それらを図3のようにまとめました。 学生さんのレポートから、参考になりそうなご意見を整理したら次のようになりました。、
1. 大学はやめないと いう事でした。 その理由は大学を卒業しないと、親を助けるような仕事に就けない、学業第一の本音は、どうもこれのような気がします。 これまで育てて頂いたご両親に報いるためにも、大学を辞めず、なんとか卒業したいという、若者の意欲を感じさせるものでした。 中には、できれば苦労したとしても大学院には進学したいというご意見もありました。 入学された皆さんの、若くて元気な声が聞こえてるようです。
2. 生活費の削減のために、サークル をやめる(このため遊ぶ時間はなくなるがこれも経験と思い我慢する)。 更には家賃・光熱費は普通の半分以下を目標として安い家賃を交渉したり、安い下宿や寮に移動する。 スーパーで買いものをし、自分で料理することにより外食から自炊への切り替え行うと言った、涙が出るようなご意見もありました。 また一時大学に休学届を出したり、大学院には進学しないことも含め、とりあえずの生活費を稼ぐといったものもありました。
3. 自分の収入を増やすために、月五万円程度の奨学金を 得る方法は探るというのもありました。 その他ほとんどの人はアルバイトを始めることにより収入を稼ぐことを考えていらっしゃいました。
更に、このバイトについてはいろいろな意見が出されました。 たとえば将来教師になりたいので、家庭教師のバイトを始めるとか、出来るだけ給料の高いバイトを探すとか、 上司や 顧客との関係について学ぶためとか、カネと接客マナーを学び将来の仕事に活かしたいとか、 就活に役立つバイトを行うといったものもありました。 中にはバイトで学んだことをベースに起業したいという方もいらっしゃいました。
4. このような意識の方にとっては、バイトはインターンと同じように実務経験を得る機会と考えられているようです。 昔の職人の丁稚奉公といった感じです。 こうして月5万円から10万円稼げれば、な んとか卒業できそうだと踏んでいるようでした。
5, 就職にあたっては、先輩に就職先を紹介してもらったり、これまでの経 験をもとに就職先を決めたり、インターンに参加したいと 考えていらっしゃるようです。 起業ではスマートフォンを代表とするソフト関係を狙う方もみえました。 多分、パソコン一つで起業を考えることができ、大学在学中でも起業出来そうだと考えられたようです。 中にはベンチャー支援のありそうな起業を 考えると書かれた方や、一度就職して、スキルを磨いたのち創業する計画を詳細にレポートされた方もいらっしゃいました。
まとめると、プランBは、「生活費の削減を行い、 奨学金やアルバイトで月間10万円程度の金を調達し、授業、アルバイトやインターンで学んだ才能をもとに、就職または起業する」 というものです。 誠に立派な考え方で、何の心配もいらないように思えます。 ただ、一人一人のレポートは、このように整理されたものではありません。 人によっては一部については更に具体的な金額までところが記述されているが、ある部分は抜けているといった状況がほとんどです。 何も手を打たなければ、ほとんどの人は、うまくいきそうもありません。 しかし、このまとめた結果をみれば、普段から何人かの友達を人脈として確保しておき、 困った時には友達の意見を謙虚に聞き、努力することができればそれほど心配することも無そうです。 「起業までどうやって」の資料で何の気なしに説明していた「協力者を探そう」や「アドバイサリーボードの設置」 の重要性を改めて感じさせられた次第です。
2012/08/20
文責 瀬領浩一