94.イノベーティブなベンチャーを目指す
シリコンバレーに学ぶ
はじめに
ベンチャー支援での悩みの一つは、いろいろ活動を行っているがなかなかベンチャーが生まれないということです。
研究成果の発表を行っても、資金提供をしてまで一緒に会社を作りましょうという話はなかなか出て来ない。また新しい研究成果を企業家に結び付けようと思って、 研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP) に参加しても新技術の起業に至る前の技術革新まで行かない。一生懸命起業化の計画を作り ベンチャーコンテストに参加しても、それを実現しようという意欲までには至らない。せっかく会社を作ったのに、儲からないので会社の継続すらできなくなったとの話を聞いた。 というような話でついつい起業化をあきらめているのが現状です。このように感じているとき日本アスペン研究理事で北陸先端科学技術大学大学院の客員教授の伊東健氏より 「シリコンバレー発展の歴史に学ぶイノベーションスピリット」という講演をお聞きしました。
そしてその帰り道、地下鉄の駅の売店で雑誌Wedgeを見つけ電車の中で読みながら家路に着きました。注1)その特集には「ものづくりの新潮流始まったハードウエアルネッサンス」 と「繰り返されるイノベー ションの理由」とともにノーベル賞を受賞されたカルフォニア大学サンタバーバラ校の教授中村修二氏のインタビュー記事「日本を変えたければ、西海岸に 来たらいい」という記事がありました。
さらに2015年1月には東洋大学教授の城川俊一氏から「イノベーションの現象学的アプローチ」としてシリコンバレーを事例に取り上げた話をお聞きしました。
これも何かの縁と思い、すでに日本での教育を受けてしまったベンチャーを起こしたい人の立場に立ち、何度も語られてきたシリコンバレーを参考に、日本でベンチャーを起こす 方法がないものかを整理してみました。
シリコンバレーの歴史と風土
1.シリコンバレーの現状
2.発展の歴史
3.ダイナミズムと風土
4.今後の展望・トレンド
5.余談・第二のシリコンバレーは可能か?
図1 シリコンバレーの地図
私も数回短期出張で、シリコンバレーの近くに行ったことがあり、図1のような地図を買ってスタンフォード大学やその近辺に行きました。この地図は 2.95ドルでしたからずいぶん 昔のことです。スタンフォード大学内の喫茶・食堂スベースや、近所の喫茶店で大学関係者らしい人と産業界の人がお話しをしている風景をしばしば見ましたがその当時のオープンで 形式にとらわれない町の雰囲気はその後も変わらなかったようです。スタンフォード大学はここにあったな、パラアルトはその近くで企業を訪問した時に行ったはずだとそのころを 思い出しながら、懐かしくお聞きしていました。
お話の中で成功要因として私の印象に残ったのはシリコンバレーの以下のような風土でした。
オープン
多様性
情報共有
大学と産業界の強い協力関係
失敗に対する寛容
VCによるファウンディング
支援組織
周囲に優秀な大学が存在
各種支援する会社が地域に存在
一方、城川俊一氏のお話はイノベーションの現象学的アプローチということで、以下のようなお話でした。
1.現象学とは何か
2.シリコンバレーの事例(歴史、現在)
3.バイオベンチャーについて
4.考察
こちらでは、当時の社会情勢を反映し、国家予算や産業界の収益が大学や企業の研究部門に投入され新技術が開発され、ビジネスに結びつき上記のような風土が形成されていった というお話でした。これらは、政府・自治体・社会インフラにたずさわる人達の事業計画を立てる人達には大変参考になるお話です。一方ベンチャーを志す人には外部環境である この風土を参考に自分のイノベーション活動にどのように組み立てていくかを考える時の資料に使えそうです。
イノベーションを志す人はどうする
一方、中村修二教授の記事は、イノベーションを起こしたい人は、まず西海岸で学んだらどうですかというもので、記事の内容は次の通りで す。
1.歴史を教える日本、最先端の知識を教えるアメリカ
2.スタートアップが人を集めるワケ
3.人材の流動性が低い日本
4.米へ留学させるべし
詳細はWedgeのHPにも雑誌とほぼ同様の記事が載っていますので本を買いそびれた方はそちらを参照してください。
図2 イノベーションを起こす
図2は中村氏の記事を読んで感じたことをまとめたものです。対策の部分がイノベーションを起こす方法です。インタビュー記事を読んで感じたことは黒字で記してあります。 中村修二氏はアメリカ人ですからそれでも良いかもしれませんが、日本人の立場で考えるちょっと物足りないと私が追加したのが赤字の部分です。
例えばこのシリーズの「グローバル時代のベンチャー」で報告した野尻知里氏の補助人工心臓「デュラハート」を開発・起業された例は、「新しいアイデアが浮かんだら海外で 起業する」ケースです。
