金沢大学先端科学・社会共創推進機構

VBL

72.性能と効能

― 地消地産のモノづくりビジネス -

はじめに

 最近の新聞では、景気回復のために、補助金だ、国債発行だ、輪転機をぐるぐる回してお札を刷るといった、一時しのぎとも思える金融政策がさかんに報道されています。 人気取りのために必要なのかも知れませんが、このままいくと富国強兵とばかりに一直線に敗戦に向かった戦前と同じように、今度は一直線に経済破綻に向かうのではないかと、心配になります。業界によっては、すでに70代に大成功した国内での大量生産ビジネスモデルは通用しなくなったいるのだと思います。自分で作れる時代の図3で提案したように、これからのものづくりは大量生産と要件対応生産の2つに分化できるのであれば、業界によっては方向転換を考えてみたらどうでしょうか。今回はそのような業界でのベンチャー活躍の方法を考えてみたいと思います。

大量生産のいくつかは国外へ

 ITの普及とグローバル流通コストが下がってきた現在、大量生産は(1)原料が安く手に入るか、(2)人件費が安いか、もしくは(3)その両方が手に入るところで有効に働く生産方式となってきました。1950年代から1970年代の日本は、欧米各国に比べ(2)の人件費の安さで勝負し、欧米諸国へ製品の輸出と欧米諸国の雇用を奪うことで成り立っていたと言えるかもしれません。ところが、そうして得られた豊かさは、人件費の高騰をもたらし、開発途上国への輸出の拡大を実現出来ませんでした。と同時に、いくつかの産業分野において、開発途上国が、かっての日本のように人件費の安さを武器に、低機能製品を開発途上国へ、高機能製品を欧米諸国へ輸出を始め、その分野では日本の製造業の優位性はほとんど無くなってきました。その上、率先して再生可能エネルギーを使う試みも検討されており、これからはエネルギーコストが上がることは確実のようです。そのため(1)の原料費も今以上に高くつくようになってきました。このため日本の製造業は、生産拠点を海外に移し、国内は流通業者として生きていく方向に向かわざるをえませんでした。これが製造業で働く人口が1992年2月の1603万人から2012年9月に1005万人に減少した(2012年11月29日朝日新聞)理由ではないでしょうか。製造部門を国内に残すためには、サービス業に比べて高い製造業の人件費を下げ、エネルギーコストを下げる施策をとる必要があります。これらの施策が取れないとすれば、効率重視の大量生産方式は日本では生き残ることはできません。ハイテク技術を育成し、ハイテク産業で生き残る方法もあるかも知れませんが、その効果は限定的ですしローテク技術とはいえ、基本技術(ローテク基盤)が流出してしまえばハイテク技術が生まれる場もなくなってしまいます。そして、技術は所詮情報の一種です。このITCが普及した時代、特許をとっても情報は容易に流出します。流出してしまえば、それをヒントに特許回避の対策を採ればいいわけです。これまで日本の多くの企業がやってきた方法です。ハイテク製造業も安心できません。単位重量当たりの価格の高いハイテク商品は、売上金額に占める流通コスト負担小さくグローバルビジネスに適しているからです。結果として、国内の大量生産体制をやめ、国内は海外生産製品の営業に注力するしかありません。この成功事例がアップルです。アップルはiPADやiPhoneを製造しているわけではありません。これからは国内の雇用が守られないと、政治がこれらの動きを止めさせようと企業に圧力をかける事態が発生するかもしれません。その前に、さっさと対策を取った会社が生き残りそうです。