これからのイノベーションエリア
どこのエリアでイノベーションを狙うのかをIT技術関連について纏めたのが図3の「次のステップ」です。(私見です)
図3 次のステップ
図3にはこれまですでに起きてしまったイノベーションエリアを黒文字で、この後期待されるエリアを赤文字で記入してあります。これから狙えそうなエリアとしてライフサイエンス、 モノのインターネット化、環境技術をあげました。
私は日本の国家予算の多くを占める高齢者対策に絡むライフサイエンスはいそいでやらなくてはいけないエリアと思っています。またこのエリアであれば日本の個人資産の かなりの部分を持っている高齢者という顧客がいるわけですから、マーケットチャンスは大きいと考えて次のステップの最初も目標において図3を作成しました。
こうして顧客をつかんでしまえば、そのサービスの手段として現在の家電製品メーカーが取り組み始めているモノのインターネット製品(IoT)を構成要素として取り込んで いくことも可能になります。さらには生活にそれほど必要ではないところからエネルギー消費を減らしていく生活習慣を提供することにより、地震による原子力発電所の停止を補いながら 環境技術に進んでいくことも可能になります。ただイノベーションを狙う以上グローバル最適化を忘れないよう取り組む相手を選択していくことは必要です。
例えば、大病院の外来診療で1時間も2時間も待たせるやり方では元気な病人しか診ることができません。このあたりはADM(Automatic Diagnostic Machineの略:私の造語ATMの アナロジー)を備えた町医者に任せることもできるかもしれません。さらにこうして情報の共有が出来るようになれば、大病院は専門医療に専念することが出来るようになりますし、 情報の共有ができれば初診にかかる費用もなくなり初診料の支払いも不要に出来るはずです。 医者の診断の結果必要な薬類は、アマゾンのような仕組みで自宅配送してもらえれば、 薬局で待つ時間も不要になり、高齢者のサービス向上や店舗での薬品の在庫費用も削減され経費節減が実現できそうです。移行の過程で既得権益を持っている人から反発や妨害が発生 するかもしれませんが、非効率で顧客の問題を解決しない方式ではグローバル化が進めば、海外の人にそのビジネスが移行するだけです。具体策はこれからイノベーションをやろう という人におまかせすることになりますが、このエリアならその気になれば大学病院を持つ大学もかなり貢献できリーダーシップをとれるそうです。こうした考え方をどんどん拡張し 具体化を進めていけば多様性があり情報共有ができる大学と産業界の強い結びつきを持ったオープンなライフサイエンスエリアのイノベーションが可能になりそうです。
支援の仕組み
これまで、シリコンバレーは優れた仕組みとして言われていた風土(図4黒字部分)ですが、これからすべてが日本で実現されているわけではありません。そこに図4の赤字部分 のような仕組みを補足すればそれほど大きな問題なく3つの風土は実現できそうです。
図4 新しい風土の仕組構築
このようにITを利用すればこれまでシリコンバレーの強みといわれてきた機能はほかの地域でもそれなりに実現できます。
また今は締め切られましたがシリコンバレーでの中小・ベンチャー事業化支援(シリコンバレー・イノベーション・ プログラム)といったプログラムも行われて支援組織も強化されていますのでこのような事業参加者から新しいアイデアの入手も期待できそうです。
おわりに
こうしてみると、目標とやる気があればシリコンバレーで出来ることは、程度の差こそあれ日本でも行うことが出来そうです。それなら、ビジネスの経験のある人は、ここで述べた ような要件を考えながら、起業化計画を考えてみるのも面白いと思いませんか。
そんなことを考えているときに図書館で「現代の二都物語」という本に出合いました。注2)内容は中小企業の連携型運営の西海岸(シリコンバレー)と 既存大企業が中心の東海岸 (ボストン・ルート128)の2つの産業立地の盛衰について述べたものです。結果として東海岸付近は沈み西海岸は復活したというものです。この本の原作は1994年ですから古いものですが、 現在の日本は当時の東海岸と似た状況にありますので比較検討する価値がありそうです。
その意味では、日本ではチャンスの得られない若い人はとりあえず「米へ留学させるべし」という中村氏の提案は的をえた指摘かもしれません。西海岸でノベーションを実際に 経験すれば、前項で述べたように仕組みは日本でも何とかなる時代ですから日本に帰ってきてもイノベーティブ なベンチャーに挑戦できそうです。
注1) Wedge2015年1月 「シリコンバレーが教えるものづくりの常識」特集号
注2) 「現代の二都物語」 アナリー・サクセニアン 日経BP社
2015/2/2
文責 瀬領浩一