自分が使う気になるか

 一方要件対応生産はユーザーもしくはそれに近いところで生産を行なうのですから、製造部門の雇用の海外流出を考える必要はありません。消費者のいるところに、雇用が発生すると言う仕組みです。その代わり、輸出して外貨を稼ぐこともありません。地消地産と言った方がいいかもしれません。必要な人が欲しいものを自分で作るとの考え方です。ビジネスモデルは「外食チェーン」と「料理教室」と「スーパーの機能」を併せ持った「ものづくりのコンビニ」にといったイメージです。作る人はどんな用途に使いたいのかはおおむねわかっています。したがって、これまでのように、最大多数の最大要求を調べるといった大掛かりな調査も不要です。どんなものが欲しいのかを調べるのではなく、自分は何を欲しいかを考えるところから始めればいいわけですから。

 そして、これはベンチャーや起業家といわれる人には魅力的な方法になるかも知れません。何しろ自分が欲しいものや、自分のやりたい方法でモノ(製品やサービス)を提供する方法を考えればいいわけです。わくわくしませんか?自分の興味を持っている部分についてはどんどんやってみればいいわけです(趣味の世界もしくは試作品作りの段階です)。その段階で、自分の苦手の部分は、周りの人に助けを求めればいいわけです。そして出来上がったものを、他の人がお金を出してまで欲しいと思ってくれれば、ビジネスになるという考え方です。

1 使う人と作る人の関心事

  

 図 1は、これまでのモノづくりにおいて作る人と使う人のいしき関心事を示したものです。ものをつくる人は、どんなことが出来るのか、そしてそれがどれくらいすばらしいのかを利用する人に伝え、使ってもらおうとしていました。そして機能は多いほど汎用性があり、性能は高いほど競争力があると考えいろいろな工夫をしてきたわけです。そのため、製品パンフレットの仕様書には機能や性能で差別化が出来るように記述されていました。

 例えば今はやりのタブレットPCであれば、少なくとも次のようなデータが記載されています。

  • 機能: OS、CPU、通信サービス、防水機能
  • 性能: 画面サイズ、画面解像度、重さ、メモリー、データ保存容量、駆動時間

ユーザーは、パンフレットの説明と共に、上記のような機能と性能をベースに、検討していました。タブレットPCの場合は、各社のパンフレット以外に、インターネットで上記データの一覧表を見ることもできます。一方、それを買う人は具体的な使い方を想定しているはずです。例えば、家でプレゼン資料をつくり出張先でプレゼンテーションを行なうためといった具合です。そのためには、画像情情報や音声情報を容易に取り入れて修正出きることやネットワークにアップされている論文も容易に取り込める必要があるとか、他にもいくつか必要条件か浮んでくるかと思います。とはいえ費用はそれほど出すことはできないといった制約条件を抱えている場合もあるかもしれません。時には軽くて小さくて電源が長持ちできるネットPCがあればそれでもいいのです。すなわちなぜ(Why)買うのか、誰(Who)が使うのか、何(What)に使うの、どんな時に使うのか(When)、何に使うか(Where)、どれくらい金をかけるか(How much)といった所謂5W1Hが満足されれば言い訳です。ところが、普通の人は先ほどのメーカーの仕様書ではどれが自分の用途に最もあったタブレットかを判断することができません。

 これまでの仕様書は薬でいえば成分表に過ぎないのです。普通の人には成分表を読んでも、どんな病気に効くのかわかりません。薬の場合は成分表ではなく、風邪に効くのか腹痛に聞くと言った効能が書いてあります。ほとんどの顧客はそれを見て買っているのです。地消地産の世界でのユーザー向け仕様書には、機能や性能より、効能が重要になりそうです。

  • 経営者:財務的に成功するための財務業績向上に役立つ。
  • 管理者:変革を受け入れる力を持続させることができる。
  • 営業:顧客満足の得られるプレゼンテーション。
  • 担当者:卓越したxx業務を実現する。

と言った効能を仕様書に書くべきなのではないのでしょうか。

システムビジネスと日用品ビジネス

ところで、新しい地消地産ビジネスとしてベンチャーを目指す人が取り組むとしたら、どんなモノづくりがいいのでしょうか? これまでも、システムビジネスは顧客の要件を聞いてきました。 一方日用品は大量生産の得意な発展途上国に生産が移転してきました。

2 商品により強調点は違う

  

 システムビジネスとしては、建設業や電気・水・ガスといった公共サービスもえられますが、地消地産のモノづくりでは時間そして特に空間の制約を越えて行なえる事が重要です。ということで、図 2に示すようなITを媒体としたシステムビジネスに絡めたものはいかがでしょうか。

 たとえば、近所のDIYのお店にいけば、すでに木材の加工に使う材料もユーザーに代わってアシスタントが使う工具もあります。ここに前回の自分で作れる時代で取り上げた3Dプリンターの発達したものを取り込み、キーコンポーネントを作れるようにすれば、自分独自に欲しいものが作れ、その他の汎用部品は、DIYのお店で買うことが出来そうです。すなわちDIYの店舗に「ものづくり工房」を設置すればいい訳です。ほかにも「ものづくり教室」の授業料、「ものづくり教室の生徒の作品」の販売、「設計図、設計プログラム」の利用料の徴収、「設計プログラムのカストマイズ」等関連するビジネスはいくらでも考えられます。設計図はこれまでの商品と同じですが、ほとんど在庫費用がかからないし、ネットワークを通じて他の店舗の設計図も利用でき、少ない費用で品揃えの豊富なお店が作れそうです。

オープンデザインがキー

 ビジネスの範囲も、モノを作るときだけではありません。図 3に示したように、その後の修理の時にもその特徴を発揮します。例えば補給部品の在庫も不要です。補給部品在庫の代わり図面ファイルを保管しておけばいいわけです。材料となるインクもほぼ同等のものがあれば、それほど多くの種類を持たなくても良さそうです。しばらく使い続け、使い方が変わったときに、ちょっとその形やパッケージを変えたいといったことも良くあることです。今までは、使い慣れたものを捨てて、買い替えざるを得ませんでしたが、これからはその変更点を反映した部品に入れ替えればいいわけです。作ったものが不要になった場合は、汎用部品は残して、固有部品のみを捨てればいいわけです。汎用部品は次のモノづくりに使えるかもしれないので、廃棄物も減少させることが出来ます。

3 どこまで考慮するか 

 

 汎用部品のインターフェースも標準化したものをいくつか用意しておけば、いい訳です。現在のイヤフォーンのジャックや電子機器の電源のように、あまりにも多くのサイズや電圧電流のものを用意するのは、無駄としかいいようがありません。この様な時には、いくつか選択し、それ以外は使わないようにオープンな基準で設計し無駄を省きましょう。

ところで儲かるの

 ここまで、自分で使いたいと思うものを作るという前提で考えてきました、ところが、ベンチャーや起業を目指す人が最も気にかけることは「地消地産って儲かるのだろうか?」です。儲かるか儲からないか、ビジネスになるかならないかは、ケースによりけりとしかお答えできません。自分の考えているビジネスアイデアを実現しようと考えて、いろいろ試算する方法は、各種提案されています。このシリーズでも中小企業庁のホームページを参考にして作成した起業の計画で紹介しました。皆さんご自身が使い慣れた方法もしくは最も納得できる手法で検討すればよいかと思います。ビジネスモデルも一つだけではなく、A案、B案、C案、D案といろいろ検討してみたらいかがでしょうか。図 4はいくつかのケースをモデル的に図に表してみたものです。この図では、縦軸には価格、横軸には効能をとってあります。性能なら数値化できますが効能を数値化するのはなかなか難しいものです。とりあえずはエイ・ヤと感覚的に決めて絵にしてもいいと思います。儲りそうに思えるケースが思いついた時にだけ起業に踏み切ればいい訳です。まずは性能ではなく、効能で自分なら使うかを検討するところから始めたらどうでしょうか。

4 使ってもらえるか 

 

2012/12/07
文責 瀬領浩一